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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第六章 魔王の死

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第245話 「天獄にて・・・7 最後の決断」


 某日。

 タルタロス監獄――――――



 稲豊の下を訪れたトロアスタは、片方がもぬけの殻となった独房を見るなり、ため息をついた。


「やれやれ……ファシール殿の気まぐれにも困ったものだ。この【神の鼻】を持ってしても、彼の行動だけは嗅ぎ分けることができない。勇者というものは、凡人の考えも及ばぬ高みにいるようだ。君もそう思わんかね?」


 トロアスタが声をかけても、稲豊はもう反応を示さなかった。

 だらりと全身が脱力し、鎖で吊られてなければ立つこともままならない。


「訪れるなりで悪いが、火急の用件が発生してね。君の処刑を予定より早めることにした。半刻後、君はここではない天の国へ旅立つ。絞首、斬首、火刑……死に方ぐらいは選ばせてあげよう。拙僧は下の看守室にいるのでね、決まったら声をかけてくれたまえよ」


 それだけを告げて、トロアスタは階下へと消えていった。

 いよいよ、終わりのときが眼前まで迫ってきている。


「…………ウルの奴……無事に脱出できた……かな」 


 夢も、約束も、後悔も捨てて選んだ覚悟なのだ、逃げ延びてくれないと困る。

 もう恐怖もあまり感じない。ルートミリアらの未来に、自分のような悲劇がやってこないことを、稲豊はただ祈っていた。



「――――――――――さ…………」


「なる………………だが――――――」



 そんなとき、稲豊の耳に途切れとぎれの声が聞こえてくる。

 誰かの会話と思しき声は、階下の看守室から響いてきていた。


 ここに囚われて以来、看守室での会話が耳に届くことは珍しいことではない。

 なので稲豊も、最初は気にも留めていなかった。しかし会話のどこかいつもと違う様子と、階段を上がる足音で稲豊は顔を上げる。


「この……足音……?」


 いつも耳にしている、看守たちの革靴の音ではない。

 初めて聞くような、それでいてどこか懐かしいような、そんな足音に稲豊は耳と目を奪われた。


 願わくば救世主であったら良い。

 稲豊はそんな一抹の希望を取り戻し、鉄格子ごしに廊下を見つめる。


 やがて細い足先が最初に目に止まり、次にその顔が稲豊の視界に飛び込んできた。


「………………あ」


 ファシールに続き、二度目の予想外の来訪者。

 声を失った稲豊は、しばらくその姿をぼうっと眺めていた。



「久しぶりだね、()()()



 数秒後、痺れを切らしたように来訪者――――“レトリア”が口を開いた。


「…………リア?」


「ひどい……こんなになるまで……。傷……痛くない?」


「もう……痛みも感じないんだ…………はは」


 無理に笑ってみたが、本当に笑えてるかどうか稲豊に自信はなかった。

 レトリアはそんな稲豊の姿を見て、たまらず檻の扉まで駆け寄る。


「手続きに時間が掛かってしまって、来るのが遅くなってごめんなさい。ソトナ……いいえ、イナホ」


「ああ、そうか…………リアも知ってるんだな。俺のこと」


「ええ、私を騙してたこと……許してあげる。私も嘘ついてたから、お互い様」


 そういって、レトリアは牢屋の鍵を開けた。


 そして両手を稲豊の頬に添えて、治癒魔法を唱える。

 みるみるうちに傷が塞がっていくことよりも、触れた温かい両手の方が稲豊は嬉しかった。


「ありがとう。でも…………どうしてリアがここに?」


「貴方を救いに……って言えたら格好良いのだけれど、私はエデンの天使なの。大勢の命を預かる身として、勝手な行動は許されない。だから私は、貴方にお願いがあってやってきたの」


「お願い?」


「ええ」


 いまの状態の自分に、何ができるというのか?

 稲豊は呆けた表情で、次のレトリアの言葉を待った。


 レトリアはとても言い難そうに目を泳がせたあとで、意を決したように口を開く。


「エデンに……こちら側に来てほしいの」


「…………え? それって、俺に魔王軍を裏切って…………エデンに寝返えって欲しい…………ってこと?」


 驚きで目を剥く稲豊の前で、レトリアは首を縦に振った。

 

「実はいま、魔王軍がこちらへ向けて進軍中なの」


「魔王軍が!? な、なんで……!?」


 稲豊はそこまで口にして、ハッと息を呑んだ。

 思い当たる理由が、ひとつだけあったからだ。


「私の勝手な思い込みかもしれないけど、魔王軍の目的は――――イナホなのかもって」


「そ、それは…………」


 いままさに、稲豊も同じことを考えているところだった。

 囚われた自分を救うために、ルートミリアたちが決断したのではと考えたのだ。


 それは嬉しくも感じるのと同時に、稲豊にとっては耐え難い苦痛でもあった。


「また……俺のせいで誰か死ぬ……。しかも今度は……大勢が……!?」


 猛烈な吐き気と頭痛が、稲豊を襲う。


 マースにミースに、そしてレフト。

 大切な仲間が、自分を守る為にその生命を散らしていった。

 合戦ともなれば、敵味方を含めた大勢の命が消えていくのだ。


 そしてその発端にあるのは、きっかけを生んだのは、他でもない稲豊自身。


「俺のせいで……俺のせいでッ…………!!」


「落ち着いてイナホ! だから私は、貴方にお願いにきたの!!」


 この地獄を、この激痛をなんとかできるのだろうか?

 稲豊は縋るような表情で、レトリアを見た。


「貴方がエデン(こちら)側に寝返ったと知ったら、魔王軍は戦いの意味を失う。大義名分を失うの。そうしたらもう、誰も死なない。この戦を……止められるかもしれない」


「戦いを…………止められる…………?」


「そう。そして、イナホの身元引受人には私が申し出る。貴方がこちら側に来てくれるのなら、私が絶対に処刑なんてさせない。司法取引という形なら、皆も納得してくれるわ」


 レトリアの言葉に、嘘は感じられない。

 自分の命は救われ、そして戦争も止められる。


 これ以上のない、願ってもない結果に違いない。

 だが稲豊は……すぐに(うなず)かなかった。いや、頷けなかった。


「イナホ……お願い! 貴方を…………死なせたくないのッ!!」


 悲痛なレトリアの言葉が、より自分が崖の端に立っていることを実感させる。

 この蜘蛛の糸を逃したら、もう次は絶対にやってこない。


 それが分かっていながら、稲豊の脳裏をよぎるのは魔王軍での日常だった。この世界でルートミリアに拾われ、屋敷での大変な生活を使用人の仲間たちに支えられ、かと思えば魔王の姫たちに振り回されて、魔王城で料理人としての仕事に追われ、気がつけば友と呼べる存在まで近くにいた。


 辛く苦しい異世界での生活だったが、悪いことばかりではなかった。

 ルートミリアの側にいられただけでも、稲豊にとっては幸せだったからだ。

 

『ああ…………そうか』


 頭に次々と浮かぶ皆との思い出で、稲豊はそれが走馬灯だと気がついた。

 そして同時に、すでに自分の中で答えが決まっていることを知る。


「この世界にやってきて、初めに出会ったのが君だったら……俺はきっとエデンで暮らしていたんだと思う」


「………………イナホ……」


「でも、魔王軍での生活を知ってしまったから、ルト様たちの理想を知ってしまったから……。知ってしまったら…………裏切るなんて出来ないよ…………」


 稲豊が弱々しく微笑んだが、レトリアの瞳に浮かぶのは涙だった。

 そして稲豊は……最後の決断をする。





「リア――――――君に頼みがある」





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