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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第六章 魔王の死

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第244話 「秘密兵器」


「アルバ城は完全に制圧! 両軍共に、死傷者はいないとのことです!」


「……そうか、報告ご苦労。お前はしばらく後続の救護車で羽を休めろ。また後で声をかける」


「ハッ!」


 伝令兵士のバードマンが、絢爛な猪車から飛び立つ。

 ソフィアはその後ろ姿を見送ったあとで、ルートミリアの方を見た。



「はぁ……はぁ……! クッ…………!!」



 そこには全身に汗を浮かべ、息を荒くするルートミリアの姿があった。


「フフ……情けないな……。力を一度使っただけで、これほど消耗するとはの」


「そんなことはない。姉さんは立派だった」


 ソフィアはルートミリアに駆け寄ると、立つのもやっとといった彼女に肩を貸す。そしてゆっくりと座席へ座らせると、窓の外へ視線を向けた。


「もうすぐ目標の地点だ。姉さんはここで休憩しててくれ、後はオレがやる」


「すまんの。体力が回復したら、妾もすぐに復帰する」


 ルートミリアはそれだけを言うと、長い座席に横になった。

 しばらくの間、彼女の戦力はあてにはできない。しかしだからといって、走り出した作戦を止めるわけにもいかなかった。


 ソフィアは御者台に立ち、周囲を改めて確認する。


「皆、準備は出来ているようだな」


 ルートミリアらの乗車する絢爛な猪車の周りには、すでにエイム隊・マルコ隊・タルタル隊が待機していた。彼らの表情には激しい戦いを予想した、覚悟が表れている。そしてそれは、ソフィアも同様だった。


 ソフィアはひとつ深呼吸をしてから、



「作戦を開始する」



 とだけ告げる。

 間者がどこに入り込んでいるかも分からないので、作戦名はつけていない。

 その事情を知る三つの隊は、静かにそれぞれの指定された方角へと離れていった。


 ここまでは(おおむ)ね、作戦通りに事が進んでいる。

 しかしソフィアは油断することなく、前だけを見つめていた。

 



 数刻後――――――


 北東の牧場地帯に向かったマルコは、その長閑(のどか)な光景に毒気を抜かれた。

 広大な緑の大地に牛や馬が放牧されていて、数名ほど見える人間たちは家畜の世話に追われている。戦火とは思えないほどの、安穏とした光景がそこにはあった。


 せっせと働く牧夫たちは、いまからここで戦いが始まるなど想像もしていないに違いない。マルコは複雑な感情を胸の奥にしまい込み、後ろに並ぶ隊員たちの方を向いた。


「いいか、殺すなよ。我らの目的はエデン兵士をここに呼び寄せること、暴れるのは奴らが来てからだ」


 鼻息を荒くする狼人族を、マルコが(たしな)める。

 そうしなければ人間を憎む彼らは、容赦なく牧夫たちの息の根を止めるに違いない。


「では…………行くぞッ!!」


「オオオオオォォォ!!!!」


 狼人族の咆哮が、牧場地帯を揺らした。

 


:::::::::::::::::::::::



 別働隊が他を襲撃する少し前――――――


 エデンの西、広大な平原地帯では、


「ふん、まずは我が城を落としここまでやってきた蛮勇、褒めてやろう。だが! 我々とあの連中を一括(ひとくくり)にはするなよ? ワルキューレ隊は、名実共にエデン最強の部隊だ!!」


「城? おお、そういえばそんなものもあったのぅ。ここまであまりにも簡単に進軍できたゆえ、いまのいままで忘れておった。わるなんとか隊というのも、妾の記憶に残ることはないのじゃろうの」


 ワルキューレ隊の大将であるアルバ=ベルトビューゼと、魔王軍の大将であるルートミリア・ビーザスト・クロウリーの舌戦が行われている最中だった。


 雲ひとつ無い晴天の下、対峙する両軍から一歩進み出た彼女たちは、言葉の剣で牽制しあう。


「ひとつ訊いておこう。城の兵士たちはどうした?」


「天下のアルバ大将軍は優しいことじゃのぅ。部下のことが心配かえ?」


「時間稼ぎすら満足に出来ぬ兵士など、食い散らかしてもらって結構! 所詮、魔物に捕虜を飼う頭もないだろうからな」


「言うと思うたわ。ならばその知恵が足りぬ魔物に倒される主らは、魔物以下のバカ女ということじゃの」


「ぬかせ! 魔王の残した絞りカスの分際で、片腹痛いぞ!! 貴様のその小生意気な顔を、すぐに首だけにして晒してやる!!」


 舌戦が終わり、あとは大将の号令が発せられるのを待つばかり。

 後ろに控えるクリステラらの表情も、心なしか緊張でこわばっていた。


 やがてアルバ、ルートミリアの両名が所定の位置に立ち、視線で火花を散らしたのち――――――



「全軍進めッ!! 我が隊の威光を知らしめ、魔物共を残らず蹴散らしてしまえ!!!!」


「ゆくぞ!! 妾がついておる、焦らず、確実に各々の役目を果たすのだ!!」



 開戦の号令が天高く突き抜け、戦士たちの咆哮が大地を支配する。

 最初に飛び出したのは、褐色の肌をした大女……グラシャ率いる戦闘部隊だった。


「ハハァッ!! 実戦だ実戦だ実戦実戦実戦じっせんんん~!!!!」


 長い髪をなびかせながら、黒馬で向かってくるグラシャ。

 その嬉々とした顔を遠くから眺めていたライトは、辟易(へきえき)とした表情を見せた。


「なんという血の気の多そうな女……。まったく、どちらが魔物なのだか。よし、いまだ! 結界を展開しろ!!」


 ライトの出した号令により、巨大な結界が両軍の間に出現する。


「なにィ!?」


「止まれ! 止まれぇ!!」


 血湧き肉躍る戦いを期待していた血気盛んな兵士たちは、苦虫を噛み潰したような顔をして足を止める。グラシャも黒馬を止め、小さく舌打ちをした。


「疲弊した者は無理をせず後続と交代しろ! 結界を維持し続けるのだ!! 奴らは姿を消す能力も持っているぞ! すべてに警戒し、虫一匹さえ入れるな!!」


「はい! ライト様!!」


 魔王軍の先頭で横一線に並んだ様々な魔物たち。

 彼らは魔法を得意とする者で構成された、謂わば結界部隊。

 

 大勢により構築される、魔法陣が描かれた透明の壁は、最強を自負するアルバ軍といえど容易には破れない。

 

「戦の開始直後に拒絶型の結界だと? 奴らいったい、何を考えている……」


 アルバが首をひねる。

 国境の城を襲撃した際には、魔王軍は積極的に戦闘を行ったに違いない。

 にも関わらず、いまの魔王軍は結界に引きこもり、攻撃の素振りをまったく見せなかった。


 結界ごしにルートミリアを睨みつけるが、その真意はいくら考えても見えてこない。


「退け、距離を取りしばらく様子を見る。スカルフォ、念の為にこちらも結界をいつでも張れる準備をしておけ」


「…………は~い、了解しましたアルバ様」


 グラシャ率いる近接戦闘部隊が後退し、代わりにスカルフォの魔術師隊が先頭に躍り出る。そして魔王軍同様に、横一列に並んだ。


「どうして隊を下げるんですか? あんな結界、一点突破で破壊してしまえばどうとでもなるのに……」


 敵を前に()()()()をくらったグラシャが、不服そうに訊ねる。

 しかしアルバは、微動だにせず口を開いた。


「奴らは我が城を、半刻と経たずに攻略した。いくら男共が無能とはいえ、あの城は一朝一夕で落ちる造りにはなっていない。恐らく何かしらのカラクリがあるはずだ。あの結界も、その為の時間稼ぎかもしれん」


「なら、なおのことすぐに破壊するべきでは?」


「そう見せかけて、我らの突撃を誘う罠の可能性もある。ふん、どちらにしろあの規模の結界を長時間、維持するのは不可能だろう。この補給もままならぬ状況で、奴らは一方的に消耗するだけ。ならば我らは万全の体制を整えつつ、ただ待っているだけでいい」


「そうですよ~……グラシャ……。猪のように突っ込むことだけが戦ではないのです……」


 アルバとスカルフォに言われては、猪突猛進のグラシャでも折れざるを得ない。小さく項垂れると、グラシャは部下と一緒に下がっていった。


 そのとき彼女と入れ替わるように、ひとりの兵士がアルバの下へとやってくる。兵士は息を整える間もなく、報告を開始した。


「アルバ将軍! アート・モーロより伝令です!! 北東の牧場地帯、北西の採石場、南のポルター・ベリーに魔王軍が出現!! 現在、襲撃を受けているとのことです!!!!」


「なんだと!? 奴ら別働隊を用意していたということか……」


 魔王軍がほぼ総力で襲撃してきたことに驚いたアルバだったが、何よりも違和感の方が勝っていた。


「なぜわざわざ牧場地帯など……。重要な拠点には違いないが、それならばアート・モーロを襲撃した方が良いに決まっている……」


 腑に落ちない魔王軍の行動。

 結界を張る魔王軍を一瞥したのち、アルバは伝令に言った。


「ワルキューレ隊は魔王軍本体と交戦中、援軍に割けるほどの兵隊はいない。別働隊の対処は、他の天使軍に委ねさせてもらう。――――――そう伝えろ」


「は、はい! 了解しました!!」


 伝令が足早に去っていく。

 何よりも重要なのは、目の前の魔王軍本体をアート・モーロに近づけさせないこと。本隊さえここで仕留めてしまえば、別働隊など恐るるに足りない。


 アルバはそう考えた。


「いくつも部隊を分けるなど、我々も舐められたものだ。待っていろ、その結界を解いたときが……貴様らの最期だ!」



:::::::::::::::::::::::



 アルバの放った伝令により、アート・モーロでは兵士たちが慌ただしく戦闘の準備を始めていた。


 街の防衛を担当するのはレトリア軍。

 救援にはトロアスタ軍とティフレール軍、そして旧アキサタナ軍の兵士が向かうことになった。


 街の南門では、いままさにアキサタナ軍が出撃する直前。

 隊長のアキサタナが、興奮気味に部下を激励しているところだった。


「キサマら! そんな士気の低いことでどうする! ここで手柄を立てれば、昇進するチャンスなんだぞ!!」


「しかし、そうはいってもアキサタナ様…………」


 部下のひとりが、伏し目がちに言った。


「我々の軍……というか隊、七人しかいないんですけど…………」


「だだ、黙れ! 仕方ないだろ! 他の兵士は皆、もう別の隊に行ってしまったんだから!」


 アキサタナが魔王軍に敗北し監獄長に降格したことで、アキサタナの兵士たちは他の天使軍に異動したり、転職してしまった。ここに残っているのは、スカウトすらされなかった落ちこぼれだけ。アキサタナは顔を赤くして叱咤するが、士気が上がろうはずもない。


 そんな彼らのいる南門に、ひとつの足音が近づいた。

 

「おや? いまから出撃するところなんだね」


「ファ、ファシール様!?」


 いきなりの大勇者の登場に、アキサタナでさえ思わず敬礼をする。

 ファシールといえば皆の憧れの存在、雲の上の天上人だ。それはアキサタナにとっても、例外ではない。


「ファシール様も我々と同様、いまから救援に?」


「いや、僕には別に仕事があってね。()を迎えに来たところだよ」


「ああ……()()()ですか――――――」


 アキサタナが、門の側に止めてある馬車を見る。

 南門にやってきたときから、すでに停車していた馬車だ。


 馬車の中には男がひとり乗車していて、その異様な雰囲気のせいで、アキサタナもろくに触れられずにいた。


「何なんですかあの男は? 話しかけても、反応ひとつ示しやしない」


「僕もそこまで詳しくはないけど、どうやらアスタの秘密兵器らしい。この作戦の(かなめ)になる存在だそうだ」


「あんな男が…………要ですか?」


 アキサタナが懐疑的な視線を向ける、馬車の中。

 そこの一角には、黒衣に身を包んだ長髪の青年がいた。


 全身が黒ずくめでも異様だというのに、青年はその顔を禍々しい仮面で覆い隠している。

 

「…………くく、要ね」


 青年はやがて静かに笑い、そして――――――



「任せてくださいな。出来ますとも、この()()になら……ね」



 そう呟いたのち…………再び笑った。




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