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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第六章 魔王の死

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第240話 「砂塵の中に」


「む?」


 アキサタナ城跡地に建設された、アルバ城の見晴台。

 ひとりの兵士が、遠く西の方へ訝しげな視線を送っていた。


「どうした?」


 その様子が気になった別の兵士が声をかける。


「一瞬だったが、西の空に巨大な鳥影が見えたような気がしてな」


「鳥影? おれには何も見えんが」


「そう……だな、おそらく雲か何かを見間違えたんだろう」


「おいおい、しっかりしてくれよ? この前のハーピー襲撃の件で、ただでさえ兵士おれたちはピリピリしているんだ。また新聞で中傷されるのはごめんだぜ」


「わかっているさ。しかし……あれも妙な事件だったな」


 兵士のひとりが、腕を組みながら言った。

 

「妙って、なにが?」


「…………うむ」


 しばらく悩む素振りを見せたあとで、やがて兵士はとても言いづらそうに口を開く。


「俺の家が北東門の近くでな。気になって現場の様子を見に行ったことがあるんだ」


「ほう、それで?」


「そこでハーピー事件の現場検証を行った兵士に話を聞くことができたのだが、どうも不可解なことがあったらしい」


「不可解なこと?」


「ああ。まずハーピーは霞の沼地を根城にしている魔獣で、滅多なことで住処を離れることはないらしい。それも群れで離れるなど、前代未聞だそうだ」


 もうひとりの兵士は、「なんだそんなことか」と強張っていた表情を弛緩させる。


「たまたま餌が近くになかったんじゃないか? あるいは自分たちで食べ尽くしたか。魔獣が普段と違う行動を取るのは、別に珍しいことではないだろう?」


「まあ、そうなんだが……。じゃあこれはどうだ? その兵の話では、ハーピーに襲撃された兵士たちの中には熟練の兵士もいたそうだ。にも関わらず、現場には争った形跡が何もなかったらしい」


「争った形跡がない?」


「うむ。三人もの見張りがいて、中には熟練の兵士もいた。魔獣に為す術なくやられるものだろうか? 何かしらの抵抗を試みることぐらい、できたのではないか?」


 もうひとりの兵士は「……ううむ」と唸ったような声をだし、弛緩していた表情を再び強張らせた。


「ハーピーの前には、訓練中の隊がガルムの群れに遭遇した事件も起きている。あれも魔獣がいない場所を吟味したにも関わらず、なぜかいきなり魔獣が襲撃してきた」


「…………つまるところ、お前は何が言いたいんだ?」


「つまりオレが言いたいのはだな、この魔獣たちの異常行動には何か理由があるのではないか? ということだ。例えば――――そう、人間オレたちの裏をかくために知恵をつけてきたとかな」


「住処を追われた魔獣たちが人を襲うために進化したと? ありえない話ではないが……」


「さらにありえない話をするならば、魔獣たちの異常な行動は或いは――――――」




 そこまで言葉にしたところで、兵士は口をつぐんだ。そして急に話を止めたことで不服そうな同僚に背を向け、再び西の方角へと顔を向けた。


 先ほど視線を向けたのは西の空。

 しかし、いま兵士が見ているのは遥か下方。荒涼とした大地の方だった。


「おい、どうした?」


 同僚の問いかけも無視し、腰に下げてあった望遠鏡を取り出し即座に覗き込む。

 円形の視界の中には、なんとも奇妙な光景が広がっていた。

 

「なんだ……アレは?」


 望遠鏡を使っても微かに捉えられるほどの彼方。

 遥か遠くの地平線が、左端から右端まで茶色のうねりに覆われている。


 例えるならば茶色の洪水。

 それは濛々(もうもう)と土煙をあげながら、少しずつだが確実に兵士らの方へと向かってきている。

 

「くそ! なんでこんなときに!?」


 悪態をつき終わるや否や、兵士は望遠鏡を片付ける間もなく駆け出した。そして見晴台に備えられた警鐘を、躊躇もなく幾度と鳴らす。


 この鐘が鳴るのは、有事の際。

 (すなわ)ち――――――



「敵襲ッ!! 敵襲ーー!!!!!!」



 大きな鐘の音と兵士の叫喚が、開戦の合図となった。




:::::::::::::::::::::::::::




 アルバ城より発せられる、ただならぬ警鐘。


 その音色を遠くに聞いたソフィアが、御者に何かを(ささや)いた。

 すると御者は小さく頷き、気迫の掛け声をあげながら手綱をふるった。


 兵士たちを乗せた猪車の大群の中から、頭ひとつ抜け出した絢爛な猪車。

 ルートミリアとソフィアの搭乗するその猪車の中では、あるひとつの“覚悟”がせめぎあっていた。


「…………作戦を中止できるのは、ここが最後だ。接敵してしまえば、もう作戦の修正はできない」


 どこか思いつめた様子のソフィアが呟く。

 ルートミリアはそんな妹の顔を一瞥したあとで、からかうように「かか」と笑った。


「なんじゃなんじゃ? 天下の魔王軍の軍師ともあろうものが、ここまできて尻込みか? そんなことでは、先が思いやられるのぅ」


 小馬鹿にしたような笑いに、ソフィアは不快感をあらわにする。

 その顔があまりにも不服に満ちていたので、ルートミリアは即座に「すまぬすまぬ」と謝罪した。


 そして遠くに小さく見えるアルバ城を見据え、ルートミリアは憂いを帯びた表情を浮かべる。


「今回のことで、妾は己を心の底から不甲斐ないと感じたのじゃ。皆に任せっきりで、戦場では血の一滴すら流してはいない。そう、いままでの妾は魔王軍の飾りでしかなかった。主のいなくなった椅子に座るだけの、ただの人形じゃ」


「……それが王の役目だ。象徴は、ただそこにいるだけで皆に勇気を与える」


「普通の王ならばそうかもしれんの。だが、妾は魔王(ちちうえ)の背中を見て育ったのじゃ。あの姿こそ、妾の目指す王そのものなのだ」


 ルートミリアの瞳に浮かぶ、絶対の覚悟。

 もはや説得は不可能と悟ったソフィアは、無言で俯いた。


 その様子があまりに悲しげだったので、ルートミリアはソフィアの頭を優しく撫でる。そして、アルバ城からワラワラと出てくる兵士たちを見つめながら――――――



「妾は、ただの飾りで終わるつもりはない」



 そう告げたルートミリアの体には、(おびただ)しい量の魔素が渦巻いていた。




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