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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第六章 魔王の死

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第239話 「天獄にて・・・4 温情」



 某日。


 タルタロス監獄――――――



「あの蝋を使った拷問にまで耐えるとは、その若さで大したものだ」


 独房に吊るされた少年の前で、トロアスタがため息混じりに称賛の拍手を送った。すると稲豊は昨日から数段は覇気が落ちたやつれ顔で、気丈にも微笑んでみせる。


 その精神力の強さに多少の辟易と尊敬を覚えながら、トロアスタは独房の外にでた。


「…………あ?」


 今日の拷問はまだ終わってはいない。

 にも関わらず、トロアスタが独房の外に移動した意味は?


 疲れで鈍くなった脳を回転させ、その意味について稲豊は考えた。


「もしかして……今日は……拷問の定休日かなんかか?」


 希望的観測の大きな予想だったが、そこまで的外れでもないだろう。

 トロアスタだって、連日の拷問で疲労が蓄積している。しかも、あの老体だ。たまに休日があったとしても、おかしくないに違いない。


 そんな願いにも似た浅はかな想像が、現実に起きるはずもなく――――――



「いやなに、我慢強い君に敬意を表し、今日は少し趣向を凝らそうと思ってね」


 たったの数秒で、願いは儚く砕けて散った。

 そして絶望に項垂れる稲豊を尻目に、トロアスタは独房の扉、その脇の壁から斜めに生えている棒に手を伸ばす。


 稲豊の視界から死角の位置にあるその鉄棒は、初めて見る者にとっては意味不明な代物にほかならない。しかし『ある限定された状況』に置いて、トロアスタの心強い味方にもなった。


「君には言ってなかったのだが、この独房にはちょっとした仕掛けがあってね。いまからそれを見せてあげよう」


「…………仕掛け……?」


「うむ。謂わば()()()()()というやつだね。まあ、百聞は一見に如かず。拙僧からの計らい(サプライズ)を楽しんでくれたまえよ」


 トロアスタはさも愉快そうに笑うと、上がっていた鉄棒を下げる。

 するとどこからともなく地鳴りのような重低音が独房内を反響し、小さくない振動が部屋全体を揺らした。


 この老人のサプライズが喜ばしいものであるはずもない。

 稲豊は混乱と警戒の眼差しで、独房内に起きる変化を探した。


 そして時間にして数秒もかからないうちに、その奇妙な現象を目の当たりにする。

 

「……あ?」


 壁が、少しずつ()()()いく。


 正確に言うなら、稲豊の右手側にあった独房内の石壁が、背中側の壁にじわじわと埋まっていっている。部屋を揺らす振動と地響きは、移動する壁が石畳と擦れ合う音だ。


 石壁がゆっくりと取り払われていき、徐々に右隣の独房が明らかになっていく。

 稲豊の右隣といえば、初日に苦悶の声が聞こえてきた部屋でもある。トロアスタの不穏な言葉も相まって、稲豊の視線はとなりの部屋に釘付けとなった。


 となりの独房の鉄格子が見え、次に苔の生えた石畳が見える。

 やがて半分も石壁が埋まった頃には、床と天井から伸びる鉄鎖が視界に映った。


『誰かいる?』


 アダンがもういなくなったので、となりの独房はもぬけの殻のはず。

 そんな稲豊の考えは、鎖に囚われた華奢な足首によって否定される。自分と同じように、手枷と足枷で拘束された囚人。


 その囚人の顔は…………稲豊のよく知るものだった。



「――――――――――――え?」



 後頭部を鈍器で殴られたような衝撃が走る。

 目の前の光景が信じられず、稲豊は何度もまばたきをした。

 しかしどれだけ瞬きを繰り返しても、瞳に映る光景は変わらない。


「驚いたかね? 今日から尋問はふたり同時に行うこととする」


 しわがれた嫌味声も、『なぜ?』の二文字が脳内に溢れかえり、頭に留まることなく抜けていく。稲豊が我に返ったのは、牢獄の装置が作動しきった数十秒後。トロアスタが()()の名を呼んだことが切っ掛けだった。



「魔王国第六王女、『ウルサ・ルフラプス・リオン』嬢だ。君も面識くらいはあるだろう?」



――――――そう。


 右隣の独房に稲豊同様に吊るされていたのは、稲豊がここに囚われる原因となった少女……ウルサだった。何度も彼女に絡まれた稲豊は、もちろんウルサのことをよく知っている。だが現在の彼女の姿は、記憶の中にあるどの彼女よりも、みすぼらしいものだった。


 魔王国の紋章が描かれた高価な服は影も形もなく、着ているのは民衆ですら捨てるようなボロボロの服。燃えるようだった朱色の髪も精彩を欠き、一切の輝きを失っている。背中から生えていた両翼もいまはなく、あるのは左の太ももに焼き付いたエデンの紋章と、緋色の眼の下の大きなくまだけ。


「…………ぅ……」


 猿ぐつわをされているので、言葉を発することも叶わない。

 憔悴しきった表情のウルサは、何かを訴えるような眼差しを稲豊へ向けていた。


「ど、どういうことだよ……? なんで……なんでウルがここに?」


 エデンに亡命したウルサは高待遇で迎えられ、今頃はガーデン・フォール城で悠々自適な生活でも送っていると、稲豊はこのときまで根拠もなく信じていた。だがウルサの様子は、昨日今日に牢獄入りしたものではない。


 そこまで考えて稲豊は、彼女の太ももの焼き印に目がいった。


「まさか……俺がここに入ったときに聞いた声は……」


「ご名答。君は勝手に勘違いしていたようだがね。君が目を覚ましたとき、彼女はすでにこの牢獄の中にいたのだよ。君が聞いた声と、あの焼き印がその証拠。そして当然、彼女も君と同じ()()を受けてきている」


 言われずとも、稲豊にはわかっていた。

 憔悴しきったウルサの表情が、すべてを物語っていたからだ。


 沸々と、苛立ちが強くなっていくのを稲豊は感じた。


「リード・ルードと同じように、ウルを利用したんだな?」


「そうだ」


 トロアスタが、再び独房内に入ってくる。


「最初から、ウルを騙すつもりだったんだな!」


「そうだ」


「ウルを利用して、俺も捕らえようと思ったんだな!!」


「そうだ」


「これがどれだけ非道な行いか知っていながら、お前はそれをやったんだな!!!!」


 語気が荒くなっていくのを自覚しながら、それでも稲豊は内から湧く怒りを抑えられなかった。またしても、この老人は魔物の心を弄んだ。その行為が、どうしたって許せない。


「そうだとも」


 互いの鼻が当たりそうな距離まで顔を近づけ、トロアスタは再び断言した。

 まったく悪びれないその様子に、稲豊は噛みつきそうな瞳を向けることしかできない。


 数秒後、トロアスタはくっくっと笑みをこぼしつつ顔を離し、いまや横長となった独房内を闊歩する。そしてウルサの前で足を止めると、おもむろに彼女の猿ぐつわを取り払った。


「もうこれは必要ない。耳栓もこれからはしないであげよう。天使である私の慈悲深さに感謝したまえ」


「何が……天使だ…………この……悪魔め!」


「この状況でそれだけの悪態がつけるとは、見上げた精神力だ。我が兵たちにも見習って欲しいものだね」


 トロアスタはうんうんと二度頷いたあとで、睨みつけるウルサに背を向ける。そして人を小馬鹿にするような緩慢な動きで再び牢屋の外へ出ると、咳払いをひとつしてから口を開いた。


「さて、君達にはいままで様々な尋問を行ってきたわけだが、今日こんにちに至るまで私に有益な情報を何も漏らしてはくれないね。その素晴らしい忍耐力に敬意を払い、ひとつ温情を与えたいと思う」


 予想もしていなかった、『温情』という言葉。

 トロアスタのような者の口からでたにも関わらず、稲豊とウルサのふたりは小さな期待を持たずにはいられなかった。


 それが愚の骨頂であると知りながら、ふたりは息を飲んでトロアスタの二の句を待つ。そんなふたりの様子を楽しそうに眺めたあと、老人はふたりにとって信じられない言葉を口にした。


「君達ふたりには、六日間この尋問を耐えきれば解放すると伝えてあるが――――――それは囚人たちにとって希望でもあり、そして絶望でもある。なぜなら君らが持ち前の強靭な精神力で六日間を耐えきった日、その日は君達の……()()()となるだろうからね」


 憔悴していたふたりも、これには驚愕の表情を浮かべる。

 六日間を耐えれば……という希望があったから、どんな辛い拷問にも耐えることができたのだ。それがどれだけ望みの薄い希望であったとしても、すがることで今日まで耐えてこられたのだ。


 なのに、儚い希望は泡となって消える。

 ふたりの耳には、何かが崩れるような音が聞こえていた。


「処刑日って……どういうことだよ? この六日間を耐えれば……解放されるんじゃねぇのかよ?」


「解放するとも。ただし、『君が生きた状態で』とは言ってはいない。考えてもみたまえ? 拷問に耐えるほどの忠誠心を持つ者など、生かしておく理由がないだろう? いつ我々の喉元に食らいつくかわからんからね」


「ふざ……ふざけるなッ!! よくも……よくも……!!」


 トロアスタを睨みつけるふたりの瞳に、より一層の憎しみが込められる。

 希望を踏みにじられた者の、精一杯の反抗の瞳だ。


 ふたりの燃えるような憎しみをぶつけられたトロアスタは、やれやれと困ったように顎髭を擦った。


「まあ少し待ちたまえ。ここからが()()()()になるわけだ。まだ若く有望な君達が、こんな陰気な場所でその生涯を終えるのはとても忍びない。だから拙僧は、君達に最後のチャンスを与えようと考えている」


「……最後の……チャンス?」


 一度は失ったふたりの瞳に、再び希望の輝きが戻る。

 不覚にもこのときだけは、トロアスタが天使のようにふたりの瞳には映った。


「そう、これが最後の希望だ。有益な情報を話してくれたなら、尋問および拷問を免除しよう。そして情報の内容いかんによっては、命も……その後の生活も保証する。つまりは、君らで言うところの解放というやつだ」


「解放って……この監獄から出られるのか……?」


「無論だ。アート・モーロを自由にとはいかないが、ある程度の移動ならば許可しよう」


「う、嘘じゃないだろうな?」


「我が神エデンに誓う。いや、天地神明に誓って約束しよう」


 トロアスタの瞳に、嘘の色は浮かんではいない。

 表情にも一切の笑みはない。真剣な表情そのもの。


 だから稲豊とウルサは、この『温情』の信憑性を、次第に疑わなくなっていった。


「……ただし」


 そこで、トロアスタがそう前置きをする。

 不穏な言葉に、ふたりの緊張の糸が再び張り詰めていく。


 もう絶望的な言葉は聞きたくない――――と、耳を塞げれたらどれだけ良かったか。稲豊は自分の両腕を拘束する枷を恨んだ。


「この温情は()()()とする。拙僧が認める情報を話した者、()()()()()をこの牢獄から解放しよう。理解したかね? 自分が助かりたくば、相手よりも上質な情報を提供するしか道はないのだよ」


 自由を手にすることができるのは、

 拷問を回避することができるのは、

 救われるのは、どちらかひとりだけ。


「稲豊君を裏切ったウルサ君。ウルサ君に裏切られた稲豊君。さあ、拙僧に何か話したいことはないのかね?」


 稲豊とウルサは自然に、そしてゆっくりと。

 互いに顔を見合わせる。


 横長の牢屋内が、疑心暗鬼の渦に呑まれようとしていた――――――



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