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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第六章 魔王の死

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第232話 「出征の日」


 魔王軍、出征の日――――――


 ルートミリアとマリアンヌを乗せた猪車は、街の東門を目指していた。


「な、なんや緊張してきたわぁ。戦前ってなんていうか、こう……ピリピリした感じがするんやね」


 そわそわと落ち着きのないマリアンヌとは対照的に、ルートミリアは瞳も口も閉じて微動だにせず、ただじっと猪車の揺れに身を任せている。


 その姿は頼もしくもあると同時に、これからの激戦をマリアンヌに想像させ、彼女の不安を煽りもした。


「みんな……来てくれるんかな?」


 沈黙に耐えかねたマリアンヌが訊ねる。

 すると瞳を閉じたままで、ルートミリアは緩慢に言った。


「さて……の。シモンの中に父上の魂があるとはいえ、シモンは人間なのだ。拒絶を示す兵士がおったとしても、それは仕様のないこと。そのことで、兵士らを罰するつもりはない」


「悲しいけど、簡単に割り切れる問題やないもんなぁ。……悲しいけどね」


 人と魔物の差別問題は、建国以来、ずっと魔王国に蔓延はびこり続けている。

 敵国の種族に対して、負の感情を抱くのは至極当然のこと。


 マリアンヌも、ルートミリアでさえ、まったく抱いていないと言えば嘘になる。それが理解できるからこそ、作戦への参加を希望しない兵士の感情も理解できた。


「だがもし兵士たちの大半が東門に集まらなかったとしても、作戦に変更はない。妾はシモンたちを救いに行く」


「せ、せやね! 戦いのこととかよく分からんけど、今回はウチもできる限り協力するから!」


 いつになく意気込みを見せるマリアンヌだが、ルートミリアはそんな彼女に一瞥することもなく、到着のときを静かに待っている。


 そうしているうちに猪車は巨大な門を抜け、東門の外――――つまりは街を覆う石壁の東側で動きを止めた。


「東門前に着きましてございます」


 猪車内の小窓が開き、御者が到着の報告を告げる。

 そこでようやくルートミリアは瞳を開き、「うむ」と猪車の外へと降りていく。緊張した面持ちのマリアンヌも、ルートミリアに続いた。


 集まった兵士の総数は、魔王軍への……ひいては自分たちへの信頼度と言い換えてもいい。民からの信頼がない国などもってのほかであるし、兵士が少なければ少ないほど稲豊たちの救出も困難になるのだ。


 そんな不安で顔を強張らせたルートミリアとマリアンヌのふたりは、やがて意を決した様子で面を上げる。そしてふたり同時に、驚きの表情を浮かべ息を呑んだ。


 ふたりの眼前に広がるのは――――――



 大地を埋め尽くすほどの、魔物の軍勢だった。



 大小様々な魔物たちが思いおもいの武器を持ち、頼もしい表情をいま到着したばかりのふたりへと送っている。


「こ、これは……いったい、何名が……」


 想像していなかった光景に、ルートミリアは思わず言葉を詰まらせる。


「魔王軍に在籍する、ほぼすべての兵が志願してくれた」


 言葉を失ったふたりのところへ、さきに到着していたソフィアが近づく。

 誇らしげなその表情から、ルートミリアは彼女の言葉に偽りがないことを知る。


 その瞬間、ルートミリアは半信半疑だった自身を心から恥じた。


「在籍している兵だけではありませんぞ? 近隣の村や街、里からもたくさんの義勇兵が名乗りを上げてくれました。さすがは魔王様とお嬢様の人望……もとい魔望というべきか、いやはや素晴らしい」


 どこからともなく現れたアドバーンが、嬉々とした表情で賛辞をおくる。

 しかしルートミリアは、すぐにかぶりを振った。


「妾の求心力など微々たるもの、父上の威を借りただけに過ぎぬ。いや、父上だけではないな」


 そういって、ルートミリアはアドバーンの背後へと目をやった。

 視線に誘導されるように、アドバーンが振り返る。


 そこにはコボルド族の青年を筆頭に、数十名の魔物が敬礼をしていた。

 青年はうやうやしく頭を下げたあとで、口を開く。


「魔王様への忠義はもちろんですが、我々は給仕隊の隊員として、イナホ隊長の救出に全力で貢献したく思います。前回の戦だけでなく、その後も事あるごとに隊長は我々を気にかけてくださいました!」


 コボルドの青年が口火を切ると、


「お給金が入ると、隊長はいつもごちそうしてくれるんです!」

「異世界のおもしろい話、いっぱい聞かせてもらいました!」

「料理のことで聞きたいこと、まだまだたくさんあるんです!」


 後ろの給仕隊員たちも、口々にそう訴えた。

 彼らの真摯な訴えを聞いたルートミリアは、得意げな顔をアドバーンへ向ける。


 アドバーンは当然、その表情の意味を理解していた。


「失礼……私めとしたことが、イナホ殿のことを失念しておりました。彼の働きぶりは、誰もが認めるところでございます」


 申し訳なさそうに、しかし嬉しそうにアドバーンが謝罪する。

 そこでようやく、ルートミリアは満足そうに頷いた。


「無論、父上やシモンだけではないぞ? 言うまでもないことじゃが、これはソフィやクリス……そして家臣おまえたち、この場におる全員の功績である」


「もったいないお言葉……ですが、ここは肯定することにいたしましょう。皆が一丸となったいま、我が軍を阻むものはございませんとも」


「うむ! 分かればよいのじゃ!」


 喜色満面の笑みを浮かべるルートミリア。

 そのとき――――給仕隊の列の中から、男がひとり進み出る。


 男はルートミリアらの前で足を止めると、深々と頭を垂れた。


「愚かな兄の犯した罪……魔王軍に貢献することで償いたく思います。この度は、私などに給仕隊隊長などという大任を与えていただき……誠にありがとうございました!」


「ネロか。苦しゅうない、おもてをあげよ」


「は!」


 面をあげたネロの表情かおには、ある種の覚悟のようなものが浮かんでいる。その覚悟に偽りがないことを察したルートミリアは、ネロに優しく語りかけた。


「よいのだ、ネロよ。パイロにも、やむを得ぬ事情があったのだろう。愚かなのは、パイロの苦しみに気づくことができなんだ妾の方じゃ。妾がもっとしっかりしておれば、こんな大事にはならんかったに違いない。……許せ」


「め、滅相もありません! 責任はすべて家族でもある自分に――――!」


「それとネロよ。感謝をしてもらった手前、すまぬが……お前を給仕隊の隊長に推薦したのは、妾ではないぞ?」


 言葉を遮られたネロは、その行為よりも、遮られたルートミリアの言葉に首を傾げる。「へ?」とポカンとした表情を浮かべるネロだったが、数秒後には答えの方から彼の下へとやってきた。


「あなたを推挙したのはぁ、アリステラたちですわぁ」


「アリステラ様とクリステラ様!? いったい……なぜ?」


 驚きに目を剥くネロを見て、アリステラたちは上機嫌に語る。


「そんなの、あなたが適任だと思ったからに決まってるかしらぁ?」


「これでも私たちはお前の雇い主だぞ? お前の料理の腕を買っているのは、姉上だけではないということだ。お父様の代わり……頼んだぞ、新隊長」


「あ、ありがとうございます……!! 必ず……全身全霊をかけて、務めを果たさせていただきます!! 本当に……本当に……ありがとうございます!!」


 瞳に涙を浮かべながら、ネロはアリステラたちに何度も感謝を示す。


 不信もわだかまりも必要ない。

 いまの魔王軍に必要なのは、一致団結しようという思いのみ。 


「姫……いや御大将。出征の準備、すべて滞りなく」


「あとはルートミリア様の号令を待つのみです」


 ミアキスとライトがそんな台詞と一緒に、皆の輪に加わる。


 大地を埋め尽くすほどの軍勢と、彼らを運ぶための約千台もの猪車。

 出征を妨げるものは存在しない。ルートミリアは皆の顔を一瞥したあとで、意気揚々と兵士らの前に躍りでる。


「勇猛なる魔王軍兵士たちよ! 急な出征にも関わらず志願してくれたこと、我が身に余るほどの幸福である!! 急行軍になり、前回の戦よりも厳しい戦いになる可能性は否定できぬ。だが、それを不安に感じる必要はない! なぜならば今回の戦は――――この妾も前線に出て戦いに参加するからだ!!」


 ルートミリアが高らかに宣言すると、兵士たちは歓声を上げてそれに応えた。


「ルト……あんた……!?」


「ルートミリアお姉さま……!?」


 妹たちの驚愕の視線を背中に浴びながら、ルートミリアは申し訳なさそうな表情を浮かべる。しかしすぐに凛々しい顔つきに戻すと、兵士らの方を向いて叫んだ。



「我らが魔王を――――取り戻すのだ!!!!」



 割れんばかりの歓声が、空気と大地を飲み込んでいった。



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