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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第六章 魔王の死

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第229話 「朱色の笑顔」


 胸中を吐露し、涙も尽き果てたルートミリア。

 胸を貸してくれたミアキスに礼を言い、気丈にも面を上げる。


 予期しない来訪者が現れたのは、そんなときだった。


「少しだけ時間をもらえるかい? 会わせたい者がいるさね」


 大きな羽を羽ばたかせてどこからともなく現れたバーバラは、簡単な挨拶を済ませたあとでそう口にした。彼女がどこか深刻な表情を浮かべていることから、それが朗報でないことは誰の目にも明らかだ。


「よい」


 だが重要な話であればあるほど、避けて通れなくなる。

 大将という立場の重さを肌で感じながら、ルートミリアは二つ返事で了承した。


「ミアキスも一緒でかまわんかの?」


「指名は大将さね。でも、扉の前までならかまわないよ。さあ、目的の場所はこっちに…………ん?」


 バーバラが案内を開始しようとすると、おもむろに見晴台の扉が開く。

 そして皆の集中する視線のなかに躍りでたのは、ルートミリア同様に目を赤く晴らしたマリアンヌだった。


 マリアンヌは鼻を啜ったあとで、バーバラへと目をやった。


「……ウチも行ってええ?」


 すべてを察したルートミリアの大きなため息が流れたあとで、バーバラは少しだけ悩む素振りを見せてから言った。


「次女様なら……。まあ、嫌なら本人が拒否するだろうさ。とにかく時間が惜しいから、ついてくるさね」


 本当はマリアンヌを小一時間は問い詰めたいところだったが、バーバラに急かされてはしかたない。ルートミリアは名残惜しそうに街の景色を一瞥いちべつしてから、見晴台をあとにした。



:::::::::::::::::::::::



「ここは……」


 予期しない来訪者が案内した先は、やはり皆の予期していない場所だった。

 そこは魔王城三階の最南にあたる部屋で、ある王女(・・・・)の私室として使われている。


「入れば分かるさね」


 バーバラは扉を開けて、ふたりに中に入るように促した。

 ルートミリアとマリアンヌは無言で顔を見合わせ、慎重な足取りで扉をくぐる。


 閉じるドアの蝶番がきしむ音に被せるように、彼女の声が部屋に響いたのは、その直後のことだった。



「やあ、間に合ったみたいだね」



 王女のものとは思えない、必要な家具が置いてあるだけの簡素な部屋。 

 魔光石の燭台に照らされた寝台の上、そこに腰かけるのは――――――


「…………ウル」


 怪訝な顔のルートミリアが呟き、次にマリアンヌが驚愕の表情を浮かべた。特徴的な赤髪に、サキュバスの証明でもある羽と尾。そこにいたのは、皆の記憶の中にあるウルサの姿に違いなかった。


「あ、あんたなんでこんな所に!? いや、そんなことはどうでもええ! なんで……なんで……!!」


「待て」


 飛びかからん勢いのマリアンヌを、ルートミリアが左手で制す。

 そして下から上までウルサをじっくりと眺めたあとで、感情のない静かな声で言った。


「本人ではない。お前、ウルサの分身じゃな?」


 すると寝台の上の少女はにっこりと微笑み、首を縦に振った。


「当たり。ボクは本物オリジナルが置いていった、いわば保険のようなものだよ。説明役と呼んでくれてもいい」


「せ、説明役? なんなんよ……それ」


「どうしてボクが――――いや本物がエデンに亡命したのか? そこに至るまでの経緯いきさつというものを話しておこうかと思ってさ。まあ、聞きたくなければ回れ右してもらっても構わないよ。言い訳のようなものだからね」


 表情は笑っているが、ウルサの分身の言葉にはいつにない真剣味が込められている。だからルートミリアも、怒り心頭のマリアンヌでさえ、部屋を出ようとは思わなかった。


 ふたりが部屋を出ていかないことがわかると、分身は嬉しそうに小さく笑う。そして薄い笑みをたたえたままで、真相を語り始めた。


「四ヶ月前のザックイール戦まで話は遡るんだけどさ、実はボクあのとき――――ティフレールの奴に捕まっちゃったんだよね」


 分身はあっけらかんと言ったが、ふたりには少なくない衝撃があった。

 だから無表情だったルートミリアもこのときばかりは目を大きく見開き、間髪を入れずに質問をぶつける。


「ティフレールが丘を襲撃したときじゃな? 巨大な氷塊が空を覆ったと聞いたが……」


「そう。氷塊で兵士たちがみんなやられて、生き残った者も混乱して散り散りになって……。ボクも命からがら氷塊を逃れたんだけど、隠れてるところをすぐにティフレールに見つかっちゃってさ。気がついたら、ボクの前には大天使のトロアスタがいたんだ」


「…………最近、よく耳にする名前じゃの」


 ルートミリアは、心の底から不快そうに言う。

 そしてそれはマリアンヌも同じ気持ちで、ひそめた眉が胸の内のすべてを物語っていた。


「それで……彼奴に何を吹き込まれた? 妾の知っておるウルサ・ルフラプス・リオンは、誰かを飼うことはあっても、誰かに飼い慣らされるような安い魔物ではなかったはず。なぜだ? なぜ魔王国を……妾たちを裏切った?」


 それは詰問のような厳しいものではなく、悲哀を感じさせる問いかけ。

 声だけを聞けば穏やかな口調には違いなかったが、だからこそ余計に分身の心を抉った。

 

 どうせなら、強く問いただしてくれれば良かったのに――――――


 分身は、一瞬だけそんな表情を覗かせる。

 しかし数秒後にはしっかりと面を上げ、まっすぐな眼差しをルートミリアへと向けた。


「それは誤解だよ。ボクは別に、エデンに寝返ったわけじゃない。亡命はあくまで取引(・・)の手段のひとつさ。この魔王国をより良くするために、ボクはエデンに渡ったんだ。そしてそれは、姉さんのためにもなることだよ」


「妾のためになる……じゃと?」


「そうさ! これは裏切りではなく、取引なんだ。この取引が成功すれば、きっとすべてが上手くいく。六百年という永きに渡った戦争さえ、終結させることができるかもしれない。まあ見ててよ! そう遠くない未来に、大きな手土産を持って魔王国ここに帰ってくるからさ!」


 これ以上ないほどの笑みを浮かべながら、ウルサは饒舌に語る。

 しかし喜色満面の彼女とは対照的に、ルートミリアの表情はどんどんと複雑なものに変わっていく。


 そんなふたりの重なり合う視線を、突如、マリアンヌの赤いドレスが遮った。


「その取引の材料が……ハニーやったってわけなんか!!」


「うぐッ!」


 マリアンヌは分身の胸ぐらを掴むと、ぐっと自分の方へと引き寄せる。

 小柄なウルサの分身は一瞬でベッドから引っ張り上げられ、喉を圧迫される苦しさから、顔を苦悶に歪ませた。


 いくら分身とはいえ、姿も思考もウルサの生き写し。

 ルートミリアが「よせ、マリー!」と止めに入るが、マリアンヌは腕を離そうとはしなかった。


「し、仕方ないじゃないか……! トロアスタは『魔王軍の要になる存在』を望んでいた! それはつまり、王女姉妹ボクたちの誰かを人質としてエデンに差し出せということだ。でもボクにはどうしても姉さんたちを選ぶことができなかった。だから彼で……なんとか納得してもらおうと…………ぐ」


「マリー! そこまでじゃ! それ以上をやると、話も聞けなくなってしまう!」


 ルートミリアが怒声をあげることで、ようやく分身はマリアンヌの怪力から解放された。分身は片手で喉を抑えて、何度もえずく。


 マリアンヌは床に這いつくばるウルサの分身を見下ろしながら、それでも悔しそうに下唇を噛みしめていた。


「ゲホッ! く……シモン君は異世界からやってきて……そしてルト姉さんの料理人でもある。トロアスタも興味を示していたし、おあつらえ向きだと思った。でも、マリー姉さんがそこまで彼を気に入っていたとはね。いいよ……姉さんの気が済むようにすればいい。ボクは所詮、ただの分身に過ぎないからね」


 のそりと身体を起こした分身は、開き直ったように言った。

 自分がしたことの罪深さは、ウルサだって理解している。なのでどんな目にあったとしても、それは仕方のないこと。


 罵られ、殴られる覚悟は、最初から用意している。

 だから次にマリアンヌが見せた反応は、彼女にとって予想外なものだった。


「違う!! 確かにハニーを選んだことは絶対に許せへん! でもウルがどうしようもなくて、仕方なしに選んだってことは理解できる!! あんたがハニーと引き換えに何を得ようとしとるのかは分からんけど、それなりのもんを差し出さなあかんかったってことは分かっとる! ウチが……ウチが気にいらんのは……!」


 再びマリアンヌの両腕が伸び、分身は反射的に身を固める。

 だが腕は胸ぐらではなく、分身の両肩に添えられた。


 ウルサの分身は肩に添えられた手を意外そうに見てから、次にマリアンヌの顔へ視線を向ける。そこには、両目に涙をいっぱいにためた、姉の姿があった。


「気に入らんのは――――――あんたがどうしてウチらに()()()()()()()()()()んかってことや!!!!」


「……え?」


 呆けた顔をする分身の前で、マリアンヌは涙をひとつこぼす。


「ウチなんも知らんかった!! ウルが敵に捕まってて、苦しい決断を迫られとるなんて……なんも知らんかった!! たしかにウチはまったく頼りにならんけど、あんたを救う力なんてないかもしれんけど、だからってそれが……あんたがすべてを抱え込む理由にはならんのやで!?」


「マリー……姉さん?」


「あんたは昔っからそうや! いつもみんなの顔色をうかがって、どんなに辛くても涙ひとつ見せへん! 嫌なこと全部ひとりで背負い込んで、いつも勝手に解決しようとする!! 本当はハニーを騙すのなんて嫌やったんやろ? 本当は亡命なんてしたくなかったんやろ!? やったら……やったらどうしてそれをウチらに言ってくれんの? そしたら……止めてあげることができたのに!!!!」


 そこからはもう言葉にはならなかった。

 マリアンヌは両手で顔を覆い、さめざめと泣きつづける。

 

 その小さくなった両肩を、先ほどミアキスからそうされたように、今度はルートミリアが抱いた。


「ウル、妾もマリーと同じ気持ちだ。お前が妾たちのことを想う気持ちは素直に嬉しい。だが、お前だけが背負う必要などどこにもないのだ。分身であるお前に、あえて言おう。肩の荷を下ろして、好きなように生きよ。妾はそれが……一番嬉しい」


 罵られることよりも、頬を全力でぶたれることよりも、ふたりの姉の言葉は分身の心を強く揺さぶった。頬が自然と綻ぶほど嬉しいのに、胸が締め付けられるほどに悲しい。


 だからウルサの分身の表情は、笑顔には違いないのに、泣いているようにも見えた。

 

「…………はは……その言葉、本物にも聞かせてあげたかったな」


 分身は乾いた笑みこぼしながら、両手をいっぱいに広げる。


「このくだらない戦争を終結させ、父さんたちの願いだった最悪の食糧問題を解決してみせる! だから、少し待っててね姉さん。ボクは必ず、皆を救ってみせるから!!」


 そう高らかに宣言したところで、タイムリミットがやってくる。

 分身は一瞬で朱色の煙へと変わり、やがて行き場を探すように霧散する。


 あとに残ったのは、彼女がふたりの記憶に焼きつけた、痛々しい朱色の笑顔だけだった。



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