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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第六章 魔王の死

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第226話 「暗中模索」


「いったいどういうこと!! ハニーがエデンに捕まったっていうのは、ほんまのことなん!?」


 魔王城二階の作戦室を訪れるやいなや、マリアンヌは怒声をあげた。

 緊急召集をかけられたなかで、彼女が最後の到着だったので、作戦室内の席はほとんどが埋められている。


 にも関わらず、マリアンヌの質問に応じる者は現れなかった。

 

「ルト!!」


 業を煮やしたマリアンヌが、大将席に腰かけるルートミリアを睨みつけると、


「……………………そうらしいの」


 嘆息したのちに、ルートミリアがそう答えた。

 どこか他人事のような物言いに、マリアンヌの表情がより険しくなる。


「マリー姉。気持ちは分かるけど、とりあえず席についてくれ。いまはとにかく時間が惜しい」


 ソフィアに促され、マリアンヌは不服そうにだが席につく。


 ウルサを欠いた王女が五名に、相談役兼中将のアドバーン。

 大臣のシフと補佐官のライト、騎士で少将のミアキス。

 そして、唯一の目撃者のマルコ。


 皆が向かい合うように腰を下ろすが、視線は自然とルートミリアに集まっていった。


「マルコ、皆に分かるようにもう一度だけ説明しろ。……できるだけ簡潔にな」


 ルートミリアに命じられ、厳しい表情のマルコが少しだけ面をあげる。

 すでにした説明だが、面倒だとは思わない。



「オレはトロアスタを暗殺するため、単身でエデンに――――――」



 マルコはすべてを隠すことなく皆の前で語った。


 軍の規定に背いて、許可なくエデンに向かったこと。

 暗殺に失敗し、逆に追いたてられたこと。

 尻尾を巻いて逃げている途中、エデン兵に囲まれた稲豊を目撃したこと。

 そしてそれには、第六王女のウルサが関与していること。


 己の失敗を語ることは屈辱以外のなにものでもなかったが、軍のルールを破った以上、つまびらかにするのはせめてもの責任の取り方に違いない。マルコはそう考えた。



「――――――エデン兵の目を盗み魔法陣のある部屋まで戻ったオレは、部屋に火を放ち、こちら側へ戻ってきた。そこへ軍師殿が現れ……いまに至る」



 マルコがすべてを話し終えたあと、作戦室内は静寂につつまれた。

 しかしそれは、嵐の前の静けさに他ならない。その証拠に次の瞬間には、わなわなと体を震わさせていたマリアンヌが、大きな音をたてて立ちあがった。


「そんなの――――」


「そんなの嘘ですわ!!!!」


 だがマリアンヌが叫ぶよりも早く、となりの席のアリステラが叫喚きょうかんした。

 泣き腫らして赤く染まった瞳で、アリステラはマルコを睨みつける。


「ウルサが……アリステラたちを裏切ったなんて……。お父様がエデンに捕らえられたなんて……そんなの嘘ですわ!! マルコ様が嘘をついているに違いありませんわ!!!!」


 一息に捲したてたアリステラは、くしゃくしゃの顔を両手で覆い、今度はさめざめと泣きはじめる。そんな妹の姿に胸を痛めたマリアンヌは、再び椅子に腰を下ろし、涙を流しつづける妹の肩を抱くのだった。


「私もアリスと同じ気持ちです」


 次に口を開いたのは、クリステラだ。

 アリステラほど取り乱した様子は見せない彼女だが、その目はこの場にいる誰よりもわっている。


「彼がエデンの内通者で、適当な話をでっちあげた可能性もあるじゃないですか。或いは、彼がお父上とウルを罠に嵌めたか……」


 穏やかでない心境は鋭利な刃物のような言葉にのせられ、マルコへと突きつけられる。明らかな敵意を見せる発言に、場はあっという間に殺伐とした空気を漂わせた。


 そんな一触即発の空気を切り裂いたのは、

 

「妾はこの男の話を信じる。誇り高くあることを至上とする狼人族において、そのようなくだらぬ嘘で名に泥を塗るとは考えにくい。なにより、内通者のひとりだった男がウルの関与を自白しておる」


 氷のように冷たい気を纏った、ルートミリアだった。

 その冷気が伝わったのか、作戦室内を急激に冷やしていく。


「で、でもルト姉さん……この男は敵兵に囲まれていたお父上を助けようともせず、自分だけ火を放って帰ってきたんですよ? 向こう側の魔法陣がなくなってしまったら、お父上はもう戻ってこれない……。自力で敵の拘束を逃れたとしても、ここには帰ってこられないんですよ!!」


「大勢の敵兵に囲まれ、さらに現場にはアキサタナもいたと聞く。シモンを助け出すのは難しいだろう。そして拠点が敵に気づかれた以上、そこを焼き払うのもしようのないことじゃ。もしマルコが火を放っておらなんだら、今頃はモンペルガに敵が渡ってきておったかもしれん」


「そうかもしれませんけど…………けど……!」


 唇を強く噛みしめて、クリステラが不満をあらわにする。

 しかしそんな彼女から視線を外したルートミリアは、皆の顔を一瞥してから言った。


「むろん、規約を破ったマルコには相応の罰を与える。だがいまはそんなことは後回しじゃ。我々がいま話し合うべきなのは、これからどうやってシモンを救出するのかだ」


「意義なしです。我は一刻も早くイナホを救いに向かいたい」


「ウ、ウチもや! ネブにアート・モーロの近くまで送ってもらって、そっからなんとか潜入すれば……!」


「…………それが、そう上手くもいかないのです」


 闘志を燃やすミアキスとマリアンヌに、アドバーンが水を差す。

 不満と不安が入り混じった複雑な表情を浮かべるふたりに向け、老執事は極めて落ちついた口調で言った。


「ウルサ王女は、イナホ殿を亡命の手土産にしました。それはつまり、イナホ殿には土産にする価値があると言っているようなもの。厳重に隔離、監視されているはずです。恐らくは近づくことさえ叶いますまい」


「そんな……!? それじゃあ……ハニーを見捨てろって……!? 命を懸けて魔王国に尽くしたハニーを……見殺しにしろっていうの!? そんなの……そんなのって……!!」


 マリアンヌの瞳から、大粒の涙がぽろぽろと零れおちる。

 そこまで泣かれるとは思っていなかったアドバーンは、少し慌てた様子で頭を振った。

 

「私めも、イナホ殿には個人的な恩がある。見捨てるつもりなど毛頭ございませんとも。ただ、極めて困難な作戦になるとお伝えしたかったのです。場所は相手の本拠地、失敗は許されません。無策で向かえるほど、エデンは簡単な場所ではございません」


 数々の作戦を経験してきたアドバーンがする、極めて困難という表現。

 なんでもそつなくこなす彼でさえ、今回ばかりは厳しい表情を浮かべずにはいられなかった。


 それは他の者たちも同じで、いっときの沈黙が皆の歯痒さを物語っている。

  

「あの……軍師殿はどうすればよいとお考えですか?」


 しばらくの沈黙のあと、ライトがおずおずとソフィアへ訊ねた。

 会議が始まって以来、ずっと閉口しつづけてきたソフィア。


 皆の期待を寄せるような視線が、彼女へと集まる。

 やがてゆっくりと面を上げたソフィアは、


「……イナホを救出する方法があるとすれば、それはひとつだけだ。奴等の拠点を手分けして攻め、撹乱し陽動する。そしてアート・モーロの警備が手薄になったところで、少数名で侵入。イナホとアダン……できればウルを奪還し、風のように逃げる」


 単純かつ明快な作戦だが、この停滞したなかで皆がすがるには十分な希望だった。そもそも、敵の本拠地にいる捕虜を救出するという行動自体が、不可能に近いものなのだ。それでも叶えようと思うのならば、藁にでも縋るしか方法はない。


「たしかに方法はそれしかなさそうですわね! ではさっそく兵を集めて、エデン侵攻の準備を」


「ちょ、ちょっとお待ちください。その作戦には、ひとつ問題が……その」


 目を輝かせるアリステラの言葉を遮ったのは、大臣のシフだった。

 額の汗を手拭いで拭いながら、シフは困り果てた顔でつづける。


「先の戦での傷もまだ癒えぬなか、再び戦となると……その……」


「それならば、戦に出ることのできる兵だけを集めればよろしいのでは?」


 クリステラが訊ねると、シフはますます汗を浮かべ、しどろもどろになっていく。このままでは埒が明かないと助け舟を出したのは、ルートミリアだった。


「シフが言いたいのは、『シモンを奪還する』という目的のために、果たして兵士たちが立ち上がるのか? という点だろう。魔王軍という組織で見れば、シモンはただの王女の料理人。それも人間じゃ。一般の兵士らからすれば、命を懸ける理由としては…………弱すぎる」


「そ、そんな……!? だったらお給金を弾んで――――」


「残念ながら……その、そこまでの予算は軍には……すみません」


 希望から一転、暗雲が頭上に立ちこめる。

 兵士たちが集まらなければ、稲豊の救出は不可能。

 しかし稲豊を救出する目的では、兵士たちが集まらない。


『人間である』ということが、ここにきて皆の前に立ちはだかった。


「ウルを救出するという目的じゃあかんの? 王女を救うという名目なら……」


「ウルサ王女がエデンに亡命したという情報は、遅かれ早かれ兵士らに伝わることでしょう。そのときに間違いなく魔王軍への不信に繋がります。場合によっては、クーデターにまで発展しないとも限りません。得策とは思えませんな」


 会議が始まってから、何度目かの沈黙が訪れる。


 いまこうしてる間にも、稲豊はエデンで酷い目にあってるに違いない。

 そう考えれば考えるほど、冷静な思考が遠のいていく。

 なかにはその歯痒さから、机を拳で叩く者も現れた。


 八方が塞がれたこの状況。

 短気を起こす者が現れてもおかしくないこのなかで、



「ひとつだけ…………方法がある」



 ソフィアが静かな声で言った。




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