第21話 「話せば分かる!」
「出た瞬間臭いが強くなるのな」
「ナナの鼻も曲がりそうです」
深い穴でもいないのに、出た途端に甘い臭いがきつくなる。
二人は揃って鼻を摘んだ。
「ところで俺達、かなり騒いでたけど……」
そう言って周囲を見渡す稲豊。
あれだけの声を上げたのだ。竜の耳に届いていても何ら不思議ではない。
しかしナナは胸を張り「大丈夫です!」と両断。
「実はイナホ様が気を失っている間に、この一帯にナナの糸を張り巡らしておきました。誰かが糸に触れるだけでなく、木々を揺らしただけでナナにはそれが感知できます!」
えっへんと胸を張る少女。
稲豊は本当に有能だと改めてナナを見直す。
「屋敷の周りにもあったりします。セキュリティナナが日夜安心をお届けしているのです!」
鼻息を荒くして、更に上半身を逸らすナナ。
いつもの三割増しでテンションがハイになっている。
そのナナの頭を、禿げ上がりそうな勢いで撫でる稲豊のテンションは五割増しである。
一旦落ち着いた二人は冷静にこれからの行動を考える。
「ミアキスさんはどうだ? まだ無事だよな?」
「今は休憩中ですね。場所は北です」
ナナは人差し指を立て、その先端の糸の動きにより注意する。
相変わらず稲豊に糸は見えないが、糸の製作者にはその動きが顕著に伝わっているようだ。
「考えたくないけど既に食べられて糸が動かないとかじゃないよな? だったら泣くぞ?」
「安心して下さい。人によって糸の動きが微妙に違うのですぐに分かります」
「よしっ。信じる!」
彼女の言葉にミアキスの無事を確信する稲豊。後必要なのは勇気だけ。
覚悟を決めた稲豊は、ナナにある提案をする。
「ナナはミアキスさんの場所が分かるはずだな? だったらここから別行動しよう。俺はヒャクを目指すから、二人は合流した後で森から出るんだ」
「イヤです!!」
これが屈強な男なら多少は稲豊の意見も通ったのだろうが、彼は所詮レベル一の料理人。他人がその言葉を素直に聞けるほど彼は強くない。案の定ナナに全力で否定され、更に窮追される。
「もうイイじゃないですか! ヒャクは今回あきらめた方が良いに決まっています! 竜ですよ! 竜! 命がいくつあっても足りません」
力強いその言葉に普段の稲豊なら直ぐにでも従うところではあるが、今回はそうもいかない。一生の内何度あるか分からない勝負所の一つ、彼はそう考えていた。必要なのは勝算であるが……、稲豊は低確率のソレをもう手に入れている。
「詳しくは話せないが、今回ヒャクが手に入らなければ俺は死ぬ事になる。だから俺は何が何でもヒャクを手に入れる」
固い決意に息を呑んで沈黙するナナ。
そんな少女の頭を撫でながら、稲豊は更に言葉を続ける。
「でもそれに二人が付き合うことはない。正直勝ち目は低いけど、試す価値はあると思う。失敗しても死ぬのは俺だけにしたいんだ。だから二人は……」
「イヤです!!」
これでは先程のリピートだ。
頑なに拒否するナナに稲豊は為す術もない。手詰まりの稲豊の瞳をまっすぐに見つめながら、ナナは強情なまでに受け入れない。
「絶対に! イ・ヤ・で・す!!」
「お、おう……」
眉を釣り上げ、再度強調して拒否するナナ。こうなってしまってはもはや聞く耳を持たないだろう。仕方なく稲豊はナナに同行の許可を出す。
「分かったよ。力を借してくれ」
そう言って稲豊は右手を差し出し。
「はい! ナナがいれば百人力です!」
ナナがそう返して左手で握ってくる。
そして二人は手を繋いだまま、未だ見ぬ果実の為にその場を後にした。
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「取り敢えず迂回して、俺が飛び降りた崖上を目指す」
「はい!」
周囲を警戒しながら進む二人。
巨大な竜故、待ち伏せでもされていない限り不意打ちを喰らうことは無いと思いたい。しかしどんな攻撃手段を持つのか分からない今、手探りで警戒するしかないのだ。
「ナナって戦力的にはどうなんだ? 強い魔法とか使えたりする?」
「うっ……、火の魔法を使えますけど、親指の先ぐらいの火力が限界です」
「竜に火って効くと思うか?」
「まぁ……一日炙ったら……効くんじゃ無いでしょうか?」
足を止めようとする恐怖心を会話で誤魔化す二人。声は心なしか低めになっている。
屋敷の中では間違いなく最弱の二名だ。もちろん稲豊の勝算の中に、ナナと協力して竜を倒すなんてものは最初から存在しない。
「OK、問題ない。ヒャクの場所はなんとなくだけど察しはついてる。後はあの竜さえどうにか出来たら上手く行くんだけどな」
「そうですね、竜に…………って、ええ!? ヒャクを見つけたんですか!」
さらりと出た事実に、目を皿のように丸くして驚く少女。
人差し指を口に立てる稲豊に、ナナは声のトーンを落として再度尋ねる。
「場所分かったんですか?」
「あの翼竜から全力で逃げてる時にな、やたらこの森の臭気が強い所があったんだ。きっとアソコの奥にある」
鼻腔を特に刺激された事はよく覚えている。
もし稲豊の考える仮説が正しいのならば、他の真実も見えてくる。だがそれが意味するものまではまだ理解出来ない。
「ではソコに向かうのが当面の目標ですね!」
「まあ崖上なんで戻るのに結構時間掛かりそうだけどな~」
遠くを見る目で崖上の方角に視線を走らせる稲豊。
その視界内に入ったある異物がその足を止まらせた。不意に歩みを止めた稲豊に、ナナが「どうしたんですか?」と問い掛ける。
「なぁナナ。コレ何に見える?」
木の枝に引っ掛かった何かの板。明らかに人工的な物だ。
繋いでいた手を一旦解き、ジャンプしてそれを取ろうとする稲豊。だが後少し届かない。
「おまかせ下さい!」
そう胸を張るナナが勢い良く板切れに右手を伸ばすと、稲豊にも目視できる糸が指先から発射される。それは見事に目標に命中し、糸に引っ張られたソレは鈍い音を立てて地面に落下した。
「本当に便利だな。スパイ○ーマンみたいだ」
「ふふん!」
鼻がピノ○オになったナナを尻目に、地面のそれを確認する稲豊。
持ち上げてみるとやたらと重い。少なくとも木材で作られた物ではなかった。歪な形状のそれは縦横五十センチはあるだろう。その劣化具合や汚れ具合から最近の物であることが分かる。
「なんか描いてある」
黒ずんでいて分かりにくいが、その中央には何かのイラストが描かれてある。
赤い果実に良く似たモノを六人の天使が囲っている絵だ。稲豊の背中越しにそれを覗いたナナの表情がハッと驚きのものに変わり、興奮した声を出す。
「コ、コレ!? 楽園の国の紋章ですよ! 前に見たことがあるので間違いないです!」
「――――楽園」
人間の国。世界最大の二都市の内の一つ。
何故その国の紋章をこんな場所で見かけるのか? ヒントはその板の裏側にあった。
「盾だ……コレ」
鑑定出来た稲豊が見た物は、裏側にある持ち手の部分。その形状から人型の生物の為に制作された事が窺い知れる。かなり気になる件ではあるが、今は時間に余裕が無い。盾を地面に置き、まるでそれが当然のように稲豊の右手はまたナナの左手に収まる。
「持って行かないんですか?」
「あの竜が相手じゃただの気休めにしかならないからなぁ、結構重いし……それに。あの竜に悪いイメージは持たせたくない」
その言葉の真意を捉えかねているナナに、稲豊は丁寧に説明する。
「竜にこのまま遭遇せずに、果実とそれを育てる情報が得られるのが一番良いんだけど……、もしあいつに出会したら。二番目の方法を取るしかなくなる」
「二番目の方法?」
首を傾げて質問するナナに少々の焦らしを与えた後。
稲豊は自身の頬が引き攣るのを感じながら、その問いにこう答えた。
「話し合いで解決する」
あっ。説明しなくても分かるかも知れないですが一応補足致しますと。
治癒魔法は自己治癒力の強化なので、無くなった部位までは再生出来ません。
本文にも付け足すべきか悩む今日この頃。




