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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第六章 魔王の死

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第221話 「暗殺へのカウントダウン」


 時間はさらに遡り、エルルゥ家の兵士が昏倒させられた場面まで巻き戻る。

 アリステラの部屋の前でぐったりとする兵士を見下ろしながら、黒マントの男は呆れた様子で口を開いた。


「情けない。それで王女の護衛とは…………笑わせる」


 兵士たちの不甲斐なさを鼻で笑った男は、何かを思い出したように振り返る。

 すると振り返ったのを合図に、もうひとりの黒マントが廊下の奥から姿を現した。


 もうひとりの黒マントは床に転がる兵士を見るなり、首を小さく左右に振る。


「本当に……やるんですね」


「無論だ」


 決意の言葉を口にし、最初の黒マントがフードを外す。

 フードの下からは、大きく裂けた口と尖った牙。そして右目に古傷を残す、狼人族リカントロープの凛々しい顔が出現する。


 するともうひとりもフードを外し、毛で覆われた大きな口で言った。


「族長……やはり私は反対です。()()()()()()()()()()()()()()()()など……」


「ではどうやって同胞たちのかたきを取れと? 王女たちはまともに奴らと争うつもりはなく、同盟などという夢物語にうつつを抜かしている。人と魔物は有史以来の不倶戴天の敵。決して混じり合うことのない存在なのだ」


 マルコは憎々しげに吐き捨て、魔法陣のあるアリステラの部屋を睨んだ。

 側近はその様子から、憎しみの深さを垣間見る。


「だが万が一、同盟が結ばれる可能性もなくはない。もしそうなれば、トロアスタを討つなど夢のまた夢。……いまこの時を逃せば、もう次はないかもしれん」


「事情は分かります、私も同志たちの無念は晴らしたい。しかし……狼人族が深手を負ったいま、族長まで失うことになったら……」


「死ぬことを恐れるな。牙を失うことを何より恐怖しろ。我々は誇り高き狼人族、誇りを失うなら滅びを選べ。もし明日の朝までにオレが戻って来なかったら――――次の族長はお前が務めろ」


 複雑な面持ちの仲間に背を向け、マルコは躊躇なくアリステラの部屋の扉を開けた。その覚悟は本物で、自分の命さえすでに投げ出している。


 側近はもはや、引き止めの言葉を呑み込むしかなかった。

 


:::::::::::::::::::::::



 魔法陣からエデンへと渡ったマルコは、一階のアダンに気づかれないように、二階の窓から家の外に出る。そしてアート・モーロの町並みへと姿を溶かした。


 しかし、フードを目深に被ったとはいえ、その怪しさまでは隠せない。

 黒マントの下は、ひと目で分かる魔物の姿。だからこそ余計に、挙動は不自然なものになってしまう。


 このままでは気づかれるのも時間の問題。

 そう考えたマルコは、光の入りにくい裏路地の中へと身を潜める。


「どこもかしこも、人間臭くてかなわん」


 朝と昼のあいだの時間ということもあり、往来を大勢の住民たちが行き交っている。本当ならこんな人目につく時間帯は避けたいマルコであったが、夜はアリステラがエデンへの門を閉じてしまう。この時間にしか、エデンへと渡る手段はなかったのだ。


 最初で最後の暗殺の機会。

 だが、この時間だからこその利点もある。

 そしてその利点に、マルコは懸けていた。


「…………東か」


 建物と太陽の位置から、迅速に現在地を把握する。

 マルコはこの日の為に、魔王城の作戦室を訪れていた。


 作戦室には稲豊らの情報を元に作られたアート・モーロの精巧な模型があり、それはマルコクラスの軍人なら覗くことが許されている。稲豊たちが森の中での宴に興じているあいだ、マルコは地理を頭に叩き込んでいたのだ。


 そしてその際に、目指すべき場所も決めていた。

 

「首は洗ったかトロアスタ! 貴様に迫る死の足音を、いまその耳に届けてやるぞ!」


 マントの下の剣をしっかと握り締め、裏路地をひた走る。

 目指す先は、アート・モーロで唯一無二の大聖堂。聖殿とも謳われた、神咒教徒たちの集う聖なる教会である。


 稲豊たちの情報では、毎週この時間は礼拝式が執り行われる予定となっていた。そこにはもちろん、大司教のトロアスタも参加し、敬虔けいけんな信者たちと一緒に祈りを捧げているはずだった。


 瞳を閉じ、神への祈りを捧げる時間。

 神聖で厳かなその時間こそが、復讐を誓ったマルコにとっての最大の好機。


「もうすぐ……もうすぐだ」


 模型の正確さを疑わずとも、往来の信者たちが教会への道標となった。

 白装束の姿がひとりまたひとりと増えていくごとに、マルコは自分が教会へと近づいていることを実感する。


 そしていつしか道が白装束の集団で覆われるようになった頃、大聖堂はマルコの前に姿を現した。


 周囲の建物とは一線を画する石造りの巨大な教会は、屋根の上からアート・モーロの町並みを見下ろすように、神樹エデンの人間大のオブジェがひとつ飾られている。


「あそこにトロアスタが……!」

 

 教会に入っていく神咒教徒たちを見れば、その場所が間違っていないことは明らかだった。マルコの中で焚かれている憎しみの炎が、一気に燃え上がる。


 だがここで不用意に飛び出せば、トロアスタは警戒するに決まっていた。

 目標が手の届く位置にあるからこそ、より慎重さが求められる。マルコは一度だけ深呼吸をし、内なる炎に冷水をかけた。


「よし……まずは侵入しなければ」


 裏路地ならいざしらず、日中の公道で黒いマントは目立ちすぎる。

 このままでは、教会に近づくことさえできない。


 そんな当たり前のことを失念していたマルコは、小さく舌打ちする。

 しかしすぐに頭を切り替えて、状況を打破するアイデアを絞り出した。



「ぐえッ!?」


 陽の当たらない裏路地で、ひとつの小さな悲鳴があがる。

 だがそれは道を行く人々の雑踏で掻き消され、マルコ以外の誰の耳にも届くことはなかった。


 裏路地に引きずり込まれ当身を食らわせられたのは、神咒教徒の男。

 男にとって不幸なのは、高身長だったことと、フード付きの白装束を着ていたことだろう。

 

 マルコは男の服を剥ぎ取ったあとで、羽織っていた黒マントを脱いだ。

 そして手に入れたばかりの白装束に身を包むと、安全だった裏路地から陽の当たる往来へと身を預ける。


「………………」


 大勢の信者の中に紛れ込んだマルコは、息を潜めながら教会へと近づいていく。

 しかしマルコは、そのまま大扉から侵入するつもりはなかった。


 白装束での変装は往来だから通用したもので、大勢が密集する教会の中ではあまりに危険だったからだ。肩の当たる距離まで近づかれたら、どれだけ熱心に祈りを捧げる信者でも気づくに違いない。


 そう考えたマルコは、できるだけ自然を装い教会の裏手へとまわる。

 そして中に入れる場所を慎重に探した結果、二階のバルコニーの存在に気がついた。


 周囲を見渡せば、ちょうど信者が途切れた空白の時間。

 

「…………よし」


 それを天からの啓示のように感じ取ったマルコは、身の軽さを活かしてスルスルと石壁をよじ登る。ものの数秒でバルコニーに侵入したマルコは、すかさず鼻と耳を利かせ、周囲の気配を探った。…………人の動く気配はない。


 次に彼が目をつけたのは、バルコニーと部屋を隔てる仕切り窓だった。

 開放されているのを期待して近づくが、残念ながら鍵はかけられていた。


「中は物置か? あまり使われていない部屋のようだな」


 小部屋の中には書物や燭台などが乱雑に置かれ、机などの家具には薄緑の大きな布がかけられている。長いこと人の手が入っておらず、窓の外まで埃とカビの臭いが漏れ出していた。

 

「………………仕方ない」


 他の侵入経路も思いつかなかったマルコは、なるべく音を立てないように肘で窓を割った。思いの外に大きな音が響き、しばらく待ってみるが、誰かが駆けつけるような気配はない。


 マルコは安堵の息をひとつ漏らしてから、割れた穴の中に腕を差し込み鍵を開けた。ここまで来れば、残す手順はもう数えるほどもない。


 埃の充満する部屋に侵入したマルコは、警戒を怠らないまま小部屋の扉を開ける。そして目の届く範囲に誰もいないことを確認すると、素早く音もなく部屋の外に飛び出した。







「ここは――――――――」


 部屋の外に出たマルコが最初に見たものは、いままで見たこともないほど巨大なガラスだった。カラフルな色が散りばめられたそれは、神々しい七色の光で教会内を照らし続けている。


 そう、そこはこの教会内で最も神聖な場所――――礼拝堂だった。

 吹き抜けとなった広い礼拝堂内で、大勢の信者たちが両手を胸の前で組み、祭壇の方へ熱い視線を注いでいる。

 

 彼らにとっては普通だが、魔物にとっては異様とも呼べるその階下の光景を、マルコは石の手摺り越しに呆然と眺めていた。


 だが祭壇の前に立つ司祭が口を開いたことで、マルコの意識は一度に覚醒する。


「子羊たちよ、まずは感謝を捧げよう。生命を与え給うたもうた神に感謝を。幸福で満たしてくれる食物に感謝を。平穏をもたらす隣人に感謝を。そしてすべてを覆い護るエデンに感謝を」


 黒衣の司祭の厳かな声が、広大な礼拝堂内に波紋する。

 そのありがたい教えを、参列する大勢の信者たちは陶酔した表情で聴いていた。

 中には涙を浮かべ、うんうんと何度も頷く信者までいる。


 一方いっぽう……彼らの穏やかな心中とは裏腹に、マルコの腸はぐつぐつと煮えくり返り、沸騰した蒸気が口から飛び出さんばかりだった。



『ようやく会えたな…………トロアスタ!!』



 怒りに燃える眼差しを壇上の老人へと向ける。

 マルコの頭の中には、暗殺へのカウントダウンが鳴り始めていた。

 


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