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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第六章 魔王の死

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第220話 「巡る。巡る。巡る」


「うわぁ~~すごいすごい! ほんっとに人間ばっかりだ!」


「シィー! そういうことを大声で叫ぶんじゃねぇ。ほら! 変な目で見られちまっただろうが!」


「ごめんなさ~~い!」


 可愛く舌を出して、ウルサはまた興味深げに周囲へ目を走らせている。

 

 ここはエデン神都アート・モーロ、その商店街。

 食べ物の屋台や生活用品の店、服屋などの店が軒を連ね、いつも人で賑わっている。


 本当ならこんな人目につく場所に稲豊は来たくなかったのだが、ウルサが『どうしても見てみたい』というので仕方なくやってきたのだ。


「でもさ、そんなに挙動不審だったら逆に怪しまれちゃうよ? ここは変に気を張らないで、自然体が一番だと思うんだけど」


「そ、そんなに怪しい動きをしてたか? 俺」


「うん。魔物よりも魔物らしかった」


「そこまでっ!? 分かった……以後気をつける」


 羽と尾を隠したウルサは、どの角度から見ても普通の人間にしか見えない。特徴的な赤毛は懸念材料のひとつだが、エデンの住民にもいない訳ではなかった。

 

 最も恐ろしいのは、ウルサの顔を知る兵士たちに目撃されることだ。

 しかし何度もこの中心街を訪れたことのある稲豊は、この時間に兵士の姿をほとんど見ないことを知っている。


 だが、『ほとんど』はどこまでいっても『ほとんど』だ。

 正体がばれる可能性は、ゼロではない。


 やはり簡単に気は抜けないと、稲豊は再び周囲への警戒を強めた。


「本当に心配性だなぁシモン君は……。――――あ! あの店に行ってみようよ! はやくはやく!」


「わ、分かった行くから! 目立つような真似はよせ!」


 ウルサに引っ張られる形で、稲豊は商店街の人波に飛び込んでいく。

 そしてふたりは、様々な店を渡り歩いた。


 果物の露天では珍しい果物を好奇心から衝動買いし、アクセサリーショップでは魔石を使った不思議な装飾品を見物した。ウルサは服屋に行きたがったが、稲豊は「それだけは勘弁してくれ」と懇願する。そうして店を巡れば巡るほど、稲豊の警戒もどんどん薄れてきた。


 最初は目も合わさなかったのに、最後の方は店員と会話さえした。

 この頃には稲豊も、自分の心配が杞憂だったと知る。エデンの住民は、誰もが疑う素振りをまったく見せなかったからだ。


「あ~楽しかった! 次はもうちょっと人が少ないところが良いな」


「同感。じゃあ、向こうの方に行ってみるか?」


 商店街を一頻り楽しんだふたりは、人通りの少ない場所を探して歩く。


 その途中――――



「うわ!? なにアレっ!?」


 ウルサが上空を見上げながら、素っ頓狂な声を出した。

 驚きを隠せない彼女の視線の先には、身なりの良い巨大な老人が宙に浮かんでいた。


 老人は透き通った体に似つかわしくない低い声で、


『神樹セフィロトの庇護の下、皆が健やかに過ごしていることだろう。先の戦での傷もまだ癒えぬであろうが、乗り越える力を持つ強き民であることを私は願う』


 エデンの民らへ向けて、そう発信する。

 しわがれた大きな声は、アート・モーロ全体に残響をこだまさせた。


 まるで神の降臨を想像させる神々しさだが、目を白黒させるウルサとは違い、稲豊の反応はどこか冷ややかなものだった。


「あれが【マハ・ス・ファル=エデン三世】……エデン軍の最高指導者、つまり――――この国の王だ。お前も顔は知ってるだろ?」


「う、うん……油彩画で見たことあるけど、実際に見たのは初めてだよ。でも…………」


「あぁ、あれは巨大な投影石の装置で、幻を空に映してるだけさ。ほら? 国王の後ろに薄っすらと豪華な家具が視えるだろ? 本当の王は城の中に居て、映像と声を発信しているってわけ」


「そんな便利な物があるんだ……。でもそうだよね、()()エデン国王が簡単に外に出るわけないもんね。別名『引きこもりの王』だっけ? ずっと城に閉じこもってるんだよね?」


「シッ! 往来でそういう話をするんじゃありません。ほれ、お前も頭を下げろ。郷に入ってはなんとやらだ」


 住民たちがそうするように、稲豊もまたひざまずき頭を垂れた。

 ウルサも稲豊を習い、そこが路上にも関わらず膝をつく。


 それが国王が言葉を発するときの、国民のしきたりだった。


『痛みは時に必要だが、忘れる時間も大切である。もうすぐ、恒例の武術大会が剣闘場で執り行われる。腕に覚えがある者は、奮って参加するがいい。腕に自信が無い者は、戦いを見て闘志を滾らすのだ。諸君らの頭上に、神樹エデンの導きのあらんことを』


 エデン国王の立体映像は両腕を大仰に広げたのち、完全に消失した。

 あとには、絢爛な家具も何も残らない。何事もなかったかのような、空が広がるばかりである。跪いていた住民たちも立ち上がり、いつもの日常へと戻っていった。


「んじゃ、気を取り直してのんびりできそうな場所を探そうか」


「うん。……ちょっと驚いたから、もっと落ち着ける場所が良いな」


 

 そうこうしているうちにたどり着いたのは、小さな広場。


 ふたつのベンチが置いてあるだけの、簡素な場所だった。

 だが何もない場所だからこそ、子供たちにとっては格好の遊び場となる。広場の中央付近では、何人かの子供が無邪気に駆け回っていた。


「休憩するにはもってこいの場所だね。風が気持ち良いや」


「そうだなぁ。懐も寂しくなってきたし、俺的にも助かる」


「アハハ、色々と奢ってもらってごめんね」


 ふたりは広場のベンチに腰と荷物を預け、緩慢な時間の流れに身を任せる。

 なんとはなしに空を見上げれば、いつもより雲が少し早く流れていた。


「そういえばシモン君はさ、ボクが言うのも何なんだけど、今日は屋台を出さなくても良いの?」


「今日は午後から店を出す予定だったからな。売り物の在庫ストックもそれなりにあるし、問題ねぇよ」


「そっか、なら安心だね」


 ぼうっと過ごすだけの、ただそれだけの時間。

 敵国にいるということさえ忘れてしまいそうな、穏やかな時間だった。


 そんなとき――――


「あ」


 ウルサが小さく声を出した。

 彼女が顔を向ける方向には、母親と子供の姿。

 広場の前を偶然通った母に、女の子が嬉々として駆け寄るところだった。


「…………お母さん……か」


「うん? どうした?」


「ああ、いやその」


 小さく狼狽したウルサは最初こそ誤魔化そうと首を左右に振ったが、やがて観念したように口を開いた。


「なんだか昔を思い出しちゃってさ。ほら、ボクたち姉妹ってさ、いまでこそ皆で城に住んでるけど、昔は別々に暮らしてたんだよね。で、ちょくちょく城に集まって遊ぶ機会があったんだけど、夕暮れになると皆のお母さんが迎えに来るんだ。あのルト姉さんでさえ、お母さんの胸に抱きついたりなんかしてさ。仲良く手を繋いで帰っていくんだ。……でも、ボクはいつもひとりで……皆の背中に手を振ってた」


 ウルサの瞳には、いつのまにか哀愁の色が浮かんでいた。

 だから稲豊は、あえて口を挟まない。


 言葉に出さずとも、顔色を窺う術に長けたウルサなら、稲豊の疑問を察することができるからだ。


「お母さんはいつも街に遊びに行っちゃうからさ、過ごした時間でいえば……ハハ、使用人の方が長かったくらい。お父さんもそんなボクを気にかけてはくれたんだけど、魔王って立場はとても忙しくてさ。ボクは貴族街にある屋敷の二階の窓から、お父さんや姉さんたちが来ないかなって……眺めるのが日課だったんだ」


 自嘲気味に笑うウルサだが、稲豊は愛想笑いをしなかった。


 それはあまりに寂しく、とても悲しい光景。

 想像するだけで、稲豊は胸が締め付けられる想いだった。


「サキュバスっていうのはさ、元々あんまり子育てをしない種族なんだよね。だから、お母さんが悪いわけじゃないんだ。その証拠に家に帰ってきたときは、過保護なくらいボクに優しかったから。……けど、それでもやっぱり寂しくってさ……。反抗期っていうか、お母さんと真逆のことがしたくなった時期があってね? 変な話なんだけど、それが牧場経営だったんだ」


「またなんというか、突拍子もないことを思いついたな」


「ハハハ、本当にね。綺羅びやかな衣装を着るわけでもないし、派手でかっこいい仕事でもない。動物の糞尿の掃除もするし、ときには血塗れになって解体することもある。姫がする職業じゃないよね。……でも、他に方法が思いつかなくて」


 寂しそうにウルサは呟く。


 両親に恵まれ、これでもかと愛情を注がれながら育った稲豊には、その境遇の辛さは想像の域を出ない。そんな稲豊が彼女に慰めの言葉をかけるのは、烏滸おこがましいことなのかもしれない。


「ごめんねシモン君……ちょっと暗くなっちゃったね。あ~あ、ダメだなボクは……。もっとシモン君を楽しませられる自信はあったんだけどなぁ。やっぱりボクなんかよりも、他の誰かと来たほうが良かったよね。本当にごめん!」


 ウルサは両手を合わせて謝罪する。

 その姿があまりに痛々しくて、気がついたときにはもう、稲豊は「そんなことねぇよ」と口走っていた。


「そりゃ暗い話は楽しいもんじゃねぇけど、でも俺は嬉しかったぜ?」


「……嬉しかった?」


「おうよ! ウルの過去が知れて、とても有意義だった!」


 稲豊の言葉の意味が分からず、ウルサは小首を傾げる。

 

「有意義って言われても……。こんな話をされて、迷惑じゃないの?」


「バカ言え。俺はな? 色々と助けてくれたお前とも仲良くしたいと思ってんだ。だから今日お前と遊べたことも、お前と話せたことも、普通に嬉しい。それに背伸びしてっけど、お前はまだまだ子供ガキじゃねぇか。感傷に浸るのなんて、普通のことだよ」


「……わぁ」


 稲豊の右手が、ウルサの頭に伸びる。

 一瞬だけ身を固くしたウルサだったが、それが自分の頭を撫でるためのものだと知ると、静かに身を委ねた。


 目を細め、温かい右手の感触にうっとりと浸る。

 ウルサにとって、現実を忘れられた刹那のひとときだった。

 


「――――――――帰ろっか?」



 やがて稲豊の手を堪能し終えたウルサは、そう切り出す。

 

「もうか? 時間ならまだあるぜ?」


「良いんだ。今日はボクにとっても、有意義な日だったから。……もう良いんだ」


「そっか、じゃあ帰ろう」


 ベンチから立ち上がった稲豊は、再びウルサへ右手を伸ばした。

 だが先ほどの頭を撫でたときとは違い、今回はまるで握手でもするときのような差し出し方だった。


 その稲豊の意図に、ウルサは遅れて気づく。

 やがて彼女は少し照れた様子で、おずおずと左手を持ち上げる。

 

 そしてふたりは片手に荷物を持ち、もう片方の手をしっかりと繋ぎ合い、小さな広場を去っていくのだった。

 


:::::::::::::::::::::::



 時間は少しさかのぼり、稲豊とウルサがエデンの商店街を巡っていた頃――――


 非人街の一番大きな家に、珍しい客人が訪れていた。

 

「これはこれは……。こんな場所にいったい、何用で参ったので?」


 オサは狼狽した様子で、客人に話しかける。 

 玄関で対応することが失礼に当たることさえ、考えが至らない。

 それほどまでに、その客人が訪れるのはありえないことだった。


「えっと、その……いますぐ茶でも用意しましょう。中へどうぞ」


「いえいえ、それには及びません。玄関こちらで結構。私共はただ、お訊きしたいことがあるだけですので」


 オサの前に立つのは、どこか真面目な様子のアドバーンだった。

 それだけでも違和感を覚えるのに、彼の後ろにはさらに険しい表情の少女が立っている。


「訊きたいこと……ですか?」


「ああ」


 アドバーンの後ろに立つ少女――――ソフィアは、感情のない声で肯定する。

 そのあまりの淡白さに、オサは不吉な予感を覚えずにはいられなかった。


 そして彼は悟る。

 今日が彼にとっての…………最悪の日になることを。



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