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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第六章 魔王の死

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第213話 「人生最高の祝日」


 会話がないまま、小一時間。

 猪車の行く末と重苦しい空気に翻弄された稲豊は、揺れが止まったのを椅子越しに感じ、安堵の息を漏らした。


「ここ……どこですか?」


 窓の向こうの景色には、見慣れぬ木々が映っている。

 クロウリー家の周囲の鬱蒼としたそれとは違い、どこか明るい雰囲気を醸し出していた。


「モンペルガの南、妾たちの屋敷からは南西にあたる場所じゃな」


「こんな所に用事が? いったい、ここで何をするんですか?」


「百聞は一見に如かず。準備は整っておるから、後はその眼で確かめるといい」


「はぁ……」


 何がなにやら分からないといった様子の稲豊は、少し警戒しながら猪車を降りる。そして爽やかな陽光に照らされた森の中、何とはなしに青く澄んだ空を見上げた……そのとき――――――――













「「「 勤続一周年!! おめでとう~~!!!! 」」」



 大勢の祝福の声が、辺り一面に響き渡った。

 それと同時に、いくつもの爆発魔法が空に上がり、大きな破裂音が大気を震わせる。


「…………へ?」


 狼狽する稲豊が視線を空から地上へ下ろすと、


「お父様! おめでとうございますわぁ」


「ハニーおめでとう! ルトの所ってのが気に入らんけどね!」


「え? ええ?」


 アリステラとマリアンヌが、待ちきれないといった様子で両側から稲豊の腕をとる。まだ状況が飲み込めない稲豊が正面へ顔を向けると、そこは異世界でありながら、別世界の光景が広がっていた。


 純白のクロスが眩しい丸テーブルが置かれ、それを三方から長テーブルが囲っている。長テーブルの上には様々な料理が並べられ、まさに壮観のひとこと。さらにテーブルの向こう側には大きな花のアーチが掛けられ、華やかさを演出していた。


 アーチには横断幕が掲げられいて、そこには『シモン=イナホ、勤続一周年記念遊宴会』の文字。長テーブルの側にはたくさんの見知った顔があり、ほぼ全員が顔をほころばせていた。


「こ、これって――――?」


「見ての通りじゃ」

 

 ルートミリアが猪車から降りてくる。

 表情は先ほどまでと打って変わって、どこか穏やかなものだった。


「さぷらいず? というやつじゃな。お前が妾の屋敷で働きだして、今日でちょうど一年。この記念すべき日を祝おうと、皆で準備を進めておったというわけじゃ」


 クロウリー家の面々に、王女姉妹たち。

 ライトの姿もあれば、ネロやタルタルやターブの姿もある。


 奥の方にはオサやパイロ、非人街の子供たちもいて、さらにはマーリー・オネット卿や、ネコマタのエイムまでこの催しに参加していた。


「お、俺の為に……皆が?」


 ようやく、沸々と実感が湧いてくる。

 胸の奥がじんわりと温かくなり、それが伝わったのか目頭が熱くなった。

 

 だが、大勢の見てる前で女々しい姿を見せる訳にはいかない。

 稲豊は瞼をギュッと閉じて、熱が去るのを待ってから言った。


「それじゃあ、今日ルト様たちが朝食に参加しなかったのは……」


「無論この為じゃ」


 あっさりと答えるルートミリアを見て、稲豊は今朝の自分の行動が恥ずかしくなった。皆がサプライズの為にひた隠していた事実を、駆けずり回って暴こうとしていたのだから。


「さあ、イナホ様! “しゅひん”はここの席ですよ!!」


「おう!」


 ナナに案内されるまま、稲豊は丸テーブルの一番奥の席に腰を下ろす。

 すると近くにいた者たちが、意気揚々と話しかけてきた。


「遅いぜ主役! 今日はヒャクを大量に持ってきたから、羽目を外して楽しもうな!」


「待て待て。記念すべき日には違いないが、皆に失礼のないようにな。倅が馴れ馴れしく申し訳ありませんイナホ殿」


「構いませんよ。かしこまられるよりは、馴れ馴れしくされた方が俺は嬉しいので。今日はオサさんも思いっきり楽しんじゃってください!」



 今日はすべてが無礼講。

 


「イナホ~! もうごはん食べていい~?」


「わたしアレ食べたい!」


「ハハハ、あとで一緒に取りに行こうな?」



 子供も大人も関係ない。

 この場は皆が同じ立場だ。



「シモッチー。ごめんね黙っててさー」


「その代わりといってはなんだが、僕たちで腕によりをかけた絶品を用意した。お前の舌にはもったいないほどの料理だ、味わって食えよ?」


「気にすんなって! 箝口令が敷かれてたんじゃ仕方ねぇよ。早朝から準備してくれてたんだろ? ありがとうな! タルタル!」


「僕は!?」



 盛大さは料覧会に劣るかもしれないが、稲豊にとっては比べるまでもない。



「…………ターブちゃんが言ってくれたの。…………『にんげんもいっしょがいい』って」


「へぇ~? 良いとこあるじゃねぇかターブちゃん!」


「………………うるせぇ」



 人も魔物も関係ない。



「ほらイナホ、あ~ん」


「あ、あーん」


「ずるいですミアキス様! ナナもイナホ様に“あーん”したいです!!」



 気心の知れた仲間たちが集まる、森の中の遊宴会。



「おお~い! 追加の食材はここに置けばええがかよ?」


「なぜ吾が荷運びなど…………」


「ドンさんにネブまで!?」



 卓を囲んで食べる皆との食事は、特別な味わいがした。



「エイムさんにオネット卿まで、すみませんわざわざ」


「………………」


「お気になさらず――――とオネット卿は申しております」


「エイムのことも気にするにゃー! わっちはお呼ばれしただけなのにゃ。マルコにも声をかけたけど……。本当に困った奴にゃー」


「まあ、仕方ないッスよ。マルコさんの気持ちは分かります」



 参加しなかった者もいるけれど、



「どうしたライト? 神妙な顔をして」


「ああ、いえ……少し考え事を」


「もしかして…………レフトのことか?」


「…………はい。この光景を兄が見たら、どれだけ喜んでいたことだろう――――と。この愉快な宴で、しんみりして申し訳ありません」


「いや、いいよ。俺も同じことを考えていたから」



 参加できなかった者もいるけれど、



「今日は皆さん、俺なんかの為にこんな………………ぐす」


「イナホがんばれ~!」


「おうよ! 本日は本当に……本当にありがとうございました!!」



 この日は人生最高の祝日として、稲豊の記憶に刻まれた。




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