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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第六章 魔王の死

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第211話 「聲」


 ハーピー戦後の翌日の朝――――


「………………ふぁ~…………ねみぃ……」


 魔王城の自室のベッドで目覚めた稲豊は、重い頭と体をフラフラと持ち上げる。両の目の下には、大きなクマができていた。


 それは、昨日の王女騒動を収めるのにかかった苦労の証であると共に、夜遅くまで続いた説教の証明でもある。


「やっぱり……連絡を入れないのはまずかった……」


 ルートミリアや他の王女たちから『連絡は必ずするように!』と、こんこんと説教された。彼女たちの言い分はもっともで、稲豊も小さくなって反省するほかなかった。


 後少し戻るのが遅れていたら、大変なことになっていたに違いない。

 もはや稲豊という存在は、魔王国に置いて、それだけ大きな存在となってしまっているのだ。 


「みんなには心配をかけちゃったからなぁ……。次からは気をつけよう」


 言葉に出して肝に銘じた稲豊は、両手で顔をパンパンと二度叩き、無理やりに意識を覚醒させる。そしてベッドから飛び出すと、急いで身支度を整え、部屋を後にした。



「あ、おはようございます」


 自室を出て厨房を目指していると、知った顔と廊下で対面する。

 以前よりも瞳に鋭さが増した、狼人族リカントロープのマルコだ。


 マルコは先の戦でソフィアが約束した通り、魔王軍の正式な部隊長として迎え入れられていた。


「……ふん」


 挨拶をしたにも関わらず、マルコは不服そうに鼻を鳴らし、稲豊のことを睨みつける。その表情には、抑えきれない苛立ちがありありと表れていた。


「それで、成果の方はどうなんだ」


「色々な情報を得ることはできましたよ。エデン住民たちの生活とか、彼らが普段どんなことを考えているのかとか――――」


「そんなことはどうでもいい!!!!」


 廊下の石壁にマルコの右拳が叩きつけられる。

 大きな音が反響し、強制的に稲豊の言葉は遮られた。


「オレが聞きたいのは、奴らを打倒する手段だ!! 見つかったのか! 奴らの弱点は!! 魔女の遺産は!!!!」


 マルコは感情の赴くままに捲し立てる。

 そもそも、マルコは今回の作戦に対して、最初から不満があった。いいや、不満しかなかった。


 武力行使を望む彼にとっては、『まず情報を得る』という遠回りな方法が気に入らなかったのだ。


「それは…………」


「見つかっていないのなら、すぐにでもエデンに攻め込むべきだ!! アート・モーロとモンペルガを結ぶ道ができたというのに、何を悠長なことをしているのか!! さっさと兵士を送り込み、エデン王のくびを獲ってしまえばいい!!」


「その件は何度も説明したじゃないですか。あの魔法陣を通れるのは数人が限界だし、仮にその数人で攻めたとしても、ガーデン・フォール城は恐ろしく厳重なので近づけないって」


「そんなことはやってみないと分からんだろうが!」


「分かりますよ! 常に結界で侵入者を見張っているうえに、天使だって常駐してるんですよ? 城の近くにはあの勇者だって住んでいるようですし、失敗するのは火を見るより明らかです」


 魔法防御型と感知型の結界が常に城を覆い、ネズミ一匹の侵入さえ許さない。しかも城は湖の中心に建っているので、侵入を試みることすら一筋縄ではいかないのだ。さらにエデン王は城の中にずっと籠もっていて、民衆の前に姿を見せるのは稀ですらある。


 トリシー新聞と民衆から聞いた情報がほとんどだが、稲豊自身も遠目にガーデン・フォール城を見た。その結果に基づいた結論は――――難攻不落。


 つまり、城を落とすのは不可能に近いということだった。


「だったらルートミリアが行けばいい! 凄まじい魔法が使えるのだろう? その魔法で、王ごと城を潰してしまえばいいだろ!!」


「たしかに、ルト様なら城の結界も破壊できるかもしれない。でも……ルト様は魔王軍の大将ですよ? もし失敗したら、それは魔王軍の敗北を意味しています! そんな危険な賭けを、ルト様にさせる訳にはいきません!!」


「戦で命を懸けるのは当然のことだ!!」


「“無駄”に懸けるのはダメだって言ってるんですよ!! それに、俺たちの目的はエデン王を倒すことじゃない! お互いに歩み寄れたら、それが一番良いんです!!」


 お互いに一歩も譲らず、廊下で火花を散らし合う。

 近くを通りがかったメイドが『何事か?』と視線を向けてくるが、やがてそそくさとその場を離れていった。


「歩み寄る必要など無い! 魔物の本能は闘争にこそある! 下等種族を支配こそすれ、手を取り合うなど以ての外だ!!」


「その下等種族に、魔王軍はずっと煮え湯を飲まされ続けてきたんじゃないんですか? 前回の戦でだって大量の犠牲者を見たのに、また同じことを繰り返すんですか?」


「犠牲者が出たからこそだ! 死んでいった我が同胞らの為にも、奴らに目にもの見せねば気が済まん!!」


「ほら本音が出た! 同胞の為って言いながら、結局は自分の気を晴らしたいだけじゃないですか!」


 ヒートアップした両者の議論は、最高点に到達した。

 息の続く限り言葉を発していたふたりは、しばらく「ハアハア」と息を吸うのに専念する。しかし、少しの沈黙が流れる間でも、お互いに瞳を逸らすことはなかった。


 やがて呼吸と心の落ち着きを取り戻したマルコは、さっきとは打って変わった、静かな口調で言った。


「…………お前は違うのか?」


「ハァ……ハァ……何がですか?」


「知っているぞ。お前も、エデンには大切な者たちを奪われたのだろう?」


 稲豊の頭の中に、三つの顔がフラッシュバックする。

 

 この異世界で、一番の余所者に違いないのに、他の者と対等に扱ってくれた優しい門番のふたり。そして、異世界で初めてできた魔物の親友。


 マースに、ミースに、レフト。

 稲豊にとって、かけがえのない者たちだった。


「悔しくないのか? 悲しくないのか? 死んでいった者の無念の声が、お前には聞こえないのか? オレには聞こえる。同胞らの苦痛の叫びが! 彼らの為にも、オレの為にも、オレは人間共が許せない」


「…………俺は……」


 そこまで口にしたものの、それ以上は言葉が出ない。

 幾つもの想いが浮かび、そして消えていった。


 やがて稲豊が言葉に詰まってから、三十秒が経過しようとしたとき――――


「ふん。やはり貴様も、ルートミリアと同じだということか。所詮は人の血が流れる、エデンの回し者だ」


 そう吐き捨てて、マルコは去っていった。

 ただひとりその場に残された稲豊の脳内には、先ほどのマルコの言葉がずっと反復している。


『死んでいった者の無念の声が、お前には聞こえないのか?』


 聞こえない訳がない。

 何度、彼らの最後の瞬間が夢に現れたか分からない。

 ときには悲壮で、ときには怨嗟で、夢の中の彼らは稲豊に訴えかけるのだ。


 

 お前のせいだ――――――――と。





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