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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第六章 魔王の死

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第210話 「オシャレなら仕方ない」


 命懸けの激闘から数分後。

 まるで先ほどの戦いが嘘だったみたいに、沼地には平穏が訪れていた。


 馬を連れて戻ってきたエルブの魔法によって、意識を取り戻したレトリアと稲豊の傷は治癒され、もはやどこに傷があったかも分からないほど。割れた沼も周囲を水浸しにはしたが、いまはもう何事もなかったように元の様相を取り戻していた。


「このガキで最後だぜ!」


 ハーピーとの戦いに参加できなかったティオスは激しく悔しがり、汚名返上とばかりに子供の救出に積極的に参加する。身の軽いティオスとシグオンの活躍により、子供たちはようやく地上の土を踏むことが叶った。


「兄ちゃん!!」


「サイセ! 無事か? どこか怪我はないか?」


「へへ~! へっちゃらだよ!」


 サイセは犬歯の抜けた朗らかな笑顔を見せる。

 他の子供たちも同様で、念の為にかけた治癒魔法が必要ないほどだった。


「つかまったときはこわかったけどね!」


「捕まったとき? じゃあ、巣に入れられてからは怖くなかったのか?」


「うん! アイツぼぉ~っと見てただけだから!」


 ハーピーは獲物が弱るのを待ってから喰らう――――

 稲豊は、ファシールの言葉を思い出していた。


「さあ、子供たちも発見できた訳だし、そろそろ戻ることにしよう」


「で、でも……二名の兵士がまだ……」


「明日にでも捜索隊を派遣する。彼らには悪いけど、これ以上は僕たちも危うくなってくるからね」


 レトリアの胸中は複雑だったが、日が暮れるに連れ霧が濃度を増してきている。このままでは、帰り道すら分からなくなってしまうだろう。


 断腸の思いでファシールの提案に従った面々は、子供たちをそれぞれの馬に乗せると、周囲を警戒しながら霞の沼地を後にした。

 


:::::::::::::::::::::::



「サイセ!!」


「母ちゃん!」


 夕焼け色に染まった北東門の下で、再会した親子が固い抱擁を交わす。

 息子の方は周囲の視線にこそばゆげに身を捩ったが、その顔にはどちらも満面の笑みを浮かべている。


 そんな光景が合わせて三つ。

 子供たちを心配し北東門に駆けつけた親は、人目も憚らず泣き、そして笑っていた。


「勇者様! この度は私の部下の不手際によりお手を煩わし、誠に申し訳ありませんでした!!」


「まあ、あまり責めないであげてよ。彼らも必死に戦ったんだ」


「いえ! 魔獣ごときに遅れを取っていては、誉れあるエデン兵士の名折れです! 明日の捜索で見つけたら、また厳しく指導してやりますとも!」


「…………ああ、そうだね。いまはふたりの無事を祈ることにしよう」


 抱擁を交わす親子と少し離れ、ファシールは将校と話している。

 トライデントの三人は親子を眺めているので、稲豊とレトリアには丁度、手持ち無沙汰な時間が生まれていた。


「君のおかげで、子供たちを無事に助けることができた」


「そ、そんなことない! ソトナがいなかったら、きっと子供たちのところへ辿り着けもしなかったわ! もしかしたら、私たちが遭難していたかもしれない。ここにいる皆が無事なのも、ソトナのおかげよ」


「いいや! あのとき君が聖剣を見つけてくれたから、無事に帰ることができたんだ! もしあれがなかったら、ハーピーにやられてたよ」


「違うわ! あなたが紙袋のヒントから、子供たちを見つけてくれたからよ!」


「いやいや! 君は皆の命の恩人だ!」


「いいえ! あなたの功績が大きいわ!」


 鼻が当たりそうなほど顔を近づけた稲豊とレトリアは、数秒のあいだ睨み合う。

 しかし次の瞬間、どちらともなく吹き出していた。


 そして一頻り心から笑いあったふたりは、


「いやぁ~、『どっちが?』ってことじゃないかもしれないね」


「ええ、そうね。きっとこの中の誰が欠けていたとしても、上手くいってなかったと思う」


「そうだね、きっとここにいる皆のおかげだ。でも、君には何度も命を助けられたから、この言葉だけは受け取ってほしいな。ありがとう、レトリア」


「そ、そんな……お礼を言いたいのは私の方で――――――――」


 夕日よりも顔を赤くしたレトリアは、そこで言葉に詰まった。

 やがて驚きに満ちた表情を稲豊の方へ向けた彼女は、



「いま…………()()()()って……?」



 自らの耳の調子を疑いつつ、小さな声で聞き返した。

 反応を予想していた稲豊は、どこか申し訳なさそうな笑顔を浮かべる。


 その笑顔から色々と悟ったレトリアは、観念のため息をひとつ漏らしてから言った。


「やっぱり、気づいちゃう?」


「あれだけの魔法を見せられちゃね。どう考えても一般市民の扱えるレベルじゃないよ。それに、トライデントの三人の反応もどこかぎこちなかったし」


 それは嘘ではない。

 しかし、決定打となったのは、魔神の舌から得た情報である。


 鍛えられた肉体もさることながら、稲豊が引っ掛かったのは()()()()だった。レトリアの体内にある生門の器が、普通では考えられないほど大きかったのだ。


 魔族すら連想させる大量の魔素。

 それが決め手となって、稲豊は彼女が只者ではないことを知った。


「ごめんなさい。……天使だって分かったあなたに、態度を変えられるのがどうしても嫌だったの。できることなら普通の女の子として、ソトナには接して欲しかったから」


 夕日が沈むに連れ、レトリアの表情にも影が落ちる。

 紡ぐ言葉は、少し震えてさえいた。


「神咒教の保護施設の出身っていうのは?」


「あれは本当。宿り木の家で暮らしていたところを、お母様に拾われたの。私に天使になれる素質があったから……」


「……そうなんだ」


「本当にごめんなさい! …………お、怒ってる?」


 イタズラがばれたときの子供のように、レトリアは涙目になって稲豊の様子を窺う。上目遣いでおずおずと覗く仕草は、嗜虐心しぎゃくしんと父性本能を同時に刺激された。


 複雑な感情の狭間で悶える稲豊だが、最終的には父性本能の方に軍配が上がる。


「怒ってなんかないさ。誰にだってその……隠し事のひとつやふたつ、あって当然だよ」


「ソトナにも、人に隠してることがあるの?」


「もちろん。エデンの誰にも言ってない、姿ひみつがあるよ。まあでも……そうだな」


 稲豊はそこで考えるような仕草を見せる。

 そして少し間を置いてから――――


「レトリアにはいつか、話せる日が来るかもしれない」


「ほんと? えへへ、嬉しいな」


 文字通り、天使の笑顔を覗かせるレトリア。

 心臓を無理やり高鳴らせるほどの威力を持つ彼女の笑顔から、稲豊は逃げるように目を逸した。


 このままでは、抱きしめたくなってしまう。

 稲豊はよこしまな感情を吹き飛ばすため、わざとらしく声を上げた。


「ああ! もうこんな時間! 父さんが心配してるだろうから、早く家に帰らないと!」


「そうね。心配してくれる家族がいるなら、早く安心させてあげないとね」


 このままこの場にいては、帰りがいつになるか分かったものではない。

 それに過去に会っていることを、トライデントに思い出されても面倒だ。


「それでは皆さん! ごきげんよう!」


 稲豊はそれだけを口にし、皆に背を向け駆け出した。


「あら? もうですの?」


「せっかちな恩人でござるな」


「記者の兄ちゃん、色々とあんがとよ~! 次に会ったときは、一緒にメシでも食おうな~!」


 トライデントの三人が手を振る。

 立場上は敵だというのに、悪い気はしなかった。


 そのとき、反射的に手を振り返した稲豊と、ファシールの視線が交差する。


「ちょっと待った」


「え?」


 ファシールが小走りで稲豊へ近づく。

 そのまま去るわけにもいかなかった稲豊は、仕方なく足を止める。


「ひとつ君に訊きたいことがあってね」


「なんですか?」


 稲豊が聞き返すと、ファシールは視線を少し上にずらしてから言った。







「なんでカツラなんてもの被っているんだい?」


 訊ねるファシールの表情は、いつもと同じ余裕の笑み。

 その心の内は、まったく覗えそうにない。


 だから稲豊は、もう取り繕うとはしなかった。


「やっぱり気づいてたんですね。ハーピーに飛ばされたとき……ですか?」


「ああ。訊くべきかどうか悩んでいたんだが、やはり気になってね」


 遡ること、数時間前。

 稲豊はハーピーの暴風にやられたとき、一緒にカツラも吹き飛ばされていた。


 ファシールが沼を割った衝撃から我に返った稲豊は、同時に自身がカツラを付けていないことに気づく。幸いカツラはすぐに見つかり事なきを得たのだが、その様子はしっかりとファシールに目撃されていた。


「背中を向けてたんで見られてないと思ってたんですけど……。その眼帯、実は特別製で、左目は本当は見えてるんじゃないですか?」


「ハハハ。疑うようなら、近くで見てみるかい?」


「へ?」


 あっけらかんと答えたファシールは、あっさりと左目の眼帯を外した。

 するとその下から、何の変哲もない彼の左目が出現する。


「ほら? この眼帯にも僕の瞳にも、何も細工はないだろう?」


「細工がないのは分かりましたけど……だったらなんで眼帯を? あ、もしかして修行の一環とか?」


「アハハ、僕はそこまで勤勉じゃないさ。これは僕の親友の物で、彼との友情の証なんだよ。オシャレなデザインで気に入っているんだけど、見えづらくて少し不便なんだよね」


「プッ! なんスかそれ」


 ファシールという男の天然っぷりには、呆れを通り越して笑いさえ込み上げてくる。度肝を抜かれてばかりの稲豊は、悔しさからちょっと意趣を返したくなった。


「このカツラも同じですよ。俺なりのオシャレです!」


「なるほど、そうきたか。これは一本取られたね! ハハハ」


 稲豊とファシールは、愉快に笑いあう。

 友人同士で話すときのような、爽やかな笑いだ。


「それじゃ、失礼しますね」


「ああ。機会があれば、また会おう」


 稲豊は皆に最後の手を振った。


 それにはレトリアたちだけでなく、ファシールやサイセたちも応えてくれる。

 一仕事を終えた気分の良さを感じながら、稲豊は今度こそ北東門を後にした。



:::::::::::::::::::::::



 アート・モーロの仮宿に帰った稲豊を迎えたのは、青い顔をしたアダンだった。

 

『無事で良かった! ああしかし、話すよりも先に城に戻った方が良い。大変なことになっているぞ』


 稲豊の帰りが遅いので、規定通り城へ報告したアダン。

 その結果、魔王城ではいま、大変な事態が起こっていた。


 大急ぎで箪笥にある魔法陣から、貴族街にある双子王女の部屋へと戻った稲豊。

 そこで彼を迎えたのは、またもや顔色を青くしたネロだった。


『お前!? って説教は後だ、とにかく城へ迎え! 足なら用意してやる!』


 焦燥感をどんどんと募らせながら、稲豊は猪車に乗り魔王城を目指す。

 ほどなくして魔王城に到着し、中庭に辿り着いた稲豊が見たものは――――



「よし! 準備はよいかお前たち?」


「ルートミリアお姉さま、戦闘の許可をくださいなぁ! いざとなったら、どんな手を使ってでもお父様を救出いたしますの!!」


「そうや! アート・モーロを火の海にしてでも、ハニーを助けんと!!」


「姉上……我が隊の準備は万全です! 出撃の許可を!!」


「すべて許可する! さあ、みな妾に続け!! エデンへ乗り込むぞ!!」



 暴走モード真っ只中の、王女たちの姿だった。




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