表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第六章 魔王の死

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

224/358

第207話 「なりそこない」


「こっちが正しい道……だと思う」


 稲豊が指差したのは西。

 東方に比べれば、足場の悪い地面が続いている。


 しかし皆は足場の悪さよりも、稲豊がなぜ西方を推したのかが気になっていた。


「なぜそっちの方角だと? ハーピーの羽に、何か違いがあるのかい?」


「その……はっきりとは言えないんですけど……。俺にはどうしても、このハーピーの羽が子供を攫ったときに落ちてたのと同じ羽に見えるんです」


「根拠は?」


「えっと……それは………………」


 ファシールに追求されるが、本当のことは口が裂けても言えない。

 かといって上手い言い訳も思い付かない。


 結局、稲豊はしどろもどろに返事をすることしかできなかった。


「まさか…………勘かい?」


「ええ、まぁ…………」


 幾つかの怪訝な瞳が投げかけられる。

 あまりの居心地の悪さに、稲豊が俯きかけたそのとき――――




「よし! 彼の言う方へ行ってみよう」


 予想を裏切り、ファシールは稲豊のいう西方を指差した。


「で、ですけど……百歩譲って、そこに落ちていたのが子供たちを攫ったハーピーの物だとして、そちらの方角に巣があるかどうかは別の話では? もし間違っていたら……」


「きっと大丈夫さ」


 エルブが当然の疑問を投げかけるが、ファシールは気軽に返すだけ。

 彼のあまりの軽さに毒気を抜かれ、皆が言葉を失ってしまう。


 そんな無言の疑問に少しでも応えようと思ったのか、西方へ向かっていたファシールが足を止めた。そして一拍を置いてから、振り向きざまに口を開く。


「僕の勘もこっちだって言っているんだ」


 もう、ファシールに異を唱える者は現れなかった。



:::::::::::::::::::::::



 西の方角へしばらく歩いていると、濃霧の中に大木の姿が浮かんでくる。

 それは十階建てのビルにも相当する、太さと高さを兼ね備えていた。


 根が半分ほど沼に浸かっているにも関わらず、巨木は枯れ、一切の生気を感じさせない。


「こっちは腹ぺこだってのに、木の実ひとつ生ってねぇ……。こんなんじゃ、ハーピーどころか普通の動物だっているかどうか……」


「そういうこと言わないの。子供たちを無事に連れて戻れたら、皆でお祝いしましょう? ティオの食べたい物、何でも作ってあげるから」


「マジでッ!? じゃあステーキとミートスープと肉団子と……ああ~! むっちゃやる気でてきた! リアの作る料理はマジで美味いからなぁ。さっさと片付けて、ゼッテー腹いっぱい食ってやる!! うおぉ~ガキ共どこだ~!!??」


 ご褒美につられたティオスは、よだれを拭きながら大声を上げる。

 単純で微笑ましい彼女の姿は、陰鬱な景色のなかで一服の清涼剤となって、皆の表情に笑顔を灯した。


 しかも、好事はこれだけに留まらない。



「え?」


 稲豊の前髪を掠め、小さな何かが目と鼻の先を通り過ぎた。

 それは乾いた音を立てながら、足元で跳ねるように転がる。

 

「これって……」


 稲豊は最初、茶色いそれが小石のように見えた。

 しかし右手で掴み持ち上げてみると、やたらと軽い物でできていることに気がつく。石でも木くずでも、ましてや虫なんかでもない。


「まさか!?」


 右拳を力いっぱいに握り締めながら、稲豊は急いで天を仰ぐ。

 限界まで開いた目を凝らしたのは、枯れた大木の上の方だ。


「どうしたでござるか?」


「上の方に何かございますの?」


 必死の形相をする稲豊を見て、周りの皆も習うように大木を見上げる。

 視界に映るのは、枯れて草も生やさない枝に、皮の剥げ落ちた木の本体。一見では、何も引っ掛かることのない光景だが、稲豊にはひとつの確信があった。


 やがてその自信を裏付けるかの如く、この場にはそぐわない『あるもの』が視界に飛び込んでくる。それは枝で隠れるように、ひっそりと作られた穴の中にあった。


「あ……! あそこッ!!」


「ああっ!?」


 稲豊が指差すことで、その場にいた全員が状況を察した。


 地上から十数メートル離れた木の穴の中に、白い何かが揺らめいている。

 ジッと目を凝らして見てみれば、それが攫われた子供たちの着る白い服であることがよくわかった。子供たちはいまにも泣きそうな表情で、一行へ必死に手を振っている。


 表情は暗いが元気そうな姿に、稲豊たちはまず安堵の吐息を漏らした。


「兄ちゃんやるじゃん!」


「ほんと! ソトナ、どうしてこの木がハーピーの巣だってわかったの?」


「この高さじゃ、子供らの声も聞こえなかったでござろう?」


 先ほど見せた怪訝な瞳はどこへやら。

 いまや羨望の瞳を向けられた稲豊は、少し得意気になって言った。


()()のおかげだよ」


 稲豊が右拳を開いて見せたのは、くしゃくしゃに丸められた紙の袋だ。

 その紙袋を見るなり、レトリアはハッとした顔で口を開く。


「お菓子の袋ね!」


「正解!」


 紙袋は、サイセからのメッセージ。

 樹上から稲豊の姿を見つけたサイセは、自分たちの存在に気付いてもらおうと、紙袋を丸めて放り投げたのだ。


 紙袋を普段から目にしている稲豊なら、きっと気付くに違いない――――

 そんな願いの込められた、サイセなりの救難信号だ。


「いま行くからな! ちょっと待っててくれ!!」


 聞こえるかどうか自信はなかったが、稲豊は少しでも安心させようと声をかける。しかし、逆に子供たちの反応は激しくなっていった。安堵とは程遠い顔で、何かを必死に叫んでいる。


「き・を・つ・け・て――――と言っているようだね」


「聞こえるんですか!?」


「いや、口の動きを読んだだけさ」


「見えるんですか!?」


 眼帯に覆われていない右目を使い、ファシールは遠く離れた子供たちの唇の動きを読む。その人間離れした所業に、稲豊は呆れながら驚くしかなかった。


「あ・ぶ・な・い」


 子供たちの言葉を次々と解読していくファシールだが、その内容は不穏なもの。


「う・し・ろ」


「……()()()()()?」


 言葉をすべて解読したあと、一行は同時に振り返る。

 するとそこには、視界いっぱいに桃色の景色が広がっていた。



「けぇぇぇええええぇぇ!!!!!!」



 桃色の正体は、先ほど戦ったハーピーの三倍以上の体躯を持つ、巨大ハーピーだった。十メートルを有に超える両翼を広げ、既にかなりの距離まで迫っている。


「あぶない!!!!」


 地面スレスレを飛ぶハーピーの突進を紙一重で回避した稲豊たちは、大木を背に飛翔するハーピーを睨みつけた。しかし負けじと、ハーピーも不気味な鳴き声で一行を威嚇する。

 

 どこからともなく現れた巨大怪鳥に心底驚いた稲豊だったが、彼以上にハーピーに恐怖したものがいた。


「ヒヒィィ!!!!」


「ヒヒヒィィィーン!!!!」


 ティオスとシグオンが手綱を握る、三頭の馬たちだ。

 ハーピーの鳴き声に驚いた馬たちはパニック状態になり、あらぬ方向へと一斉に駆け出した。


「う、うわ!? ちょ、ちょっと落ちつ――――あだだだだだッ!?」


「もう少し拙者が大きければ……無念でござるるるるる」


 小さなふたりは、馬に引きづられどんどんと離れていく。

『このままではいけない!』とエルブが走り出そうとするも、すぐに足を止めてレトリアの方を向いた。


「ここは私たちで何とかするから、エルはふたりの救出に向かって! 馬がなかったら、子供たちを連れて帰ることもできなくなるわ!!」


「――――! 承知いたしました!」


 無茶苦茶に走る馬を追って、エルブは去っていった。

 この場に残ったのは稲豊とレトリア……そしてファシールだけとなる。


 すると敵の数が減るのを上空から眺めていた巨大ハーピーは、醜悪な老婆の顔で笑みをこぼした。そして一呼吸を置いてから――――



「おお……おなが…………へったねぇ~~…………!」



 人間の言語で、たしかにそう言葉を発した。


 巨大な体躯よりも、

 魔獣が笑ったことよりも、

 人語を話すことに、稲豊とレトリアは驚愕する。


 あまりの驚きに言葉を失う稲豊たちだったが、そんななか、ファシールだけは言葉を紡ぎ続けた。


「どうりで、大人しいはずのハーピーたちが凶暴化していたわけだ。群れを率いているリーダーが『()()()()()』だったとはね」


「なり……そこない?」


 聞き慣れない言葉を聞いた稲豊は、無意識のうちに聞き返していた。

 するとファシールは、


「最初の魔物がどこからやってきたのか……君は知っているかい? 答えは()()()()()()()。極稀に、知能と魔素を多く持った個体が生まれてくるんだ。人はそれを魔物と呼び、そして中途半端な突然変異を起こし『魔物に成れなかった個体』を、成り損ないと呼ぶようになったのさ」


「魔物ほどではないけど、知能と力を持っているんですね。…………って、悠長に話してる場合じゃないですよ! あ、あんなのどうやって倒せば良いんですか?」


「なあに、問題ないさ。この聖剣『トワイライト』さえあれば、あんな魔獣は恐るるに足りな――――――――うん?」


 饒舌に語っていたファシールの言葉が、急に止まった。

 異変とも取れる勇者の言動に、自然と稲豊とレトリアの視線が集中する。


 そんななか、ファシールはきょろきょろと周囲を見回し、やがて諦めたように顎に右手を当ててから口を開いた。



「聖剣が……どこかに行ってしまった」



 捜索隊を結成してから、最大のピンチの到来。

 それを知ってか知らずか、巨大ハーピーは口角を釣り上げ、稲豊らに再び醜悪な笑みを見せつけた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ