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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第六章 魔王の死

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第206話 「トライデントの実力」


 六つの巨大な眼が、樹上から稲豊たちを睨みつける。

 仲間が倒され怒り狂った魔獣ハーピーは、獲物を見逃す様子はまるで見せなかった。


 だがそれは、一行とて同じこと。


「よっしゃあ! 久しぶりの戦闘……腕が鳴りっぱだぜぇ!!」


「待つでござるティオ。まだ馬を繋ぎ終えてない」


「んなの、あちらさんに言えっての!!」


 ハーピーが一行の準備が終えるのを待つわけもなく、三羽は止まっていた枝を次々に蹴る。そして猛スピードで滑空したかと思うと、大口を開けて皆に襲いかかった。


「おおっと! 当たるかバーカ!」


 鋭い速度だが、まっすぐな攻撃ほど避けやすいものもない。

 ティオスは横っ飛びで大口を回避すると、両の腰に付けた鞘から二つの片手剣を取り出した。


「おらよ!!」 


 鍔についた小さな金具を押して安全装置を解除したティオスは、狙いを定めて左手の片手剣を振る。普通なら届かない距離にいる相手だが、彼女の繰り出した剣にとっては例外となる。


 カッターナイフのように幾つもの線が入った剣は、世界で彼女だけが操る()()()()。二本のワイヤーで繋がれた刀身は、するすると伸びて数メートル先にいたハーピーの体に巻きついた。


「ぎぃぃぃ!!」


「もがけばもがくほど、刃が食い込んで毒に侵されるぜ? もう遅ぇけどな」


 刃に塗られた猛毒は、わずか数秒で体の自由を奪う。

 ハーピーは口から泡を吐き、やがて動かなくなった。



「ウキィウキィ!?」


「こちらにも来ましたわ! シグ、なんとかできそうかしら?」


「ふ~……せっかちなキノコ野郎でござるな」


『やれやれ』と首を振るシグオン目掛けて、ハーピーの巨大な口が迫る。


 しかし――――


「ぎぃええ!?」


 突如としてハーピーの目の前に出現したのは、土でできた巨壁。


 回避する間もなく頭から激突したハーピーは、そのあまりの衝撃に耐えることができなかった。本来なら曲がらない方向へ首を曲げ、痙攣したのち絶命する。


「何も考えず突っ込むとそうなるでござるよ。っと、馬はおーけーでござるな」


「こちらも結び終わったわ。ようやく武器が持てるわね…………あら?」


 エルブが弓を構えるのと同時に、残った最後のハーピーが背を向ける。

 先陣を切った二羽の攻撃が不発に終わったのを見て、旗色悪し――と逃げ出したのだ。


「つれない反応……でも逃しませんわ」


 ギリギリと引かれた弦には、異様な形状の弓矢が装填されていた。

 やじりから先は緑で、矢羽には楕円模様が特徴的な赤い羽が使用されている。


「やっ!」


 掛け声が発射の合図となり、赤い花のような矢が空を駆ける。

 それはまるで手繰り寄せたかのように、正確にハーピーの喉笛を貫いた。


「お見事」


 称賛の拍手を贈るファシールの足元へ、白目を剥いたハーピーが墜落する。


 いきなり現れた三羽のハーピーの襲撃。

 そのあっという間の撃退劇に、稲豊はあんぐりと口を開けることしかできなかった。


三叉の矛(トライデント)の名前は、伊達じゃないんですね」


「あたぼうよ! そんじゃそこらの兵士とは鍛え方が違うぜ!」


「エデンの民を守るために、拙者たちは日夜、修行を頑張ってるのでござる」


「おうよ! 魔物やら魔獣やらエデンの驚異はたくさんあるから、せめてオレたちが強くならねぇとな!」


 ティオスとシグオンは、自信たっぷりに微笑んだ。

 ふたりともまだ少女と呼べる年齢なのに、小さな背中には十万を超えるエデン国民の命を背負っている。


 その覚悟に触れた稲豊の胸中は、複雑な想いでいっぱいだった。


「先を急ぎましょう。さっきのハーピーたちが向かってきた方角に、きっと彼らの巣があるはずよ!」


「あ、ああ。そうだね……急ごう!」


 しかし、いまは感傷に浸っている場合ではない。

 一行はハーピーの巣を目指して、さらに沼の奥地へと足を踏み入れた。



:::::::::::::::::::::::



「あ!」


 ティオスが唐突に腰を屈める。

 立ち上がった彼女が手にしていたのは、桃色のハーピーの羽だった。


「いよいよ巣が近いみたいでござるな」


「んでもよ、さっきの連中の羽なんじゃねぇの? だったら、たまたま落ちてただけってこともありうるぜ?」


「それはどうだろう? 思い出すんだ。さっきのハーピーたちは、どんな羽の色をしていたかな?」


 ファシールに言われ、ティオスはつい今しがたの記憶を辿る。

 そして何かに気付いた様子で、ハッと面を上げた。


「そういやぁ赤っぽかった!」


「正解。この本にも書いているけど、ハーピーってのは生まれつきは赤く、歳を重ねるごとに羽の色素が薄れていくらしい。つまり――――」


「この羽は親鳥ハーピーってわけか! じゃあ、こっちの方へ進めば良いってことだな!」


 手掛かりを得たことで、ティオスの足取りも軽くなる。

 馬を連れ、意気揚々と東の方へ進んだ彼女だったが――――


「待って!」


 レトリアの制止する声により、勢いが止まる。

 困惑顔で振り返ったティオスが次の瞬間に目にしたものは、右手にハーピーの羽を握るレトリアの姿だ。


「え? え? それって?」


「これはいま、こっちで拾った分」


「そ、それじゃあ………………どっちが正解?」


 レトリアがいま拾った桃色の羽は、ティオスとは真逆の方向を示している。

 一方はハーピーの巣に繋がり、一方はまったく別の道へと繋がっているのだ。


 どちらが正解で、どちらが外れなのか?

 

「もうじき日が暮れる。確かめることができるのは、一方だけだろうね。さすがに、暗い中ここを進むのは自殺行為だ」


 ファシールもお手上げといった様子で首を振る。

 皆の間に、暗雲が広がり始めていた。


「仕方ありませんわね。ここはやはり、手分けして捜索するべきじゃないかしら?」


「しかしもうすぐ日が暮れるうえに、この濃霧でござる。分散すればするほど、遭難の危険性は増すでござるよ」


「つってもよぉ……。ガキ共の救出を最優先にすべきじゃねぇの? 間違った方に行ったら、助け出すのは絶望的だぜ?」


「攫われた子供は三人。運良く見つけ出せたとして、分散した戦力で守れるか不安ね……」


 皆の意見がまとまらないなかで、稲豊もどうするべきなのか頭を悩ましていた。戦闘で貢献できない以上、何か別のやり方で子供たちの救出に関わりたい。



「……………………そうだ!」


 そう考えた稲豊が導き出したのは、一種の賭けにも近い方法だった。

 多少のリスクも孕んでいるが、いまはそんなことを言っている場合ではない。


 稲豊はすぐに行動に移すことにした。


「リア……アート・モーロで拾ったハーピーの羽を貸してくれないか? それと、いま拾った分も。ティオスさんもお願いします」


「え? ええ、構わないけど……」


「兄ちゃん。見比べて判断しようって考えてるのかもしれねぇけど、意味ないぜ多分。どれも似たような羽ばっかだし」


 ふたりから羽を受け取った稲豊も、同様の感想を抱いた。

 羽は楕円模様に少しの違いがあるだけで、どれも同じような羽に見える。


 そもそも、同じ個体で同じ模様の羽が生えているとも限らないのだ。

 部位によって模様が違っていたら、それで識別などできるはずもない。

 

「………………大丈夫、俺なら分かるはずだ」


 しかし、稲豊には絶対の自信があった。

 彼にしかできない、彼だけの判別方法がひとつある。


 レトリアたちに背を向けた稲豊は、誰にも見られないよう警戒しつつ――――


「ん」


 アート・モーロで拾ったハーピーの羽に舌を這わせた。

 そして次に、ティオスの拾った羽にも舌をあてる。


「………………違う」


 魔神の舌が導き出した答えは『別個体』。

 つまり、アート・モーロで羽を落としたハーピーではない。


「頼む!」


 次も別個体であったなら、本当に為す術がなくなってしまう。

 稲豊は祈るような気持ちで、今度はレトリアの拾った羽を口に入れた。



「ソトナ、大丈夫? 具合でも悪いの?」


 皆に背を向けた稲豊を心配したレトリアが、後ろから声をかける。

 そこでようやく、稲豊は彼女たちの方へと振り返り――――



「大丈夫。正解の道が、いま分かったから」



 晴れ晴れとした表情で、そう答えた。



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