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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第六章 魔王の死

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第205話 「ハーピー襲来」


「え?」


 稲豊は虚を突かれた表情を浮かべ、言葉を失ってしまった。


「オレたちは全員孤児で、大きくなるまでずっとあの施設で育ったんだよ。だからあの施設のガキたちは家族みたいなもんだ。助けに行く理由としてはじゅうぶ――――いだッ!?」


 得意気に語っていたティオスの桃色頭に、シグオンのゲンコツが飛ぶ。


「あにすんだよっ!」


「このスカポンタン! リアの秘密をバラすとはどういう了見でござるか! しかも、絶対にバラしてはいけない相手に!」


「……………………あ…………」


 青を通り越し、黒に変わるティオスの顔色。

 しかし口に出してしまった以上、いまさら誤魔化したところで後の祭り。とっくの昔に、稲豊の耳に届いてしまっている。


「良いのよティオ。私はあの施設の出身であることを、不幸だと思ったことは一度もないから。貴女たちと知り合えたこと、むしろ幸運だったと思ってる」


 それは嘘偽りのない、レトリアの本心だった。

 トライデントの三人はただの部下ではない。頼れる仲間であり、大切な家族でもあるのだ。


 そんな強い絆を目の前で見せられては、もう『ここに残れ』とは言えるはずもなかった。


「少し手間はかかるけど、馬も連れて行くとしようか? 視界が完全に塞がれている訳でもないし、足下に気を付ければ問題ないだろう」


「それが一番かしらね。さっ、時間もありませんし、気を付けながら参りましょう? 人数が多いほうが、色々と助かりますし」


 ファシールとエルブの空気を読んだ妥協案により、皆の止まっていた足が再び動き出す。一行はハーピーの住処を目指して、次第に濃くなる霧の中を進んでいった。



:::::::::::::::::::::::



「ソトナ、念の為にこれを持っていて」


「剣? これどうしたの?」


「さっきの屯所から持ってきたの。ちょっと頼りないかもしれないけど……持っていないよりはマシだと思うから」


「いや、十分だよ。ありがとう」


 稲豊はいまでも、剣術の鍛錬は怠っていない。


 毎日の素振りはもちろんのこと、時間を見つけてはミアキスやアドバーンに稽古をつけてもらっている。筋は良くなっていると、褒められることも増えてきていた。


 だからこそ、稲豊が先ほど口にした台詞は強がりなどではない。

 腕に感じるズシリとした重みは、そのまま自信となって稲豊の腰に収められた。



「嫌な臭いですわね」


 しばらく進んだところで、甘く青臭い香りが鼻の奥を刺激する。

 その香りに誘われるのか、稲豊が初めて見るような奇怪な虫がそこかしこで蠢いていた。


 荒廃的な景色と相まって、精神は徐々に削られてきている。


「ん? どうしたでござるか?」


 そんななか、シグオンの不思議そうな声が皆の気を引いた。

 自然と集まる視線たちの中央で、彼女は自らの胸元に目を落としている。


 するともぞもぞと忍者装束が持ち上がったかと思うと、小さな生き物が顔を覗かせた。


「ウキィ」


 シグオンの胸元から出現したのは、鳥の羽を背負った小猿。

 忍猿のエテ吉だった。


 エテ吉は現れるなり、いぶかしげな瞳を稲豊の方へ向ける。


「どうしたエテ公? あの兄ちゃんが気になんのか?」


 普段と違うエテ吉の様子を見て、ティオスが声をかける。

 するとエテ吉は宙へと羽ばたき、何かを確かめるように稲豊の顔へと近づいてきた。


『ヤバイ!?』


 反射的にそう感じた稲豊は、咄嗟に顔を背けた。

 しかしエテ吉は旋回し、執拗に稲豊の顔を見ようとしてくる。


「何をやってるのでござるか?」


「ウキィ! ウッキキウキキ!!」


「と鳴かれても、何を言ってるのかさっぱりでござるよ」


 エテ吉が何かを訴えるが、シグオンは困った顔で首を左右に振るばかり。

 そんな様子を見て、『助かった……』と稲豊は胸を撫で下ろす。


 しかし、安心したのも束の間――――


「あん? あの兄ちゃんの顔に見覚えがあるって?」


「なんで分かるのでござるか…………」


 ティオスが通訳したばっかりに、稲豊はさらなる窮地に立たされることとなる。


「そういや、オレも兄ちゃんのことどっかで見た気がするんだよなぁ」


「あらティオも? わたくしも彼の顔を見たときから、ずっとそんな気がしていましたの」


「拙者だけではなかったのか……。人を見ることに長けたエテ吉が言うのだから、間違いはないでござるな」


 訝しげな瞳が、さらに三人分追加される。

 稲豊は「か、勘違いじゃないですか?」と誤魔化すが、それは三人の好奇心を駆り立てる結果となってしまった。


「どこで会ったっけなぁ? オレたち三人と同時に会う場所ってのは、あんまりねぇと思うんだけどなぁ」


「い、いまはそんなことよりも、早く子供を救出に行かないと!」


「そうなんだけどさぁ。オレの勘が『知っておいた方が良い』って言ってんだよなぁ。なんつーか、大事なことを忘れてるような」


 稲豊の顔をジロジロと覗き込んでくるティオス。

 このままでは、バレるのも時間の問題だった。


 もはや手段を選んでいられる場合ではない。


「あ~~!! あんなところに怪しい影がッ!! きっとハーピーだ!!」


「なにぃ!?」


 追い詰められた稲豊は、適当な方向を指差して声を上げた。

 ティオスが全力で釣られたことに少々の罪悪感を覚える稲豊だが、この場を切り抜けることが最優先事項である。


 予想外だったのは、ティオスだけでなく皆が指に釣られたこと。

 しかもその後、誰も言葉を発さなくなったことだ。


「い、いやぁ~さっきあそこに本当に影を見たんですけどね~! 一体どこ…………に…………」


 バツが悪くなって指差す方へ目をやった稲豊は、一瞬で体を硬直させた。自分の視界に入り込んできた異形いぎょうの光景に、脳の処理が追いつかなかったのだ。


 稲豊は最初()()が『沼に落ちてしまった人間の姿』のように見えた。なぜなら霧の漂う沼の上に、人間の頭だけがぽつんと浮かんでいたからだ。


 しかし少し考えれば、距離の割にあまりにも大きな頭部に気がつく。一メートルはあろうかという巨大な頭は、皺だらけの肌といい、大きく尖った鼻といい、人間の老婆によく似ていた。



「お出ましだね」



 ファシールの呑気な声を遠くに聞きながら、それでも稲豊は声を出せずにいた。不気味なその姿に、完全に目と思考を奪われていたのだ。


 よく目を凝らせば、巨大な老婆の頭の下には体があることがわかる。

 しかしそれは人間のものとはまったく違い、大きく張った胸筋と、大量の羽をたずさえていた。


 だが、稲豊の思考を最も奪ったのは、怪物ハーピーが口に咥えていた()()である。

 老婆の顔をした異形が上下の歯で挟んでいたのは、紛れもない成人男性の頭部だった。


「う……!?」


 次の瞬間、ファシールを除く一行は反射的に目を背ける。

 皆が耳を塞ぐ必要があったと悟ったのは、その咀嚼音を聞いてしまった後だった。


「ぎょああぇえぇぇぇ!!!!」


 目を背けたことを好機だと感じ取ったハーピーが、血に塗れた口で奇っ怪な叫び声を上げる。そして何メートルもある巨大な翼を広げると、巨躯を物ともしない速度で一行を目掛けて襲いかかった。


「ソトナ危ない!? 風魔法ヒューガ!!」


「うわっ!?」


 眼前まで迫った大鷲を彷彿ほうふつとさせる鋭い爪が、風魔法の邪魔にあい間一髪で逸れる。稲豊はハラリと舞う数本の髪の毛を見て、爪の鋭さに身震いをさせた。


 剣を握ったときの自信は瞬く間に瓦解し、代わりに現れたのは魔獣への恐怖心だ。


「さっきの彼には見覚えがあるな。たしか――――そう、北東門の見張りの兵士のひとりだね。やはりハーピーに攫われていたようだ」


「にゃろ~! なめやがってクソ鳥が~!」


 枯れた大木の枝に止まったハーピーを見上げながら、皆すかさず臨戦態勢を取る。……が、事は一行の思い通りには進まなかった。


「ヒィヒィィィィーン!!」


「ど、どうどう……。落ち着くでござるよ」


 魔獣に驚いた馬たちが、怯え始めてしまったのだ。

 後退りして逃げようとする馬に気を取られ、シグオンとエルブは満足に動くことができない。


「魔獣として強さはそれほどでもないって言ってませんでしたっけ!? それに、人をすぐには食べないはずでは!?」


「おっかしいなぁ。本来、ハーピーは死肉を漁る臆病な性格をしているはずなんだけどね? ほら、この『魔獣解体新書』にもそう書いてある」


「い、いやそれは分かりましたけど! 後ろ、うしろッ!!」


 魔獣の解説本を見せてくるファシールの背後には、枝から飛び立つハーピーの姿。稲豊は必死に声を上げるが、ファシールは未だ本を広げたままである。


『殺られる……!?』


 勇者の背後から迫るハーピーの爪を見て、稲豊は直感的にそう思った。刹那の時間で目を閉じようかとも考えたが、なぜかこのときの稲豊の両目は、意に反してまったく閉じようとはしなかった。


 だからこそ、その瞬間はハッキリと稲豊の記憶に刻まれる。


「君も読むかい?」


 そんな軽口を叩きながら、ファシールはほとんど振り返らずに本を背後へと放り投げた。そこそこの重量を持った魔獣解体新書は、迫るハーピーの顔を目掛けて飛んでいく。


 そして――――



「ぎゃあッ!? ぎえぇぇええ!!」



 本はまるで吸い込まれるように、人の頭ほどもあるハーピーの右目に直撃した。予想外の攻撃に、叫び声を上げ硬直するハーピー。


 そんな隙を見逃すほど、ファシールは博愛主義ではない。


「よっと」


 神速の速度で剣を鞘から抜き取ったファシールは、半身だけ回転させながら、同時に剣を振るっていた。それはまるで舞でも踊るかのような優雅さだったが、ハーピーの巨顔を容赦なく切り裂く残酷さも合わせ持っていた。


「ぎょえ」


 断末魔にもならない声を出し、ハーピーは地に落ち絶命する。

 びくんびくんと痙攣する魔獣の亡骸の脇には、本についた土をはらうファシールの姿。


 何事もなかったかのようなその仕草に、稲豊は言葉を失ってしまう。


「さっすが勇者様だなぁ! オレがやろうと思ってたのに、あっという間すぎて手も足も出なかったぜ!」


「本当ですわ。大勇者の称号は伊達ではありませんわね」


「にしても残念だなぁ。ハーピーの奴がこっちに向かってきてたら、オレの必殺技が披露できたんだけどよ!」


 危機が去ったことにより、弛緩した空気が場に流れる。

 安堵からか、稲豊もようやく冷や汗を拭う余裕がでてきた。


 そんなとき、稲豊はひとつの違和感を覚える。

 ファシールによって抜かれた銀色の剣が、まだ鞘に収められていない。


「僕はもうひとつ言ったはずだよ?」


 稲豊の視線に気付いたファシールが、微笑みながら言う。

 その直後――――



「ぎゃあぎゃあ!」

「けえぇけっ!!」

「あぎぃあぎぃ!!」



 どこからともなく現れた三羽のハーピーが、皆の頭上を旋回してから巨木の枝へ舞い降りた。どの個体も目が血走っており、怒り狂ったように鳴き声を上げている。


 再び訪れた危機に驚愕する稲豊の前で、ファシールはそれでも不敵な表情を崩さず言った。



「ハーピーは群れで行動する。ほら、この本にも書いてある」



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