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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第六章 魔王の死

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第202話 「緊急事態」


 絶体絶命。

 ファシールの頭上に掲げられた白銀の剣は、振り下ろされるときを今か今かと待ちわびている。


「……あ…………ああ…………」


 本当ならいますぐにでも逃げ出さなければならないのだが、稲豊の身体はまるで石にでもなったように動いてくれなかった。ただされるがまま、ファシールの意思に身を委ねるほかない。


 もし身体が本物の石だったならば、剣の一撃に耐えうるだろうか?


 目まぐるしく動く脳内で生まれた、くだらない疑問。

 その答えを確認するためには、稲豊の身体はやわすぎた。



『もうダメだ…………!!』



 振り上げられた剣がゆるりと動き出すのを見て、稲豊は死を覚悟する。

 そして次の瞬間――――














「その反応、やはり()()()()()は不評のようだ……」


「……………………………………へ?」


 両腕で頭を庇っていた稲豊は、呆けた表情で面を上げる。

 すると眼の前で剣をかざしていたはずのファシールが、どこかガッカリとした様子で剣を鞘の中へと収めていた。


「……ポーズ?」


「ああごめん、驚かせてしまったかな? 来月の武闘大会に参加することになっているんだけど、そのときにどんなポーズをするか悩んでいてね。君に助言を仰ごうと思ったんだよ」


「そ、そう…………ですか」


 緊張の糸が切れた稲豊は、強烈な脱力感に襲われ体をよろけさせる。

 レトリアに「大丈夫?」と体を支えられなかったら、そのまま尻餅をついてしまったに違いない。


「勇者様! ソトナは民間人なんですから、いきなり武器を振り上げたりしないでください!」


「失敬、配慮が足りなかったようだ。来年からあらためるよ」


「い・ま・か・らにしてください!!」


 自分の代わりに怒ってくれるレトリアに感謝しつつ、稲豊はなんとか体勢を整える。心臓に悪いファシールの気紛れのせいで、寿命が三年は縮んでしまった。


 文句のひとつ言ったところで、罰は当たらないだろう。

 そう考えた稲豊が、口を開こうとしたそのとき――――――――




「誰か!! 誰か助けてください!!!!」




 耳を覆いたくなるような、悲痛な叫び声が辺りに響き渡る。

 何事かと声の聞こえた方角へ顔を向けた三人は、必死の形相で助けを懇願する若い女の姿を見つけた。


 状況がよほど逼迫しているのか、女は歩道を走りながら誰から構わず助けを求めている。


「あの人は…………」


 稲豊は白いローブを着たその女に、心当たりがあった。

 そして気が付いたときには、

「どうしました! なにかあったんですか!?」


 声を上げながら、女の下へと駆け出していた。



「ああ……お菓子屋さん! サイセが……サイセが……!!」


 白いローブの女は、数時間前に菓子店を訪れたサイセの母だった。

 サイセの母は顔面蒼白で膝をつき、息も切れ切れに息子の名前を叫ぶ。


「落ち着いてください。サイセがどうかしたんですか?」


 稲豊はこれ以上、彼女を興奮させないように落ち着いた声で話しかけた。

 するとサイセの母は、涙でいっぱいに濡らした面を上げる。


「庭で遊んでいたサイセと……施設の子たちが……………………いきなり現れた魔獣に……うぅ」


「襲われたんですか?」


「……はい。目を離した私が悪かったんです! 助かった子供たちに聞くと、何人かの子がさらわれて……。そのなかにサイセも……!」


「魔獣がエデンに!? そ、そんなはずは……」


 遅れてやってきたレトリアが、驚きを露わにする。

 アート・モーロ内に魔獣が侵入するなど、彼女にとっては寝耳に水だった。


 本来、都市の外周には必ず歩哨ほしょうが控えており、獣が近づけばグヤの木を炊くことになっている。つまり万が一にも、魔獣が侵入できない対策をとっていたのだ。


「人手不足の影響が出たのかもしれないね」


 最後に到着したファシールが、ため息を吐きながら言う。

 四ヶ月前の戦争の影響を考えれば、それも納得のできる答えだった。


「勇者様!? ああ……神樹セフィロトに感謝いたします。お願いしますファシール様、子供たちをお救いください!」


「もちろん、それが勇者の務めだからね。さあ、どんな魔獣がやってきたのか、僕に聞かせてくれないか?」


 ファシールを見た瞬間、サイセの母は安堵の表情を浮かべる。

 それが勇者という称号の効果であり、ひいてはファシールへの信頼の証とも言えた。


 稲豊は勇者の実力を目の当たりにしたことはなかったが、皆の反応だけで、その一端を覗いた気がしていた。


「子供たちの話では、宙を飛ぶ薄気味の悪い魔獣だったと……。それと魔獣の物だと思うのですが、庭にこれが――――」


「これは……鳥の羽根のようだね」


 ファシールがサイセの母に手渡されたのは、楕円形の模様が特徴的な、桃色の鳥の羽だった。魔獣に詳しくない稲豊には、それがどんな魔獣なのか検討もつかない。


 しかしレトリアの反応は違い、羽を見るなり大きな声を上げる。


「私……この羽根に見覚えあるかも!」


「本当かリア!?」


「ええ! 私のぶか――ゆ、友人が使っていた弓の矢羽に、この羽根が使われていたはず! たしか……『ハーピー』っていう魔獣の羽根だったと思うわ」


「…………ハーピー」


 その魔獣の名には、稲豊にも聞き覚えがあった。

 ファンタジーを舞台にした創作物では、比較的ポピュラーな魔獣である。


 巨大な両翼に、鋭い鉤爪。

 空を自由に飛び回る、敏捷な魔獣として描かれていることが多い。

 だがハーピーを語るうえで、欠かせない特徴は別にある。


 それは――――

 

「人面鳥か。厄介な相手に侵入されたものだね」


 そう。

 ファシールが口にしたように、ハーピーの最たる特徴は人面であること。

 子供たちが不気味と表現したのも、頷けるものだった。


「ハーピーって、そんなに厄介な相手なんですか?」


 稲豊が訊ねると、ファシールは何ともいえない複雑な表情を返した。


「魔獣としてはそこまで強い方ではないんだよ。だが、空を飛ぶうえに群れで行動するからね。子供たちを攫われたとなると、少し骨が折れそうだ」


「ゆ、勇者様……それではサイセは……私の息子は……!?」


「その点はご安心を。ハーピーは攫った獲物をすぐに食べるような真似はしません。獲物を巣に閉じ込め、弱るのを待つ習性があります。だからその間に息子さんを救ってしまえば、何も問題はありません」


 ファシールの自信たっぷりな姿に、サイセの母は強張った表情を少し緩めた。

 しかしこうしている間にも、時間は刻一刻と過ぎていく。


 肝心のハーピーの巣さえ見つかっていない現状いま、無駄にしていい時間など一秒足りともないのだ。


「僕はこれから北東へ向かう。ママさんが子供たちに聞いた話じゃ、ハーピーはそちらへ向かったようだからね。君らはどうする?」


「行きます! 俺も一緒に連れて行ってください!」


 稲豊は迷うことなく同行を決めた。

 魔王国への帰還が遅れれば、それだけ皆に迷惑が掛かることも承知している。

 それでも、稲豊はここで目を逸らすわけにはいかなかった。


 父を戦争で亡くし、母ひとり子ひとりで暮らしてきた親子。

 仲の良い家族が引き裂かれるなど、稲豊には絶対に許してはならないことだった。


 そしてそれは、レトリアも同じ。


「私も行くわ! 子供を攫って食べるなんて、そんなの絶対に許せない!」


「気持ちは分かるけど、リアは付いてこない方が良いと思う。その……危険だし」


「いいえ! 行くわ! だって私……こういうことでしか、みんなの役に立てないもの!」


「で、でも…………」


「行・く・の!!」


 頑なに意思を曲げないレトリアに、最終的には稲豊が折れる。

 というより、問答をしている時間さえ惜しいのだ。


 三人はサイセの母に『必ず子供たちと帰ってくる』ことを告げると、振り返ることなく走り出した。目指すは、アート・モーロの北東門である。



:::::::::::::::::::::::::::::::::::::



 公園と場所が離れていなかったということもあり、三人はほどなくして北東門へとたどり着く。モンペルガでは巨大な石壁が街を守っていたが、アート・モーロはそれだけではない。都市と外界を隔てる石壁の間に、延々と続く水路が掘られているのだ。


 水路は円環に流れるだけでなく、まるで血管のように街のあちらこちらへと張り巡らされている。それは景観という目的だけでなく、魔獣たちの侵入を塞ぐという壁としての役割も担っていた。


 外界からアート・モーロへ入るには、本来なら巨大なダークオーク製の門を開き、さらに水路と扉を繋ぐ跳ね橋を通らなければならない。


 しかし今回、そのどちらも魔獣の侵入を拒めなかった。

 

「やはり扉からではなく、壁を越えて侵入されたようだ」


「空を飛べるんじゃ、この壁たちには荷が重そうですね」


「ああ。だから最後の砦として、見張りの兵士が常時ここに張り付いているんだ。しかし魔獣はその壁も越えて、アート・モーロ内へ侵入してきた」


 珍しく真面目な顔をしたファシールは、門の側にある兵士の屯所へと目をやった。小さな家ほどもある屯所は、石壁と隣接するように建築されている。


「普段なら何人かの兵士が駐在しているわけだが…………妙だな」


「え? 私には普段と変わらない、いつもの様子にしか見えませんけど?」


 跳ね橋の上のファシールは、屯所へ目をやるなり小さく首を傾けた。

 しかし稲豊とレトリアには、何が引っ掛かっているのか分からない。


「“普段と変わらない”から妙なのさ。魔獣に侵入されたというのに、ここは静かすぎる」


「そ、それってどういう……?」


「まあ、考えるより見たほうが早い。入ってみよう」


 嫌な予感が、沸々と稲豊らの胸に湧き上がった。


 だがここまで来て、尻尾を巻いて逃げ戻る訳にはいかない。

 何より、攫われた子供たちのことを考えれば、こんなところで足踏みをしている時間さえ惜しかった。


「俺が開けます!」


「ソ、ソトナ……あまり無理しちゃダメだからね? 何かあったら、すぐに後ろへ下がってね?」


「わ、わかった……!」


 色々と修羅場を潜ってきた稲豊だが、怖いものは怖い。

 腰を引いた変な格好になりながら、それでも自らの足で屯所の扉の前に立った。


「ハァ~…………あ、開けます!」


 そして深呼吸を一度してから、ドアノブへと手を伸ばした。


 しかしそのとき――――――――



「うおっ!?」


「ソトナ!? 下がって!!」


 稲豊がまだ触れてもいないのに、扉が勝手に動き出す。

 予想外の事態に、レトリアも逼迫した様子で臨戦態勢へと移行した。


 すると扉の向こう側から、







「む? レトリア様?」


 レトリアの部下の三叉の矛(トライデント)

 そのひとりでもあるシグオンが、不思議そうな顔をして出現する。


 そしてそんな彼女の姿を見るなり、



『やばい!? 正体がばれる!?』



 稲豊とレトリアの顔は、空の色に負けないくらい真っ青になった。



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