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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第六章 魔王の死

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第201話 「最後の質問」


「ん? どうしたの? 僕の顔に何か付いてるかな?」


「い、いえ! まさかこんなところで勇者様にお会いできるなんて、思ってもいなかったので……」


 稲豊が商売場所に北の公園を選んだのは、偶然や気紛れなどではない。

 事前に調査をした結果、軍幹部が最も訪れないであろう場所を意図的に選んでいたのだ。


 にも関わらず、稲豊の前には勇者ファシールが立っている。

 腰に下げた剣に右掌を添える仕草も、白を基調とした服でさえ。視覚から入る情報のすべてが、眼の前の男が勇者本人であることを物語っていた。


警邏けいら中にたまたま通りがかっててね。ここは何を売ってる店なんだい?」


「えっと……自家製の饅頭や、芋を使った菓子なんかを扱ってます。今日だったら豆饅頭と芋餅、それと芋の団子ですね」


「へぇ、なかなか美味しそうだ。どれ、豆饅頭をひとついただこうかな?」


「あ、ありがとうございます」


 精一杯の笑顔で返事した稲豊だが、瞳まで笑えたか自信は持てなかった。


 もし正体に気付かれ、もし戦闘にでもなったなら、稲豊に勝ち目などあろうはずもない。腰に下げた片手剣で、数秒の後になます切りである。そう考えただけで、稲豊は豆饅頭を握る自分の手が震えるのが分かった。


「ど、どうぞ! 初めてのお客様なんで、お代は結構です」


「それはありがたい。では、お言葉に甘えさせてもらおうかな?」


 それでも、なんとか菓子の入った紙袋をファシールへと渡す。

 

「やあ、これは美味そうだ。それじゃあ一口…………うん。なるほど、これはなかなかどうして」


 豆饅頭を頬張るファシールを見て、稲豊は少しだけ安堵を覚えていた。

 もし欠片でも疑われていたのなら、不用意に饅頭を口にするとは思えない。疑われていないからこその行動だと、稲豊は考えた。


 穏やかな笑みを浮かべるファシールからは、心の機微きびを窺うことがまったくできない。ならば、彼の行動で判断するしかないのだ。


「独特な食感がたまらないね。贔屓ひいきにしたくなるほど素晴らしい仕事だ」


「ありがとうございます。勇者様にそう言っていただけると、苦労して作ったかいがあるってものです」


「さっそく城の皆に自慢して回ろうかな? こんな辺鄙へんぴで売っていたら、人の目にもあまり止まらないだろうからね」


「い、いえ! そこまでしていただく訳には……!」


 城でこの店の噂が広まるということは、最悪アキサタナの耳にまで届く可能性がある。噂を広めるのが大勇者のファシールなら、その伝達速度も侮れない。菓子店を細々と営みたい稲豊にとって、繁盛は望むところではないのだ。


 稲豊の背筋に添うように、じんわりとした嫌な汗が流れ落ちた。


「ああでも、繁盛したら僕の買う分がなくなってしまうかな? やはり自慢はまたの機会としよう。こうして自由に買えるのも、いまだけかもしれないからね」


「はは……」


 ファシールの気紛れによって生まれた危機は、やはりファシールの気紛れにより去っていった。何はともあれ危機を逃れた稲豊は、苦笑しつつ胸を撫で下ろす。


 ちょうどそのとき――――



「ソトナ~!」


 稲豊を呼ぶ可憐な声が、ふたりの耳に届く。

 顔を向けると、そこには小走りで近付く少女の姿があった。


「よかった! もう帰ってしまったのかと思ってた」


「お! リアがこんな時間にやってくるの珍しいね?」


「ええ。今日は軍務……じゃなかった、家の仕事が早く終わったから来てみたの。もう間に合わないかと思ってたけど、今日は運が良い日みたい」


 息せき切って現れたのは、常連客のリアだった。


 その正体はエデンの第六天使こと『レトリア=ガアプ』なのだが、それは変装中の彼女にとっての極秘事項。特に稲豊扮するソトナには絶対に知られたくない、彼女の秘密だった…………のだが――――



「あ」



 稲豊の方にばかり気を取られていたレトリアは、となりにいたファシールに気付き表情を固まらせる。天使のときとは違う様相をしているとはいえ、相手はあの勇者ファシール。


 当然、いや必然というべきか――――


「あれ? なんだかいつもとおもむきの違う格好だね? ああ、そういえばこの辺は君の家の近く――――」


「わぁー!! わぁ~~わぁ~~!!!!」


 あっさりと変装を見破ったファシールの声を、レトリアはぶんぶんと振った腕と大声で掻き消した。その後ファシールの腕を掴み、「ちょっとこちらへ!」と公園の隅へ移動する。


 稲豊にとっては訳の分からない展開だが、勘の良いファシールにとってはそうでもない。


「もしかして僕、おじゃま虫だったかな?」


「い、いえ……。ただ私がレトリアだってことは、できるだけ内密にお願いします! 特にソトナには!」


「ふーん? つまり、君はあの彼に好意を抱いているという訳だね?」


 いきなり核心を突かれたレトリアの顔は、まるで林檎のように真っ赤になる。

 声も出せずに、首を振って誤魔化すのが精一杯。年下の少女のそんな初々しい姿を見せられては、ファシールとしては見過ごせない。


 人生の先輩として、何より勇者として、ファシールはレトリアの役に立ちたいと思った。


「彼の事について、君は良く知っているの? 例えば恋人の有無とか」


「きょ、きょいびと!? ひょんなこと、き……きけません!!」


「なるほど。じゃあ、僕が代わりに聞いてきてあげるよ!」


「え……? ええ~~!!!???」


 楽しそうに語ったファシールは、返事も待たず屋台へと戻る。

 そして狼狽うろたえながら腕を掴むレトリアを無視し、稲豊に話しかけた。


「君って恋人とかいるの?」


「な、なんスか藪から棒に!? 恋人は……いませんけど」


「へぇ、恋人はいないのか。だってさ?」


 ファシールが『良かったね』という意味で顔を向けると、レトリアは顔が朱色のまま、困ったような嬉しいような複雑な表情を浮かべた。


 顔を稲豊へと戻したファシールは、さらに質問を続ける。


「君の出身はアート・モーロじゃないよね? この辺じゃあまり見ない顔だ」


「はい、俺は北東にある小さな村の出身です。ここで一旗揚げて、故郷に錦を飾ろうとやってきました」


「なるほどなるほど。やってきたのはご家族と一緒かい? まさか、既婚者ってオチではないよね?」


「まさか!? 一緒に住んでるのは父だけですよ!」


 稲豊が強く否定するのを見て、レトリアは小さく笑みをこぼす。

 そんな彼女の様子を知ってか知らずか、ファシールの質問に拍車がかかった。



「この菓子は君が考えたのかい?」


「俺と父で一緒に。幸いにもアート・モーロの人たちの口にも合ったみたいで、ホッとしてます」


「そう。話は変わるけど、エデン軍についてどう思うかな?」


「俺が言うのもおこがましいですけど、平和の維持に感謝してます。ここで平穏な日々の生活を送れるのも、国王様や天使様……兵士の皆さんのおかげなので」


「じゃあ逆に、魔王軍についてどう思う?」


「野蛮な人たちだと聞いてますけど、俺にはよく……。会ったこともありませんし」


「うんうん、なるほど。では質問を変えようか? 『魔物共を根絶やしにしろ』という過激派の主張もある訳だが、君もそうした方が良いと思うかい?」


「その必要は無いと思います。争いあったところで、失うものばかりで得るものは何もありません。お互いに知恵や文化を持った種族なんですから、血を流すことなく解決するのが一番だと俺は――――」


 そこまで口にしたとき、稲豊はようやく違和感に気が付いた。

 質問が進んでいくに連れ、内容がより政治方面に偏っていっている。


 不穏な予感が、稲豊の脳内で小さな警鐘を鳴らしていた。


「平和主義者なんだね君は。僕もそういう考えを理解できなくはないけど、残念ながら二国間の溝は相当深い。例えば、この場に魔王軍の関係者がいたとなれば……僕は立場上その者を捕らえなくてはいけない。問答無用でね」


「――――!」


 稲豊は、心の中で声にならない声を上げた。

 

『ファシールはすべて気付いている』


 そう思考したとき、脳内の警鐘はいままでの比ではないほど音を刻んだ。全身にぶわっと玉のような汗が浮かび、背中には絶えない悪寒が走り出す。


「ど、どうしたの勇者様? 質問がまるで…………尋問みたい」


 ここまでくれば、さすがのレトリアも不穏な空気を感じ取る。

 おろおろとふたりの顔を見比べるが、いまの稲豊にはファシールの瞳から逃れる術は思い付かなかった。


 ファシールは変わらず穏やかな表情をしているというのに、稲豊にはその顔が恐ろしくて仕方がない。許されるものなら、いますぐにでもこの場から逃げ出したかった。


「それじゃあ最後の質問」


 恐怖で動けない稲豊の前で、ファシールはゆっくりと右腕を持ち上げる。

 そこには音も無く鞘から解き放たれた、白銀に輝く剣が握られていた。


 太陽光を残酷なまでに反射する片手剣を振り上げ、




「僕について……どう思う?」



 

 ファシールは稲豊に最後の質問をした。



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