第197話 「招かれざる客(大勢)」
2019/5/26/ 整合性のためタルトちゃんを追加しやす。
大仕事を終え、ルートミリアの待つ屋敷の客間に戻った稲豊。
そんな彼の第一声は、
「なんかめっちゃ増えてる!?」
すごく素っ頓狂なものだった。
というのも今回、稲豊と一緒に屋敷に来たのはパイロとミアキスとナナ、それにルートミリアとタルト、マリアンヌを加えた計六名だった。
にも関わらず、現在クロウリー家の客間は、その倍以上の人影でごった返している。
「…………ナナちゃん。おかえりなさい」
「タルトちゃん! ただいま~!」
子供たちが可愛らしく挨拶を交わすなか、ふたつの足音が稲豊へと近付く。
それは息のピッタリと合った、仲の良い足音だった。
「おかえりなさいませ、お父様ぁ」
「お父上! お待ちしておりました。ご無事で何よりです!」
「アリスに、クリスも? どうして――――」
「クリステラ様たちだけじゃない、僕たちもいるぞ!」
声に反応し、稲豊は顔を右へ向ける。
するとそこには、したり顔のネロとターブ、そしてバツの悪そうな顔をするタルタルの姿があった。
「お、おい!? お前らがなんでここに!?」
「お前が危険な場所に行くというのを小耳に挟んでな? すわ一大事と、クリステラ様たちと共に駆けつけたという訳さ。いやぁ、無事でよかったよかった」
「オレ様もしょくざ……いやテメェの身が気になって仕方なかったぜ。よかったよかった」
「嘘だッ! お前らがそんな仲間思いの訳ねぇだろよ!? ぜってぇ俺の採ってきた魔女の遺産が狙いに決まっとるわい!!」
棒読みで心配するネロたちをひと睨みし、次に稲豊はタルタルの側へと寄った。
その表情は仁王像のごとく怒っている。
「俺は……マリーに伝えろと言ったよな?」
「あははー、怒ってる? これからは口に鍵つけるから許してー」
「ったく!」
怒り心頭といった様子の稲豊だが、内心ではそこまで怒ってはいない。
寧ろこの小さなお祭り騒ぎに、どこか心地良ささえ感じていた。
そんな稲豊の首に、背中側から細い腕が絡められる。
「ボクも来てるよ~!」
「ウ、ウルもか? お前は一体どこから情報を掴んでんだよ……」
「それが面白そうなことだったら、どこにだって駆けつけるのがボクさ! 最近の魔王国はあんまり楽しいことないから、いまは嗅覚がビンビンなんだよね。まあでも、それはボクだけじゃないみたいだけど」
「ボクだけじゃないって――――うおっ!?」
ウルサの目線に誘導され、稲豊は窓際の方へと視線を走らせる。
すると窓の下に置いてあるソファーに、稲豊にとって意外な相手が腰を下ろしていた。
それは普段なら部屋に引きこもっているはずの、
「ソフィア!?」
「よう。来てやったぞ」
「そ、そんなバカな!! 食事だって部屋で摂るような筋金入りの引きこもりが……わざわざこんなところまで!?」
「ほっとけ」
簡単な挨拶を交わすと、ソフィアは手元の本に目を落とした。
それは彼女流の会話終了を意味している。仕方なく稲豊は、彼女の後ろでティーポットを持つ人物へと、疑問たっぷりの視線を投げかけた。
「どういうことなんですか? アドバーンさん」
「私めにもさっぱり。いきなり部屋から出て来たかと思うと、『クロウリー家まで連れてけ』でございますよ。軍師という生き物は、どうやらいつの時代も地獄耳なようですな」
「…………はぁ」
要領を得たような得ないような。
稲豊は腑に落ちない表情を浮かべながらも、それ以上の質問はしなかった。例え追求したとしても、腑に落ちることは絶対にない。直感でそう分かったのである。
「まあいいや。とりあえず俺は、ルト様に冒険の成果を報告だ」
集まった面々に言いたいこともあった稲豊だが、いまは別に優先すべきことがある。ルートミリアの鎮座する奥の席まで移動した稲豊は、蜂蜜入りの瓶を取り出しながら口を開いた。
「ルト様! リリト様が遺してくれた伝説の食材、地下より持って帰りました!」
意気揚々と、冒険の成果を報告した稲豊。
返ってくるのは眩いばかりの笑顔だと信じて疑わなかった彼だが、ルートミリアの反応は予想外なものだった。
「そうか、苦労だったな。だが、妾には必要のないものじゃ」
つれない表情のルートミリアは、稲豊と目を合わすこともなくそっぽを向く。まるで『興味などない』とでも言わんばかりの、そっけない態度である。
それには稲豊も、驚きのあまり言葉を失ってしまう。
「ハニー、ちょっとこっちこっち」
「え?」
ルートミリアのとなりに座っていたマリアンヌが席を立ち、稲豊の腕を多少強引に引っ張る。強制的にルートミリアから離された稲豊は、驚きの冷めやらぬ状態でマリアンヌを見た。
「えっとな? 実はルト、めっちゃ機嫌が悪いんや。どうもハニーが地下に行くのに反対やったらしくて、猪車の中からず~~~~っとこんな調子なんよ」
「そっか、猪車じゃお前とルト様が一緒だったもんな。でもなんで反対…………」
「ハニーは心当たりないん?」
「あー……うん、無いわけでも……ないかな」
ルートミリアは、母であるリリトのことを嫌っている。
だからそんな母の残した物になど、関心すら示したくない。
思春期の少女が母親とケンカしたあと、食事に手を付けないことがある。いままさに、ルートミリアにも同様なことが起こっていたのだ。
「ヒャクは大丈夫だったんだけどなぁ」
「知らずに食べるのと、知ってて食べるのじゃ違う――ってことなんやない? ま、完全に興味ないわけでもないみたいやけどね」
「うん? どゆこと?」
「ほら、ガラス越しに見てみて? コッソリとね」
マリアンヌに言われ、窓ガラスに目をやる稲豊。
そこには、ちらちらとふたりの様子を窺う、ルートミリアの姿が映っていた。
「なあ? 素直やないやろ? どんな食材か気になるのが半分。もう半分はハニーの怪我の心配ってとこやろね」
「そういうルト様も可愛いけど、このままじゃ埒が明かないな……」
「意地はってるだけや思うから、背中を一押しすればええんちゃう? あの頑固者のことやから、その一押しが大変なんやけどね」
ルートミリアが口にしないのに、皆で盛り上がるのも忍びない。
それに母が娘のために用意した、想いの詰まった食材がないがしろにされるのも居た堪れない。
わざわざ地球から取り寄せた蜂蜜。
その偉業は、稲豊には想像もできないほどの苦労に違いなかった。
娘のため、研究に没頭するリリトの姿を想像した稲豊は――――
「じゃあ、ダメ元でやってみるか!」
リリトのため、自分のため、そしてルートミリアのため。
説得する覚悟を決めた。




