第五章 後編 【裏話】
長らくお待たせして誠に申し訳ございません。m(_ _)m
これから連載を再開したいと思います。
強襲作戦が成功し優勢へと傾いたエデン軍だったが、ルートミリアらの活躍により五行結界が発動。エデン軍は抵抗するまもなく、魔王国の国境外へと弾き飛ばされてしまう。
「ちきしょう……また手柄をたて損なった!」
「仕方ないでござる。あの結界はもう機能しないって話だった」
ネコマタ族にすんでのところで逃げられ、再び手柄を上げる機会を失ったティオスとシグオン。ふたりは重い足取りで、本隊との合流を目指していた。
「つーか、ここドコよ?」
「エデン領内のどこか」
追撃の準備を着々と進めていたところで、ふたりは結界に飲み込まれた。
気付けば鬱蒼とした森の中にいて、見渡しても森の草や木々しか目に入らない。本隊の位置どころか、現在地すら皆目見当もつかなかった。
「大雑把すぎんだろ!? どうすんだよ、このままアート・モーロに戻れなかったら! こんな森の中で野垂れ死になんてごめんだぜ!?」
「安心するでござる。そうならないように、エテ吉に助けを呼びに行かせた」
「おお! 空を飛べるエテ吉なら、助けを呼びに行くのも余裕ってわけか! さっすがシグ!」
エテ吉というのは、シグオンのペットの空飛ぶ猿のこと。
普段は主の懐に隠れ、いざというときにしか顔を出さない。小柄で知能も高く、背中の羽根で飛行もできる忍猿だ。
しかしそんなスーパーモンキーにも、たったひとつ弱点がある。
「エテ吉が極度の方向音痴だという点に目を瞑れば、我ながら完璧な作戦」
「一番重要な部分がダメじゃんか!! やっぱダメだお前は! ダメ忍者だ!!」
「なにおう! 元はと言えば、敵を見るなり特攻したティオのせいでござろう! この単細胞生物!!」
「だれがスライムだ! この……猿の親玉がッ!!」
噴煙を上げながら、ふたりはポカスカと殴り合う。
それが体力を消耗するだけの行動であるとふたりが悟ったのは、それから一時間後のことだった。
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ティオスとシグオンが喧嘩していた場所から、そう遠くない森のなか。
「……みんなぁ……どこにいるの……?」
そこには涙目になって仲間を探す、レトリアの姿があった。
右手に魔光石のペンダントを掲げ、腰を引いて歩く姿は、天使の名が泣くほどの不格好。
しかし周囲は薄暗く、どんな生き物がいるかも分からない森の奥深く。
恐ろしいものは恐ろしい。
「きゃあ!? い……いまの……なに!?」
スッと影が横切ったが、それは闇に溶け込みすぐに見えなくなる。レトリアは反射的に五感を研ぎ澄ませるが、もはや何の気配も感じられなかった。
「う……うぅ……エレーロを連れてくればよかった……。ううん、もう誰でも良いから人間に会いたい……ううぅ……」
もう随分と道なき道を歩いている。
いい加減レトリアの心が折れかかったとき――――それは突然現れた。
「ばぁ!!」
「キャアアアアアアッ!!!!!!!!??????」
草むらから飛び出した人影に驚いたレトリアは、叫び声を上げながら尻もちをつく。その拍子にペンダントは右手を離れ、空中に弧を描いてから落下した。
己の周囲が暗闇に覆われたことにレトリアは恐怖したが、抜けた腰のせいでペンダントを拾いに行くこともできない。
それでも必死に手を伸ばすが、絶対に届かない距離でペンダントは煌々と輝きを放っている。しかも驚くことに、ペンダントは再び空中に浮かび上がると、彼女をからかうように右へ左へ踊ってみせた。
「く……ぷぷぷ……! レトリアちゃん、その反応サイッコー! アハハハハ!」
「へ? ティ、ティフレール?」
からからと笑う声が聞こえ、レトリアはようやく状況を理解する。
人影の正体は自分と同じ天使のひとり、イタズラ好きなティフレール。
そしてペンダントが踊ったのは、彼女がペンダントを拾い上げただけのことだった。
「あ、あなたもここに飛ばされてたのね」
いまさら取り繕うことにどれだけの意味があるかは分からないが、レトリアは平静を意識しながら立ち上がる。そのどこか滑稽な姿が、ティフレールの頬を再び膨らませた。
「結界を感じたときには、もうここにいたって感じかな? しゃーないから帰ろうかってとこで、偶々レトリアちゃんを見つけてさ~」
「…………驚かそうって考えたわけ?」
「そんっなに嫌な顔しないでよ~! ちょっとしたイタズラ心ってヤツ。レトリアちゃん面白いから、ついからかいたくなっちゃうの。ごめんねぇ?」
「別に……怒ってないわ」
まったく悪びれた様子を見せないので、逆に怒りも萎えてしまう。
レトリアは体についた砂埃を落としながら、呆れ顔をティフレールの方へと向けた。
「いや~本当にラッキー! どうする? 狩り勝負でもしよっか?」
「いまはそんな悠長なことしてる場合じゃないの。早くこの森を脱出しないと、色んな人に迷惑が掛かってしまうわ。それにいつ魔王兵や魔獣に出くわすかも分からないし」
「あいっかわらず優等生だねぇレトリアちゃん。マジつまんねー」
「ちょっ! どこへ行くの!?」
「ん~? あっち」
踵を返したティフレールを、レトリアが慌てて追いかける。
心許ないとはいえ、魔光石のペンダントはひとつしかないのだ。相性の悪い相手だとしても、側を離れるわけにはいかなかった。
「こ、こっちが森の出口なの?」
「たぶんねぇ。ま、そんなことよりガールズトークでもしよーよ! レトリアちゃんは今回の戦いで何匹くらい殺った? あーしは――――アハハ、数えてねーや。百から先はめんどーになっちった」
「それのどこがガールズトークなのよ……」
奔放なティフレールの後ろを歩きながら、レトリアは野宿の覚悟が必要なのか迷っていた。
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ふたりが歩き始めて一時間が経過したが、周囲の景観はずっと変わらない。
鬱蒼とした森のなかには、ティフレールの快活な声だけが響き渡っていた。
「んでさぁ、吸魔法陣は扱いがシビア過ぎるってゆ~か、際限なく吸うのが問題だよね。何人か死門まで出しちゃって、マジで逝っちゃってんの。いやぁ、部下に愛され過ぎるのって罪よねぇ。アハハハ!」
「………………そう」
「ノリ悪いね~レトリアちゃん! じゃあ石取りゲームでもする? あーし強いよ?」
「遠慮しとく……。遭難に近い状況なのに、よくそれだけ前向きでいられるわね。怖いとか、不安に思ったりはしないの?」
「ぜんぜん? てゆ~かむしろ逆! こんな状況あんまりないんだから、楽しまなきゃ損じゃん! 他に誰もいねーから、羽を伸ばせるってね。天使だけに! アッハハハ!」
ティフレールが豪快に笑う。
その剛毅な姿を羨ましく思うのと同時に、レトリアは興味深くも感じていた。
同じ天使という立場にありながら、ふたりは互いのことをよく知らない。
「……ねぇ、ティフレール。質問しても構わないかしら?」
「ん~? レトリアちゃんのスリーサイズと交換ならイイよ?」
「ちゃ、茶化さないでよ! えっと噂で聞いたんだけど……自分からエデン兵士に志願したというのは本当なの?」
「マジよ? じゃなかったら、むさ苦しい男連中に混ざって隊長なんてやってないって。女で志望するのは少ないから、疑問に思うのも仕方ないけどねぇ」
エデン兵士には『志願』と『徴兵』の二通りの制度がある。
どちらも兵士になることは違いないが、数は後者の方が圧倒的。
女子が志願することは稀で、色眼鏡で見られることも少なくはなかった。
「私が言うのもなんだけど、どうして志願したの? 危険だし色々と制限されるし、その……」
「ああ~言いたいことは何となくわかった。あーしのキャラに合わないって言いたいんでしょ?」
「う、うん。上手く言葉にできないけど、そういうことなのかも。あなたは魔物を敵視してるけど、なんというか悪意を感じられないというか……」
「そりゃそうっしょ。あーしわぁ、別に魔物のことなんてど~~~でもいいからねぇ。奴らが死のうが生きようが、まったく興味ないしぃ」
あっけらかんと話すティフレールを見て、レトリアは目を丸くする。
魔物討伐の立場につきながら興味が無いというのは、ある意味では彼女らしい。
だが目的もなくできるほど、天使という立場は軽くない。
「なら……どうして天使に?」
当然の疑問をぶつけるレトリア。
しかし、ティフレールは人差し指を唇に当て――――
「ひ・み・つ」
と、茶を濁す。
さらに彼女の指はそのまま前方に傾き、唖然とするレトリアの方を指した。
「この秘密は等価交換……スリーサイズじゃ足りないな。せめてレトリアちゃんの『秘密』と交換じゃないとねぇ?」
「そ、それ……は……」
鋭さを増した葵色の瞳が、レトリアの心を覗こうと容赦なく放たれる。
まるで蛇に睨まれた蛙のように、レトリアは瞬きひとつできなくなった。
それはこの世界の、どんな魔獣よりも妖しい光を放っている。
「…………わたし……は」
振り絞った言葉も、そこまでが限界。
レトリアはただ怯えながら、この居心地の悪い時間が過ぎ去るのをひたすらに祈った。
そして永遠のような十数秒が経過したのち――――
「なんてね」
軽快な言葉と共に、魔光石のペンダントがティフレールの手から放たれる。
なんとかそれを受け取ったレトリアは、次に『なぜこの状況で明かりを手放すのか?』を考えなければならなかった。
しかしその答えは、馬鹿げているほど目の前にあった。
「あ……出口」
正面の木立――その隙間から、暖かな木漏れ日が差し込んでいる。
ふたりは導かれるように光の道標を歩き、遂に見渡すばかりの平原へとたどり着く。
「ここは……もしかして人狼の森? 何度も足を運んでいたのに、まったく分からなかった」
「正確には“旧”人狼の森だねぇ。まぁ森なんて基本的には一緒だから、分からなくても無理はないっしょ」
生還の文字が、レトリアの頭に浮き上がる。
弛緩した空気に表情が綻ぶのも束の間、ふたりの耳に騒々しい声が飛び込んできた。
「出れた!? うぅ……久しぶりのお天道様だ~!!」
「拙者の忍法が役にたったでござるな。感謝しろスライム頭」
「ハァ!? シグのせいでどれだけの魔獣の巣に突っ込んだと思ってんだ!! 生きて帰れたのはオレが奮闘したおかげだろうが!! お前ずっと木の上に逃げてたよな!!」
「ふっ、それこそが我が忍法――――処世術でござる」
「忍者きたねぇ! さすが忍者きたねぇ!!」
少し離れた場所でギャイギャイと騒ぐのは、ティオスとシグオンのふたり。
葉や泥に塗れた様子から、脱出までの過程の過酷さが窺えた。
それでもケンカする元気があることに、レトリアはホッと安堵の表情を浮かべる。
「あれ?」
安心したことで思考が正常に働いたのか、レトリアはハッとティフレールの方を向いた。
「ちょっとまって? あなたの宙を駆ける能力を使えば、簡単に森から脱出できたわよね? どうしてその能力を使わなかったの?」
糾弾している訳ではない。
ただ純粋に、理由が分からなかったのだ。
気紛れな行動ばかりを取るティフレールとはいえ、意味もなく森を歩くような彼女ではない。
「んふふ」
小首を傾げ不思議がるレトリアに、ティフレールは満面の笑みを向ける。
そして――――
「あーしの能力は一人用なの。本当に、ラッキーだったねレトリアちゃん!」
それだけを告げると、ティフレールは解き放たれたように空高くへと駆けていった。




