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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第五章 魔王の正体 【後編】

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第190話 「もっと強かったなら」


 ルートミリアが五行結界を発動させてから、数刻後。

 エデンの脅威を逃れた魔王国兵たちは、ザックイールの丘へと集まっていた。


 丘の上の広大な陣の中では、疲弊しきった兵士たちがそこかしこで骨を休めている。そんな彼らの表情が暗いのは、決して夜更けだからではなかった。


「ここにドワーフのフィーという兵士は来なかったか? 歩兵部隊にいたはずなんだが……」


 ひとりのリザードマンが、救護用の天幕を訪れるなりそう訊ねた。


「いえ、こちらでは」


「そうか……。すまない、邪魔したな」


 落胆した表情で去っていくリザードマンを見送った医療兵は、今日一日で何度ついたか覚えていないため息をこぼした。


 友達や兄弟、顔見知りを訊ねる兵士は後を絶たない。

 もちろん、目当ての者を見つけ歓喜の声を上げる者もいれば、いまの兵士のように肩を落として去る兵士もいる。そういった兵士が次に向かうのは、十中八九がこの天幕の裏に設営された、黒を基調とした天幕だった。


 そう――――死体安置用の天幕である。


 中では今回の戦死者が所狭しと並べられ、親しかった者たちのすすり泣きが悲しく木霊していた。しかし、ここに運び込まれた者たちはまだ幸せだったかもしれない。戦死者の中には死体が見つからない者もいれば、原型をまったく維持できなかった者もいる。彼らには傍らで涙を流し、名前を呼ぶ仲間さえいなかった。


「すいません……――――はどちらに……」


 戦死者のリストをまとめる担当官のところへは、そんな質問が相次いでいる。

 救護用の天幕に比べ、訪れる者の顔は暗く……そして痛々しい。


「――――は、右端の隅に」


「ありがとう……ございます……」


 いま訪ねて来た男も、沈痛な面持ちで案内された方へ去っていった。

 足取りは、牛の歩みよりも遅い。


 その後ろ姿に胸を痛めた担当官は、

 


「これだけの犠牲を払ったというのに、我々はいったい……何を得たんだ?」



 敗戦という現実は、皆の心に消せない傷跡を刻みつけていた。



:::::::::::::::::::::::



 場所は同じく、魔王国本陣。

 中心にある豪華な天幕の中では、王都に残った者を除く魔王国幹部が一堂に会していた。楕円形の卓につく皆の表情は、一様に厳しい。


「あれだけの全面衝突……まずはここにいる者たちの無事を喜びたいと思う」


 軍議が始まり、上座にいるルートミリアが労いの言葉をかける。

 だが、皆の表情は険しいまま。労いの言葉に意味がないことは、誰の目にも明らかだった。


 なのでルートミリアも、必要以上に言葉はかけない。


「ライト、報告を頼む」


「はっ! 戦死者は判明しているだけで1208名。行方不明者も含めると、我が軍は2000強の兵士を失ったことになります。特に被害が大きかったのは、ウルサ様の歩兵部隊とマルコ様の遊撃部隊。この両部隊に関しては、しばらく再編も不可能でしょう」


 そこまで報告が進んだとき、マルコが苦々しく表情を歪める。


 敵の策に嵌った狼人族は、為す術のない退却を余儀なくされた。負け犬よろしく敗走した結果、得た物は大量の仲間を失った強烈な後悔と、絶対的な屈辱感。刃を交えない敗北は、マルコにとって初めての経験だった。


「それにしてもウルサ、狂天使ティフレールに会ってよく無事だったな。あの大穴を見たときは、さすがにもう駄目かと思った」


「あと数秒遅かったら潰れてたよ。やっぱりとんでもないね、エデンの天使ってヤツはさ。兵士たちを守れなかったのが悔やまれるよ」


 クリステラの質問に、ウルサは頬杖をつきながら愚痴をこぼす。


 天を覆う巨大な氷塊に潰され、歩兵部隊は壊滅。何とか氷塊を回避した兵士たちも、ティフレールの手にかかり命を散らしていった。その様子を隠れて眺めていたウルサは、惨劇を思い出し身震いさせる。


「えっと、報告を続けます。五行結界……正確には四行結界ですね。の発動により、捕虜を含めたエデン兵は結界の外、つまりはエデン領内に転移。恐らくですが、大将のアキサタナも同様に転移したものかと予想されます」


「それじゃあ結局、大将首はおあずけということなのねぇ。なんだかドッと疲れましたわぁ……」


「仕方ないにゃ。結界を発動しにゃかったら、もっともっと被害が大きくなっていたに違いないのにゃ。わっちたちネコマタ族も怪我人続出だし、もう当分は戦はコリゴリだにゃー……」


 アリステラもエイムも、憔悴した顔で長い息を吐く。

 もちろん、疲弊しているのは彼女たちだけではない。この軍議に参加している皆の顔に、隠しきれない疲労が表れている。


 しかしそんななか、


「オレが聞きたいのはそんな報告ことではない!!」


 狼人族のマルコが吠えた。


「なぜ誰も立ち上がろうとしない!! 我々が今すべきことは敗北の原因を速やかに見つけ出し、再びエデンへと侵攻することだ!! 人間より優れているはずの我々が、なぜ辛酸を嘗めなければならないのか!! すごすごと引き下がるなど、オレは絶対に認めんぞ!! 次こそはあのクソジジイの喉元を引き裂き、同胞たちの無念を晴らしてやる!!」


 小馬鹿にした表情のトロアスタが、脳裏に焼きついて剥がれない。

 マルコはいまにでも出発し、その飄々とした老人をくびり殺したい思いに駆られていた。


 だが個人の勝手な意思が尊重されていては、軍というのは成り立たない。


「落ち着けマルコ。怒りに任せ兵を動かしたら、それこそ奴らの思う壺だ。敵を討つどころか、返り討ちになるのは目に見えている。少し頭を冷やせ」


「キサマは同胞を失っていないからそんな言葉が吐けるのだ! いいや、もうそんな同胞はいないのだったな。戦いを否定し人間共に尾を振った()()()()が、偉そうに説教など反吐が出るわ!!」


「…………人狼族はすべての魔物を代表して人間と友好を結んだのだ。よく知らない相手にすら剣を振るう野蛮な民族には、理解できないだろうがな」


「なんだとッ!?」


「仲間同士で止さぬか! 心をひとつにせねばならん時じゃというのに、いがみ合っていては会話もままならん。いまは皆が無事だったことを喜ぼうではないか」


 ミアキスの忠告も、いまのマルコには火に油でしかない。

 ルートミリアにいさめられ火は小さくなったものの、まだ互いの中で燻り続けていた。


 しかも怒りを鎮めるために放った言葉は、さらなる火種に飛び火する。


「みんなが…………無事!? いったい、誰が無事なん? 本来ここにおったはずの仲間を棚に上げて、何が『無事を喜ぼう』なんよ!!」


 ルートミリアに噛みつかんばかりの勢いで、今度はマリアンヌが声を上げた。


「タルタルはあんたらの代わりに犠牲になったようなもんなんやで!! タルタルが勇者の足止めをせんかったら、あんたは五体満足でおられへんかったかもしれんのに!! なのに……なのに……!!」


「…………すまぬ、軽率だった」


「ハニーだって……今回の件でどんなに……どんなに傷ついたことか……ッ! あんたなら……あなただけは……分かってあげないといけないんじゃないのッ!? 『無事で良かった』なんて台詞……もしハニーの前で言ったら、絶対に許さないから!!」


 思いの丈のすべてぶつけたマリアンヌは、ぐしぐしと目を擦ったあとで机に突っ伏した。



 陰鬱で冷たい空気の中で、マリアンヌの鼻を啜る音だけが場を支配している。長いとも短いとも分からない時間が流れたあとで、沈黙を破ったのはいままで口を閉ざしていたソフィアだった。


「……この戦で誰が悪いかと問われれば、それは間違いなくオレのせいだ。どこかで油断があったのか、オレはエデンの謀略に気付きもしなかった。でかい口を叩いたのに無様なものだ。皆には……本当にすまなかったと思っている」


 涙こそ流してはいないが、その表情には例えようもない悲壮感が漂っている。謝りながら下げた頭は、机にぶつかり小さな音を立てた。年齢はともかく、見た目は幼いソフィアにそんな姿を見せられては、糾弾の声など上げられるはずもない。


 いや、そもそもここにいる全員が理解していた。

 ここにいる誰にも落ち度があり、そして――――ここにいる誰もが悪くないことを。


「今回の戦……我々は奴らの術中に嵌り、数多くの犠牲者を出した。しかも大量の蓄えを使ったにも関わらず、得た物は驚くほど少ない」


 ルートミリアの総まとめに、幹部たちの表情が一段と曇る。

 だからこそルートミリアは、敢えて不敵な笑みを浮かべてみせた。


 ここで下を向くことこそ、敵の思う壺なのだから。


「だが――――ゼロではない」


 今回の軍議で初めて出た前向きな言葉。

 それも短い言葉に違いなかったが、皆の表情に小さな変化をもたらしていた。


「確かに作戦『甲』と『乙』は失敗に終わった……。しかし我々にはまだ、作戦『へい』がある」


「作戦…………丙?」


 ルートミリアの言葉に、何名かがハッと面を上げる。

 それもそのはず。『丙』などという作戦名は、いま初めて耳にした。


 一抹の希望が、皆の心の中に湧いてくる。


「ソフィ、頼む」


「…………丙は甲と乙が失敗したとき用の、謂わば予備の作戦。アリス姉たちが下準備を整えてくれた。派手さはないが、ある意味オレたちの理想に一番近い作戦かもしれない」


「そ、そんなすごい作戦があったのかにゃー!? いったいぜんたい……どんな作戦なのにゃー!」


「早く言え!」


 もはや一抹などではない。

 最後の作戦は大きな希望となって、皆の目を輝かせた。

 エイムやマルコにいたっては、身を乗り出すほどの食いつき具合である。


「丙がどういう作戦かというと――――」


 皆の期待を含んだ視線が、ソフィアの一挙手一投足に向けられた。

 


 そのとき、



「軍議中失礼いたします。戦の功労者を連れてまいりました」


 天幕の入り口から、アドバーンが顔を覗かせた。

 虚をつかれ呆気に取られる皆をよそに、老執事はいそいそと天幕の入り口を持ち上げる。すると緑色の巨体が、にゅっと姿を現した。


「せせこましい場所だな。それに、辛気臭い空気で鼻が曲がりそうだ」


 悪態をつきながら現れたのは、翡翠の鱗を持つ竜人族ドラゴニュートだ。

 上級魔族の証でもある緋色の瞳を値踏みでもするように動かしながら、男は二メートルをゆうに超える巨体で空いている椅子へと腰を下ろした。


「おほん。ご存知の方もいらっしゃるかとは思いますが、彼は惑乱の森の番人――――ネブ殿。今回の戦ではアキサタナ城落としに高速での移動手段と、大いに活躍をしていただきました。見ての通りの竜人族で、大臣のシフ殿のご令息でございます」


 ぽかんとした表情の皆のために、アドバーンが気を利かせる。

 しかしそれは、場に新たな混乱を持ち込む結果となってしまった。


「ネブが竜人族で……シフ殿の息子!? は、初耳です執事長!」

「っていうか、シフ様に子供がいたんですか!?」

「奥様は見ないけど、複雑な家庭事情なのかしらぁ?」

「シフって誰にゃー?」


 一度に賑やかさを増す天幕内部。

 質問が矢継ぎ早に投げかけられるが、アドバーンは質問に応じる素振りは見せなかった。その表情から、『面倒くさい』という思考が漏れ出している。


「苦労だったなアドバーン。それにしてもネブよ、どこで油を売っておったのじゃ? 皆に紹介をするので離れるなと申したではないか」


「騒々しい場所は好かん。岩場で羽を休めている方が気楽でいいし、それに見晴らしも良いので思わぬモノを見つけることもある」


「思わぬモノ?」


 不思議がるルートミリアから視線を逸したネブは、顔をそのまま天幕の入り口の方へ向けた。謎めいた動きに誘導され、皆の視線が入り口へと注がれる。


 すると、もそりと布の扉が持ち上がり、



「白熱してたのにー、なんかごめんねー?」


 バツの悪そうな表情をしたタルタルが、後頭部を掻きながら現れた。

 

「んなぁ!!?? タルタルあんた……生きとったん!?」


 マリアンヌの素っ頓狂な声が天幕を揺らす。

 死んだと思われた者の突然の来訪。マリアンヌでなくとも、叫びたい気持ちは同じだった。


 そんな皆の気持ちを知ってか知らずか、タルタルはいつもと同じ涼しげな顔で説明を開始する。


「道に迷ってたところをそこのドラゴンさんに助けられて、ここまで案内してもらいましたー。いやー、岩場ってのは入り組んでて迷路みたいですねー」


「い、いや……ここまでたどり着いた経緯いきさつはどうでもええねん。ウチらが知りたいんは、あの勇者からどうやって逃げおおせたのかが知りたいんよ。『あかん、絶対死んだ』って思っとったのに……」


「ああーそっち? おれが『退却するんで見逃してー』って言ったら、『二度目はないよー?』って見逃してくれたんですよー。いやぁ、勇者って良い奴ですね」


「あ、あんたってヤツは…………」


 呆れて物も言えないマリアンヌだったが、その瞳にはもう涙は浮かんでいなかった。喜びに歪みそうな口元を気合で押さえつけ、「おかえり。よう頑張ったわ」と労いの言葉をかける。


「どうも皆さん、ご心配おかけしましたー。皆さんもご無事でー……あれ? マリお嬢、シモッチの姿が見えないみたいですけどー?」


「――――ッ!?」


 タルタルの発したひとことで、マリアンヌの表情が固まる。

 いや、固まったのは彼女だけではない。場の空気そのものが、冷凍庫の中のように冷えていくのをタルタルは感じとっていた。


 時間にして十数秒、嫌な沈黙が皆の間を流れていく。

 やがてその沈黙を切り裂くべく、ルートミリアが口を開いた。


「シモンは………………」



:::::::::::::::::::::::



【第五章~エピローグ~】



 担当官が教えてくれた、右端の隅。

 黒色の天幕に覆われたその場所で、稲豊はふたりの戦死者を見下ろしていた。

 戦死者の全身を覆った鎧は黒ずんでいて、かなりの業火に焼かれたことは容易に想像ができる。


「…………俺のせいで……ごめんなさい……」


 どれだけ謝ったところで、死者は帰ってこない。

 それでも、稲豊は謝らずにはいられなかった。


 自分がもっと強かったなら、

 自分がもっと正しかったなら、

 自分がもっと賢かったなら、


 自分が自分が自分が――――


「どうして俺なんかを守ったんですか? 俺なんかより、あなたたちの方がよっぽど……価値があった。優しかった……!」


 自責の念に押されひざまずいた稲豊は、まるで助けでも乞うかのように両手を伸ばす。ゆっくりと伸ばした両手の平は、冷たくなった兜を掴んだ。


 そして少しの葛藤の後、稲豊は緩慢な動きで鎧の兜を外す。


「…………う……うぅ…………ううう…………!」


 堪えきれなくなり、稲豊は嗚咽しながら地面に額を擦りつけた。

 誰かの視線も、地面の冷たさも、いまはどうでもいい。


 後悔が波の如く襲いかかり、やがて大粒の涙となって地面を濡らす。



「うああああぁぁ!!!! は……はぁ…………あああ……………………」


 

 稲豊が異世界で出逢ったふたりの恩人、マースとミース。 


 その兜の下には――――――――フロッグマン。

 稲豊の苦手とする、蛙の魔物の顔があった。



これにて長くなった五章は終了です。

暗い部分も多かったお話に、お付き合いありがとうございました。

次はもっと、明るい成分も盛り込んだお話にしたいと思います。

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