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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第五章 魔王の正体 【後編】

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第189話 「リリト・クロウリー」


 魔物でも、魔獣でもない。


 大きさこそ違うものの、その生き物はこの世界にいるはずのない地球の昆虫……『セイヨウミツバチ』。本来なら攻撃性の低い種だが、それはあくまで地球での話である。


「このサイズに刺されたら……体に風穴が空きますね……」


「それも、ひとつふたつどころの話ではないの」


 巨大ミツバチたちは戦闘ヘリのような音をばらまきながら、ふたりの周囲を旋回している。あっという間に黄色と黒で満たされた地下空間は、もはや巨大なミツバチの巣。数百・数千という生き物の気配を、稲豊たちはまざまざと感じさせられていた。


 すぐに襲ってくる気配は見せないが、何がキッカケで逆鱗に触れるか分からない。退くことも進むこともできず、稲豊は生きた心地が取り戻せるのなら、土下座でも何でもして彼らに許しを請いたい気分だった。


「仕方ない。この花畑は惜しいが……虫ごと一帯を吹き飛ばす。シモン、少しの間だけ伏せていろ!」


「りょ、了解ッス!」


 掲げた途端、ルートミリアの人差し指の周囲に風が渦巻く。

 それは少しずつ勢いを増し、やがて花を根本から持ち上げるほどの強風を発生させた。


「この風なら、たしかにミツバチたちもひとたまりないな」


 立ち上がることさえ困難な風の渦に晒されながら、稲豊はミツバチたちの様子を窺っていた。ミツバチたちは相も変わらず周囲を飛び回るだけで、一向に襲撃の気配を見せない。


「…………なんか変だ」


 稲豊が違和感を覚えたのは、地下の番人が『セイヨウミツバチ』だったという点である。魔物でも、魔獣でもなく、どういうわけか地球の生物。しかも、スズメバチのような攻撃的な種でもない。


『それでは地下の番人として、あまりに心許こころもとないのではないだろうか?』


 不可解な疑問が頭をよぎる。

 そんなとき――――風に巻き上げられた花びらが、稲豊の目の前を横切った。


「……花? そういえば、なんで花が?」


 聞くまでもなく、花はミツバチの餌に違いない。

 この番人として相応しくないハチたちのために、わざわざ花畑が用意されているのだ。それも、水路まで引く手の込みようである。


 そこまで考えたとき、稲豊の頭に先ほどの研究室の光景が蘇った。


「ちょ、ちょっと待ってくださいルト様!! ストップストップ!!」


「んぬ!? シ、シモン……なぜ邪魔をする?」


 風魔法を『いざ放たん』と右手を前に向けた矢先、魔法の軌道を稲豊が立ち塞いだ。当然のように狼狽するルートミリアへ、稲豊は次に背中を向ける。


「すいません! どうしても確認したいことがあるんです!」


「確認……じゃと?」


「もし俺がハチに襲われたら、そのときは助けてください」


 稲豊はそう言い残すと、慎重な足取りでハチの群れの中へと歩を進めた。

 

「シモンッ!? なにを!?」


 ルートミリアの仰天した声が、稲豊の背中へ投げかけられる。

 だが稲豊は振り返らず、両の瞳はただ一点を見つめていた。


 それは比較的小さくて、地面を這う一匹のミツバチ。


「お、俺はお前ら(ハチ)が苦手なんだ……。頼むから刺してくれるなよ!」


 小さな――しかし成猫ほどもあるミツバチを抱き上げた稲豊は、震えつつもまっすぐに黒の複眼を見つめた。稲豊にとって見るもおぞましい姿だが、()()をしなくては確認できない。


「うぅ……こんな能力ちからを与えたこと……恨むぜ魔王!」


 魔王サタンを呪いながら、稲豊はおずおずと舌を覗かせる。

 そして眼前で蠢く艶めかしい脚先へ向けて、


「…………ぐおぅ」



 ゆっくりと舌を這わせた。


 

「シ、シモン!!??」


「うえぇ……あ、ありがと……な」


 素っ頓狂な声を上げるルートミリアの前で、稲豊は抱いていたミツバチを地面へと下ろす。端から見れば狂人のような行動だが、彼の場合は当て嵌まらない。


 舌に残った感触を右腕で拭った稲豊は、顔色を青くしたままで口を開いた。


「興味・友好・従事……それだけです。このハチたちに、俺たちへの敵意はありません。いえむしろ、こっちの味方なのかも」


「味方じゃと? この虫たちがか?」


 ルートミリアが小首を傾げたとき、先ほどの小さなミツバチが羽を広げる。

 ミツバチは稲豊たちの前をクルクルと回ったのち、ドームのさらに奥へと飛んでいった。


「恐らく『ついてこい』って言ってるんだと思います」


「むぅ……ピクシーにでも化かされたような気分じゃが、ここはとりあえず行ってみるかの」


 風魔法を解いたルートミリアは、半信半疑といった面持ちでミツバチを追う。稲豊も当然ミツバチの後を追うが、顔色はもういつもの色を取り戻していた。


「俺、思ったんです。魔王サタンが――――いえ、父親が娘を危険に晒すような罠を仕掛けるのか? って」


「……ふむ」


「五行結界はルト様にしか発動できないし、ここへの鍵を持っているのもルト様です。つまりルト様がここを訪れる可能性は、きっと他の誰よりも高い。そんな場所へ危険な罠を仕掛けるなんて、俺にはどうしても思えなかったんです」


 考えれば簡単なこと。

 娘を溺愛していたサタンが、『屋敷の地下』などという娘に近い場所に、危険な生物を飼うはずがない。


「だったら、なぜこの虫たちはここにおるのじゃ? 罠でないのなら、そもそも虫を用意する必要も無いではないか?」


「それは――――俺にもよく分かりません。ですが、あの研究室にあったタネがこの花畑のためだったとするならば、俺はそこに『何かの強い意志』を感じるんですよ」


「強い意志じゃと?」


「地下の広大な空間にいるたくさんの虫たち。それを育てるために植えられた花……。これだけの手間を掛けるからには、きっと何かしらの理由があるはずなんです」


 案内するミツバチを追いながら、稲豊は自分の考えを話した。

 ふたりはしばらくこの空間の目的について思考を巡らせたが、答えが出る前にタイムリミットがやってくる。すなわち、目的の場所へ到着したのだ。


 ドームの奥まで稲豊たちを導いたミツバチは、目的を終えると静かに道を戻っていった。


「こ、これって…………!?」


「…………ッ」


 水路が一箇所に集まったそこには、魔王の部屋にあったのと同サイズの魔法陣があった。違うのは魔法陣が青く光っていることと、


「これが五行結界に欠かせぬ五つの魔神石の一つ、『水の魔神石』。そして――――」


 魔法陣の上に黒曜石の台座があり、その上で巨大な魔石が浮かんでいること。魔石は薄く青みがかっていて、向こう側まで透き通っていた。


 だからこそ、()()()()は包み隠さず、稲豊たちの視界に露わになる。


「我が母――――『リリト・クロウリー』だ」


「ルト様の……お母さん……?」


 魔神石の中には、ひとりの女性がいた。


 見た目は二十代後半くらい。魔王国の庶民が着るような、どこにでもありふれた婦人服に身を包んでいる。しかし腰まで伸びた黒髪と安らかな顔は、非凡な美しさを備えていた。瞼を閉じているので瞳の色こそ稲豊に知る由はなかったが、その顔にはたしかにルートミリアの面影が重なって見える。


「自由人で、気まぐれで我儘で……。こうと決めたら絶対に引かなくて、贅沢も着飾りもしない変わり者。体が強くないくせに、研究室に籠もったら数日は出てこない。挙句の果てには結界の礎になってしまった。愚かで……そして薄情な母じゃ」


 自らの母について語りながら、ルートミリアは結界発動の準備を進める。

 少し離れていた稲豊は、複雑な面持ちでその様子を眺めていた。


「お母さんが嫌いなんですね」


「嫌いなのではない。()()()なのじゃ。あれほど自分勝手な者を妾は知らん! 料理の腕も最低じゃったしな」


「そ、そうですか……」


「よし、父上の魔素を妾の魔素で上書きした。昔話は終わりじゃ、シモン。もう少し離れていろ」


 魔神石に手をかざすルートミリアに言われ、稲豊は数歩だけ後ろに下がる。

 その直後、魔素の奔流が暴風雨のようにドーム内で荒れ狂った。


 花は散り、虫たちは飛ばされまいと必死に壁や地面にしがみつく。

 

「うおぉッ!?」


 それは稲豊も同じ。

 ハチたちに倣って身を低くし、吹き飛ばされそうな力にただ耐えることしかできない。


 ルートミリアが平然と立っていることが、稲豊には信じられなかった。


「忌まわしき者の名は『エデン兵』。かの者、我が領内に踏み入ることまかりならん。土は土へ、風は風へ。異物は排除、侵入は禁忌に。ルートミリア・ビーザスト・クロウリーの名において命ずる。敵意の壁よ! 今一度その絶対的な力を蘇らせ、我が同胞はらからたちを守護する盾となれ!!」


 詠唱が終わると同時に、魔素の暴風雨は最大瞬間風速を記録する。

 稲豊はもう言葉を出すこともできず、ただひたすらに耐え続けていた。


 そして時間と腕の感覚を失ったころ、






「シモン、もう面を上げても良いぞ」


「………………へ?」


 ルートミリアの声で、うずくまっていた稲豊は顔を上げる。


 キョロキョロと周囲へ視線を走らせるが、ドーム内は穏やかな空気を取り戻していた。全体の一割近くの花は散り、ミツバチたちは目を回しているが、もうどこにも魔素の風は吹いていない。


「お、終わったんですよね? これでもう、安心しても良いんッスよね?」


 体を起こした稲豊は、不安げな様子で訊ねる。

 ただ地面にしがみついていただけなので、助かった実感はまるでない。


 そんな稲豊の姿を見たルートミリアは、久方振りに年相応の笑顔を覗かせた。


「安心せい、エデン兵はすべて結界の外へと弾き出した。アキサタナ城付近まで拡大したからの、恐らく皆無事じゃろう」


「は、はは……はぁ~良かった……。さすがはルト様、その凄さに痺れて憧れるッス」


「そう褒めるでない、照れる。しかし、まだまだ妾たちの役目が終わったわけではないからの。この眼で確認するためにも、皆のところへ戻るぞシモン」


「了解ッス!」


 人心地ついたルートミリアの足取りは軽い。

 稲豊の脇を通り抜け、待ちきれないとばかりに花畑の中へと戻っていく。


「ようやく腕の感覚が戻ってきた」


 服についた土を払い落としながら、稲豊はなんとはなしに魔神石の方を見た。

 ルートミリアの母、リリトは相変わらず安らかな顔を浮かべている。


「ルト様はどちらかと言えば、母親似かな――――――――ん?」


 そこで稲豊は、魔神石の台座の違和感に気がつく。

 目を凝らして見てみれば、黒曜石の台座には何か掘られた形跡があった。


 時間がそこまでないにも関わらず、稲豊の瞳は台座へと釘付けになる。

 何が掘られているのか、どうしても気になったのだ。


「図形? いやこれは文字か? わ……が……さ?」


 そこには異世界の文字が掘られていた。

 稲豊は記憶の中にある異世界文字と照合し、一文字ずつ解読していく。


 やがて短い文章のすべてを理解したとき、稲豊の瞳は驚愕で大きく開かれた。



「…………………………………………………………え?」



 そんなバカなと思う反面、合点がいくものもある。

 思考がぐるぐると回り、稲豊は完全に言葉を失う。


「どうしたシモン?」


 ルートミリアの声が後ろから聞こえるが、反応を返すことができない。

 考えれば考えるほど『なぜ?』という疑問と、複雑な感情が湧き上がってくる。


 稲豊から思考を奪った黒曜石の台座。

 そこには()()()()()で――――――――













『我が最愛の娘に捧げる。  黒瓜 理々人』



 そう書かれていた。


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