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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第五章 魔王の正体 【後編】

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第187話 「命を懸けて」


 猟奇的に笑うアキサタナの右腕が向けられた――――その直後、稲豊はしたたかに背中を地面に打ち付ける。いきなり出現した影によって、地面に押し倒されたのだ。


「ま、まさか……マルーか!?」


 影の正体は、力を振り絞って立ち上がったマルー。

 マルーはその巨体で稲豊を覆い、アキサタナから見えないよう腹の下へ隠したのだ。


 いきなり獲物を隠されたアキサタナの機嫌は、目に見えて悪くなった。


「……それで守っているつもりか? すぐに音を上げさせてやる!」


 アキサタナは告げるなり爆破魔法を放つ。

 稲豊を隠しているマルーに、魔法を避ける術などあるはずもない。


「プギィィ!!!!」


 背中に負っていた傷が、さらに深みを増す。

 それには想像を絶する痛みも伴ったが、マルーはそれでも動こうとはしなかった。全身から脂汗を流しながら、必死の形相で耐え忍んでいた。


「ほう? よく耐えるじゃあないか。なら、これはどうかな!」


「ブ……ゥ……ギッ!!!!」


 動かないマルーに、先ほどよりも威力の上がった魔弾が放たれる。

 着弾した魔弾は、小規模な爆破を引き起こす。焼け爛れていたマルーの背中は、いまや目を背けたくなるほどの深手になっていた。


「マルー!! やめろッ! やめてくれぇ!! 俺なんか守る必要なんてない!! このままじゃ……お前が死んじまう!!!!」


「プグッ! プギィィ…………」


 声を押し殺しながら、ただひたすら激痛に抗う。

 体が燃えても、体の一部が吹き飛んでも、マルーは動かなかった。


 それはアキサタナにとって、不快以外のなにものでもない。


「チッ! たかが畜生の分際で、このボクに逆らおうというのか! だったら……それがどれだけ愚かしいことか、その身で以て知るがいい!!」


 今までの比ではない量の魔素が、アキサタナの右手に込められる。

 虫の息となったマルーがそれに耐えられないのは、誰の目から見ても明らかだった。

 

「マルー!! 離れろッ!! 頼むから……離れてくれぇ……!!!!」


「ピ……ギィ………………」


 稲豊がどれだけ懇願しても、マルーは血反吐を吐きながら、虚ろになった瞳で耐え続けていた。だがそんな姿を見せつけられれば見せつけられるほど、アキサタナの苛立ちは強くなっていく。


 そして――――


「いい加減に死ねクソ豚がァ!! 爆破魔法ローゼン・フレア!!」


「やめろぉッ!! アキサタナああああぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!」


 大きな爆発音と、マルーの一際高い声が岩場に木霊する。

 爆破魔法はとてつもない爆風を起こしただけに留まらず、周囲の雪を一瞬で溶かすほどの熱を放出した。


「……………ィ……」


 焼け焦げた全身から煙を昇らせながら、巨体はゆっくりと傾いていく。

 やがてバランスも立つ力も失ったマルーは、音を立てて地面に崩れ落ちた。


「………………マルー……」


 ようやく解放された稲豊は、起き上がるなりマルーの様子を確認する。

 だが――――横倒しになった巨猪の瞳に、もう光は宿っていなかった。


 稲豊の心に深い悲しみと、どす黒い何かが込み上げる。


「アキサタナ……お前だけは……絶対に許さねぇッ……!!!!!!」


「ああ? ゴミが何を言っているんだ? 赦す赦さないってのは、すべて天使であるこのボクの領分なんだよ! キサマごとき矮小はなぁ、ボクに敵意を向けることすら大罪なんだボケがぁ!!!!」


 マルーのとなりで膝をつく稲豊へ向けて、アキサタナが魔素を込めた右手を向ける。

 

 絶体絶命。

 為す術もない絶望的な状況。

 それでも稲豊は、もう目を背けようとはしなかった。


 憎むべき仇へ向けて、敵意を放ち続けていた。

 例えここで殺されるようなことになっても、祟り殺してやろうと本気で考えていた。


 そんなとき――――



「ぐぅッ!?」


「か……風?」


 大布がはためくような音が耳に届いたかと思うと、ふたりは吹き飛ばされそうな大風に襲われた。しかも、驚きはそれだけに留まらない。


「な、なんだぁッ!?」


 音と風の正体を確かめんと面を上げたアキサタナは、()()を見るなり声を上げる。


 彼の目に飛び込んできたものは、家ほどもある巨体。

 獰猛を絵に描いたような緋色の目玉は、人間の拳の一回りは大きい。

 翡翠の鱗に覆われた両翼を羽ばたかせながら、ソレは厳かな声で言った。


「吾からすれば、キサマも矮小よ」


 そう口にするや否や、()()()()は白い喉元を赤く染める。そして鎌首をより反り返らせ――――


「そ、そうかキサマが()()だな! ボクの城を襲ったのも、追撃隊を壊滅させたのも……すべてキサマの仕業かぁ!!!!」


 睨み叫ぶ男へ向けて、灼熱の業火をほとばしらせる。

 避ける間もなかったアキサタナは、一瞬で全身が火だるまとなった。


「ぎゃあああああぁぁぁああ!!!!???? 熱い熱いあづいあががあぎいぃぃい!!!!!!!!」


 断末魔の悲鳴を上げながら、地面でのたうつアキサタナ。

 雪で火を消そうと必死にもがくが、竜の放った炎は一向に消える気配をみせない。


「…………ネブ……?」


 なぜネブがここにいるのか?

 そんな疑問を浮かべる稲豊だったが、彼は次の瞬間、さらに目を丸くした。

 

「無事か? シモン!」


「……ッ!? ルト様!?」


 翡翠色の竜――ネブの背中から飛び降りたルートミリアは、着地するなり稲豊の下へと駆け寄る。そこで彼女は、横たわったマルーの存在に気がついた。


「ルト様! マルーが……俺を庇って!! も、もしかしたら……死んだかもしれない!!」


「落ち着くのだシモン。心の蔵さえ動いていたら、まだ蘇生は可能だ」


 マルーの横腹に手を当てたルートミリアは、修復魔法と治癒魔法を発動させる。みるみるうちに元の姿へと戻っていくマルーだが、閉じた瞼はまだ開かない。


「ど、どうですか……? 助かりそう……ですか?」


「…………ふむ」


 稲豊は恐る恐る訊ねるが、ルートミリアの表情は険しいまま。

 待つだけの時間がどれほど苦しいものか、稲豊は改めて思い知らされた。


 やがてルートミリアの手が離され、アキサタナの断末魔だけがこの場を支配する。


「やっぱり……マルーは……………………」


 爪跡が残るほど、右手を強く握りしめる。

 噛んだ下唇からは、血の味が口の中へ広がった。


 稲豊を命懸けで守ったマルーは、静かに息を――――――――







「ブルル」


 吹き返した。


 ゆっくりと体を持ち上げたマルーは、大きな鼻を稲豊へ擦り付ける。

 それが彼の無事を表す行動だと気づいたとき、稲豊の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。


「マルー!! 良がった!! 本当に…………良かっだ!!!!」


 声を詰まらせる稲豊を、ルートミリアは慈愛の瞳で見つめる。

 しかし、感傷に浸っている暇はない。こうしている間にも、時間は刻一刻と過ぎているのだ。


「シモン。今は一刻を争う緊急事態、とにかく来てもらうぞ!」


「え? ちょっ! うわぁ!?」


 稲豊の右手を掴んだルートミリアは、まるで兎のような跳躍をみせる。

 それが跳躍魔法の力だと知ったとき、稲豊は五メートル上空にいた。


「ぶわッ! お、落ちるぅ!?」


 そのままネブの背中に着地――――もとい墜落した稲豊は、必死の形相でルートミリアの腰にしがみついた。直後、ネブはゆっくりと上昇を始める。


「アキサタナは放置するんですか? あいつは心臓をぶっ刺しても生きてるような怪物です! あの火が消えたら、きっとまた何事もなかったみたいに再生しますよ!」


「無論、承知しておる。だが……奴が本当に不死身なら、いまの妾たちにはどうすることもできん。奴を任せられる仲間も、見張る時間もないからの。そして奴の能力が未知数ゆえ、連れて行くのも危険。いまできる精一杯は、このくらい――――じゃ!」


 右手を持ち上げたルートミリアが、紺碧の魔弾を放つ。

 それはのたうつアキサタナに命中し、燃える体ごと周囲を凍結させた。

 

 巨大な氷塊と化したアキサタナは、苦悶の表情のままで天を仰いでいる。


「これで当分は凍ったままじゃ。マルー! お前はそこの巨猪ヴィカラと東へ向かい、本体と合流しろ! 妾たちはこのまま屋敷を目指す!」


「え? や、屋敷? うわぁ!?」


 ルートミリアの声を合図に、ネブは天高くへ上昇する。

 あっという間に豆粒のように小さくなったマルーは、主の言いつけ通り東へ走っていった。それを見届けることなく、ネブは西を目指して飛翔する。


 そのあまりの速度の凄まじさに、稲豊は何度も肝を冷やした。


「ちょ、ちょっと待ってくださいルト様! 少しで良いんで、引き返してもらえませんか? すぐ側にマースさんとミースさんがいるんです! 怪我をしているかもしれない……いえ、もしかしたら重傷を負っているかも……!」


 ルートミリアがいれば、どんな傷だって治癒できる。

 居ても立ってもいられなくなった稲豊は、マースたちの安否の確認を懇願した。しかし、ルートミリアは険しい表情を浮かべたまま、微動だにしない。

 

 障壁魔法に護られた竜の背中で、嫌な沈黙だけが流れていく。

 やがて稲豊の痺れが切れかけた頃、ルートミリアは重い口を開いた。


「妾はまず……給仕隊がいるであろう場所を捜した」


「え?」


「それは、ほどなくして見つかった。猪車や物資がそのままになっておったし、何より……狼煙のような白煙が上がっておったからだ。そこで妾は、マルーの血の跡を発見した」


 ルートミリアの言いたいことが、稲豊にはよくわからない。

 いや、脳が知ることを拒んだのかもしれない。


 それが何を意味するのか? 

 真っ白になった稲豊の頭では、どうしても理解できなかった。

 だがこのままでは、いつまでたっても納得がいくことはない。


 だからルートミリアは、敢えて見たままを口にする。



「白煙が上っておったのは…………マースとミースからだった」



 稲豊にはもう、言葉を返すだけの気力は残っていなかった。



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