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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第五章 魔王の正体 【後編】

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第185話 「遭遇」


 後方で上がった全軍退却の光弾が、悩めるミアキスの硬直を解いた。そしてそれは、レトリアの方も同じだった。


「ミアキス……あの光弾は退却の合図ではないの? もしそうだとしたら、万が一にも魔王軍の勝利は無くなった。同時に、あなたが命を懸ける理由もね。ここで私たちが戦ったって、失うものばかりで得る物はないわ」


「…………そうかも知れないな」


 レトリアの言っていることは事実で、そして正しくもあった。

 すでに勝敗が決まっているのに戦いを続けるなど、犠牲を増やすだけの愚の骨頂。選択肢にも入らないほどの愚行に違いない。


 それを知っていたミアキスは――――


「分かった……戦わない」


 黄金色の剣を、腰の鞘へと納める。

 緊張していたエデン兵たちの間に、安堵の吐息と弛緩した空気が流れた。


「あなたなら分かってくれると思っていたわ! 最初は窮屈な思いをさせるかもしれないけど、私がなんとかする――いいえ、してみせるから!」


 レトリアは表情をパアと明るくし、声を歓喜で弾ませる。ミアキスに近寄る足も、自然と駆け足になっていた。


 しかし、ミアキスが次に放ったひとことにより、レトリアの足は止まることになる。


「戦わないが……投降もしない」


「え?」


 このまま投降しなければ、強行手段に訴えざるを得なくなってしまう。そうなれば、ミアキス隊は拘束されただけでなく、捕虜としての立場も悪くなるに違いない。


 そんなことは当然、ミアキスだって理解していた。

 理解したうえで、彼女は投降を拒否したのだ。


「昔の……キミと出会ったときの自分なら、きっとキミの言う通りに投降していたんだと思う。武器も誇りも捨て、すべてをキミに委ねていたことだろう」


「昔と今では、違うと言うの……?」


「………………大切な仲間ができたんだ」


 そう話すミアキスの顔はとても愛おしげで、誰も入る余地のない絆を感じさせた。レトリアの胸が、小さな痛みを訴える。


「もう誰かに守られていた昔とは違う。今の自分には大切な仲間がいて、そしてその仲間たちには夢がある。仲間の夢を守ることが……今の我の夢なんだ!」


「大切な……仲間」


「例えこの鼓動が動きを止めるようなことになっても、その夢だけは守ると誓いを立てた! だからこんな所で、捕まる訳にはいかないんだレトリア!!」


「……ッ!?」


 ミアキスが叫ぶと同時に、ある異変がエデン兵たちを襲った。

 大地が鳴動したかと思うと、地面がボコボコといくつも隆起する。


 そして次の瞬間、


「にゃー!!!!」 


「な、なんだぁ!?」


 隆起した地面が裂け、飛び出したのはネコマタ族。

 その手には、小さな袋がひとつ握られていた。

 

「必殺『猫邪羅死ねこじゃらし』!!」


「ぐわぁ――――くしょん!?」


 小袋を顔にぶつけられたエデン兵たちは、中身の粉をしこたま浴びてしまう。すると強烈な目の痒みと鼻奥への刺激に襲われ、もはや涙とくしゃみで戦いどころではなかった。


「こ、この……ズズ……! ああくそ! 前が見えねぇ!!」


「ネコマタ族の秘伝の調合だにゃー。魔物にはなんてことにゃいけど、人間には劇物だにゃ! しばらくは涙とくしゃみで戦闘不能なのにゃ~!」


 地中からネコマタ族が続々と現れたことで、形勢は逆転。

 もう駄目かと諦めていたミアキス隊員の瞳にも、希望の光が戻ってくる。


 もちろんそんな光景を、レトリアがただ眺めているわけもない。


「ネコマタ族がどうしてここに!? いやそんなことよりも、下手に動いたら痺れ矢が飛んで――――」


「だったら……視界を塞げば良いだけです!!」


「え? きゃあ!?」


 何者かの声が聞こえた直後、レトリアの目と鼻の先で魔煙石が炸裂する。

 たちまちの内に、平原は白煙で満たされた。


 一寸先も見えない煙のなかで、再び何者かの声が響く。


「さあ今の内に撤退を! エイム様が持つヒャクの匂いへ向かってください!!」


「その声は……ライトか!」


 どこにいるかは分からないが、その声はエルフのライトに違いない。

 ミアキス隊の隊員たちは声に従い、ヒャクの香りが漂う方向へ疾駆した。彼らの逃走を止められる者など、もう誰もいない。


「くッ……! ヒャクの匂いヒャクの匂い……ああもう全然わかんない!」


 ミアキス隊にいるような鼻の利く魔物と違い、人間のレトリアではどこにヒャクがあるのか分からない。あまりのじれったさに地団駄を踏むが、それに意味がないことは彼女自身が一番よく分かっていた。


「レトリア」


「……! ミアキス!」


 白煙の向こうで、黄金の髪が靡くのが見えた。

 レトリアは懸命に目を凝らすが、瞬きをした一瞬で黄金の髪は消えてしまう。

 

 しかしその声だけは鮮明に、レトリアの耳に届き続けていた。


「キミの方から歩み寄ってきてくれたこと、嬉しかった。また再び相見えることがあったなら、そのときは――――」


「ミアキス! 待って!! そのときは……なに?」


 レトリアの問いかけは、白煙に巻かれ消えていく。



 そしてしばらくしてエデン兵たちがくしゃみと鼻水から解放されたころ、魔煙石も煙の放出を止めた。


「なんだ……こりゃあ?」


 消えた魔物たちの行方を追ったエデン兵が見たものは、直径数メートルはある巨大な穴だった。十数分前までは何もなかった平原に、ポッカリと大穴が空いている。


 大穴からは風が吹いてきており、先がどこかに通じていることは明らか。

 しかし、どこに通じているのか分からない以上、穴に入るのは自殺行為に等しかった。


「まんまと逃げられてしまいましたわね。…………? レトリア様?」


 トライデントの弓の名手、エルブが「やれやれ」とかぶりを振りながらレトリアに話しかける。だがレトリアは心ここにあらずといった様子で、



「ミアキス……本当の騎士になれたんだね」



 寂しそうに、そう呟くだけだった。



:::::::::::::::::::::::



 魔王軍はこの戦いで、不本意にもエデンの驚異をまざまざと見せつけられる結果となった。


「な、なんでテメェが…………こんなところに…………!?」


 そしてそれは、稲豊も例外ではない。

 現在――かつてない驚異が、少年の前に姿を現していた。


「イナホ君……我々の後ろへ……」


「大丈夫。君だけは……絶対に守るから」


 マースとミースの息を殺した声が、簡素な岩場に緊迫感を漂わせる。

 稲豊の背中に冷たいものが走ったのは、肌を撫でる冷風のせいでは絶対になかった。


 眼前に迫った狂気が、稲豊に冷水のような恐怖を覚えさせたのである。


「ひひ……くひひひ……! おお、おまえは確か……前に見たことがあるな? そうか! ボクの作戦が読まれていたのは、ゼンブお前のせいだったんだな!! おまえが情報を流していたから、ボクは負けたんだ……。ボクは悪くないボクは悪くない! ボクは無能なんかじゃないぃぃぃ!!!!!!」


 高級感のあった赤い服は、いまやボロボロの布切れ。

 自信に満ちあふれていた端正な顔も、いまでは煤けたうえに醜悪に歪んでしまっている。


 体から禍々しい魔素を放つアキサタナは、


「ボクと遭遇した不運こううんを呪うがいい!!!!」


 問答無用で、稲豊ら給仕隊に襲いかかった。 

 


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