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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第二章 魔王の晩餐会

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第17話  「前に盗んだ奴。見つけたら殴ってやる!」

 その全貌を現した翡翠の竜。

 その胴体はキャンピングカーの二回りは大きい。その禍々しくも神々しい姿は、挑む事すら無意味なものだと思わせる確かな力があった。


 遭遇するだけで不幸な存在だが、二人にとって唯一の幸運は竜が直ぐには襲い掛からなかった事だろう。


 ゆらゆらと頭を揺すり、値踏みするかのように二人を眺める怪物。

 慎重に体を起こす稲豊、その背中は冷たい汗でグッショリと濡れている。


 普段勇ましいミアキスの顔も、今は額に少なくない汗を浮かべ、緊張の色が見て取れる。硬直し睨み合ったままの空間が、ある声によって時間の歩みを進める。



「何用でこの聖域に足を踏み入れる?」



 稲豊は一瞬我が耳を疑う。

 頭上より響くその声は、間違いなくその竜の喉よりきたるものだった。



「卿の縄張りとは知らなんだ。用件を済ましたら疾く帰る」



 臨戦態勢を崩さず、ミアキスは冷静に対話を試みる。

 その姿に稲豊は僅かばかりの希望を見た。



「目的を話せ」



 簡潔に告げる竜に、ミアキスは一度沈黙する。

 表情には出さないが、その胸中では目的を正直に話すべきかどうか葛藤していた。話の分かる番人なら問題は無いだろう。しかしそうでない場合は……。

 


「この森の果実を頂きたい。ヒャクという白い果実だ。無理ならそう言って欲しい。我等は引き上げる」



 選択したのは正直に話す事。

 下手に嘘をつくよりは、それが最善の選択だとミアキスは信じた。


 森の果実より生命が大事。

 ミアキスにとっては当然の選択だが、今の稲豊にとってその果実は自らの生命と同義だ。複雑な心境に眉を寄せるが、この場合はそう選ばざるを得ない。稲豊はそう自分に言い聞かせた。


 竜は少し考えるような素振りを見せた後、その巨大な口を動かす。



「吾の生命の果実。譲ることはまかり成らん。早々に立ち去れ」



 大きな顎で森の入り口を指し示す。

 事を荒立てるつもりは無いようだ…………稲豊は安堵した。

 この森は諦めるしかない。さすがに相手が悪すぎる。ミアキスも稲豊と同じ結論に達している様で「了解した」とだけ伝え後ずさる。


 悔しさと恐ろしさで稲豊は怪物の姿を意識的に視線から外し、背を向け早足でミアキスの隣に並ぶ。




 その瞬間。


 


「いでッ!! ィッあっつ!!」



 右肩から地面に激突し、擦り剥いた痛みと摩擦による熱で声を上げる稲豊。

 何が起きたのか理解出来ない。脳が瞬間的に状況を把握しようと限界まで回転する。情報を集めようと必死に動かす目玉が映した光景は……彼の想像を絶していた。



 数歩先のミアキスが稲豊の方に向けて左手を伸ばしている。

 それは掴む事が目的ではない。逆に遠ざけようと振り払った腕の名残だ。

 どうやら稲豊を突き飛ばしたのは彼女らしい。でもそんなミアキスが悪いだなんて思わない。


 何故なら、先程まで稲豊が存在していたその場所に翼竜の大きな顎が出現し。

 その巨大な口の正面では、ミアキスが肘から先の消えた右腕を突き出していたのだから。



 その切り口はまるでノコギリで切断されたかの様。

 翼竜の牙の鋭さを物語っている。



「は……あ!?」



 倒れたままの稲豊は驚愕の声を上げると同時に理解する。


 背中を向けた稲豊に迫る竜の顎を、怪物から一時も目を逸らさなかったミアキスが代わりに受け止めたのだ。ただその賭けには右腕がチップとして必要であった。



 お陰で少年の生命は救われたのだから、悪くない賭けだとミアキスは心の中でほくそ笑む。視線を外した稲豊とは違い、臨戦態勢を崩さなかった彼女にしか出来ない芸当だ。



「すまない少年。怪我はないか?」



 瞬時に稲豊の傍に移動するミアキス。その口から出るのは、突き飛ばした事に対する謝罪の言葉。その右腕からはただならぬ量の鮮血が滴り落ちているにも関わらず、その表情は普段と殆ど変わらない。どうしてそこまで強くいられるのか? 稲豊は弱い自分に嫌気が差した。



「話が違う」


「気は変わるものだ」



 糾弾するミアキスの言葉。その者の腕を咀嚼しながら平然と応える翼竜。

 睨み合う両者の間を、息をも飲み込む嫌な空気が通過し。一瞬とも永遠とも感じられる時が経過した後で、ミアキスが稲豊だけに聞こえる声で呟く。



「逃げろ少年。奴の狙いは君だ」



 ゆっくりと立ち上がる稲豊。

 竜はそれを確認すると同時に、その身をかがめる。それは紛れも無く、獲物を襲撃する前の狩人の姿だ。時間の導火線は瞬く間に燃え尽き、皆が同時に爆発する。



速度強化魔法ラ・ボルツ・ドーラ! 走れ少年!!」



 その場の者が、三者三様の動きを見せる。

 ミアキスは残った左手を稲豊に向け呪文を唱え、翼竜は大口を開け稲豊に迫り、稲豊は全力で駆け出した。


 間一髪。

 稲豊の直ぐ後ろで、歯と歯が強くぶつかる音が聞こえる。後一秒遅れていたらその胴体部分は怪物の口の中だっただろう。超人的な動きでそれを回避できた事に驚く稲豊だが、自らの身体の異変に直ぐ気が付いた。



「体が……軽い!」



 まるで自身の体が羽になったかと思うぐらい重さが感じられない。



「コレならいける!」



 竜とミアキスの距離がそれなりに離れたのを確認した稲豊は、全速力で森の奥へと走る。怪物が現時点で立つ位置が入り口方向なので、奥に逃げるしか手はない。今さえ凌げればそれで良いのだ。


 身を挺して守ってくれた騎士を置いて逃げる稲豊は、傍から見れば卑怯者だろう。だがあの場では彼は足手まといにしかならない。恐らくミアキスはその生命尽きるまで稲豊の事を守るだろう。皮肉な話だが、二人は離れた方が互いに生存確率を高めるのである。



「は、速え!」



 石の間を、木々の隙間を駆け抜ける稲豊。

 今まで自分が出したことのない速度で体が進むので、何かに激突したらと気が気ではない。明らかにおかしいその異変は、ミアキスが掛けてくれた魔法の影響だろう。その姿が見えなくなった今でも、彼女は少年を守っている。



「来てないよな?」

 


 細心の注意をしながら後ろにチラと目をやる。

 彼にとって、あれ遭遇エンカウントしたのが森であるというのが幸いしている。所狭しと並ぶ木や石の影響で、あの巨体では真っ直ぐに追っては来れない。背後からの気配は全く感じられないが油断はしない、出来るだけ距離を稼ぐ必要がある。



「っ! 何だ!?」



 走ってるその最中に、何かに鼻の奥まで侵入されたかの様な刺激が伝わる。

 一瞬眉をしかめる稲豊だが、体に異常は出ていない。不思議に感じながらも稲豊は速度を落とさず走り去る。



「はあ……はあ……はぁ~」



 心臓が悲鳴を上げ、掛けられた魔法も切れた頃。

 稲豊はその足を止める。まだ走る余力が少しは残っているが、眼前の光景がそれを許してくれそうにない。



「はっ……はぁ……行き止まりか」



 切り立った崖、その一角だけ草木や岩が存在しない。

 晴天が顔を覗かせるというのに、太陽の光は実に弱々しい。

 崖下を恐る恐る見下ろす。高さ二十メートルはあるだろうか? 稲豊に降りられる高さではない。不安から振り返るがやはり竜の気配は全く感じられない。心より安堵した息を漏らす。



「大きく迂回して戻るしか無いな」



 ようやく息も落ち着いて来た頃。次の行動について考える。

 何よりも優先すべきはミアキスと合流することだ。かと言って奴と鉢合わせするのも御免こうむる。稲豊が迂回する事を結論付けたのも自然と言えるだろう。



 ただ一つの問題があるとすれば。


 それを良しとしない存在が空高くより飛来した事である。



「……畜生」



 苦悶の声を漏らす稲豊。


 降臨せし竜は巨大な翼を羽撃はばたかせ、その巨体をいとも容易く中空に縫い付ける。その翼から巻き起こす暴風は森の草木を激しく揺らし、まるで森が悲鳴を上げている様な錯覚を起こした。何故竜が飛ぶなどど言う当たり前の事を忘れていたのか。稲豊は自らに呆れを通り越して怒りすら覚える。



「なんで」



 そこまで執拗に追いかける? そう問おうとしたが、言葉が出ない。

 だがその意図を察した竜は、上空よりその質問に答える。



「吾の生命の果実。奪いしは人。貴様がどうであれ、その責は負ってもらう」



 つまりこの森の番人は、『人が起こした罪ならば、同じ人である稲豊にその責任を取れ』と言っているのだ。稲豊はまだ見ぬその人間を恨んだが、今日この森に来た目的を考えるとあまり責められるモノではない。



「待て待て!? 私刑はダメだ! そこは窃盗罪として裁判を起こして、原告として裁判所で訴えを」


「戯れ言を」



 意味の無い時間稼ぎに痺れを切らした翼竜が、弓矢の弦の様にその首を極限まで引き絞る。するとその白い腹部が透けて、赤い光が内部に宿るのが伺えた。次に何をするのか火を見るよりも明らかである。



「おい……やめろよ!? こんな所でそれをやったら!!」



 後ずさりする稲豊の真後ろには二十メートルの崖。

 もう後はないが、それを待ってくれるほど好感度は上げていない。


 翼竜の喉奥から吐き出された灼熱の業火球が、もの凄い速度と唸り声を上げて稲豊に襲いかかる。


 迫り来る獄炎。その周囲の景色の全てを歪め、その熱が如何に高温なのかを物語る。



 きっと誰だってそうする。稲豊だってそうする。


 

 そうしなければあの灼熱に骨まで焼かれるのだから。

 


 どうせ死ぬなら少しでも後が良い。一瞬脳裏をよぎったのはそんな往生際の悪い思考。



 継続して襲い掛かる浮遊感と恐怖に怯えながら。稲豊の体はその魂ごと崖下に飲まれていった。

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