第16話 「もしかしてアクションRPG?」
現在時刻は午後二時。
惑乱の森を目指す一行は、猪車の中で入念な打ち合わせをしていた。ミアキスからリーダーに任命された稲豊は、作戦の最終確認を二人から取る。
「それじゃあ、おさらいをします! イチ!」
「はい! 白い果実と、それを成長させる何かを探します!」
「ニッ!」
「入手した場合速やかに森を脱出」
「以上です!」
恐ろしくアバウトな作戦だが、実際問題他に方法がない。情報が少なすぎて作戦の立てようが無いのだ。オサ達も果実の詳しい位置までは知らない。分かるのは、青い木に生る拳大の白い果実。森の何処かに生息する。以上である。
「とは言ってもなんかヤバイ生き物がいるみたいだから、見かけたら全力で逃げよう!」
「大丈夫ですよイナホ様。すぐに見つけて、見つかる前に脱出すれば問題ありません!」
胸を張るナナの言葉に、険しい表情を浮かべる稲豊。
この流れの既視感に勘付いている彼は、口を尖らして持論を展開する。
「――いや。多分……ってか絶対魔物に遭遇する。RPGで魔物の存在を匂わした場合、それはほぼ間違いなく確実に絶対出現すると考えた方が良い」
「ほう? そういうモノなのか」
「あーるぴ? でも何となくなるほどです!」
博識だと感心する猪車内の緩い空気が不満な稲豊、ここは自分がしっかりせねばと注意を促す。
「お約束というやつです。他にも“フラグ”というのがあるので絶対に立てないで下さい」
「ふらぐ? 良く分からないが安心しろ。何があっても二人は私がまも」
「ちょーーーい!? それぇ!! それダメェ!!」
「イナホ様! みんなで無事に帰って美味しい果実を食べ」
「あーー!! 聞こえない!! 聞こえないなら意味無いんだもんね!! ざまあみろ!!」
急に取り乱す稲豊に慌てふためくナナ。「コレが惑乱の森の力だというのか?」と、あさっての考え方をするミアキス。混沌を極める空間がしばらく続き、稲豊が満身創痍となった時に、目的地に到着した。
「そ、それじゃ…………行こう……か」
「少年が既に瀕死なワケだが」
「イナホ様は休んでいますか?」
まだ幼いナナが平気そうに見えるのに、年上の自分が臆病風に吹かれる訳にはいかない。気持ちを奮い立たせた所で、稲豊はナナにチョップする。
「って、こら」
「あいたっ!」
「なにするんですか!」と、涙目で抗議する少女の目線に合わせ腰を落とす稲豊。そして頭を撫でながら、出来うる限りの優しい声で諭す。
「悪いが年上としてお前は連れて行けない。お前に何かあったら執事長やルト様に俺が怒られる。よってここで待ってろ。な?」
「嫌です!! ドコまでも付いて行くんです!」
キメ顔で大人の余裕を演じたと言うのに、全力で拒否するナナ。しかしそれも想定の範囲内。稲豊は次の手を打つ。
「それじゃあマルーは誰がみる? 俺は言い出しっぺだから行かないのはナンセンスだ。そして魔物が出た時にはミアキスさんに対応して貰う事になる。消去法でマルーの世話係はナナに決定だ」
「で、でも……ナナは!」
それでも食い下がるナナに、腕を組み黙っていたミアキスが森の方を向いたまま声を掛ける。
「ではナナ。我と少年が二刻経っても戻らない時は助けを呼んでくれ。それはお前にしか出来ない、違うか?」
「……そう…………ですけど」
二人に説得され、渋々了解する少女。しかし、その顔には不満がありありと浮かんでいる。その姿に少しの未練を抱きながら、稲豊とミアキスは惑乱の森の中に足を踏み入れた。
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鬱蒼とした不気味な森の中を進む二人。
雰囲気は悪くとも何処にでもありそうな森だったのが、十分程歩いた所でその様相を変える。紫色に光る鉱石が所々に見受けられ、生き物の気配すら感じない森を幻想的に照らす。そして何より違うのが森の香りだ。
「なるほど……惑乱の森か」
納得したかのように独り頷くミアキス。その表情はとても険しい。その隣にいる稲豊も、彼女と同様に眉を寄せ、鼻を右腕で押さえる。
「酷い臭いですね。頭が痛くなる」
甘ったるい香りが鼻腔を刺激して、目の奥が熱くなる。その影響で度々視界が霞み、更にその影響で頭痛が起きる。今は真っ直ぐ歩けているが、長時間この場所にいるとそれすら不可能になるかも知れない。
「マズイな……鼻が全く利かん。魔物の臭気を頼りにしようと考えていたが……、甘かったようだ」
「ってことは、魔物の縄張りに入っても気付けない……って事っすね」
それから更に森の奥に進む。歩けども歩けども変わらない景色に、二人の口数もかなり減ってきている。それは良くない流れだと、話題を振ったのは稲豊の方からだ。
「こんな事聞くのもどうかと思うんですけど、ミアキスさんって結構強い方ですか?」
「何の強さかは分からんが、精神面なら我は弱いぞ? お化けとか嫌いだ」
「お、お化け?」
可愛らしいギャップを見せた年上の美女に、少しの笑いと微笑ましさを感じずにはいられない。しかし、それも次の言葉で吹き飛ばされる。
「前に酷い目にあったからな」
「…………えっ」
そうなのだ。この世界は精霊も悪霊も何でもござれの世界なのだ。
つまりはリ○グの○子や、呪○の伽○子がごく自然に襲い掛かって来ても何の不思議も無いのである。そう考えると、不気味な森がより一層恐ろしくなる。稲豊は少しミアキスとの距離を詰めた。
「ででで、でもミアキスさんがいてくれますからね! ミアキスさんなら俺を守れるぐらい強そうですもんね! 俺は強さ塵なんでスミマセンがよろしくお願いします!!」
「任せておけ。今は少年の騎士となろう。魔獣等に遅れを取る我ではない」
「フラグっぽいけどありがとうございますぅ!」
大汗をかきながら恥も外聞もなく全力で頼る小心者に、心強い言葉を掛ける騎士。男女の立場は逆転しているが、レベル一の職業料理人が騎士に頼って何がいけない? と、稲豊は自身を無理やり納得させる。
「まあそうっすよね。最初のダンジョンのボスは良い感じに弱く設定されてますからね。そして、弱い主人公の引率役は大抵無双してくれるぐらい強いってのがお約束です」
「良く分からないが、それは“ふらぐ”というヤツではないのか?」
「問題無いです」
最初のボスで場所が森ならば大き目の鳥や猪クラスだろう。RPGの序盤でいきなり強いボスが出て来たら、負けバトルか何らかの措置が取られているものだ。というか取られていないと詰んでしまうのでお話にならない。そんなゲームの製作者がいたら「でてこい!」と怒鳴ってやる――――と、稲豊は現実逃避にも近い考えで、なんとか精神の安定を図る。
「うわっ、と」
紫の光を放つ石に躓き、バランスを崩した稲豊は傍にあった岩に軽く体をぶつけてしまう。
「少年。怪我はないか?」
「大丈夫です。本当ちょっと躓いただけなんで」
右手で巨岩に体重を預け、左手をひらひらと振って無事をアピールする。
――――その時稲豊の右手に、あってはならない違和感が伝わってくる。
ゴツゴツした巨岩が上下したのだ。その動きに目を奪われ硬直する稲豊。
そして次の瞬間“ソレ”を無理やり認識させられる。
「――――――あ」
言葉にならない声が息と共に吐き出る。
巨岩の一部が裂け、人の顔程もある巨大な瞳が稲豊の右手。十センチ左下に出現したのだから、それも必然である。
まだ脳から体に命令が行き届かず棒立ちになった稲豊を、ミアキスが物凄い勢いで自分の方へ引っ張り“ソレ”と距離を取る。
「――――おいおい」
稲豊がそう漏らすのと同時。
大地が隆起し、その巨体が二人だけだったその世界に突如顕現する。
獲物を引き裂く為と隊列を組んだ鋭い牙。鉄をも両断する白銀の爪を持ち。槍をも通さぬ堅牢な鱗に全身を包んだその生き物は、縦長の瞳孔を小さくし、眼前の獲物を捉えて逃さない。
「…………少年。すまない」
臨戦態勢のミアキスがソレから一切目を離さず、未だ上手く立てない稲豊に一言絶望を告げる。
「守れそうにない」
幸か不幸かその言葉は小心者の耳には届かず。
その錯乱した脳内は認めたくない現実に、不自然な軽口をごく自然に繰り出した。
「せ、製作者…………でてこい」
巨大な翼を折り畳んだ翡翠の竜は、緋色の眼で二匹の小動物を静かに見下ろした。