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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第五章 魔王の正体 【後編】

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第170話 「説得(脅迫)」


「族長」


 大岩に背を預けていた狼人族のマルコは、静かな太い声に面をあげる。右の瞼をゆっくりと持ち上げれば、目の前には神妙な面持ちの側近がひとり立っていた。


「……どうした?」


 マルコが鋭い目を崩さずに問いかけると、側近もまた厳かに口を開く。


「本陣から出頭要請です」


「……なに? 出頭要請とは穏やかではないな。……理由と刻限は?」


「一刻後までにとのことです。理由は不明」


「理由は恐らくネコマタ族の件だろう。さっきの人間と話してから、それほど経っていないのが気にかかるが……。まあいい、本陣へ向かう。お前もついてこい」


 本陣に呼ばれる理由など想像がつかないが、現実に召集はかかっているのだ。マルコは複雑な表情で大岩から背を離すと、側近の脇を抜けて移動を開始した。するとその背中に、側近から「あと……」と声が投げかけられる。


「なんだ? まだ何かあるのか?」


「はい。向こうが提示した条件がもうひとつ……」


「条件?」


 本陣へ向かうのに、いったい何の条件が必要だというのか?

 疑問符を頭上に浮かべるマルコへ、無表情だった側近が少しの当惑を覗かせながら――――


「……腹を空かせて来るようにと」


 とても言いにくそうな様子で言った。



:::::::::::::::::::::::



 本陣では着々と()()()()の準備が進められていた。

 大きなテーブルには白いクロスが掛けられ、その上では調理器具と食材たちが、使用されるときを今か今かと待ち望んでいる。

 

「これはココで良いのかにゃー?」


「あ、その食器は向こうのテーブルにお願いします。こっちの卓は調理用なんで」


「りょーかいしたにゃー」


「イナホくん。食材はもっと必要かい?」


「いえ、もうこんなもんで良いと思います。大量に作って失敗しても嫌ですし」


 手伝いを買って出たエイムと護衛のふたりにより、イベント会場の出来も上々。通り掛かった兵士たちは「なにが始まるんだ?」といった好奇の視線を向けてくるが、マルコへの配慮で参加人数はかなり制限されている。飲食用テーブルの周りに衝立ついたてが置かれていることからも、気の使いようが伺い知れた。


「あ」


 準備もそこそこに整ったとき、本陣の中央を一陣の風が吹き抜ける。稲豊は最初ただの突風か何かが通り抜けたのかと思っていたが、閉じていた瞼を持ち上げれば、その認識が誤りであることが分かった。


 風の正体は、マルコの跨る巨大な狼。

 ライオンを一回りほど大きくした狼は、灰色の毛並みを揺らしながら雄大に佇んでいる。その上に跨るマルコも、絵になってもおかしくないほど勇ましい姿だった。


「む?」


「にゃ!」


 マルコとエイムの視線がぶつかりあい、ふたりは自然と複雑な表情を浮かべる。屋外だというのにじっとりとした嫌な空気が流れ、ふたりはこの場を離れたいと思っているのに、不思議と体は言うことを聞いてくれなかった。


「族長、天幕はあちらに」


「……ああ」


 そこへもう一匹の狼が駆けてきて、狼上の側近がマルコに声をかける。その声にマルコが反応することで、嫌な緊張の糸はプツンと途切れた。エイムはそそくさと場を離れると、忙しさを装いながら準備を再開させる。


 あまりによそよそしい、かつての仲間とは思えない悲しい姿。稲豊にふたりの心の内までは分からなかったが、この状況がよろしくないことだけは直感的に理解できた。


「すみません! 呼んだのは俺ッス!」


 天幕へ向かおうとしたマルコを、稲豊が呼び止める。


「…………なに?」


 出鼻をくじかれたマルコは、眉をしかめて振り返った。

 幹部に呼ばれるのならともかく、戦闘にも参加しない料理人の……それも人間に呼びつけられるのは気に入らない。


 マルコは颯爽と狼の背から飛び降りると、


「このオレに足を運ばせるとは、よほど重要な用件のようだ」


 さも面倒くさそうな様子で、じろりと稲豊を見下ろした。


 琥珀色の瞳には隠しもしない『不快』がありありと浮かんでいる。稲豊はこの場を逃げ出したい衝動に駆られたが、それでは何の解決にもならない。震える体を気合いで抑えつけ、獣の瞳を真っ直ぐに見つめ返した。


「え、ええ重要ですよ。言ってみれば、軍の一大事です! だって攻撃の要になる傭兵たちが、心をひとつにしてないんですから」


 口に出したあとで、稲豊の脳裏に小さな後悔がよぎった。

 しかし挑戦的な言葉は自分の喉を飛び出し、もう相手の耳に届いてしまっている。後に引ける状況は、数秒前に終了しているのだ。


「人間の分際で……言ってくれる」


 そこまでハッキリ言われるとは、マルコも予想していなかった。

 こめかみに青筋を走らせ、射殺さんばかりに稲豊を睨みつけている。


「たしかに俺は人間だけど、軍師から正式に依頼されてる。俺の言葉は、軍師ソフィアからの言葉だと受け取ってもらって結構です」


「……………………ふん」


「文句がないのなら、マルコさんにお願いしたいことがあります。俺の仕事を手伝ってください」


「……仕事?」


「はい。立って手を動かすだけの簡単なお仕事です」


 そこで初めて、マルコは周囲の状況へと目を見やる。

 大きなテーブルに、いくつもの調理器具。そして数種類の食材たち。料理文化に疎い狼人族でも、これから何が行われるか一目瞭然だった。


「今から調理を始めるんで、その助手をお願いします」


「料理の……助手だと!? ふざけるな! 狼人族のおさであるこのオレに、女子供の真似事ができるか!!」


「良いですよ逃げても? まあそのときは、『狼人族の長は女子供でもできる仕事から尻尾を巻いて逃げ出した』って、あることないこと吹聴して回りますけどね」


「脅迫する気か!?」


 狼人族が命よりも重きを置いているのが、誇りと名誉。

 もしそんな噂が魔王国内で広まったら、彼らには耐え難いほどの屈辱である。例え自分たちが「事実ではない」と訴えたところで、噂の出処は総大将ルートミリアの専属コックなのだ。国民がどちらを信じるかは、火を見るよりも明らかだった。


「狼人族に脅しなど効かん……!」


 しかし脅しに屈することもまた、彼らの誇りが許さない。

 どうせ後ろ指を指されるなら、戦って指されることをマルコは望んだ。長いものに巻かれないことが、狼人族の美徳でもあったからだ。


「脅しがダメなら純粋にお願いをします。戦闘ができない俺にとっては、この厨房こそが戦に参加できる唯一の場所です。俺にはこういうことでしか、皆に貢献できないんですよ。だからお願いします! エイムさんだって、内心は複雑な気持ちでいっぱいだったと思います。でも勇気を出して参加してくれました。気まずさから逃げずに、戦う選択をしてくれたんです!」


「……………………」


 稲豊の必死の説得は、頑固な狼人族の心をわずかに融解させる。

 それは小さな小さな変化に違いなかったが、マルコの視線を動かすだけの力を持っていた。彼が視線を向けたさきには、準備を進めるエイムの姿。その献身的な姿は、在りし日の同棲時代をマルコに思い出させる。


 掘り返された過去の記憶は、大きな波となってマルコの心を揺れ動かした。


「………………むぅ……」


 何が勇敢で、何が臆病なのか?

 どうすれば誇りを保てるのか?

 誇りと心情の板挟み。マルコはここ最近、これほど難しい選択を迫られることはなかった。脳をフル稼働させても、答えが出る気配さえない。

 

 そんな八方塞がりにも近い状況を見かねたように、ひとつの足音がマルコに近付いた。


「まあまあ、マルコ殿。ここは私めの顔に免じて、この余興に興じていただく訳にはまいりませんかな?」


「……! 大将殿か」


「ええ、アドバーンです!」


 マルコが視線を走らせたさきには、ピンと背筋を伸ばしたアドバーンの姿があった。神出鬼没な老紳士は流麗に頭を下げると、いつもそうするように自慢の髭へと手を伸ばす。


「この余興は元魔王軍と傭兵たち(あなた方)との友好の儀式。謂わば『傭兵』という壁を取り去り、互いに心をひとつにしようという誓いの場でもあるのです。この()()を蔑ろにすることは、私めからもお薦めはできませんな」


 口調こそいつもの温和な調子だが、発せられる言葉に籠もった凄みはまったく違う。体を覆う覇気も、常人なら体を凄ませるほどの威圧感を漂わせている。マルコは有無を言わせない覇気を浴びせられながら、それでも勇敢に口を開いた。


「もし……儀式に参加しなかったら?」


「そのときは『腰抜け狼が裸で逃げ出した』と、あることないこと吹聴します」


「あなたもそれか!?」


 ニヤニヤと笑うアドバーンと稲豊を見て、マルコは再び青筋を浮かばせる。しかしなぜだか、先刻までの不快な気持ちは湧き上がってはこなかった。代わりに湧いてきたのは、怒りとも焦りともつかない複雑な感情。ここで退くことを癪とする、一矢報いたいという気持ちだ。


「……チッ! たかが飯事ままごと! 逃げ出す必要などあるものか!! さあ人間! 何をすれば良い!!」


 半ばヤケクソ気味に、マルコは調理器具が置かれたテーブルの前に立つ。籠に入った食材を睨みつける様子など、まるで臨戦態勢そのものである。


 結果的にマルコは協力を了承してくれた。

 しかしこれは最初の一歩に過ぎない。ここからどうするかが、稲豊の腕の見せどころだ。


「それじゃあまず、芋を洗ってもらっても良いですか?」


 気合いを入れ直した稲豊は、マルコに芋を手渡しながら言った。



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