第15話 「我らがメイド騎士料理長」
「いたぁ!!」
「ヒッ!?」
花壇の世話をしていた捜し人を見つけ、稲豊は声を大にして叫ぶ。
その迫力にビクンと全身が弾ける少女。
「ど、どうしたんですか? イナホ様?」
「助手壱号! 頼みがある!」
その言葉を聞き届けたナナは、眩いばかりの笑みを浮かべ。「はい! 料理長!」と力強く頷いた。
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それから約一時間後。
稲豊とナナの両名は、王都モンペルガ。その外れにある小さな集落にその姿を現していた。
「辛かったら無理しなくて良いからな?」
「いえ! どこまでも付いて行きます料理長!」
「うむ。良い返事だ!」
目当ての家に辿り着き、シンプルなノッカーを数回鳴らす。
十秒程で、住人がその姿を見せた。
「おいおい。毎日来る気か?」
「よお! 親父さんいるか?」
「座って待ってな。呼んでくるよ」
「YES!」
パイロに部屋に導かれ、言われた通り椅子に腰掛ける稲豊。今度はその隣にナナの姿もあった。
簡単な雑談を二人でしている間に、目的の人物はその息子と共に姿を見せる。
「昨日の食材はしっかと住民に配らせて頂きました。街の代表として感謝を」
「感謝してますよね!」
オサの口上を最後まで聞かずに、詰め寄る稲豊。「あ、ああ」と軽く引かれるが気になどしない。
「だとしたら一つだけ俺の願いを聞いて下さい」
「願い?」
首を傾げるパイロ。この少年が何を言い出すのか。全く予想できない。それはその父親も同じだ。
そして稲豊は時間が無い! とばかりにストレートな言葉を投げかける。
「美味い食い物の情報。それも飛び切りのやつを下さい」
「ええ!?」
何故か驚いた声を上げたのはナナ。
険しい顔をするのはパイロ。オサの感情は全く読めない。
「見ての通り、貧しい者達が集う集落だ。そしてそれはあなたも知っている筈。そんな物があれば我々はもっと潤ってるはずだろう?」
「もちろんです。だが貴方は知っているハズだ。じゃなければ、ターブが街にやってきた時にあんなセリフは出ない…………と、思う」
「セリフ?」
飄々と答えるオサに、弱々しくも更に突っ込む稲豊。それを首を傾げながら思い出そうとするパイロ。稲豊は自分から引き下がる気は毛頭無い。
自分の考えが間違っていても別に構わない。
そこから何かのキッカケとなり、希望に繋がるなら何でもやるつもりだった。どうせこのままでは死んでしまうのだ、少しでも気になった事に全力で挑む。その決意は石のように固い。
「前回ターブがやってきた時に、駆け込んできた住人の男が言いましたよね? “また”ターブの奴が来た。そして貴方はこう答えました。『またか……鼻の利く事だな』」
「ふむ」
オサの表情に、良く見なければ分からないぐらいの陰りが見える。
「つまり、ターブがこの街に来るのは初めてじゃない。っていうかぶっちゃけ、ターブの奴も言ってましたしね。前にあなた達が美味いもの食っている所を見たって。あの時は深く考えませんでしたが、今考えればその異常さが良く分かる。どうやって美味い食材を手に入れたんですか?」
この世界での美味いものは宝石と同価値だ。
問題なのは、それが本物か模造品なのかと言う事である。
その質問は真実に近かったのだろう。今度はパイロの顔に明らかな動揺が広がる。
オサは未だ黙ったままだ。
「この街を駆けずり回った俺なら分かりますよ。ターブがワザワザこの街に足を運ぶほどの食材は見つけられなかった。なら可能性は三つです」
「何ですか! イナホ様!」
「一つ、村のどっかで隠れて育ててる食物がある。二つ、誰かから譲り受けた。三つ、街の外から持ってきた」
手札を晒した稲豊。後は相手の出方次第だ。
「さぁ。何のことやら」
更に白を切るオサ。
それに対し稲豊が切ったのは堪忍袋だ。護身用のナイフを手にし、自らの喉に当てる。
「教えてくれなかったらここで命を絶ちますよ! その際にはオサにやられたってダイイング・メッセージを残します!」
「イナホ様死なないで!!」
自分の命を人質に恐喝を働く稲豊。
それを嘘泣きしながら援護するナナ。
「更に毎日夢枕に立った上に、裏声で子守唄を歌ってやりますからね!」
「ま、待て待て」
茶番にしか見えないが、何故か真に迫るものを稲豊から感じ取ったオサは遂に折れた。一仕事を終えた後みたいに長いため息を吐いた後、はっきりと答える。
「三番が正解だ」
「親父!」
父の口から飛び出す真実を、まるで糾弾するかのように声を張り上げるその息子。
そして闇雲に投じた石に、確かな手応えがあった事に驚く少年。まだ稲豊に完全な王手はかかっていないらしい。
「出来れば一番が理想だったんですけどね。で、意地悪しないで教えてくれますよね?」
「イジワルしないでください!」
援護射撃を繰り返すナナ。その言葉にたじろぐ親子。
そして訪れる長い長い沈黙。それを破ったのは聞き覚えのある声だった。
「すまないが。その少年の言う通りにしてくれ」
皆がその声の方角に反射的に首を向ける。
そしてその姿に稲豊は驚き、声をかける。
「ミアキスさん!? どうしてここに? 目的もそうですけど、来た手段も一緒にお願いします」
屋敷に一つしか無い猪車には稲豊達が乗ってきているのだ。ここにどうやって来たのかも同時に問うと、質問された犬耳の美女は半分開いていた扉から全身を露わにする。
その腰には稲豊が初めて見る、銀色の鞘に収められた片手剣を差していた。
「なに必死な少年が少し気になってな。ここまでは走って来た」
「さすがですミアキス様! ナナには絶対真似できません!」
簡単に話すミアキス。だが猪車は稲豊の感覚では、相当速度が出ていた様に感じる。それとそう変わらない時間で到達するにはどれくらいの速度で走れば良いのか? 稲豊は考えるのを止めた。
「ミアキス様……、貴方からも頼まれては仕方がありませんな。お教えしましょう」
頑なだったオサが、ミアキスの登場ですんなり頭を垂らした事に驚きを隠せない稲豊。ただの顔見知りという関係には見えない。
「先ず誤解無きよう言っておくが、別にそれを独占したいから隠していた訳じゃあ無いんだ」
「親父は心配してんだよ。イナホの事をな」
観念した様子で話す親子。その言葉に嘘は無さそうに見える。
だが稲豊達には意味が分からない。食べ物を隠す事が何故心配に繋がるのか。もちろん、親子はその理由も説明する。
「確かに俺達は前に、特別なある“食材”を手に入れていた。それは……」
「長寿の果実。“ヒャク”」
稲豊は勿論、ナナやミアキスもその名に心当たりは無いらしく、三人揃って顔を見合わす。皆に分かるように親子は説明を加えた。
「人族の間で伝説となってる果実だ。他の種族が知らないのも無理はない。それはここから東へ二刻程進んだ所にある、“惑乱の森”の木に実っているそうだ」
「この街を離れ、よその町で住んでる奴が採って来てくれてたんだがな。最近そこで巨大な足跡を見つけたらしい。それからはそいつも森に近づいていない。あまりに危険なんで、お前には話したくなかったんだよ」
本当に心配で隠していたらしい。パイロは憮然とした表情を浮かべているが、稲豊にはそれが照れ隠しのようにも見えた。しかしナナはそんなことを気にも止めず、好奇心のままに質問する。
「はい! それはそんなに美味しいモノなんですか?」
「……ああ。それはもう……思い出すだけでよだれが出る程にな。言っちゃ悪いのは分かってるが……昨日貰ったどんな食材よりも旨い」
その質問に、オサは人が変わったみたいに恍惚の表情を浮かべ。遠い目をしながら味を語った。傍から見れば変なクスリをキメている人間にしか見えない。あのオサをそこまで変える魔力を持つ伝説の果実ヒャク。稲豊は喉をゴクリと鳴らす。
聞いたことの無い場所だが、距離もそう遠くない。問題なく日帰りで行ける所だ。大きな足跡と言うのは気になるが、このチャンスを逃すなんて有り得ない。
「少し気になったのだが。種から増やす事は出来ないのだろうか?」
別な切り口から尋ねるのはミアキスだ。
それは尤と納得する稲豊とナナ。パイロは憮然とした態度を崩さず答える。
「もちろん考えたさ。色々手を尽くしたが後少しという所で実らない。恐らく惑乱の森にある何かが実を付ける条件なんだ」
パイロの姿は実にもどかしそうに見える。その果実があればこの街の食糧問題に貢献できるかもしれない。稲豊は決めた覚悟を更に固め、そして宣言する。
「なら話は簡単だ。森に行けば全て解決する。――俺は行くよ」
「はい! 私も付いて行きます!」
「右に同じく」
ここに料理長、メイド、騎士で構成された急拵えのチームが誕生した。
示し合わせたのかと思うぐらい同時に、大きなため息を吐き出したオサとパイロは「絶対に無理はしないように」と三人の背中を渋々押した。
ご都合主義極まれリ!
RPG的なものと考えて頂ければ……ええ……。
2016 7/29 修正!
惑乱の森の位置を
西→東に修正します。
修正ばかりで本当申し訳ない。




