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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第五章 魔王の正体 【前編】

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第151話 「本当の力」



 ドンとの会話から数十分後――――



「………………どうしてこうなった……?」


 震える唇で独りごちる稲豊の前には、何十もの貴族の顔、顔、顔。

 大小さまざまな瞳が、噴水前に立つ稲豊ひとりへと注がれていた。


 彼らが期待するのは、料覧会の主役。

 すなわち料理人の最後しめの挨拶である。


「締めの挨拶は……絶対にしなきゃダメなんスか?」


 脇に控えるアドバーンに訊ねるが、無情にも首は縦に振られる。

 もはや退路は断たれていた。


「伝統でございますからな。料理人が挨拶を終えて、初めて料覧会は終わりを告げます。なあに、気を張らず、好きなことを主張すればよいのです」


「そういうの、イチバン悩むやつじゃないッスか!? で、できればヒントだけでも! 何を言えば良いのか、ちょっとだけヒントをください!」


「ふぅむ、それでは……自分に何ができるか? これから、どう魔王国に貢献できるか? などはいかがでしょう? 貴族(彼ら)の立場になってみれば、やはり知りたいのはこころざしでしょうからな」


「こ、こころざし……ッスか」


 いきなり志と言われても、そんな高尚なものは直ぐには浮かばない。

 その脳みそと同様に、目まぐるしく動く稲豊の視線。


 右へ動かせば、貴族たちから離れた場所で応援する、ナナやマリアンヌらの姿が見える。左へ動かせば、ハラハラした顔をする、ミアキスやクリステラたちの様子がうかがえた。


「早く何か言わねぇと……。くそぅ……どうして俺がこんな目に」


 助けを求めるように彷徨っていた視線は、長旅の果てに上へと向いた。

 なんの確証もない、神頼みにも近い心境で上を向いた稲豊だったが――――



「あ」


 とうとつに、祈りが天へと通じる。

 雪が春先に雪解け水へと変わるように、蝕んでいた稲豊の緊張が解けていく。

 そして小さく微笑んだ彼は、いつもと変わらない表情を、貴族たちへと向けた。


「俺の名前は志門 稲豊。異世界から召喚された料理人です。料理人と言っても、本格的に料理を学んだのは、この世界に来てからの話です。つまり何が言いたいかというと、俺は王女の料理人の中で、一番……腕が未熟だってことです」


 稲豊がカミングアウトをすると、貴族たちの間に小さな動揺が広がった。

 料理人が料理を下手だと告げたのだから、驚くなという方が無理な話である。


「料理の案を出したのは俺ですが、それを現実にしてくれたのは、双子王女の料理人であるネロです。そして調理を担当してくれたのは、気前の良い仲間たちです。ドンさんが屋台を届けてくれなかったら、オネットさんが飾りを提供してくれなかったら、今回の夜店は実現しませんでした。そういう意味じゃ、俺は誰よりも無力です」


 話せば話すほど、稲豊は自分の存在がちっぽけであることを痛感した。

 誰かの助けがなければ、何ひとつ成すことができない。自虐的な笑みさえ込み上げてくる。


「――――――でも」


 でも、そんな自分だからこそ、挨拶ぐらいはしっかりしたい。

 そう決意した稲豊の瞳は、この場にいる誰よりも力強かった。


「俺はこの世界の誰も持ってない、“食事方法”の知識を持っています! バーベキューにディナーショー! バイキングに流しそうめん!! 皆さんは今夜の夜店で、料理の奥深さを再認識したはずです! 料理ってのは食べ方によって、味を数倍……いや数十倍にも高められるものだってことを!!」


「う、うむ……たしかに!」


「今宵のディナーは、格別なものであった……!」


 賛同する貴族も現れて、流れは稲豊の方に傾きつつある。

 機の到来を肌で感じた稲豊の口は、さらに滑らかさを帯びていった。

 

「俺はこの知識を使って、魔王国に貢献したいと考えてます。もし皆さんが協力してくれるなら、いろんな食事方法をお教えする機会を設けます。ですからぜひ! 俺の――いや、ルートミリア様の味方になってください! たしかに現在いまは、人間を超える食材は見つかっちゃいません。でも、俺はいつか必ず、人間を超える料理を作ってみせます!! 食糧改革のために、戦争のない平和な世界のために、皆さんどうか……どうかよろしくお願いします!!」


 深々と頭を下げる稲豊。

 思いの丈の全て吐き出したわけだが、会場は水を打ったように静まり返っている。


『一息に捲し立てすぎたか……?』


 そんな不安が脳裏をかすめるが、言ってしまったことは取り消せない。

 もうどうにでもなれ――と、面をあげた稲豊を待ち構えていたのは、



「良くぞ言った!」


「その意気や良し。人を超える料理、どんな物か味わってみとうございますな」


「吾輩はディナーショーなるものが気になるのである。別の世界の食文化……実に興味深い」


 貴族からの喝采の言葉だった。

 ドンから始めた拍手も広がり、中庭を一時ひとときの喧騒が覆う。

 ハラハラ顔だった仲間たちも、いまは満面の笑みで拍手を送っていた。


「あ~……恥ずかしかった。でも頑張ったぞ、俺! これで少しは、ルト様に貢献できたよな?」


 再び空を見上げた稲豊は、これまでにない手応えを感じていた。



:::::::::::::::::::::::::::::::::::::



 稲豊が挨拶を終えて数分後。


 喧騒を離れた老執事は、ひとり静かに城の階段を上っている。

 階段の先にある扉を無言で潜った彼は、“先客”を見るなり、「やれやれ」と首を左右に振った。

 

竜の溜息(ドラゴン・ブレス)が消失したことと、彼が上を向いてから直ぐに緊張を解いたこと、『もしや』と思いましたが……。やはり貴女でございましたか、お嬢様」


「ふふ。妾と目を合わせてから、急に饒舌じょうぜつになりおったな。まったくもって愛い奴よ。そういうところも、みなに好かれる素養かもしれんのぅ」


 見晴台にいたのは、ご機嫌な表情のルートミリア。

 狭間ツィンネに腰を下ろした彼女は、両足をぶらつかせながら、中庭の様子をさも愉しそうに見下ろしている。


「たしかにあの少年は素晴らしい。お嬢様がお気に召されるのも理解できます。しかしながら、あまり肩入れするのはいかがなものかと……。魔王様より御身を任せられた者としては、容認いたしかねますな」


「相変わらずお前は堅物じゃのぅ。父親代わりも結構なことだが、いまは妾より中庭の様子を見てみろ。見てるだけで幸せな気分に浸れるぞ?」


「いつになく楽観的でございますなぁ」


 アドバーンが呆れた声を出すが、ルートミリアはどこ吹く風。

 和気藹々(わきあいあい)と夜店の片付けを始める稲豊らを見て、鼻歌さえ口ずさんでいる。

 

「シモンは異世界の知識を武器に決めたようじゃが、奴の“本当の力”は別にある。見ろ、今宵の料覧会は小さな……そう、とても小規模だが、我々の目指した『食糧改革』そのものではないか」


「食糧改革……でございますか」


「人と魔物が手を取り合い、食事や児戯に興じる。この空間を生み出したのは、他の誰でもないシモンだ。人であれ魔物であれ、関わる者を『味方に付けてしまう』のが奴の一番の力だ。素晴らしいと思わないか? 妾の相棒にこれほど相応しい者は他におらん」


 饒舌に語るルートミリアだが、老執事の顔は思わしくない。

 眉間に皺を刻んだ複雑な表情を浮かべ、


「…………失礼いたします」


 簡潔な挨拶を告げると、ルートミリアへ背を向けた。

 コツコツと石畳を慣らしながら踵を返すアドバーンは、ゆったりとした仕草で見晴台の扉、そのドアノブを握る。


 するとそのとき――――






「なぜシモンに嘘をついた? 妾は城を離れてなどおらん」


 先ほどと表情を一変させたルートミリアが、ひとつの疑問を投げかける。

 核心に触れる質問だったが、それゆえに老執事は口を開こうとはしなかった。


「……ならば次の質問だ」


 痺れを切らしたルートミリアは、もうひとつの疑問をシリンダーへと込めた。


「お前はふいに屋敷を留守にすることがあったな? 大臣シフにでも言われ来城したのかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。魔王城に足を運んでいたのは確かだが、そこからの詳細は誰も知らぬ。……いったい何処に赴き、誰に会っておったのだ?」


 詰問にも近い口調で問いかけるが、アドバーンはそれでも微動だにしなかった。


「この質問にもだんまりか……」


 厳しくもあるが、悲しげでもあるルートミリアの瞳。

 まるでその瞳から逃げるように、アドバーンは扉の方を向いて沈黙する。


 重く冷たい空気がふたりの間を流れるが、どちらも口を開こうとはしない。

 しかし硬直の時間にも、必ず終わりは訪れる。先に動きを見せたのは、アドバーンの方からだった。


「いま我輩が口にできるのは……。ルートミリア様、我輩は貴女の味方だということだけです」


「…………妾は、もう二度と()()()()()()()とうない。信じても良いのだな? アドバーン」


「無論。それでは、失礼いたします」


 そう言い残し、今度こそ見晴台を去った老執事の方を、ルートミリアはしばらく眺め続けていた。



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