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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第五章 魔王の正体 【前編】

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第150話 「見本のやつください」


「異世界生まれのスープで~す! ここでしか食べられない特別な料理なので、ぜひ一度ご賞味くださ~い!」


「へぇ……異世界のスープ。ではおひとつ頂きましょうか」


「こちらは飲み物の屋台になっております。オーダー頂ければブレンドも出来ますので、お気軽にお声かけくださ~い」


「ブレ? よく分からんので、任せる」


 まるで極寒の冷気など嘘だったかのように、中庭に活気が戻ってくる。

 特に人気なのは、体が温まるスープや焼き物系。一時は料覧会さえ脅かした冷気が、いまは皮肉にも売れ行きに貢献していた。


「むう!? こちらも負けてはいられませんな! さぁさぁ、我こそはという勇気ある方はこちらへどうぞ。『落とし穴避け』で度胸試しはいかがですかな!」


「ホッホッホ! 罠があると理解わかってて落ちる訳がなああああぁぁぁぁ!!?」


「う~む…………六十五点!」


 遊戯店の客入りも上々。

 アドバーンの店では落とし穴に落ちた者の叫びが木霊し、


「ざんねーん。はい、残念賞はターブ人形ねー」


「またそれか!! リングをもう五個くれ! あの王女人形が欲しいのだ!!」


「はーい、しっかりねらってねー。王女人形は二つ入らないとダメだよー」

 

 タルタルの輪投げ店では、客の悔しげな声が響いてくる。


 いまこの瞬間、たしかに両種族間に国境は存在していなかった。

 人と魔物が同じ場所で、同じ催しに興じる。待ちわびていたその光景は、稲豊の胸に熱いものを込み上がらせた。


「一時はどうなることかと思ったけど、中止にならなくてホントによかった……。さぁ、俺も少しだけ夜店を堪能するかな!」


 売り手と買い手が流れを理解するにつれ、進行役の仕事も少なくなってくる。

 束の間の余裕を手に入れた稲豊は、気になっていた店の方へ足を運んだ。


 店の名は『バーバラのお好み焼きもどき』。

 粘りのある芋をすりおろし、きざんだ豚肉と野菜を入れ、丸く焼く。

 まさにお好み焼き“もどき”だが、味はともかく、見た目は地球のお好み焼きと遜色ない。


「けっこう強引に誘っちゃったからな。ちょっとだけ様子をチェック――――って、繁盛してる?」


 店の前には、数人の貴族が列をつくっていた。

 予想外なものを見せられると、原因を知りたくなるのが人の常。

 店の横手に回った稲豊は、中の様子を窺ってみることにした。


 すると中では、


「は~いあなたは一枚、そちらの方は二枚ねぇ。後ろの方はもう少しお待ちになってね? そのぶん、サービスしちゃうからぁ」


「う、うむ。いくらでも待とうではないか!」


 稲豊が初めて見る妖艶な美女が、屋台の中で貴族を手玉に取っていた。


 グラビア・アイドル顔負けのスタイルに、目鼻立ちの整った顔。

 艶のある黒髪から覗く切れ長の瞳は、まるで黒いダイアモンドのようだ。絶世の美女という言葉が、違和感なく浮かぶほどの美貌を目の当たりにし、稲豊は完全に言葉を失ってしまった。


「ん? なんだい坊やか。アタシがちゃんとやってるのか、見定めにでもきたのかい? 久方ぶりの腕の振るいどころだ、手なんか抜かないから安心おしいよ」


「え!? あ、ああ……さいですか。なら良かった良かった! ハハハ」


 美女にいきなり話しかけられ、引き攣った笑いで応じる稲豊。

 とりあえず話を合わせてみたものの、頭の中は「だれ?」でいっぱいになっている。


 大勢の者に協力を仰いだが、どれだけ記憶を遡っても、目の前の美女に心当たりはなかった。


「なにその顔? まるで猫又に頬を摘まれたような顔をしているねぇ」


 困惑した表情をする美女だが、それも数秒のこと。

 悪戯な笑みを浮かべ「ああ、そうか」と呟いた彼女は、どこからともなく真鍮しんちゅう製の煙管キセルを取り出し、吸い口に鮮やかな唇を寄せる。


 そして大きく息を吸い込むと、()()の煙を稲豊目掛けて吐き出した。


「ゲホ! ゴホ! ちょ、ちょっと待った!! この煙は…………まさか!?」


「気付くのが遅いよ坊や。少し変わったとはいえ、口説いた女の顔ぐらい覚えときな。そんな調子じゃ、男としてはま~だまださね」


「その口調…………やっぱりバーバラ……さん?」


 声、体格、美醜。

 諸々が稲豊の記憶とかけ離れているが、口調と仕草はバーバラそのもの。よく見ればサキュバスの特徴でもある、大きな翼と黒長の尾が、背中側から覗いている。


 再び絶句した稲豊は、唖然とした表情で、口をパクパクと動かすことしかできない。


「サキュバスってのは、魔素を活動させるほど外見が美しくなるのさ。今日はたっくさん試食して魔素も充実しているからねぇ、見惚れちまうのも無理ないか。まあ、女には別の顔があるってこと、覚えとくといいさね」


「催促するようで悪いが、注文した品はまだだろうか?」


「あ~らごめんなさいね~! あと少しで用意できるから、もうちょっとだけ我慢してくださるかしら?」


「う、うむ、待とう!」


 愛想よく返事をしたバーバラ(美)は元いた所に戻ると、景気よく火の魔石を焚べ、お好み焼きもどきを焼きだした。まるで何年も前から作っていたように、手際は鮮やかとしか言いようがない。稲豊は料理の腕に感心を覚えながらも、注目してたのは彼女の腕にではなく、その表情だった。


 客へ応対するときも、調理するときも。

 美しい顔を彩るのは、花が咲いたような満開の笑み。

 楽しそうに料理を作るバーバラの姿を見ていると、嬉しさが胸に込み上げてくる。


「いけ好かない貴族が相手でも、誰かに必要とされるのは嬉しいもんさね。こうして一花咲かせられたこと、坊やには感謝してるよ。礼だ、寂しい夜があったら声をかけな。坊やにゃサービスしとくよ?」


「じゃあそんときは、また朝の仕込みでも手伝わせてください。何か仕事があると、頭を空っぽにできるタイプなんで」


 朝起きて枕元にいるバーバラ(最醜形態)を想像し、稲豊は身震いしながらも、丁重に断りを入れる。


「ハハハ! 上手く躱すじゃあないか。その調子で、最後の締めは頼んだよ? さあ、行った行った。たったひとりの店員を独占するもんじゃないよ」


「……最後のしめ? えっとそれじゃあ、何かあったら声をかけてください。食材の補充なんかも俺の担当なんで」


 気になった言葉はあったものの、これ以上は本当に邪魔になる。

 うなじを掻きながらバーバラの店を離れた稲豊は、もう一度「最後の締め?」と困惑顔で口ずさんだ。


 すると――――


「変な顔して、どういたぜよ?」


「この顔は前世からで……って、ドンさん?」


 稲豊が振り返ると、ふくろうの顔をした大男が立っていた。

 その名に負けず“ドン”と構えた商人のボスは、丸太のように太い腕を持ち上げると、快活に笑いながら稲豊の背中を強打した。


「ファハハハ! そう警戒しなや。発案者がそんな顔しちょったら、せっかくの夜店が台無しじゃき。ワシは見る阿呆は好かん! 踊る阿呆のが好きやきに、もっと笑えや坊主!」


「い、いだ!? ちょっ……痛い!? 加減して加減! こっち人間だから!!」

 

 背中をバシバシと叩かれ、稲豊は涙目で懇願する。


「おっと、スマンスマン。年甲斐もなく浮かれちょった! これも夜店の効果にかあらん。話を聞いたときはどうなるち思っちょったけんど、なかなかどうして楽しいもんじゃのう。バードマンのワシが落とし穴にハマるとは、生まれて初めての経験じゃった!」


「気にいってもらえたようで何よりッス。それと、改めてありがとうございます。ドンさんの協力がなかったら、夜店は実現しませんでした。やっぱり“運び屋”の名は伊達じゃないッスね!」


「ええきええき! その程度で商いのアイデアが見られるなら、何度でも協力しちゃるわ。遊びと食事の両立も面白いけんど、屋台とは盲点やったちや。屋台にゃあ、料理がひと目で分かる“見本”が用意できるきに、偏食の貴族らあにはピッタリじゃき!」


 期限ギリギリになって思いついた起死回生の“夜店”だったが、周囲の評価は軒並み高かった。ドンに至っては、裏表なしに絶賛してくれる。これで良い気にならない者も、そうはいないだろう。例外に漏れない稲豊は、褒められて大いに気分を高揚させた。


「じつは夜店を選んだのは、それだけが理由じゃないんスよ。ちょっと待っててください!」


 そう言い残し走り去った稲豊は、一分も経たないうちに戻ってきた。

 右手に握られた皿の上には、ミースの店の『タコ焼きもどき(タコなし)』。眉を顰めるドンの前に、稲豊は勢いよく右手の皿を差しだした。


「ちょっと食ってみてください」


「ぬぅ……」


 しかしドンは、難しい顔をして、なかなかタコ焼きもどきを口にしない。

 しばらく稲豊と皿の上に視線を往復させるが、やがて諦めたように右手を持ち上げる。


 そしてタコ焼きもどきを恐る恐る口にし、


「…………ん? 美味い」


 と、少し驚くように感想を漏らした。

 

「いまの仕草で、疑いが確信に変わりました。やっぱり熱いの苦手だったんスね?」


「……生まれ持った“猫舌”やき。鳥人間バードマンが猫舌なんて面子めんつが立たんろう? やから隠しちょったんやけんど、どういて分かった?」


「料覧会の初日に、芋スープをすぐに飲みませんでしたよね? だからピーンときまして。あとで人から聞いた話ですけど、魔物は人よりも猫舌が多いらしいッスね? 樹人なんかは、肉料理を食べられないみたいですし」


「なるほどのう。じゃき、そのタコ焼きもどき(丸っこいの)は“熱くなかった”んか」


「ええ。屋台じゃ作り置きなんて普通ですからね。一応そういうとこも配慮しました」


 呆れたように息を吐いたドンは、無言のまま稲豊の肩に左手を置いた。

 それはドンからの、静かな降参宣言。小さな人間の料理人が、商人のボスに認められた瞬間だった。


 稲豊が発案した夜店は、全てが良い流れに傾き、最高の評価を生み出した。

 あとに残るのは総仕上げ、すなわち――――


「今回の料覧会は一本取られたぜよ。締めの“挨拶”も、気の利いたのを期待しちょるきに! それじゃあ、またあとで会おうちや」


 右手を上げ、肩で風を切りながら去っていくドン。

 絵になりそうな格好のいい姿だが、いま稲豊の脳内を埋めていたのは、




「………………挨拶?」


 という、たった二文字の言葉だけだった。


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