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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第五章 魔王の正体 【前編】

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第148話 「料覧会――最終日」


 遂にやってきた、“稲豊の”料覧会当日。


 いつもの二階サロンではなく、一階の食堂に集められ困惑する貴族たち。

 その前に躍り出た稲豊は、


「それでは皆さん、お手数ですが場所を変えたいと思います。俺に付いてきてください」


 開口一番に場所の移動を申し出た。


「なに? こちらで食べるのではないのかね?」


「一体……どこへ行くつもりなのか?」


 不満を漏らす貴族たちの頭上には、例外なくクエスチョンマークが浮かんでいる。稲豊が食堂を出ていっても、貴族らは最初の一歩を踏み出せないでいた。


 そんな彼らの先陣を切ったのは、


「気になるがやったら、自分の目で確かめたらええ」


 巨体同様に気も大きいドン・キーアだ。

 最初にドンが稲豊へ続き、そのあとを追うようにオネットが食堂をあとにする。


「う、うむ。では我々も……」


「え、ええ。参りましょうか……」


 ドンとオネットに触発され、続々と移動を開始する貴族たち。

 列になり食堂を出た彼らは、そのまま薄暗い中庭へと誘導される。

 不安を誤魔化すようにざわめく貴族たちで、中庭は束の間の喧騒に包まれた。


 稲豊は逸る心を抑えつつ、全ての貴族が集まった頃合いを見て、おもむろに口を開いた。


「みんな用意は良いな? ライトアップ!」


 その声を合図に、中庭の全ての照明が光力を発揮する。

 稲豊の仲間たちの手により街灯は点灯し、提灯はかけてあった布が取り除かれた。


「おお……これはなんと……」


「幻想的な……」


 瞬く間に、中庭は情緒的な光に満たされる。

 蒼月の下で浮かび上がる夜店の列。初めて見る不思議な光景に、貴族らは一様に言葉を失った。


 その反応に込められているのは、決して悲観的なものではない。

 稲豊は掴みの成功を肌で感じ、心の中で静かにガッツポーズを決めた。


「これは俺の元いた世界で、祭事などに行う食事です。店はたくさんあるので、自分が食べたい物を食べたい量だけ注文して食べてください」


「ふぅむ……なるほど。しかし見たところ、飲食店だけではないようだが?」


「遊びと食事を同時に堪能できるのが夜店の特徴です。最初に遊戯に興じて小腹を空かしても良いですし、飲食店だけを巡っても構いません。多様な楽しみ方があるのも、夜店の素晴らしいところなんです」


「遊び? 食事と遊戯を同時にとは……変わった食事作法である」


 貴族たちは初めて見聞きする日本文化に興味津々。

 後方の貴族に至っては、背伸びまでして夜店に目を走らせている。


 だが興味を持つ一方で、足はまだ前進を拒んでいた。

 ただでさえ慣れない屋外での食事に、ただでさえ慣れない屋台での買い物。どうすれば良いのか、いまいち要領を得ない。誰もが勇気ある者の第一歩を待ち、足踏みを余儀なくされていた。


 そんな彼らの背中を押すのも、“進行役”を選んだ稲豊の仕事である。


「それじゃ試しに俺が注文するんで、見ててください」


 稲豊は手頃な位置にあった『マースの焼きそばもどき店』の屋台へ近付くと、


「焼きそばもどき一つ!」


 そう景気よく注文をした。

 すると夜店に不釣り合いな鎧を着込んだマースは、「まいど!」とこれまたバイタリティに溢れた様子を見せ、手際よく調理を開始する。


 そしてそれを合図にするかのように、周囲にさまざまな香りが漂いだした。

 

「これはなんとかぐわしい……!」


「どの店からも馴染みのない香りが漂ってくるが、どれも悪くない芳香だ。食欲をそそられる」


「わ、私は失礼して、先に注文をさせていただきますぞ」


「いやいや、ここは私が先陣を切りましょう」


 香ばしい匂いに耐えられなくなった貴族たちが、我先にと散っていく。

 初めて見る夜店に、初めて見る調理過程。好奇心旺盛な貴族にとっては、ただの調理さえ一種のショーへと変わる。中には、食材から料理へと昇華する姿を食い入るように見つめる者もいた。


 こうなってしまえば蜘蛛の巣にかかった蝶。

 稲豊の目論見にピタリである。問題なのは消極的――というより体面を気にする貴族たちだ。


 女性が主だが、彼女らは未だ動けず、事の成り行きを見守っている。


「どうかしました?」


 見かねた稲豊が声をかけると、


「どのお店も立食専用りっしょくせんよう……ですわよね? 座っての作法が馴染み深い私共には……ねえ?」


「ええ。やはり食事は座って楽しみたいですわ」


 とのこと。

 作法を厳しく躾けられた彼女らには、当然の不満と言える。

 そして“当然の不満”ならば、稲豊が気付かない訳もない。


「そんな皆様には、あちらに特設した休憩所を用意してます。目当ての物があればお運びいたしますので、お近くの給仕人に申し付けてください」


 指差す先には、椅子とテーブルが設置された屋根もある休憩所。

 アンティーク感の漂う小洒落た休憩所は、カールとターブ会心の作である。


「あら、なかなか気の利いた造りですわねえ」


「それでは奥様、私共はあちらの方でいただきましょうか」


 休憩所の評判も上々。

 あとは遊戯さえ受け入れられれば、今宵の料覧会は成功と言っても過言ではない。稲豊は確認するため、次に遊戯店の方へ足を運んだ。


「いらっしゃいませ~! 糸くじ引きはいかがですか~?」


「ようナナ! 様子を見に来たんだけども……あまり景気は良くないみたいだな」


「うう……まだ誰もきてくれません~! いったい何がダメなんでしょうか? がんばってぬいぐるみ編んだのに~……」


 大量にある糸の先には、動物などの可愛いらしい編みぐるみが並んでいる。子供向けと言われたらそれまでだが、クオリティはもはやプロの域。誰かひとりぐらいは引いても良いものだが、現実は非情なまでに閑古鳥が鳴いている。


「フッフッフ! 安心しろ。こういうときの為に、もう手は打ってある」


「わぁ! ほんとですかイナホ様!」


 閑古鳥も想定の範囲内。

 不敵な笑みを浮かべた稲豊は、ポケットから小さな笛を取り出すと、天高らかに音色を響かせた。


 すると――――



「まぁ~愛らしいぬいぐるみですことぉ~! お姉さまもぉ、そう思いますわよねぇ?」


「あ、ああ! アリ……じゃない妹よ! 確かにこれはすばらっ、素晴らしい仕事だ! お嬢さん、二回引かせていただけるかな!!」


 黒フードを目深に被った二人組がどこからともなく現れ、クジを所望した。

 全身から溢れ出る怪しさからナナは訝しげに眉を潜めるが、いまは客を選り好みできる状況にない。ナナは渋々といった形で、仕方なくふたりにクジを引いてもらうことにした。

 

「あ……えっと……こ、こちらが景品です」


「な~んて素敵な編みぐるみ! お子さんへの贈り物にはもってこいでございますわぁ。ねぇ? お姉さま」


「う、うむ! こういうのが欲しかったんだ! さ、さっそく周りに自慢しに行こう!」


 怪しい二人組は、わざとらしく喜びながら離れていった。

 それをどこか遠い目で見ていたナナは、頬を膨らませながら稲豊に抗議の視線を送った。


「……さっきのふたりって、アリステラ様たちですよね?」


「あ、やっぱり分かる?」


「ひどいですよイナホ様! いくらナナのお店が人気ないからって、これじゃあ逆に傷つきます~!」


「い、いやちょっと待った! これは同情とかじゃなくてだな、ちゃんとした“作戦”なんだ!」


 ポカポカと稲豊の胸を殴っていたナナは、作戦と聞いてその手を止める。

 そして「さくせん?」と、ぬいぐるみにも負けない愛らしさで小首を傾げた。


「“サクラ”って言ってな? あのふたりには貴族たちの中に紛れ込んで、売れる切っ掛けをつくってもらってるんだよ。よく知らない店に最初入るときって緊張するだろ? だからどんな店なのか広めてもらって、ハードルを低くしてもらうってわけ」


「な、なるほど! たしかに初めていくお店はちょっと苦手です。さすがですイナホ様! これでお客さん来てくれるようになりますよねっ!」


「口コミってのは結構な力を持っているからな。ほら? 噂をすれば――――ってやつだ」


 稲豊の視線の先には、糸くじ引き店へ向かう貴族の姿。

 記念すべき第一号の客である。


「娘に良い土産ができた。感謝するぞ娘」


「ありがとうございました!」


 偉そうだがホクホク顔で去っていく貴族を見れば、ナナの表情にも自然と笑顔が戻ってくる。Vサインを送るナナに同じくサインを返しながら、稲豊は料覧会の成功を確信していた。


 確信を裏付けるように、どの店にも活気が溢れている。

 サクラ効果は稲豊の想像以上に絶大で、貴族たちの顔はどれも『満更でもない』といった表情。


「このまま何事もなく終わってくれたら」


 稲豊の口から零れた、純粋で切実な願い。

 それは夜店に関わる者、全員の思いでもあった。


 しかしその直後――――



「…………風?」



 まるでその思いを踏みにじるかのように、血の通っていない風が吹いた。



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