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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第五章 魔王の正体 【前編】

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第143話 「これがホントの攻防――――もとい口防」

難産で時間が掛かってしまい申し訳ない。

これからは通常のペースに戻れますので、またよろしくしていただけたら嬉しいです。



「………………夜明けか」


 白んできた東の空を窓越しに眺め、稲豊は朝を迎えたことを知る。

 つまりは、それだけ厨房での作業に没頭していたのだ。


 押し寄せる睡魔を頭を振ることで追いだした稲豊は、ダメ押しに両頬を力いっぱい叩いた。


「試作品二十一号が完成――――って、どうかしたか?」


「い、いや……なんでもねぇ! うん、見た目はほぼ完璧に近いな」


 ネロが器に盛った試作品を、稲豊が口に運び味を確認する。

 その行為がすでに二十一回目。なんとか形になるメニューはいくつか完成したが、“計画”の為にはまだまだ心許こころもとない。


「味もさっきより良くなってる……つーか、これで頭打ち感が凄いわ。多分これ以上は無理なんじゃないかな」


「そうだな。考えうる食材は全て試した。この料理は完成だと見ても良いだろう。じゃあ次のメニューを……とその前に朝食の用意がいるか」


「ちょっとタンマ。いまレシピをメモってる」


 試作品から完成品へと昇華したメニュー。

 その料理手順を細かく記した稲豊は、改めてネロの腕に感嘆の息を漏らした。凡人には生まれない発想でメニューを再現していく姿は、稲豊の瞳にはこの上なく頼もしい存在に映る。彼なくしては、料覧会の成功はまずありえないだろう。


「えっと、それでなんだけどさ……」


理解わかってる。他に必要な事があるならそっちを優先させろ。貴様が成功させなければ僕の努力だって無駄になってしまうからな。いくつか試作品を用意しておく。後で食べてくれればいい」


「わりぃ。用事を済ませたらソッコーで帰ってくるから」


 そう。

 ネロの力を借りただけでは、稲豊の計画は形にならない。

 料理をり立てる“要素”があって、初めて完成と言えるのだ。


 そして完成のためには、“あの者”との接触が――――必要不可欠だった。



:::::::::::::::::::::::::::::::::::::



 皆に朝食を配膳した稲豊は、その勢いでミアキスを連れ城を出る。

 残り少ない時間のなかで向かったのは、モンペルガ東南のとある一角。大通りから離れた、所謂いわゆる『裏通り』である。


「……ここが目当ての場所、通称『獣道けものみち』。表には出られない者も多く住む、魔王国で最も危険な場所と言っても過言ではない。噂では闇市なんかも開かれているらしいが…………本当に行くのだな? イナホ」


「“虎穴に入らずんば虎児を得ず”。手段は選んじゃいられませんからね……。何かあったら、そのときはお願いします」


「任せておけ。我が身にかえても守ってみせよう」


 頼もしいミアキスの先導に従い、稲豊は彼女の斜め後ろを付いて歩く。


 住宅街とは違い、ふたりを見下ろすのは生活感のない家群。

 窓は割れ、玄関扉さえ満足についていない家も多くある。横切る際に覗く室内には、住民の影さえ映ってはいなかった。


「……人影は見えないが気配と視線は感じる。連中を刺激しないように、中はあまり覗かない方が良いかも知れない」


「ま、まじスか。じゃあ用事を済ませてとっととトンズラこきましょう」


 早足になった稲豊とミアキスは、警戒しつつも奥へ奥へと歩みを進める。

 周囲の光はどんどんと薄くなるのに、何者かの気配はより濃くなっていく。深海を目指す探索船の気持ちを考えながら、稲豊は一心に目的の場所を目指した。


 すると願いが通じたのか、薄暗い中にひとつの屋敷が浮かび上がる。

 その屋敷こそふたりの目的地。商人たちのボス、『ドン・キーア』の住む巨大邸宅である。


「なんつーか物々しい雰囲気の家ですね……」


「一帯の闇を仕切っているドンだ。外からの侵入は拒み、中からの逃走は阻む作りになっているのだろう。貴重品を多く持っているがゆえの盗人対策だな」


「なるほど」


 窓には格子が嵌められ、鳥型の悪魔像に守られた玄関扉には四つの施錠。

 稲豊はその厳重さに気圧けおされるが、「よし」と気合を込めて右足を前へ踏み出した。


 ここまで来たからには『引く』なんて選択肢は存在しない。

 ふたりは玄関扉の前まで進むと、数秒だけ顔を見合わせる。そして確認の意味で一度頷くと、どちらともなくノッカーを鳴らした。


――――すると、



「何用か?」



 ノッカーを鳴らした直後、何者かの声が聞こえ稲豊とミアキスの心臓が跳ねる。

 狼狽しながら声の主を捜したふたりは、やがて“ある物”で視線を止めた。それは玄関扉の脇に佇む、鳥の悪魔像だった。


「……あの像、さっきまで空の方を見てましたよね?」


「……ああ。なぜか今はこちらの方を向いているな」


 恐る恐る近付いた稲豊は、まじまじとした視線を像へと這わす。

 くすんだ緑青をしたブロンズ像。どの角度から見ても像そのものだが、確かに声は像の方向から飛んできたものに違いなかった。


「そうだ!」


 ポンと手を打った稲豊は、限界まで舌を伸ばした。

 魔神の舌で触れてさえしまえば、それが生き物か無機物かは即座に判明する。

 確認の為に舌を突きだした稲豊が一歩進むと、驚くことに悪魔像が身をよじった。


「あれ? 逃げた?」


 明らかに稲豊の舌を回避した鳥の悪魔象。

 それがなんだか気に入らない稲豊は、しつこく像を追うことにした。

 頭を右へ左へ動かし舌を突き出すが、像は器用に身を捩って回避する。


 もはや舌で確認する意味は皆無だが、稲豊は意固地になっていた。


「ええい! 大人しく舐めさせんかい!」


 明らかにアウトな台詞を吐きながら舌を伸ばす稲豊。

 その意地が終わりを告げたのは、それから程なくしてだった。



「やめろ変態!!!!」


「あべしっ!?」

 

 痺れを切らした悪魔像が、ブロンズの右手で稲豊の頬を叩いたのである。

 吹っ飛んだ稲豊の下へ、ミアキスが心配そうな表情で駆け寄り抱き起こす。

 

「大丈夫かイナホ!?」


「ら、らいじょーぶです。心にグサッと来ましたけど、これも計算の内ッス」


 涙目で強がりを話す稲豊の前で、悪魔像は呆れたように首を振った。

 そして重量感たっぷりの体を台座から降ろすと、


「ここは商人らを総括するドン・キーア様の屋敷。この獣道もそうだが、人間が訪れるような場所ではない。五体満足の内に戻るのが賢い選択というものだ」


「しかし我々はそのドンに用向きがあり参ったのだ。事前に連絡を入れなかったのはこちらの落ち度だが、それだけ状況は逼迫ひっぱくしている。急ぎドンヘ取次を願いたい」


 生きた彫刻(ガーゴイル)の脅し文句にもミアキスは怯まない。

 金色の瞳には『目的を果たすまでは帰らない』という明確な意志が宿っていた。ちらりと視線を人間へ移せば、その人間もまた同じような瞳を浮かべている。


「…………名は?」


「これは失礼。彼は魔王国第一王女、ルートミリア様の専属料理人イナホ。我はその助手のミアキス。もう一度言うが我々には時間がない。ドンに会わせてはいただけないだろうか? この通りだ」


「俺からも頼みます! ドンに会わせてください!!」


 深々と頭を下げる稲豊とミアキス。

 ガーゴイルの門番はしばらく値踏みするような視線をふたりへ向けていたが、やがて顔をゆっくりと玄関の方へ向けた。


「……扉を潜ったら正面の階段を上り、右手奥にある部屋に入ると良い」


 相変わらずガーゴイルの顔はぶっきらぼうだが、それでもふたりの願いは聞き入れられた。玄関扉の鍵は全て解錠され、大きな扉がジリジリと口を開く。その光景を見て、稲豊の顔もパァと明るいものへと変わった。


「ありがとうございます!」


「感謝はいらない。ドンは元々、客人には寛容な方だ。だが変な気は起こさない方が良い。もしドンに何かしようものなら……」


「も、もちろんッスよ。こっちは会話に来ただけなんで安心してください」


 背中に釘を刺されながらも、ふたりは開いた玄関扉を潜る。

 言われた通り正面の巨大な階段を上り、やたらと薄暗い廊下を右手へ進んでいった。


「……言っちゃ悪いッスけど刑務所みたいな雰囲気ですね」


「たしかに牢獄を思わせる薄暗さだな。イナホ、我の側を離れないように」


 ミアキスに手を握られ、稲豊の強張った表情も一度に弛緩する。

 彼女がいれば何も恐くない。勇ましい顔へと変わった稲豊は、門番に言われた右手奥の扉を警戒しながら開いた。



 廊下に負けず劣らず薄暗い室内は、かろうじて周囲を見渡せる空間だった。

 大きな椅子と机があるだけで、他には窓と照明しかない簡素な部屋。その中で稲豊が気になったのは、正面の大きな椅子に鎮座する、これまた大きな影である。


「…………ドン・キーアさん……ですよね?」


 稲豊が恐る恐る訊ねると、暗闇に人間の拳大もある二つの瞳が浮かび上がった。猛禽類特有の鋭い瞳はふたりの記憶に新しい。瞳がゆらりと高さを増すと、薄暗い空間は一瞬で様相を変えた。


「うっ!?」


 いきなり眩い照明の点いた室内に、稲豊は目を白黒させた。

 だが明るさに慣れてくれば、眼前に立つ巨体も輪郭がはっきりしてくる。その姿は料覧会で見たドン・キーアに間違いなかった。

 

「おまんら、こんな()まで何の用ぜよ?」


 ドンと仁王立ちする巨体は、全身から放つ覇気も尋常なものではない。

 射殺すような眼光は肝をこれでもかと冷やし、稲豊の息を止めさせた。そんな稲豊に熱を取り戻させたのは、握ったままのミアキスの左手。水中で息継ぎをするかの如くミアキスから酸素()を貰った稲豊は、勇気を奮い立たせドンの前に一歩足を踏み出した。


「単刀直入に言います」


 “それ”を口にすればどんな反応が返ってくるのだろうか?

 稲豊は激昂するドンの姿を想像してしまったが、ここまで来てあとには引けない。

 

 少年は深呼吸をしたのちにまっすぐドンを見据え、



「あなたの店を借りに来ました」



 はっきりとした口調でそう告げた。



まだ若干スランプ。

展開が遅いので、次回からはもっと早い展開を目指します!

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