第136話 「四者三様」
暴言とも取れるルートミリアの言葉に、貴族たちは一様に面食らった表情を浮かべる。しかし数秒後には我に返り、種々雑多な反応を見せた。
ある者は「無礼な娘」と切り捨て、ある者は「勇猛だ」と態度を買い、またある者は魔王の面影に畏怖の念を抱いた。
「お嬢様……それではただの脅しにございます……」
「む? そうか」
アドバーンに諭されたルートミリアは、咳払いを一度する。
そして再び貴族らに視線を向かわせたあと、
「公に言ってはいないものの、既に周知の事実となっているので申そう。魔王サタンは『食糧問題』の解決を託し、何処かへと姿を消した。そしてそれを察したエデンの大軍が、意気揚々とこの国へ迫っておる。ゆえに我々には、早急かつ迅速な行動が求められているのだ。下らない腹の探り合いなど時間の無駄。妾は率直に胸の内を明かそう」
よく通る声が謁見の間に響き渡り、緊張した空気が場に張り詰める。
誰かの息を呑む音だけが聞こえる空間で、ルートミリアは言葉を続けた。
「妾が差し出せるのは“力”である。姉妹の中で最強を自負する妾となら、勝ち目ともに生存率も上がるだろう。貴様らは兵を提供するだけで、勝ち馬に乗る事ができるのだ。さらに妾が提供するのは、何もこの身に宿る力だけではない」
そこまで言ったルートミリアは、体を反転させ稲豊の方を見る。
そしてまた正面へと向き直し、
「この者は異世界より呼び寄せた料理人である。人間には違いないが、異世界での豊富な料理知識は必ずや魔王国の為となるだろう。彼の者の料理を口にすれば魔素は増大し、戦場で手柄を立てるのも容易となる。力を得たいのなら、エデンを退けたいのなら、妾に力を貸すのだ」
自分に集まる視線の群に、稲豊の心臓は跳ね上がる。
緊張で顔も体も硬直させた少年とは違い、ルートミリアは自信満々といった様子。
物怖じしない彼女の姿は、大半の貴族には頼もしく映った。中にはしきりに感心し、何度も頷いた貴族がいたぐらいである。
――――だが、
「力を貸す代わりに、妾がする願いはただひとつ」
次に彼女が発した台詞で、場内の空気はがらりと変わる。
ルートミリアの“願い”は、それだけ貴族たちには受け入れ難い申し出だったからだ。
貴族たちの表情を変えたその願いとは、
「人食を禁ずる――――――それだけだ」
わずかな時間で喧騒に支配される謁見の間。
貴族の中には、見るからに不満な表情を浮かべた者も多くいる。
その中のひとりが、居ても立ってもいられないという様子で足を一歩踏み出した。
「姫君よ。それは貴族がという事か? それとも戦場での話か?」
「無論、両方だ。妾と運命を共にするのなら、人食の一切は不可能だと思え」
その返答で、喧騒はさらに激しくなる。
怒号にも近い言葉が投げかけられる中で、ルートミリアは貴族らに背を向け、元いた位置へと戻った。ライトとシフが「静粛に」と叫ぶが、騒ぎは一向に収まる気配を見せない。
「ルートミリアお姉さまぁ……。はっきりと言い過ぎですわぁ。人間という至高の食材を求める貴族も多いのですから、もっと段階を踏まないとぉ……」
「回りくどいのは好かん。後出しにした所為で文句を言われるのも嫌だしな。簡単に受け入れて貰おうなど、端から思ってはおらんさ」
アリステラが心配の声をかけるが、ルートミリアの口から後悔は出なかった。
この事態を予想していた彼女は、批判もすでに覚悟の上。表情を崩すことなく、所信表明を終えた。
「戦場で人間を食わなければ、エデンと戦う魔素も補給不可能ではないか! そんな事では、エデンに勝てるはずもない!!」
「そうだそうだ!! ルートミリア王女殿下は、魔王国に敗北を招くおつもりなのか! やはり御身に流れる血が、人間の味方をしようと働いているのではないのか!」
あわよくば、戦死した人間の肉にありつこうと考えていた貴族らの不満は爆発。
ルートミリアが表明を終えたにも関わらず、批判の熱を上昇させ続けていた。もはや罵倒となった心無い声が、幾度となくルートミリアへと投げかけられる。
「……ど、どうしましょう」
そんな現状を見て、大臣のシフが巨体に合わない小さな声を漏らす。
このままでは進行も不可能。シフの頬を大粒の汗が伝った。
――――――そのとき、
「ほたえなや(さわぐな)!! 馬鹿共が!!!!」
ずっと黙っていたドン・キーアが、雷鳴の如き一喝を轟かせた。
凄まじい迫力と声の大きさに、さしもの貴族たちも言葉を失う。水を打ったように静まり返る謁見の間で、ドンは周囲を回視してから言った。
「それでもおまんらは上級魔族かよ? たかだか人間の一人や二人がなんぞね! エデンへ行けば、いくらでも旨い食材がまっちゅうきに。今は“ドン”と構えて、自分の眼を信じる時ぜよ!」
巨大な嘴から飛び出す豪快な土佐弁に、文句を言っていた貴族は一様に顔を伏せる。さすがは商人を纏めるリーダーといったところ、稲豊はそのカリスマ性に舌を巻いた。
「ええ、ええ。ドン・キーア様の仰る通りでございます。四日後には料覧会も控えておりますので、結論を出すにはまだまだ早計。皆々様、まずは残りの王女の表明を聞こうではありませんか――――と、オネット卿は申しております」
発言したのは、マーリー・オネットの側にいる小男である。
緑のドレスの半分にも満たない身長の男は、英国紳士風の格好をしたドワーフ。茶色の立派な髭を蓄えた彼は、口を利かないマーリーの通訳係だ。
「う、うむ。そうだな」
「他の表明を聞き、料覧会を待ってからでも結論は遅くはない……な」
ドンとマーリーの両名に説得され、不本意ながらも納得のいった顔をする貴族たち。状況が変わり、人一倍に安堵の表情を浮かべたのはシフである。彼は嬉々とした様子でアドバーンに手を振り、“次の王女へ”と合図を送った。
「それでは次に、四女のクリステラ・ロンドアマリウス・エルルゥ様と、五女のアリステラ・イルセ・エルルゥ様、前へ。なお、御二方は双子という事もあり、二名一組での表明となります」
アドバーンに紹介され、今度は双子の王女が前へと進む。
そしてクリステラは礼儀正しく、アリステラはスカートの端を摘んだ愛らしいお辞儀を披露した。
「私達が提唱するのは、“隔離し、受容する”国である」
「エデンとの間に強固な壁を作ってぇ、お互いを完全に隔離した国にするの。そうすれば、安心して暮らせるでしょうぉ?」
新たに提案された魔王国の在り方に、貴族らが思案する動きを見せる。
その中のひとりが、軽く手を上げ口を開いた。
「受容――とは、どういう事ですかな?」
「先ほどあちらの紳士が仰ったように、エデンにだって美味しい料理はございますわぁ。そういった“文化”を取り入れ、こちらも成長するんですの。魔王国をより巨大で強い国にする事が、アリステラ達の理想ですわぁ」
「我々に服従を誓う者は受け入れ、敵対姿勢を崩さぬ者は結界や壁で隔離する。私達が魔王となった暁には、完全な平和を約束しよう」
双子の王女のマニフェストは、多くの貴族に感心を与えた。
魔物とて戦争が好きな訳ではない。得る物よりも、失う物が多いからである。
『臭いものに蓋ができるのなら』
と、諸手を挙げて喜ぶ貴族もいた。
「なるほど、あいつらは互いの意見を混ぜ合わせた訳か。良い感じに受けてるみたいだな」
「んー? 何か言ったシモッチ?」
「いや、何でもねぇ」
以前に稲豊が聞いたのとは違う内容だが、より現実的に昇華している。
エデンを屈服させることが条件ではあるが、上手く行けば『共存』さえ成り立つ。稲豊はクリステラたちの理想の国を、見てみたいと思った。
「双子のように並んだ魔王国とエデン国。六百年以上も続く諍いを終わらす時がやってきたのだ!」
「二国間を隔てるのは難しい事だとは思うけど、“五行結界”を用いれば不可能ではないわぁ。そして結界を起動させる為には、皆様の持つ兵士の力が必要ですのぉ。ぜひアリステラ達に力をお貸しくださいなぁ」
双子の王女は終わりの礼をし、後ろへと下がった。
そんな彼女らを見送るのは、貴族らからの称賛の拍手である。
ルートミリアのときとは明らかに違う終わり際に、稲豊の不安は大きくなるばかりだ。
「では最後に第六王女のウルサ・ルフラプス・リオン様、前へお願いします」
「了~解」
クリステラたちの成功を目の当たりにしたにも関わらず、ウルサは飄々《ひょうひょう》とした態度を崩さない。意気揚々と足を踏み出す姿には、自信さえ感じられた。
「こんな朝早くに来てくれて、ありがとうございます!」
ウルサは元気いっぱいに挨拶をすると、今までの王女より何歩も踏み込み、貴族たちとの距離をさらに詰めた。手の届きそうな距離まで近づいたウルサは、
「バル爺ちゃん、来る時の坂はしんどくなかった? カミナさん、今日も凄く綺麗だね。あ! トロクさん、この前は差し入れありがとう!」
次々と貴族たちに声をかけた。
驚くべきはその顔の広さ、多くの貴族が娘や孫を見るときのような、微笑ましい表情を浮かべている。
それこそがウルサの武器、絆だ。
増殖の魔能を持つ彼女は、一度に複数の場所に存在できる。その能力を利用した営業にも似た活動で、ウルサの顔の広さは、王女の中で随一のものとなっていた。
「ウルサちゃん。兵士ならおじさんに任せておきなよ。仲間たちにも声をかけておくからね?」
「わぁホント? ありがとうゼルおじさん。すっごく嬉しいよ!」
愛嬌を振りまくウルサに、すでに籠絡された貴族も多くいる。
他の王女らと比べ、好感度が一番なのは間違いなかった。
「くっ!? 昨夜の姿をみんなに見せてやりたいぜ。マジで小悪魔なのな」
歯噛みしたところで、貴族たちのウルサに対する印象は変わらない。
稲豊はますます不利になっていく状況に、意味がないと知りつつも、悔しげに舌を鳴らした。
「ウルサ様、コミュニケーションも結構ですが、そろそろ表明をお願いしてもよろしいですかな?」
「あ! ごめんごめん、つい嬉しくなっちゃって」
アドバーンに注意され少し後ろに下がったウルサは、「怒られちゃった」と舌を出す。その仕草がまた好印象。貴族たちは軽い笑いを漏らし、演説の出発点としては最高の舞台が作り上げられた。
「ボクが皆に約束する魔王国の未来は――――」
和気藹々とした雰囲気のなか、ウルサが提唱したマニフェストは、
「エデンと絆を結ぶ、和平の未来です」
貴族たちに少なくない衝撃を与えた。




