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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第五章 魔王の正体 【前編】

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第136話 「四者三様」



 暴言とも取れるルートミリアの言葉に、貴族たちは一様に面食らった表情を浮かべる。しかし数秒後には我に返り、種々雑多な反応を見せた。


 ある者は「無礼な娘」と切り捨て、ある者は「勇猛だ」と態度を買い、またある者は魔王の面影に畏怖の念を抱いた。


「お嬢様……それではただの脅しにございます……」


「む? そうか」


 アドバーンに諭されたルートミリアは、咳払いを一度する。

 そして再び貴族らに視線を向かわせたあと、


おおやけに言ってはいないものの、既に周知の事実となっているので申そう。魔王サタンは『食糧問題』の解決を託し、何処いずこかへと姿を消した。そしてそれを察したエデンの大軍が、意気揚々とこの国へ迫っておる。ゆえに我々には、早急かつ迅速な行動が求められているのだ。下らない腹の探り合いなど時間の無駄。妾は率直に胸の内を明かそう」


 よく通る声が謁見の間に響き渡り、緊張した空気が場に張り詰める。

 誰かの息を呑む音だけが聞こえる空間で、ルートミリアは言葉を続けた。


「妾が差し出せるのは“力”である。姉妹の中で最強を自負する妾となら、勝ち目ともに生存率も上がるだろう。貴様らは兵を提供するだけで、勝ち馬に乗る事ができるのだ。さらに妾が提供するのは、何もこの身に宿る力だけではない」


 そこまで言ったルートミリアは、体を反転させ稲豊の方を見る。

 そしてまた正面へと向き直し、


「この者は異世界より呼び寄せた料理人である。人間には違いないが、異世界での豊富な料理知識は必ずや魔王国の為となるだろう。彼の者の料理を口にすれば魔素は増大し、戦場で手柄を立てるのも容易となる。力を得たいのなら、エデンを退けたいのなら、妾に力を貸すのだ」


 自分に集まる視線の群に、稲豊の心臓は跳ね上がる。

 緊張で顔も体も硬直させた少年とは違い、ルートミリアは自信満々といった様子。

 物怖じしない彼女の姿は、大半の貴族には頼もしく映った。中にはしきりに感心し、何度も頷いた貴族がいたぐらいである。


――――だが、


「力を貸す代わりに、妾がする願いはただひとつ」


 次に彼女が発した台詞で、場内の空気はがらりと変わる。

 ルートミリアの“願い”は、それだけ貴族たちには受け入れ難い申し出だったからだ。

 貴族たちの表情を変えたその願いとは、




「人食を禁ずる――――――それだけだ」




 わずかな時間で喧騒に支配される謁見の間。

 貴族の中には、見るからに不満な表情を浮かべた者も多くいる。

 その中のひとりが、居ても立ってもいられないという様子で足を一歩踏み出した。


「姫君よ。それは貴族(われわれ)がという事か? それとも戦場での話か?」


「無論、両方だ。妾と運命を共にするのなら、人食の一切は不可能だと思え」


 その返答で、喧騒はさらに激しくなる。

 怒号にも近い言葉が投げかけられる中で、ルートミリアは貴族らに背を向け、元いた位置へと戻った。ライトとシフが「静粛に」と叫ぶが、騒ぎは一向に収まる気配を見せない。


「ルートミリアお姉さまぁ……。はっきりと言い過ぎですわぁ。人間という至高の食材を求める貴族も多いのですから、もっと段階を踏まないとぉ……」


「回りくどいのは好かん。後出しにした所為で文句を言われるのも嫌だしな。簡単に受け入れて貰おうなど、はなから思ってはおらんさ」


 アリステラが心配の声をかけるが、ルートミリアの口から後悔は出なかった。

 この事態を予想していた彼女は、批判もすでに覚悟の上。表情を崩すことなく、所信表明を終えた。


「戦場で人間を食わなければ、エデンと戦う魔素も補給不可能ではないか! そんな事では、エデンに勝てるはずもない!!」


「そうだそうだ!! ルートミリア王女殿下は、魔王国に敗北を招くおつもりなのか! やはり御身に流れる血が、人間の味方をしようと働いているのではないのか!」


 あわよくば、戦死した人間の肉にありつこうと考えていた貴族らの不満は爆発。

 ルートミリアが表明を終えたにも関わらず、批判の熱を上昇させ続けていた。もはや罵倒となった心無い声が、幾度となくルートミリアへと投げかけられる。


「……ど、どうしましょう」


 そんな現状を見て、大臣のシフが巨体に合わない小さな声を漏らす。

 このままでは進行も不可能。シフの頬を大粒の汗が伝った。

 

――――――そのとき、



「ほたえなや(さわぐな)!! 馬鹿共が!!!!」



 ずっと黙っていたドン・キーアが、雷鳴の如き一喝を轟かせた。

 凄まじい迫力と声の大きさに、さしもの貴族たちも言葉を失う。水を打ったように静まり返る謁見の間で、ドンは周囲を回視かいししてから言った。


「それでもおまんらは上級魔族かよ? たかだか人間の一人や二人がなんぞね! エデンへ行けば、いくらでも旨い食材がまっちゅうきに。今は“ドン”と構えて、自分の眼を信じる時ぜよ!」


 巨大なくちばしから飛び出す豪快な土佐弁に、文句を言っていた貴族は一様に顔を伏せる。さすがは商人を纏めるリーダーといったところ、稲豊はそのカリスマ性に舌を巻いた。


「ええ、ええ。ドン・キーア様の仰る通りでございます。四日後には料覧会も控えておりますので、結論を出すにはまだまだ早計。皆々様、まずは残りの王女の表明を聞こうではありませんか――――と、オネット卿は申しております」


 発言したのは、マーリー・オネットの側にいる小男である。

 緑のドレスの半分にも満たない身長の男は、英国紳士風の格好をしたドワーフ。茶色の立派な髭を蓄えた彼は、口を利かないマーリーの通訳係だ。


「う、うむ。そうだな」


「他の表明を聞き、料覧会を待ってからでも結論は遅くはない……な」


 ドンとマーリーの両名に説得され、不本意ながらも納得のいった顔をする貴族たち。状況が変わり、人一倍に安堵の表情を浮かべたのはシフである。彼は嬉々とした様子でアドバーンに手を振り、“次の王女へ”と合図を送った。

 

「それでは次に、四女のクリステラ・ロンドアマリウス・エルルゥ様と、五女のアリステラ・イルセ・エルルゥ様、前へ。なお、御二方は双子という事もあり、二名一組での表明となります」


 アドバーンに紹介され、今度は双子の王女が前へと進む。

 そしてクリステラは礼儀正しく、アリステラはスカートの端を摘んだ愛らしいお辞儀を披露した。


「私達が提唱するのは、“隔離し、受容する”国である」


「エデンとの間に強固な壁を作ってぇ、お互いを完全に隔離した国にするの。そうすれば、安心して暮らせるでしょうぉ?」


 新たに提案された魔王国の在り方に、貴族らが思案する動きを見せる。

 その中のひとりが、軽く手を上げ口を開いた。


「受容――とは、どういう事ですかな?」


「先ほどあちらの紳士が仰ったように、エデンにだって美味しい料理はございますわぁ。そういった“文化”を取り入れ、こちらも成長するんですの。魔王国をより巨大で強い国にする事が、アリステラ達の理想ですわぁ」


「我々に服従を誓う者は受け入れ、敵対姿勢を崩さぬ者は結界や壁で隔離する。私達が魔王となった暁には、完全な平和を約束しよう」


 双子の王女のマニフェストは、多くの貴族に感心を与えた。

 魔物とて戦争が好きな訳ではない。得る物よりも、失う物が多いからである。


『臭いものに蓋ができるのなら』


 と、諸手を挙げて喜ぶ貴族もいた。

 

「なるほど、あいつらは互いの意見を混ぜ合わせた訳か。良い感じに受けてるみたいだな」


「んー? 何か言ったシモッチ?」


「いや、何でもねぇ」


 以前に稲豊が聞いたのとは違う内容だが、より現実的に昇華している。

 エデンを屈服させることが条件ではあるが、上手く行けば『共存』さえ成り立つ。稲豊はクリステラたちの理想の国を、見てみたいと思った。


「双子のように並んだ魔王国とエデン国。六百年以上も続く諍いを終わらす時がやってきたのだ!」


「二国間を隔てるのは難しい事だとは思うけど、“五行結界”を用いれば不可能ではないわぁ。そして結界を起動させる為には、皆様の持つ兵士の力が必要ですのぉ。ぜひアリステラ達に力をお貸しくださいなぁ」


 双子の王女は終わりの礼をし、後ろへと下がった。

 そんな彼女らを見送るのは、貴族らからの称賛の拍手である。

 ルートミリアのときとは明らかに違う終わり際に、稲豊の不安は大きくなるばかりだ。


「では最後に第六王女のウルサ・ルフラプス・リオン様、前へお願いします」


「了~解」


 クリステラたちの成功を目の当たりにしたにも関わらず、ウルサは飄々《ひょうひょう》とした態度を崩さない。意気揚々と足を踏み出す姿には、自信さえ感じられた。


「こんな朝早くに来てくれて、ありがとうございます!」


 ウルサは元気いっぱいに挨拶をすると、今までの王女より何歩も踏み込み、貴族たちとの距離をさらに詰めた。手の届きそうな距離まで近づいたウルサは、


「バル爺ちゃん、来る時の坂はしんどくなかった? カミナさん、今日も凄く綺麗だね。あ! トロクさん、この前は差し入れありがとう!」


 次々と貴族たちに声をかけた。

 驚くべきはその顔の広さ、多くの貴族が娘や孫を見るときのような、微笑ましい表情を浮かべている。


 それこそがウルサの武器、コネクションだ。

 増殖の魔能を持つ彼女は、一度に複数の場所に存在できる。その能力を利用した営業にも似た活動で、ウルサの顔の広さは、王女の中で随一のものとなっていた。


「ウルサちゃん。兵士ならおじさんに任せておきなよ。仲間たちにも声をかけておくからね?」


「わぁホント? ありがとうゼルおじさん。すっごく嬉しいよ!」


 愛嬌を振りまくウルサに、すでに籠絡された貴族も多くいる。

 他の王女らと比べ、好感度が一番なのは間違いなかった。


「くっ!? 昨夜の姿をみんなに見せてやりたいぜ。マジで小悪魔なのな」


 歯噛みしたところで、貴族たちのウルサに対する印象は変わらない。

 稲豊はますます不利になっていく状況に、意味がないと知りつつも、悔しげに舌を鳴らした。


「ウルサ様、コミュニケーションも結構ですが、そろそろ表明をお願いしてもよろしいですかな?」


「あ! ごめんごめん、つい嬉しくなっちゃって」


 アドバーンに注意され少し後ろに下がったウルサは、「怒られちゃった」と舌を出す。その仕草がまた好印象。貴族たちは軽い笑いを漏らし、演説の出発点としては最高の舞台が作り上げられた。


「ボクが皆に約束する魔王国の未来は――――」


 和気藹々とした雰囲気のなか、ウルサが提唱したマニフェストは、




「エデンと絆を結ぶ、和平の未来です」




 貴族たちに少なくない衝撃を与えた。



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