第130話 「指先で大丈夫です!!(・・・・・・くちびる)」
「料覧会? 一週間後?? 貴族達??? あ、あのルト様……話の要領が俺の中で行方不明なのですが……?」
「混乱させてすまんかったのぅ。ちゃんと説明をするから許せ。まず『なぜ料覧会をするのか?』これに関して説明する前に、いなくなった兵士の行き先について語らねばならん」
「あ! それ気になってたんスよ!」
城に常駐していた数千の兵はどこへ消えてしまったのか?
稲豊は何度もモンペルガに足を運んでいるが、それらしき集団は見たことがない。無論、町民と同様の格好をしていれば、稲豊に分かるべくもないのだが。
「今まで魔王サタンという強者のおんぶに抱っこをしていた兵士達。父上がいなくなり、自信を失った彼奴らが、次に何を考えたか? 実に簡単な話である。奴らは“次に力を持つ”者の下へと向かったのだ。それが生存率を上げる一番の方法じゃからな」
「次に力を持つ者……」
普通に考えれば、次代の魔王へ流れるのが自然である。
しかし稲豊の知る王女たちは、幾人かの使用人を抱えているものの、屈強な兵を連れ立っている者は存在しなかった。つまり王女ら以外で、兵士を抱え込んでいる者がいることになる。
「あ! もしかしてそれが…………貴族!!」
「うむ。正解である!」
権力を持ち、金を蓄え、広大な土地に住む。
魔王国でそんな連中がいるとすれば、それは貴族たちに他ならない。
稲豊は正解できたことを喜んだが、次に浮かんだ疑問が彼のガッツポーズを阻止する。
「でも……なんでルト様や他の王女達でなく貴族に流れるんスか? 順序おかしくありません?」
「つまり、それだけの高待遇で兵をスカウトしたという訳でしょうな。考えられる理由は三つ。一つ目は有事の際に我々に兵を提供し、大きな貸しとコネクションを作る事。二つ目は私兵を増やし、自らの身の安全を確保する事。三つ目は引き抜いた兵と共に、クーデターを起こす事。まぁ、こんな所ですかな」
指を立てながら説明するアドバーン。
途中までうんうんと頷いていた稲豊は、最後の理由を聞き絶句した。
少年の脳内で、否が応にも想像が作り上げられる。
その中では、熟睡中の稲豊へ向け、喜々として剣を振り下ろす兵士の姿があった。
「おっと失礼。これは少々脅しが過ぎましたな。イナホ殿、クーデターの可能性は限りなく低いのでご安心ください。戦争を目前に控えている状況で“こと”を起こすほど、貴族達も愚かではありますまい。それにいざという時は私めもおりますので!」
「な、な~んだそッスか。何となく安心しました」
胸を撫で下ろした稲豊は、アドバーンの頼もしさに救われた思いだった。
どんな状況でも、彼が居ればどうにかなる。稲豊にたしかな根拠はなかったが、老執事にはそう思わせる何かがあった。
「では兵の居場所が分かったところで話を戻すが、料覧会には力を持つ貴族が優先的に招待される。そこで上手くアピールした者ほど、大量の兵を得る事が可能だ。とどのつまり、次の料覧会は兵士の争奪戦という意味合いも兼ねておる訳じゃな」
「な、なるほど……!」
「美味なる料理は魔素を大きく回復させる。腕の良い料理人を持つ王女は、その分の活躍が期待されます。ひいては、魔王への道が近付くのも必然。欲の深い貴族は、この好機を物にしようとしているみたいでございます」
ルートミリアとアドバーンの説明で、稲豊は今度こそ全てを理解した。
誰だって“強者”という勝ち馬に乗りたい。そこで『腕の良い料理人』という“武器”は、強力なアドバンテージとなる。貴族たちだってそれは理解している。だからこそ、“将来の”魔王へ恩を売りたいのだ。恩を売れば、それだけの恩恵を受けられるのだから。
「貴族ってしたたかな連中なんスね。魔王がいなくなった事を知ってるだけでなく、不安がってる兵士を抱き込み、それを取引に利用する……」
「全ての貴族がしたたかな訳ではないさ。恐らく最初に方法を思いついた奴が大量に兵士を抱え込み、他の貴族は真似をしておるだけじゃろう。最初に思いついた奴の心を動かした者が、この戦争を制する――――と言っても、過言ではないかも知れんのぅ」
「ちょっと待ってください。それってつまり…………料覧会で俺の振る舞うメニューがむちゃくちゃ重要って事なんじゃ……?」
恐る恐る聞いてみた稲豊だが、ルートミリアは真顔でピタリと動きを止める。
そして十秒ほど無言の時間が流れたあとで、
「信じておるぞシモン!」
天使の微笑みを浮かべながら、とんでもない無茶振りを披露した。
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「なんてこったい…………」
サロンでの会話から三十分後。
魔王城の見晴台の縁に腰かけ、頭を抱える少年の姿があった。
側には護衛の人狼も控えていたが、彼の頭は一週間後の料覧会のことで埋め尽くされている。
「まさかそこまで大事になるなんて……」
ルートミリアの未来を左右する料覧会だと知った稲豊の胃は、先ほどからキリキリと悲鳴を上げていた。何度も失敗の映像が頭を流れ、その度に逃げ出したくなる衝動に襲われる。稲豊の口からは、途切れることのないため息が漏れ続けていた。
「イナホ、悩む必要はない。実際にやってみれば、なんとかなるものさ」
「……うう。で、でも……もし失敗したら、俺はルト様に合わせる顔がありませんよ……。ここから飛びたくなってもおかしくないッス……」
「馬鹿な事を言うんじゃない。イナホは大切な恩人なんだ。もしそんな事になったら、我はとても困る」
優しい瞳を浮かべたミアキスは、稲豊の隣に腰を下ろす。
すると彼女は、無言で自らの腿を二度叩いた。それはミアキスが耳掃除をするときの、いつもの合図である。
「えっとそれじゃ、失礼します!」
「ああ」
何度も彼女の耳掃除を経験したとはいえ、稲豊は若干の照れを感じつつ、ミアキスの膝枕に頭を預けた。身が締まりながらも、柔らかなミアキスの太もも。幸せな感触が、肌を通じて伝わってくる。しかも幸せはそれだけに留まらず、頭を撫でるサービス付き。母性に触れたような安心感が稲豊を包んだ。
「いつものお前なら、きっとどうにかなる。我と姫が信じたように、お前も自分を信じるんだ。イナホなら大丈夫。なんたってイナホは、我が認めた男だからな」
「――――ありがとうございます」
慈愛が溢れんばかりなミアキスの様子に、不安という凝りは急速にほぐれていく。そうなってしまえば、冷たい風さえ心地良く感じる。規則正しくパタパタと鳴るミアキスの尾の音をどこか遠くに聞きながら、稲豊の意識は少しずつ夢の中へと誘われていった。
――――しかしそのとき、
「あれ? お邪魔したかな?」
とぼけた少女の声が耳に届き、稲豊は反射的に身を起こす。
そして、後ろを振り返った彼の目に飛び込んできたのは、褐色の肌をした少女だった。
「…………ウルサ王女殿下……。何用ですか?」
幸せなひとときを邪魔されたミアキスは、少し煩わしそうに問いかける。
だが人間によく似た――というよりそっくりな王女ウルサは、まるで気にする様子を見せず、それが当たり前でもあるかのように稲豊の隣へ腰を下ろした。
「ちょっとした野暮用ってやつだよ。だから悪いんだけどさ、君は少し席を離れてくれないかな? ボクは彼と話があるんだ」
「我はルートミリア様から護衛を頼まれました。だからその願いを聞き入れる訳にはいきません。今の時期、料理人は特に危険ですので」
「ボクは彼を襲ったりしないよ。ただお話がしたいだけだから安心して? ちょっと恥ずかしい話だからさ、せめて少し距離を開けてくれないかい?」
「恥ずかしい……?」
ウルサの言葉に、ミアキスの眉がピクリと反応を示す。
頬を染める少女の態度が、さらにミアキスの神経を逆なでした。
「だったらこうしよう。ボクに“敵意”があるかどうか……彼の舌で判断してくれればいい。聞いているよ? シモン君の舌は、生物の心を読み取れるんだってね?」
「む……そ、それは……」
「すぐ済ますからさ? お願いこの通り!」
「し、仕方ありませんね……。ちょっとだけですよ?」
王女に頭まで下げられては、さしものミアキスとて折れない訳にいかなかった。
あまりに無下に扱えば、それがどういう形でルートミリアへ降り掛かるか分からない。ミアキスは渋々といった様子で、彼女の言葉に従った。
「そんじゃスイマセンけど、ちょっと舐めさせてもらいますね?」
「ん、構わないよ。……なんなら、くちびるでも良いけど?」
「く、くち……!? い、いえいえ! 指先で大丈夫です!!」
「そ? 残念」
からかうように笑うその表情は、ルートミリアを彷彿とさせる。
「やはり姉妹だな」そんなことを考えながら、稲豊は差し出されたウルサの指先に舌を這わした。
すると稲豊の脳内に、少女の情報が流れ込んでくる。
年齢は十四。あるのは好奇心と親近感、そして一欠片の悪戯心だ。
負の感情が込められていないことに、稲豊はどこか安堵を覚える。
「問題なさそうです」
「そうか……。何かあったらすぐ教えるんだぞ?」
不満気なミアキスは、尻尾を怒らせつつ稲豊の側から離れた。
そして見晴台の入口の鉄扉に背を預け、静かに腕を組んだ。しかし耳だけはしっかりと稲豊らの方を向いている。稲豊は苦笑しながら、ウルサへ視線を移した。
「それで、俺に話ってなんスか?」
「えっとね、まどろっこしいのは苦手だからハッキリ言うね?」
ウルサはそう前置きしてから、
「シモン君。ボクの料理人になってくれない?」
宣言した通り、ハッキリとした口調で告げた。




