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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第四章 魔王の仲間

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第116話 「二人の主人と二つの願い」



 蒼月に照らされたバルコニー。

 簡素な椅子に腰かけていたルートミリアは、ワイングラスの縁をなぞりながら、“彼”の来訪を今か今かと待ちわびていた。


「お待たせしました」


 そんな彼女の下に、一人の少年が姿を現す。

 今回の事件での一番の功労者といっても過言ではない、志門稲豊だ。


「よい。彼奴らを撒くのは、骨が折れたじゃろ?」


「ええ、かなり……。その日の内にやってくるとは予想外でした」


 苦笑いしながら、持参してきたヒャク酒をグラスに注ぐ稲豊。

 もはや、それが当然の流れになりつつある。


「クリステラとアリステラに、留守番を頼んでいたマリーも加わって酷い状態でしたよ。厨房は戦場だって聞いたことがありますけど、まさかそれを体験するとは……」


「良くも悪くも賑やかな連中じゃからな。まぁ、シモンもミアキスも屋敷に残ることができたのだ、妾はこの結果に満足しておるわ」


「一時はどうなることかと思いましたけど、終わり良ければ全て良しッスね」


 同時に笑みを浮かべる二人。

 誰かと感覚を共有する心地よさは、二人の疲労を溶かしていく。


 一頻り心地よさを堪能したルートミリアは、山なりだった眉をキリリと変えると、少し真剣な表情で口を開いた。


「アドバーンのことは許してやって欲しい。普段はそんな素振りを見せてはおらぬが、奴は奴で大変なのだ」


「大丈夫ッスよ。執事長が悪役を買って出るのも、ルト様の為なんだってわかってます」


「うむ。ときには情を捨てる覚悟も必要……、奴はそれを訴えておるのだ。優しさだけでは、魔王にはなれぬとな」


 深いため息を吐くルートミリア。

 情と立場の板挟みにゆれる心は、いまだ答えを見つけ出せずにいた。


 魔王サタンは情に深いながらも、歯向かう者に容赦はしなかった。

 たとえそれが“かつての仲間”だったとしても、躊躇ちゅうちょなくほふってきたのである。

 そんな非情を、ルートミリアは持ち合わせてはいない。

 

「わかっている……わかってはいるのだ。非情さは魔王になるうえで必要不可欠。優しいだけの王に、民はついてはこない。理解してるつもり……だったのだがな。いざそのときが訪れたらダメじゃの、どうしても許したくなってしまう。アドバーンの期待には、応えられる気がしない」


 そして再びのため息。


 久方ぶりに弱音を吐くルートミリアの姿は、年相応の少女そのもの。

 稲豊は本音を聞かせてもらったことに不謹慎な喜びを感じつつ、それを解消してあげたいと心から思った。


「……本当にそうッスかね? 俺の見解はちょっと違うんですけど」


「うん?」


 俯きがちだった顔を少しあげ、上目遣いで稲豊を見るルートミリア。


「もし本当にアドバーンさんが非情なルト様を望んでいたのなら、ミアキスさんは今この屋敷にいないと思うんです」


「ふむ、それはつまり?」


「つまりこう言いたかったんじゃないでしょうか? 『非情になれないなら、別の手段もある』って。だからこそ、あえてミアキスさんを認める抜け道を用意してた気がするんです。ルト様なら、ちょっと厳しくも優しい魔王様になれる。そう信じてるんじゃないですかね? だって――俺がそうッスから」


 稲豊の会心の笑みと言葉。

 それはルートミリアの心を揺さぶり、蒼月に照らされた少女の頬を赤く染める。


「そ、そうかの? そこまで信頼されると、ちと照れるのぅ。う、うむでもそうか! たしかに天邪鬼なアドバーンなら、そんな意図を込めていてもおかしくはないな!」


 ルートミリアは瞳を泳がせながら、顔面の熱を冷ますかのように冷たいヒャク酒をぐっと呷った。


 そして、訪れるしばしの静寂。

 ふいに流れた夜色の風が話題を運んでくるまで、二人は沈黙さえ楽しんでいた。


「おっと本題を忘れるところじゃった。今宵シモンを呼び出したのは他でもない、【魔神の舌】についてじゃ」


「魔王の持つ魔能なんですよね? なんで俺がそんな能力ちからを持っているのかは分かりませんけど、だから魔王なんて悪い冗談ッスよ」


 自分にかけられた疑いを、軽く笑い飛ばす稲豊。

 しかし彼がいくら待てども、ルートミリアから愛想笑いが来ることはなかった。それどころか、真剣な表情で月を見つめ、物思いにふけっている。


 そんな彼女が唐突に、


「シモン。妾にはあの二人の気持ち――いや、考えが分からんでもないのだ」


 クリステラとアリステラを肯定する言葉を口にした。

 驚きに目を剥く稲豊に、ルートミリアはさらに続ける。


「人間が魔能を持つなど聞いたことが無いし、父上がいなくなるのと同時にシモンがこの世界にやってきた。そしてなにより、父上と関係が深かった者、皆がお前を慕っている。妾とて最初にお前を見たとき、他人のような気がしなかったくらいじゃ」


「そ、それじゃルト様も俺が魔王だって言うんスか?」


「……いや、妾はお前を父上じゃとは思っておらん。“父上とは”……な」


 意味深な台詞をこぼしたルートミリアは、物憂げな表情で月から目を離さない。

 彼女のどこか悲しげな瞳は、稲豊から言葉を奪っていった。

 

「そう遠くない未来、恐らく魔王国はエデンと衝突する。小競り合いなどではない、本物の戦争だ。そのとき、妾は王城へと赴くだろう。その際はお前にも同行してもらうぞ」


「俺が……城へ?」


「そこで話したいことがあるのだ。きっとそれは、お前がこの世界に転移した事と関係がある話になると思う。覚悟だけはしておいて欲しい」


 ルートミリアは一方的に告げると、ワイングラスを持ち腰を上げる。

 

「今日はもうですか?」


「うむ。昼にも飲んでおるし、それに――――」


 そこで言葉を止めた彼女が目を向けた先は、バルコニーの入り口。

 その横に立つ柱である。


「あ」


 ルートミリアの視線に誘導された稲豊が見たのは、柱の向こう側から覗く金色の髪の毛だ。誰かが居ることは明らかであったし、それが誰であるかも一目瞭然であった。


「ここに来る前に部屋で会ったのじゃが、過去を包み隠さず話してくれた。全てはシモンの力があればこそだ、やはりお前を頼って良かった」


「いやいや、皆がいてくれたからですよ。俺一人だったら、どうしようもなかったと思います」


「ふふ、謙遜するでない。……さて、これ以上を待たすのは忍びないな。妾は交代といこう」


 軽く手を振りながら、バルコニーを去っていくルートミリア。

 そして「また明日」という二人の挨拶が終わると同時、白のTシャツに水色のショートパンツ姿のミアキスが稲豊の前に姿を現した。


「邪魔をしただろうか?」


 不安げに訊ねるミアキスに、稲豊は「まさか」と笑顔で返す。

 ホッと息を吐いたミアキスは数歩進んで足を止め、どこか落ち着かない様子で右頬を掻いた。


「話が終わるまで待機するつもりだったのだが、姫には気を使わせてしまったな」


「それもルト様の良いところですから――――って、あれ? それは」


「あ、ああ……これか」


 稲豊が気付いたのは、ミアキスが脇に抱えていた狼のぬいぐるみだ。

 それはレクリエーションのときに稲豊が手渡した、あの景品に違いなかった。


「一人で待つのもあれだったからな、“イナフ”と待っている方が、退屈も紛れるかなと思ったんだ」


「イナフって、もしかしてぬいぐるみ(そいつ)の名前ッスか?」


「イナホがくれた(ウルフ)だから……。へ、変だろうか?」


「い、いえいえ! とても良い名前だと思いますよ!」


 稲豊の言葉に「良かった」と返事したミアキスは、さも嬉しそうに“イナフ”の頭を撫でる。その姿を見た稲豊は『作って良かったなぁ』と思う反面、少しぬいぐるみを羨ましくも感じていた。


「それでだな少年。今回のことで我は少年にとても世話になった、だから何か礼がしたいんだ。欲しいものや、して欲しいことは無いだろうか?」


「良いッスよべつに。俺自身がミアキスさんに戻ってきて欲しかっただけなんですから。貴女が今この場にいるだけで、俺は嬉しいんです」


「しかし、それでは我の気がすまない! 恩人に礼すら返せなくては、人狼族の名が廃ってしまう。だから我のことを想うのなら、何か願いを言ってくれ。今なら、どんな願いでも叶えると誓おう!」


「……どんな願いでも?」


 一瞬にして、ピンク色に染まる稲豊の脳内。

 そこでの彼は、あられもない姿でベッドに横たわっていた。


「じゃ、じゃあ一つだけお願い……良いですか……?」


「ああ。なんなりと言ってくれ!」


 ゴクリと喉を鳴らした稲豊は、ミアキスの体に視線を這わした。

 可愛らしく触り心地も良い犬耳に、グラマラスな肢体。そしてスポーティな服装は、少年の欲情を煽るには充分すぎるほどの魅力を持っていた。


 いくつもの卑猥な願いが稲豊の頭を右から左へ駆け抜け、少年を悩ませる。

 今のミアキスならば、そんな願いでも叶えるだろうという確信が、彼の悩みに拍車をかけていた。


「じゃあ……その……」


 そしてついに稲豊は決断する。

 彼が吟味に吟味を重ねて導きだした結論は――――



「……俺のこと、名前で呼んでもらってもいいッスか?」


 ヘタレの名に申し分ないほど平凡なものであった。


「名前で呼ぶだけか?」


「実は“少年”って呼び名、子供みたく思われてるみたいで、少し嫌だったんですよ。だから名前で呼んでもらったら、すごく嬉しいかなぁ――なんて」


「そうか、では……イナホ料理長。コックとして全く未熟な我だが、これからもよろしく頼む」


「気恥ずかしいんで、“イナホ”だけでいいッスよ」


 軽い笑みをこぼしながら、熱い握手を交わす二人。

 ミアキスは稲豊の手を握りながら、その華奢な手を守りたいと心から思った。


「姫は『大きな戦争がある』と言っていたが、安心してくれていい。しょうね……イナホは、我が身に換えても守ると誓う」


「女性から守ると言われて、少し嬉しい自分が悲しい……。って、俺とルト様の会話、聞こえてたんスか?」


 稲豊の疑問に、『しまった』といった顔をするミアキス。


「近くにいればどうしても聞こえてしまうだけなんだ! 決してイナホや姫の会話を盗み聞きするつもりなんかじゃ――」


「はは、分かってますよ。俺はただ人狼族の耳ってやっぱ凄いんだなぁって思っただけで」


 困り顔であたふたとするミアキスは、普段の凛々しさとのギャップも相まって可愛らしく、Sの稲豊にはグッとくるものがあった。


「――ん?」


 だがミアキスの魅力を堪能する前に、稲豊の頭にふいに何かが引っかかった。

 そしてそれは、パズルのピースを当てはめるかのように、脳内の額縁にパチパチと組み上がっていく。


「どうしたイナホ?」


 いきなり険しい表情に変わった稲豊の顔を、ミアキスは心配そうに覗き込む。

 すると稲豊は、思考するために脇に外していた視線を正面へと戻し、組み上がった理論を確認するべく口を開いた。


「ミアキスさんがトロアスタの密会を目撃したとき、それは何をしているときって言ってました?」


「四年前の話か? 急にどうしたんだ?」


「すみません、ミアキスさんにとって辛い過去であることも分かってます。でもどうしても知りたいんです!」


「一度話した内容だ、それは別に構わないが……。えっと日課の鍛錬に勤しんでいるとき、声が聴こえてきたんだ。そこは普段、誰も通らない場所だったから、変だと感じ近寄った訳だな」


 ミアキスの返事を聞き、稲豊はさらに考え込む仕草をみせる。

 そしてしばらくの沈黙の後に、真に迫った顔をミアキスへと向けた。


「オサが密会を見たのも“日課”の散歩中でした。いやそもそも、『大参謀』とまでうたわれた人物にしては、あまりに迂闊すぎると思いませんか? 聞かれてはいけない話を、聞かれてはいけない者に聞かれている。まるで……」


 そこで稲豊は一旦、言葉を止める。

 そして深呼吸をした後で、


「まるで……密会を……わざと見せつけてるような……」


 と、完成したパズルの答えを口にした。

 面食らった顔に変わったミアキスは、驚愕の表情で稲豊に詰め寄る。


「し、しかし……万が一それが真実だとしても、何のために? 我やオサに行動を起こさせることに、何の意味があると言うんだ? 奴らは人狼族(われら)を人間にけしかけ、最終的にどちらも排除しようとしたのではなかったのか?」


「もしかすると、たとえ人狼族を利用したのだとしても、人間を虐殺することには抵抗があったのかも知れません。だから正義感の強いミアキスさんに目をつけた。ミアキスさんなら、人間を匿うと計算していたのかも……」


「……あの男に、そんな慈悲の心があるとは……とても信じられないな」


 否定の言葉を吐きながら、ふいと顔を横に逸らすミアキス。

 同胞の仇に利用されたことも気に入らないが、それ以上に慈愛の心があることが許せない。


『憎むべき敵は、血も涙もない存在であって欲しい』


 そんな願望を彼女が抱くのは、復讐を望む者の挟持きょうじかも知れなかった。


「確証もないのに、空気の読めないことを言ってスミマセン! お詫びと日頃の感謝も込めて、何か俺に言ってください。言うこと何でも聞きますから!」


 機嫌を損ねたことを察した稲豊は、両手を合わせて頭を下げる。

 するとミアキスはぷくっと膨らませた左頬をもとに戻し、


「ふふ、冗談さ。別に怒っちゃなんかいない。我はもう迷わないと決めているからな、姫や仲間を信じて突き進むのみだ」


 笑顔を覗かせながら、もう一度イナフを撫でた。


「だがその……頼みが無いわけではないんだ。イナホが嫌だったら、断ってくれても全然かまわない……んだけど……その」


 言い淀んでいるミアキスに、稲豊は「何でも言ってください」と力一杯に背中を押す。するとミアキスは時間をかけて覚悟を決め、意を決したように口を開いた。


「オサやイナホのおかげで、我の心はかなり軽くなった。だが、仇を取るまでは悪夢が消えることはないらしい。聞こえるんだ、心の中でする悪夢の息遣いがな。今夜あたり、来るような気がする」


 そこまで言ったミアキスの顔は、途端に赤く染まっていく。

 その先を口にすることが、どうしようもなく恥ずかしいのである。


「そこで……だな、我は思い出したのだ。里帰りの道中、イナホに頭を撫でられたときの安眠を。あの夜だけは、いつも恐怖していた悪夢の足音が聴こえなかった。だからその時々でいいから……ナ、ナデナデしてくれたら……う、嬉しいなって」


 真っ赤になった顔をイナフで隠して話すミアキスの願いは、後半に進むにつれ小さくなっていく。最後の方など、聞き取るのすら難しいほどである。しかし気合で内容を理解した稲豊は、その愛らしさにときめきすら覚えていた。


 強く逞しい美女が稀にみせる弱み。

 稲豊は心の中で、その破壊力に悶えながら言った。


「い、いいッスよ! いま俺の部屋にはマリーあたりが張り込んでいると思うので、ちょうど良いかも知れません」


 OKを貰ったミアキスの顔はパァっと明るいものとなる。

 嬉しくて嬉しくて堪らない。嬉々とした想いが、ダイレクトに伝わる笑顔だった。


――――すると、


 そんなミアキスの想いが、彼女の体の一部を左右へと動かす。

 それは、本人の意図していない動きに違いなかった


「ミアキスさん、それって!」


 当然ながら、“それ”は稲豊の視界に触れる。

 気恥ずかしさから隠していたミアキスだったが、バレてしまっては仕方がない。


「実はさっき姫の部屋に行ったとき、修復魔法で治してもらったんだ」


 白状するミアキスのショートパンツの後ろからは、復活した金色の尾が飛び出し、パタパタと左右に踊っている。


「でも、どうして急に? 四年間も無いままにしてたんですよね?」


「うん? そんなの決まっているじゃないか――――」



 するとミアキスは、その両腕で狼のぬいぐるみをギュッと抱きしめ、



「尾を振りたいと心から思える、“二人”の主人ボスがいるからだ」



 先ほどにも負けない、眩しい笑顔で言い放ったミアキス。

 そんな彼女の微笑みを見て、稲豊は心が洗われるような清々しさを覚えていた。


 腑に落ちない点がある。

 解決できない謎がある。

 しかしそれが何だというのか。

 大切な人の幸せそうな顔、それ以上に望むものなんて何もない。


 稲豊は再び見ることが叶ったミアキスの笑顔を眺めながら、ハッピーエンドの喜びを噛み締めていた。




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