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メシマズ異世界の食糧改革~神の舌を持つ俺は、魔王の姫に拾われる~  作者: 空亡
第四章 魔王の仲間

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第105話 「献身」



 双子の王女と別れた一行は、ミアキスに見送られ門扉まで移動する。

 そして歩道に出たマリアンヌは稲豊を一瞥してから、おもむろに提案した。


「ほなウチは猪車を回して来るから、ハニーはここで待っといてな? 行くでタルタル」


「へ~い」


 タルタルと二人で猪車を取りに行くマリアンヌ。

 彼女らが居なくなった事で、稲豊と二人きりになってしまったミアキスはばつの悪そうな表情を浮かべ、


「すまない」


 この騒動が起きてから何度目かの謝罪の言葉を述べる。

 稲豊は弱々しい人狼の視線に、返事ではなく真摯な瞳を返した。少年の向ける真っ直ぐな瞳は、ミアキスに少なからずの動揺を与える。彼女は稲豊の瞳から逃げるように視線を逸らすと、苦渋の表情で怖ず怖ずと口を開いた。


「今回の勝負……今からでも取りやめた方が良い。少年の進退を賭けるなんて馬鹿げている。もし……もし勝負が始まってしまったら、我は――――」


「“僕を選べ”」


 台詞を遮った稲豊の言葉は、人狼の屈強な体をビクと跳ねさせる。

 冷たい汗を流すミアキスは、少年の言葉を飲み下せずに狼狽えるばかり。そんな彼女の様子を見た稲豊は「ハハ」と感情の籠もってない笑い声を出した。


「――ネロにそう言われたんですよね?」


「なっ……!?」


『自分とネロしか知らないやり取りを、なぜ少年が知っているのか?』

 脳内に混乱を行き来させ金色の瞳を泳がせた彼女の反応は、稲豊に図星を悟らせるには充分過ぎるものであった。


「同じ“卑怯者”ッスからね、あいつの手口は判るんスよ。どうせ『全てをバラしたらルートミリア様は魔王になれなくなる』みたいなことを言われたんじゃないですか?」


 稲豊とて馬鹿ではない。

 ミアキスが審査員になるのであれば、ネロが脅迫という禁じ手を講じることも理解していた。それを判っていながら、稲豊はミアキスを審査員に推薦したのである。


「そこまで理解しているのなら……なぜ勝負を諦めない……? 対決になれば、我はネロを選ぶだろう。だって、魔王様からルートミリア様を託されたのだから。両親を失った彼女を守ると、あの日に我は誓ったのだから! 少年の事は大切だ! 凄く凄く感謝もしている!! でも、もう誓いは……破りたくないんだ!!」


 積もり積もった思いの丈を吐き出すミアキス。

 その顔は紅潮し、切れ長の瞳には薄っすらと涙まで滲ませていた。


『掟を破らなければ、皆が死ぬ事は無かったのかも知れない。掟を破らなければ、更に上手い方法がとれたかも知れない。掟を破らなければ、掟を破らなければ、掟を破ったから……』


 過去のトラウマは、茨の鎖となって人狼の心を締め付ける。

 その痛みと恐怖心はミアキスの魂にまで焼き付けられ、彼女は既に【誓約】という牢獄の住人となっていた。


「……そうですか」


 ミアキスの言葉(思い)を全てぶつけられた稲豊は、遠くの空を見上げそう零した。

 その顔は何処か達観した様子で、返答の全てを予想していたかのような印象をミアキスに与えた。稲豊はそれでも少し逡巡した反応を見せ、やがてとびきりの慈愛が宿った優しい声で言った。


「それで良いです。俺は最初から、奴に勝とうなんて思っちゃいませんから」


「……え?」


「皆には悪いッスけど、負ければ屋敷を去る事も覚悟しています。でもミアキスさん、安心して下さい。料理はどこでだって出来るし、ルト様の相棒の座だって捨てたりはしません。この勝負で負けたからって、俺は何も失ったりはしないんです」


 それは稲豊の素直な気持ちであった。

 彼にとっては、自らの進退など最初はなからどうでも良かったのだ。彼がこの勝負で欲っしたものは、たったの一つだけ――――


「ミアキスさんに俺の料理を『美味しい』って食べてもらいたい。俺はその為にこの勝負を受けたんです」


「そんな……そんな事の為に……? 屋敷を……追い出されるかも知れないのに……?」


 四年前から、誰かの為に生きる事を贖罪としていたミアキス。

 そんな彼女に、稲豊は全身全霊を持って尽くしたいと考えていた。それが理解出来ないミアキスは、胸に込み上げる熱い思いに、ただただ困惑するばかりである。


 その時、マリアンヌの所有する猪車が少し離れた場所で歩みを止めた。


「待ってて下さいね。俺は今回、貴女の為に――貴女の為だけの料理を作ります。絶対に『美味しい』って言わせて見せますから」


 溢れんばかりの笑顔でそう宣言した稲豊は、返事も待たずに猪車へと急いだ。

 遠くなる彼の背中を見送るミアキスは、自らの心の声に遂に堪え切れなくなり、大粒の涙で頬を濡らした。


 少年の気持ちが嬉しくて堪らない――なのに、その思いに応えるだけの味覚を持ち合わせてはいない。それがどうしようもなく悲しくて、ミアキスは泣いた。嬉しくて悲しい、そんな複雑な感情に振り回されながらも、彼女は一つの願いをかける。


『一度だけで良いから、味覚を戻して欲しい』

 

 稲豊の乗る猪車が見えなくなるまで、ミアキスは心の底から祈り続けた――



:::::::::::::::::::::::::::::::::::::



 貴族街を闊歩かっぽする、タルタルが手綱を握る猪車。

 その内部では、稲豊が向かいの席に座るマリアンヌへと声を掛けていた。


「首尾の方はどうだ?」


 尋ねる稲豊の表情は真剣そのもの、それはこの問い掛けが如何に重要なものなのかを表している。少年と等しく険しい顔を浮かべていたマリアンヌは、たっぷりと稲豊の気を持たせた後、右手の人差し指と親指で小さな輪を作った。


「よっしゃ! ナイスだマリー!」


「えへへ~!」


 マリアンヌの作ったサインが示すのは、作戦の成功に他ならない。

 二人は一度に表情を崩し、成功の喜びを分かち合う。そして喜んだのも束の間、待ちきれないと言った様子の稲豊は、前傾姿勢となり正面のマリアンヌへと顔を近付けた。


「それじゃあ――――」


 そして稲豊は彼女へと一つの問い掛けをし、


「えっとな――――」


 マリアンヌはそれに答えた。

 その答えを聞いた稲豊は少しのあいだ思案し、やがて思い付いた顔をして、御者台と繋がる窓をスライドさせる。


「タルタル、悪いがちょっと寄り道いいか?」


「いいよー、別に。どこー?」


「場所は――――」


 稲豊が目的地を伝えると、タルタルは猪車の方向を変える。

 それを確認した稲豊は、一息を吐きながら顔を正面へと戻した。そしてニコニコ顔を浮かべるマリアンヌを見ながら、彼は【融合】の魔能を知った時から引っ掛かっていた事があるのを思い出し、彼女に問い掛ける。


「お前さ、アリステラの影響をかなり受けてるだろ?」


 “ぎくっ”といった音まで聞こえて来そうなほどに、マリアンヌは図星を突かれた表情を示す。一つになろうと稲豊を拉致した彼女に、実際に稲豊と一つになったアリステラ。


「……やっぱり」


 王女達に振り回されてばかりの少年は、疲労を感じさせるため息を吐いた。

 


:::::::::::::::::::::::::::::::::::::



 ルトの屋敷へと戻って来た稲豊は、庭先で“準備”を整えるナナと遭遇する。


「ただいま、随分と張り切ってるなぁ」


「イナホ様おかえりなさいませ! もちろんです、今のナナは燃えているんです! 準備もバッチリですよ!」


 うやうやしく頭を下げた少女は、鼻息を荒くして胸を張った。

 稲豊は「さっすが」とその頭を撫でたあとで、視線を屋敷の玄関へと向ける。そこには既に支度を整えていたルートミリアが、仁王立ちで稲豊を待ち構えていた。その脇には、自慢の髭を弄る老執事も控えている。


「遅いぞシモン! 妾を待たせるのは許さんと何度も言っておるではないか」


「スンマセン、思ったよりも時間が掛かってしまいまして。でもその分、“良い話”は出来そうです」


 自信ありげな稲豊の様子を見たルトは、「ほぅ」と威厳ある笑みを浮かべ、周囲の仲間達へとその顔を向ける。すると、隣にいたアドバーンも、階段の下にいるナナも力強く首を縦に振った。それは皆の思いが一つであることを顕著に表している。


 皆の反応に大いに満足したルートミリアは、主として、魔王を目指す者として、務めを果たすべく右手を前へと突き出す。


 そして次代の魔王を名乗る者は、



「みな覚悟は出来ておるようじゃな、ならば何の憂いもない。いざ、出陣じゃ!!」



 反撃の狼煙を上げた。

 

 


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