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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第四章 魔王の仲間

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第94話  「ハートブレイク」




「もしかして……知らない……とか?」


「えへへ」



 稲豊の質問に八重歯を覗かせながら愛らしく笑うマリアンヌだが、そんな事で誤魔化せられるほど世界は甘く出来てはいない。しばらく頬を引くつかせていた少年だが、「この場所に入れただけでも僥倖だ」と頭を切り替える。ここで彼女を恨むのは、ただの傲慢でしかない。稲豊はそこまで腐ってはいなかった。



「いやOKOK! 二層(住民街)と比べて、貴族街の住民はそう多くない筈だしな。聞いて回れば知ってる奴もどっかにいるだろ。ちなみにさっきの門番さんが知ってるってことない?」


「知っとるかも知れへんけど、余程の緊急事態やないと教えてはくれんやろうね。姉妹で魔王争いをしとるのは周知の事実やし、変に関わって恨まれるのは避けたいと思うと思う」


「まー、王族争いに『暗殺』なんて手も無い訳じゃないしねー。そんなのにはあんまり関わりたくないっしょ?」


「なるほど。じゃあやっぱ聞いて探すか、その姿を見つけるしかないのな……」



 住民の数や敷地は王都で一番小規模な貴族街。

 とは言え、徒歩で探すとならばかなりの広さである。稲豊はこのメシマズな異世界に転移してすぐのこと、仕事と宿を探していた過去を思い出し、初心に返って気合を入れ直した。



「『案ずるより生むが易し』。意外に簡単に見つかるかも知れない。とにかく行動あるのみだ! 行くぜ二人共!」


「おー」


「ハニーかっこ良い!」



 こうして人間と王女と魔物の一行は、双子の王女の屋敷を見つけるべく、意気揚々と聞き込みを開始したのだった。







【通りすがりの貴族】



「すみません! 双子のおう――――」


「すまないと思うのなら近寄らないでくれ給え。どうしても私に近づきたいのなら、食材になって出直して来なさい」


「一発目からコレ?」




【自宅の庭にある花を眺めていた貴族】



「すみません! ちょっとお尋ねしたいんですが?」


「あらやだ人間!? 誰か! 屋敷が臭くなっちゃうわ! 摘み出して!」


「俺は生ゴミかなんかか?」




【ベンチで休憩していた貴族】



「少しお時間良いですか? お尋ねしたいことがありまして」


「いいわけないだろ。私の貴重な時間を人間如きが奪うなど許されない。小銭をやるから向こうへ行け」


「やった~! 小銭だ~!」




【噴水前で遊んでいた貴族】



「お嬢ちゃん。双子のエルフのお姉さんが住む家を知らないかな? キザな人間もいるはずなんだけどさ?」


「あっち~!」


「向こうか! ――――って、あっちはお兄さんが来た方向なんだけど?」


「ひんみんはかえれってコト!! ば~か! キャハハ!!」




:::::::::::::::::::::::::::




「もう無理……ハートブレイクした……。なんであの貴族達は言葉に凶器を乗せてくるの? みんな殺人犯なの?」



 貴族街の一角にある噴水の隅で、体育座りをした稲豊はそんな恨み言を呟いていた。その表情は今にも泣きそうである。



「……ごめんねハニー。ウチが聞き込みすれば良かったね」


「別にマリーはいいよ……魔王争いに関わりたくない奴はしらを切るだけだろうし……。ただタルタル! お前はなんで聞き込みに行かないのよ! 俺ばっかりめった刺しだったよ!」


「傷つきたくないからねー。おれだってシモッチと同じ対応されると思うんだ。あーいう連中は、魔物でも階級が下なら容赦しないからねー」


「くそぅ……格差が憎い!」

 


 よしよしと頭を撫でていたマリーの手をそっと外すと、稲豊は立ち上がり気合を入れ直した。聞き込みがダメなら、脚と目で探そうと考えたのだ。彼は元気よく歩道に飛び出すと、二人を先導するように小走りする。



「俺達の冒険はこれからだ! 行くぜ二人共!」


「おー」


「ハニーの立ち直りの早さ素敵!」



 後ろから来る二人を待つようにゆったりと走っていた稲豊は、ふと、ある違和感に気が付く。何故かマリーとタルタルの二人が、どんどんと自分から離れて行くのだ。「バック走でもしてるんじゃないか?」と少年が疑問を感じたその時、その謎は簡単に解けることとなる。



「んなぁ!?」



 彼がそんな叫び声を上げるのも当然の事だろう。

 何故なら稲豊は初めて見る魔物の肩に抱えられ、何処いずこへと連れ去られている最中だったのだから。



「あんた誰!?」


「ヒヒヒ。見りゃ分かるだろ? 誘拐犯だよぉ!」



 稲豊の問い掛けに、醜悪な笑みを浮かべる馬の顔に人間の体を持った魔物。

 二メートル近く背がある上に、その体は筋骨隆々。稲豊の力では到底及ぶはずもない。少年の名を呼ぶマリアンヌの声は、既にかなり遠くなっている。



「俺をさらってどうする気よ!?」


「詳しくは言えないけどよぉ! オレっちの主の食卓に並ぶ……とだけ言わせて貰うぜぇ!!」


「全部言ってんじゃん! 誰か助けて!! 野郎に食われるのだけは嫌だ~!!」



 渾身の叫び声も、貴族達は見て見ぬふり聞こえぬふり。

 それどころか、高貴ならぬ好奇な瞳すら向ける者もいた。稲豊が自身での解決を余儀なくされたと決意し、脱出の手段を考えている時。事態は進展を見せる。



「ゲゲッ!?」


「あー、悪いね。こっちも仕事なんで」



 そんな会話が馬男の背中越しに稲豊の耳に届いた直後、男の屈強な体がくの字に折れる。それは正面に回り込んだタルタルが、自らの尾を勢い良く誘拐犯に叩きつけたが故に起きた現象なのだが、空中に放り出された稲豊には何が起きたのか理解できない。



「うわ!? ぶつかる!!」



 天と地がぐるぐると入れ替わる中で、それでも地面への激突を察した稲豊はそんな声を出した。しかし、間一髪。「よっと」という呑気なタルタルの声と共に、少年の体は空中で固定される。服越しに伝わる感触からそれがコートを掴まれたものだと分かった稲豊は、冷や汗を掻きながら口を開いた。



「マジで助かった……。ってか、お前どうやって来たのよ? 結構距離あったと思うんだけど?」


「ちょっちだけ出したよ、本気。まー、一応護衛だしねー」



 タルタルが掴んでいた手を開くことで、ようやく稲豊は地面の感触を味わうことに成功する。少年が深い深い安堵の息を吐き出したのも束の間、彼にマリアンヌが飛びつくように駆け寄って来た。



「ハァ……ハニー! ぶ、無事!?」


「ああ。なんとか無事。タルタルに助けられた」


「ああ……良かったぁ~!」



 稲豊の体に隈なく視線を這わせた後で、ほっと胸を撫で下ろすマリアンヌ。

 次に彼女は、地面で伸びている馬男へと視線をスライドさせる。それは当然、少年に向けたものとは真逆の眼差しであった。



「何やねんコイツ! 何で貴族街に魔物がおんねん!!」


「まー、雇われボディガードですねー多分。貴族に命令されてやったんだと思いますよー? さっきそそくさと離れていく人影みたんでー」


「ホンマ腹立つ!! ハニーを食べようなんて!!」



 “お前が言うな”


 そんな台詞が喉まで出掛かった稲豊だが、本気で心配するマリーに言うのも無粋だと思い、彼は敢えて口には出さなかった。やがて巡回中の兵士を見つけたマリアンヌは、誘拐犯の巨躯をものともせず引き摺っていく。



「すぐ戻るからハニーは待っててな? タルタル! もう片刻も離れたらアカンよ!」



 そんな言葉を残し二人から離れるマリアンヌ。

 運良く木陰にベンチを見つけた稲豊は、覚束ない足取りでベンチまで移動し腰を落とした。流石に今度ばかりは、タルタルも直ぐに対応できる距離で周囲を警戒する。



「……はぁ」



 遠くで兵士にクレームをつけているマリーをぼんやりと眺めながら、稲豊は今日一番のため息を零した。大見得を切って屋敷を出て来た筈なのに、この体たらく。ミアキスの奪還どころか、未だその居場所にすら辿り着けてはいない。


『貴族街にさえ入れば何とかなるだろう』


 そんな甘い見積もりを心の何処かに持っていた自分に、少年は腹を立てると同時に絶望した。結局のところ、口だけ達者な坊やの域を出ていない。自信を無くした稲豊はこうべを垂れてしまう。そしてルトの顔を思い浮かべ、更に深い深いため息を吐いた。




――――――その刹那。




「おい」



 何処かで聴いたようなような声が、落ち込んだ少年の耳に届く。

 導かれるように面を上げた稲豊は、いつの間にやら自身の正面に立っていた存在を見て、「あっ」と声を出した。



「お、お前は……!?」



 稲豊の座るベンチから数メートル先にぽつんと佇んでいたのは、漆黒のドレスを身に纏った美しい少女。喜怒哀楽をかたどった変わった髪飾りを付けた彼女は、“あの時と同様に”分厚い本を片手に持ちながら、少年の方へクリクリとした大きな瞳を向けている。



 非人街で稲豊を苦しめた“暴言少女”が、今彼の目の前に立っていた。



「……な、何か?」



 既に心に傷を追っている稲豊は、「これ以上のダメージは堪らない」と遠慮がちに少女に声を掛ける。彼はそれと同時に視線でタルタルに助けを訴えたが、相手が少女だからか、頼もしい護衛は動く気配すら見せない。



「風呂入りたいな~」



 彼が中空を眺めながらそんな台詞を吐いた事も、少年には少なからずのダメージを与える。稲豊は今、猛烈にマリアンヌが恋しかった。



「どこ見てんだよ」


「は、はい! スンマセン!」



 年下に押されている自分を情けなく感じながらも、取り敢えず返事だけはする稲豊。彼が暴言を迎える為と腹をくくった時、少女は稲豊にとって意外な行動を見せた。



「あっちの方。突き当たった家から数えて七軒奥の赤い屋根の屋敷。そこが双子の屋敷だ。庭に変な生き物がいるんですぐ分かる」


「……へっ?」

 


 少女がある方角を指で示し、そしてあろうことか、稲豊が喉から手が出るほど欲しい情報を告げたのである。



「じゃ」



 少女との邂逅かいこうは、時間にして二分も掛かってはいなかった。

 稲豊に貴重な情報だけを与えると、彼女は何事もなかったかのように去っていく。



「あ、ありがとな~!!」



 小さな背中に稲豊が大きな声を掛けたが、少女は振り返ること無く、やがて見えなくなった。狐にでも摘まれた気分に襲われた稲豊だが、先程の事は紛れもなく現実。そして少年が首を傾げたタイミングで、兵士に誘拐犯を引き渡したマリーが二人の元へと戻ってくる。



「まったく! ホンマに貴族ってのは油断ならん連中やね!」


「マリお嬢もその括りに入ってますからねー?」



 まだぷりぷりと怒るマリアンヌにタルタルがツッコミを入れるが、それは彼女の耳を素通りしていったようだ。特に気にした様子もないマリーは、稲豊の無事を再び目で確認し一安心した。



「よっしゃ行こうか! 目指すは赤い屋根の屋敷だ!!」



 そう言ってピョンとベンチから立ち上がった稲豊の表情は、先程までとは打って変わって晴れ晴れとしている。敵ばかりの戦場で、初めて味方に出会った。そんな気分が彼の心を満たしていたのだ。



「あと変な生き物が庭にいる屋敷ねー」



 少女に教えてもらった目的地に歩き出す二人の男。

 置いてけぼりのマリアンヌは不思議そうな顔をしていたが、少年の明るい表情を見れば頭に浮かべてた疑問符は何処かへと吹き飛んでしまう。彼女は小走りで稲豊の隣に並び、寄り添うようにその手を繋いだ。



 目前へと迫ったネロや双子の王女との対峙に、稲豊の体は武者震いを禁じ得ない。ミアキスの顔を頭に思い浮かべながら、少年は彼女のいる場所へと足を向かわせた。








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