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みこと

作者: 桜本 結芽

僕、宮之坂 弦が、看護師になってから、もう、八年が経った。

この仕事を、選んだ理由は、僕が、子供の頃から、病弱だった母さんだ。  

僕の両親は、とても仲が良く、僕も、父さんと母さんが、大好きだった。


僕が小3の時、そんな母さんが、大きな病に倒れ、入院生活を強いられ、だんだんと、弱っていく母さんを見ていると、辛くなり、僕は中学生になると、母さんの病室へは、行かなくなり、父さんとも、喧嘩ばかりしていた。

そのうち、家にも帰らなくなった僕を、父さんは、ずっと寝ずに待っていてくれていた。


ある日の夜中、家に帰ると、全ての部屋が暗く、父さんは寝ていると思った僕は、キッチンへ行くと、暗がりの中、父さんが、声を殺して泣いていた。

僕に気付いた父さんが、鼻をすすりながら、

「おかえり」

そう言って、

「母さんがな、もう、歩けないんだ。食事も、まともに食べられない、それ見てると、情けなくてな……、出来れば、父さんが変わってあげたいけど、それも、無理なんだよ……」

そう言っていた。 

僕は、背中を丸めながら泣く、父さんの姿を見たのは、初めてだった。


その日から、僕は、父さんの負担を減らそうと、母さんの病室へ、毎日行くようになった。 

そこで、看護師の人や、介護士の人に助けて貰いながら、母さんの看病を必死でしていた。

学校が終わると、直ぐに病院へ行き、介護をする僕を見て、母さんが心配して、

「弦、お前、大丈夫なの?無理をし過ぎてない?お友達と遊ばなくてもいいの?」

よく、そう言われていた。

それを僕は、

「大丈夫だよ、母さん、無理なんかしてないし、僕、友達いないんだ」

と、嘘を笑顔で言っていた。  

本当は、友達はいたし、遊びたかった。  

でも、僕にとって、母さんは、かけがえのない人だったから、毎日、友達の誘いを断っている。  


そんなある日、母さんが、窓の外を見てから、僕の方へ振り返り、

「弦、いいかい?よく聞きなさい、とても、大事な話だからね。 弦は優しいから、皆に、愛される存在になる筈、でもね、中には、弦を傷つけたり、騙したりする人がいるはず、でも、その人たちを責めずに、人の弱さを省みれば、それはね、自分の弱さでもあるんだ。 だから、受け入れなさい」

弱々しい手で、僕の肩に手を置き、更に

「それと、この世はね、いつも命が咲き乱れていて、同じだけ、命が枯れていくんだ。 だから、その運命を受け入れて、母さんが死んでも、弦は生きていくんだよ! 母さんの命は、もうすぐ、枯れるだろうしね……、それより、弦は将来、何になりたいんだい?」

突然話を変えられ、僕は慌てて、

「か、看護師かな?僕みたいな人たちを沢山、助けたいんだ。」 

何年も前から、憧れていた職業を言うと、

「そうか、それは良いねぇ、弦には沢山、苦労をかけたからねえ、でも、無理はだめだよ、身体を壊すからね」

そう言って、咳き込む母さんの背中を、僕はさすりながら、

「母さん、何で今、その話をするの?そんなの、明日死ぬみたいな言い方、するなよ、父さんも待ってるよ、早く家に帰ろうよ、僕も待ってるし、病気なんか治して、家に帰ろうよ」

と、泣きじゃくりながら言うと、母さんは落ち着いた雰囲気で、

「弦、父さんの事を、よろしく頼むよ、お前がいないと、父さんも寂しいだろうしね」

そう言って微笑む母さんに僕は、

「何、言ってるんだよ!母さんは死なない!なぁ、そうだろ?絶対、家に帰ろう!また、三人で暮らそう!そうだ、僕の誕生日、もうすぐなんだ、ケーキ、食べよう!母さん、ショートケーキ好きだろ?僕、買ってくるから、一緒に三人で食べよう!ね?」

涙で濡れた僕の顔を見て、母さんが笑いながら、

「なんだい、弦、お前の顔、涙でぐちゃぐちゃだ!」

そう言うと、母さんは、自分の手で僕の頬についた、涙を拭うと、

「そうそう、弦はかっこいい顔してるんだから、そんな顔しちゃいけないよ!ほらっ、笑って!」

と言いながら、僕の頬をつまみ、無理やり笑顔にさせると、

「うん!良い顔だ!」

そう言ってまた、笑った。


その日から二日後、僕は学校で、授業を受けていると、突然教頭先生が、僕のクラスに来て、担任の先生と何かを話していた。

そのすぐ後、僕は呼ばれ、母さんが危篤と聞き、急いで病院へ行くと、父さんがベッドの横で、打ちひしがれた様子で立っていた。 

ベッドの上では、横たわる母さんの顔に、布のような物がかけられていた。  

「母さん、最期に笑ってたよ、弦が来たなって、そう言って、笑ってくれたんだ……」

それを言うと、崩れるように泣く、父さんの横へ僕は行き、

「家に帰ろうって、言ったのに、母さん……なんで……」

そう言って泣く僕の頭を、何かが触れた。 

それは、母さんが大好きだった、椿の花だった。

母さんは、僕に生きろと言った。 

だから、僕は母さんの分まで、強く生きようと思った。


それから僕は、看護師になるため、必死で勉強した。 

専門学校では、僕と同じ境遇の人がいて、その人とも仲良くなった。


国家試験の日、僕は昔、母さんが作ってくれた、お守りを持って行き、試験にのぞんだ。  

父さんも、僕の受験を応援してくれていた。


そして僕は、看護試験に見事受かり、晴れて看護師になった。

看護の仕事をしていると、沢山の人と出会い、そして、別れを経験して来た。 

そんな中、僕は専門学校時代に出会った女性と再び出会い、付き合い、プロポーズをしようと、思った時も、母さんが応援してくれる、そう思うと、勇気が湧いてくる。

そして、

「菜々、僕と、結婚してくれないか?僕は、まだまだだけど、絶対に幸せにするから!」

そう言って、指輪を渡した。

菜々は目に涙を浮かべながら、

「はい!」

と、言ってくれた。


それから六年後、僕と奈々の間に、二人の子供を授かり、更に頑張る僕に、奈々が、

「弦、あまり、無理はしないでね?私、あなたが心配だわ」

と言って、僕の頬を優しく撫でると、ふと昔、母さんもそうやって、頬を撫でながら、心配してくれたことを思い出した。

「大丈夫だよ、僕には奈々や、子供達がいるんだ」

微笑みながらそう言って、奈々の手を両手で包み込み、

「思ったんだ、僕の母さんと、奈々のお義母さんのみことは、きっと、僕や奈々、子供達を見守ってくれているって……」

そう言うと、風が窓を叩き、鳥達が飛び去っていった……。


−人のみことは、生ける者たちを、包み込む−

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