死神業務
人間を、またあの世に送ってやった。本当に、生きている人間と言うのは脆いものだ。人間をあの世に送る使命ってのは楽な上に何て楽しいんだ。
この廃屋に居座ってから70年くらい経ったか? ここに来る人間はこれまた面白いくらい後を絶たない。“心霊スポット”というものはそんなにも人間を惹きつけるのか。ほら、さっきの奴に続いてまた二人、女が来た。元気そうな女と、どこか幼そうな女だ。
「まぁたすごい環境ね」
「よくこんなところに居ようと思いますね。坂本さん」
二人とも、なかなかの上玉だ。どうやって殺してやろうか。指で弾けば折れちまいそうな細い首筋を鎌で切り落としてやるか。それとも美術品のように整ったあの顔をぐっちゃぐちゃにしてやるか。いや、鎌の柄で叩きにするのも悪くない。
よし、決めた。坂本と呼ばれた元気な方は背中から斬って皮を剥がしてやろう。幼そうな女は脚を崩して嬲り殺す。さあ、楽しいゲームの始まりだ。鎌を振り上げ、まず元気そうな女に斬りかかった。
「おっとっと!」
ん……? 外した? しまった、遠近感を間違えてしまった。まあいい。
「もうやめませんか?」
幼そうな女が偶然にもこちらに視線を向けて言った。
「こんな事やめて、ここから出ましょう?」
「そんくらいで言っても出やしないわよ」
こっちはいい悲鳴を聞かせてくれそうだ。それにこっちを向いてくれたから丁度いい、鎌の柄の先端をこの女の澄んだ目に刺しこんでやる。
「これはっ!?」
幼そうな女は何かに飛びつくようにその場を動き、鎌の柄を躱した。
「坂本さん! これ、先週の週刊中年キャンプですよ! この心霊スポットに来たひとの所持品でしょうね。何で持ってきたのかは別として、よかったぁ読みたかったんですぅ。持って帰ってもいいですよね!」
「あと十秒でやるべきことをやったら許してあげるわ。あとであたしにも貸しなさい」
「はーい!」
そういうと幼そうな女はどこからか取り出した銃を取って、俺に撃った。破裂音がしたと同時に、俺の視界は真っ黒になった。
「恐ろしいくらいの変化ね、田島さん」
正直、私は田島さんに苦笑するしかない。まあ、田島さんが優しく言ってるうちにあいつがあたしたちについて来ればよかったんだけど。
「だって、早く先週のキャンプ読みたかったんですもん」
ふくれっ面で言う田島さんはM629Cの銃口から出ている煙を吹き消した。
「彼、面白いくらいの死神かぶれですね」
「そうね。こんな大振りの鎌、かさばる上に扱い辛くて仕方ないわ」
鎌を持ってみると、無駄に重い。こんなのを常に持ち歩いて世界を走りまわるなんて想像もしたくなくて、すぐに手を放した。
「今の時代様様よね。これないとやってけないわ」
私の持ってるM629Cを腿のホルスターから抜いて、ガンプレイをしてみせた。あんまり上手くはないけど、この重量感は気持ちいい。
「それにこいつ、死神業務を嘗めすぎ。わざわざぶっ殺して自分仕事量増やすとかどんなワーカホリックよ」
「最近では自殺者も増えて、私たちも閻魔さんも余計な仕事が多いですものね。閻魔として面接をしなきゃいけない身にもなれって文句言ってましたよ」
「閻魔はクルフとオルストルの二人しかいないのにあの人数捌いてるものね……何人もいる死神がぼやいていられないわ」
あたしは動かなくなったこの死神かぶれの頭をむんずと掴んだ。
「帰るわよ。死神かぶれとこいつに殺された霊魂を連れてね」
「はい。はやくキャンプ読まなきゃ。坂本さんはどの作家さんが好みです?」
「本間真空一本よ。はやく読み終わりなさい」
「待ちきれませんよね」
静まり返って、本当に誰もいなくなるこの廃屋を私たちは鼻歌交じりで出て行った。
次回 安藤さんと自殺志願者