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86話



 宝剣を盗み出すことに成功したハロルド一行は、ライナーの追跡をかわして無事に王都まで帰還した。ハリソンに宝剣を引き渡すためである。

 言葉を話せないということになっているので引き渡し自体はスムーズに、あっさりと終わった。しかしそれで一息つけることもなく、その場ですぐに新たな命令が下される。

 次なる目的地は遺跡だった。RPG的に言えばダンジョンや迷宮と呼ばれる代物である。

 この世界、というかゲームの設定的には古代人の残した文明そのものであり、遺跡の奥には現在の技術では再現不可能な武器やアイテムが眠っているのだ。それを発掘して一攫千金を狙うのが冒険者という職業である。ライナーの両親も以前は冒険者として遺跡に潜り、そしてグラムグランを見つけ出したのだ。


 ゲームでもいくつかの遺跡が登場するが、この世界にはゲームに登場しなかった遺跡も無数に存在している。

 まあ大陸全土に存在している古代人の文明である遺跡が原作通り二つしかないというのも考えてみればおかしな話で、都合上描かれていなかったものが存在しているというのは何も遺跡に限った話ではない。

 そして今回は、そんなゲームに登場しなかった遺跡の発掘である。


 新たな目的地に向かう道中で、ハロルドはそんな未知の開拓に若干の不安と、それを押しのけるくらいのワクワクを感じていた。早い話がロマンである。

 ゲームの遺跡は何十回とクリアしているし、この世界にきてからも書物で知識だけは蓄えてある。

 しかし実際に自分の目で遺跡を見るのは初めてになるし、その中がどうなっているのかは非常に興味をそそられる。

 もしゲームのシナリオをクリアしても元の世界に戻れなかったら冒険者になるのもいいかもな、などと考えながらハロルドはハイバール遺跡へとやってきた。もちろんウェントスとリリウムも一緒である。


 ハロルド達が潜ることになるハイバール遺跡は未だ途中までしか踏破されていない。その奥底がどこまで続いているかも当然不明だ。そんな遺跡を三人で、しかも冒険者という遺跡のプロもいないのに発掘してこいというのだからかなりの無茶振りである。

 そしてなぜそんな遺跡に秘宝が眠っていると分かったのかもおかしな話だ。まあユストゥスがなにかしらの情報を掴んでいるからだとは思うのだが。

 まあそんなことを考えていてもしかたないので、ここはさっと潜って目的の物を発掘するほかない。


 さて、肝心の遺跡はといえば巨大な岩山の中腹辺りに入口があるのだが、その山の麓は結構栄えていたりする。ここハイバール遺跡が人の住む街の目と鼻の先にあるというのもあるが、こういった大きな遺跡には自然と冒険者が集まる。そして冒険者は食料やアイテムを必要とし、それらを売りつけるために商人もやってくる。

 遺跡の発掘は短期間で終わるようなものではなく、いちいち街に戻って逗留するよりは遺跡の出入り口付近を根城にする方が安上がりで発掘もしやすい。つまりはそこで生活することになるので、そうなると生活用品も必要になってくる。

 冒険者は発掘してきたアイテムや商品価値のあるモンスターの牙や毛皮、結晶を売って資金にし、それで必需品を買い揃える。その繰り返しだ。

 人が集まり、物が集まり、金品のやり取りが生れる。物流が、経済が生れる。その規模が多くなれば店や簡易的な宿場施設も整備され、そしてまた人が集まる。結果としてちょっとした町のようなコミュニティが完成するのだ。

 モンスターも出現するが、腕に覚えのある冒険者が常に誰かしらはいるのだ。もし襲撃されても彼らが守ってくれるので商人としても不安が最小限で済むのも大きいという話を耳にしたこともある。


(とはいえこれだけ活気があるのは予想以上だなぁ。あんまり目立ちたくないんだけど……)


 ハロルドに課せられている命令はハイバール遺跡の最奥にあるとされる秘宝を持って帰ること。

 しかしその上であまり時間をかけることができないという点も意識しなければいけない。ハリソンのご機嫌を気にするという意味合いもあるが、一番大きいのはライナー達がハリソンの下にたどり着くまでにすべての秘宝を集めなければならないからだ。

 今回はどれだけ長くても一ヵ月以内で終わらせたい。何千人何万人という冒険者が何十年もかけて発掘し切れていない遺跡を、たった三人で、一ヵ月以内に、である。実際にやり遂げればとんでもない快挙だけにどうしても注目を集めることになってしまうが。

 ハロルドとしてはもちろん、今後悪名轟くかもしれない黒ローブ姿としてもそれは動きづらくなる危険もある。極力誰にも見られないように最深部まで到着し、そして何事もなかったかのように立ち去るしかないだろう。


 そうと決まれば行動あるのみ……といきたいところだが、さすがに予備知識も何もなく挑むのは無謀すぎるだろう。ここで親切に遺跡発掘の心得や常識を教えてくれる人がいれば助かるが、冒険者は場合によって協力こそすれ、基本的にはライバルだ。何の見返りもなく飯のタネをご教授してくれるわけもない。

 ではどうするか、といえば見返りを用意するしかない。情報料というやつだ。

 問題はハロルドの口が交渉事に向いていないことだ。大金をちらつかせて上から目線で遺跡に関する知識を寄越せ、などどう考えても反感を買うだろう。そこでハロルドは切り口を変えることにした。


「さあ、話してもらうぞ」


「へえ、もちろん。これだけ買ってもらいましたからねぇ」


 冒険者がダメなら商人に。プライドよりも上に金がくる彼らは、お金さえ払えばある程度の情報を吐いてくれる。そして何より、そういった情報が金になるとしっかり理解しているだろうと、ハロルドが睨んだ通りだった。

 とはいえ相手は金儲けのプロであり、言われたままに商品を買っていては足元を見られるので適度に凄んでみたり、複数の商人に同一の質問をして正確性を高めたりという手段も必要だったが。

 そのせいで結構な額の金額を使ってしまった。ユストゥスに申請したら経費くらい出ないのだろうか。


(出るわけないよな……)


 バカみたいな考えに自分で突っ込むハロルド。

 別にユストゥスに雇われているわけではないのだ。表向きは犯した罪を償うために奉仕しているのであり、単に手駒と書いて奴隷と読むような存在にすぎない。

 冷静に思い返すと自分の扱いに気が滅入りそうになるが、時間の無駄なので気持ちを切り替えて初めての遺跡発掘に挑む。


 とりあえず聞き出した定石に従って買い込んだ食料と回復系のアイテム、いくつかの必需品を携えて山を登り、入り口まですいすいとやってくる。人工的な通路が整備されているおかげだ。

 しかし麓の活気からは一変し、数人の冒険者らしき人の姿が見受けられるものの空気は張り詰めている。

 まあ遺跡の中にはモンスターが存在するし、遭難することもままあり、それで命を落とす者も少なくない。この道のプロになればそれだけの緊張感を常に持っているということだろう。ハロルドも一度深呼吸して心を整える。


「行くぞ」


 一歩を踏み出したハロルドの後ろにウェントス達が続いた。

 入り口付近は外から差し込む光で視界は確保されている。そして外の光が届かない場所になると、道に沿うようにしてランプが掛けられていて足元を照らしてくれていた。

 その灯りの正体は光石と呼ばれる、自然発光する石だ。光の強さや色によって等級分けされていて、最高級品になれば拳大の大きさでも家が建つと言われる。まあこんなランプの中に入れられるのは一山いくらにもならない価値のものだろうが。

 灯りに導かれるように幅二メートルほどの狭い通路を進んでいく。緩やかに下ること数分、突如として視界が拓けた。


「……」


 眼前に広がる空間に、ハロルドは一瞬我を忘れて見惚れた。そこにあったのはやや歪ではあるがドーム状の空間であり、圧巻なのは目に見える岩肌全てが光石だということ。四方から薄紫色の柔らかい光が煌めいている。それはとても幻想的な光景だった。

 確かにこの色と光の強さでは等級も低く、商品としての価値はあまりないだろう。だがそんなことは関係ないと思えるほどに美しい。


 上を見れば天井の一番高いところまでは十メートル以上はあるだろう。形からして自然にできたものとは考えにくく、どうやって掘削したのか気になるところだ。これをやったのは冒険者なのか、はたまたかつてここで生活していたとされる古代人の文明力がなしたものなのか興味を引かれる。

 そして視界を下に移せば、そこには天井とは比べ物にならないほど深い地下空間が広がっていた。

 壁沿いに作られた、何重もの螺旋を描いている通路。その途中途中には岸壁の奥に繋がるような横穴らしきものが見える。恐らくあの中部屋やさらに遺跡の内部へと続く道があるのだろう。そう考えると発掘に時間がかかるのも遭難するのも分からない話ではなかった。


 この構造ではモンスターと遭遇した場合、非常に戦いづらい。だからこそ遺跡内でモンスターと遭遇した時は基本的に逃げるべきだとされているらしい。狭い空間での戦闘が難しいことに加え、遺跡に生息するモンスターは群れを形成する習慣があるようで、いざ戦闘になるとその群れに襲われたり、モンスターが興奮状態に陥って手が付けられなくなる、といったことに発展する危険があるのだとか。

 それも発掘を妨げる要因の一つだろう。

 周囲にモンスターの気配がないか警戒しつつ、ハロルド達は最深部を目指して螺旋状の通路を下っていく。途中の横穴には目もくれずひたすらに降下する。

 RPGの都合とマップの構造を考えれば、重要なアイテムは一番地下にあると判断したからだ。しらみ潰しをするのは優先順位の高い捜索を終えてからでいいだろう。


「……止まれ」


 ハロルドの指示に後ろの二人が従う。二十メートルほど先にある横穴の奥に、人とは異なる気配を感じて足を止めた。

 三人が息を潜めていると、横穴から三メートルはあるだろうゴーレムが姿を現した。土くれの体に、岩石を鎧のように貼りつけている姿はゲームでもお馴染みのモンスターだ。のしのしと、緩慢な動きで通路を下っていく。どうやら進行方向はハロルド達と同じらしい。

 どうするべきかとハロルドは逡巡する。このままゴーレムがどこかに行くのを待つのがベターかもしれない。しかし遭遇するモンスターがあのゴーレムだけで終わることはないだろうし、もし後ろの横穴から違うモンスターが現れれば挟み撃ちにされる危険もある。

 まあ負けはしないだろうがそれで騒ぎになってさらにモンスターが出現すれば一度戻らなければいけなくなるかもしれない。それは面倒だ。


 ハロルドは感覚をさらに研ぎ澄ませる。少なくとも感じられる範囲にあのゴーレム以外のモンスターはいない。

 敵は一体。動きは鈍間で、こちらの存在にも気付いていない。

 ハロルドは静かに荷物を降ろすと、音もなく腰に刺していた二本の剣を抜いた。薄暗い中で、光石の光を浴びて刀身が怪しく煌めく。

 それは二筋の光線だった。雷のように荒々しいものではなく、洗練された鋭き光。それがゴーレムの巨体と交錯し、一拍の間を置いてゴーレムはバラバラに崩れ去る。その残骸の上に降り立ったハロルドはゴーレムだった土の山を冷めた瞳で見下していた。

 そして思う。この程度ならいくら群れようといくらでも対処できそうだ、と。

 これも多対一の戦闘に慣れるべく努力している効果なのかもしれない。しみじみと成長を実感するハロルド。そんな空気を一条の悲鳴が切り裂いた。


「ぬぅぅぅぉぉぉぉおおおおおおおお!」


 まるで地の底から響いてくるような、悲鳴というよりかは雄叫びと形容した方が正しかろう野太い声。それに伴い、何やら地震のような地響きが足に伝わる。

 嫌な予感がする、と思ったのとほぼ同時。ようやく見えてきていた最下層にある横穴からドゴオオオンという轟音と土煙を上げて、ゴロゴロと転がるように一人の男が現れた。まだ遠目なのに加え、土煙と薄暗さも合わさった姿をしっかりと認識できない。まあ声からして男なのは間違いないだろうが。

 男はどこか痛めたのか中々立ち上がることができない。そしてそんな男を取り囲むように、横穴からぞろぞろと、モンスターが出現する。

 どういう仕組みなのか鼻先の太い角はドリルのようにギュルギュルと回転し、両手の長い鉤爪を打ち鳴らして敵を威嚇する、二足歩行のモグラ。スパイラルモールの群れだ。未だ倒れたままの男はこのままだと見るも無残なミンチにされることだろう。

 目の前で起こった面倒事にため息を吐きつつ、モンスターの群れを興奮させるとああいうことになるんだなぁとどこか他人事のように考えながら、ハロルドはスパイラルモールの群れの真ん中に飛び下りていった。




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