76話
救済などと大袈裟なことを言っていたハリソンだが、下された命令は予想通り王国の各地に散らばる秘宝を集めてこいというものだった。この場合の秘宝というのはグリフィス家に秘蔵されている剣を含めて、全てが武器の類いである。
それらの内いくつかは一時的にハリソンの手に渡るが、最終的には主人公パーティーの物となる。こう言うとただの窃盗にしか聞こえないが、ゲーム的には入手武器になるのだから仕方がない。
ちなみにこの秘宝というのがこの星の核である超巨大な固形のアストラル体を削り取ってあしらえた伝説の武器という設定になっている。固形アストラル体の加工方法が伝承から失われてしまっているのでもう二度と制作することはできないだろうという代物だ。
その価値は国宝というか、世界的な重要文化財でも文句はない。それらを思う存分戦闘で駆使するのだから主人公パーティーの肝の座り具合も大したものだ。まあそんなことを彼らに言っても詮無きことだし、それらを使わず戦って敗北すれば大陸が沈むので、武器の文化財的価値と世界の命運とを天秤にかければ秤がどちらに傾くかは考えるまでもないだろう。
そんなことよりもこれでようやく原作のストーリーが開始されることの方が重大だ。ハロルドの方も動き出さなければならない。
ハリソンの指示で最初に向かうことになったのはおあつらえ向きにライナーのところだ。その前に取れる行動は取っておくに限る。
仕事開始の前日。ハロルドの姿はとある飲食店にあった。ギッフェルト一族の息がかかっているという、エルとの情報交換を行う際に利用するための店だ。
表向きはうら寂れた感じだが店の中はそれなりに小奇麗である。店の人間にあらかじめ教えてもらっていた番号を伝えるととある個室に通された。
居酒屋みたいなシステムだな、と前の世界のことを思い出しながら待つこと数分。個室の扉が開き、待ち人であるエルが入ってきた。
今エルは基本的にフリエリの拠点にいる。しかし直接話をしたい時にはここに話を通してね、と言われた通りにしたらしっかり指定の日時に現れた辺りさすがである。どれほど緻密かつ秘匿された情報網を持っているのだろうか。
「やあお待たせ」
「さっさと座れ」
「相変わらず前置きがないね」
やれやれ、といった様子でエルが席に着く。
本題に入る前にひとつ確認しておかなければならないことがあった。
「ここでの会話は本当に漏れないんだな?」
「保証するよ。人払いはしてあるし、不審な人影がないか常に監視されてる。異変があればすぐに報せも入るしね」
エルがそこまで言うなら大丈夫だろう。そう納得したハロルドは明日以降の計画について話し始めた。
「明日俺はハリソンという男の命令で王都を出る。ハリソンは知っているか?」
「もちろん。最近王国の軍事大臣になったね」
「それもユストゥスが裏で糸を引いた結果だ。本人は気付いているか知らんが、王都を出るのもユストゥスの策略によるものだ」
「それはまた厄介事の匂いがするね。肝心の目的は?」
「とある民家に秘蔵された剣を盗みに入る」
「なんともまあハロルドらしくない姑息なお仕事だね」
「放っておけ。俺達は顔も見せなければ話もしない、言語機能を持たない人形としてハリソンの命令を遂行する、という形になる」
「つまりハリソンはその人形にハロルドが含まれていることを知らないわけだ。俺達っていうのは?」
「二人いるがこれはユストゥスが星詠族の身体をこねくり回して作った本物の人形だ。さっき言ったように言語機能がなく、恐らくは感情というものも徹底的に排除されている。故に恐怖を覚えることもなく、ただ与えられた命令を遂行するためだけの死をも恐れない兵隊にでもなるだろうな」
ハロルドがそう説明してもエルの表情や顔色は変わらない。この程度のことでは動じないのだろう。
それが逞しくもあり、エルが生半可ではない修羅場を潜ってきた証なのだろうと思えた。味方であるうちは非常に頼もしい。もし見限られれば状況が一気に苦しくなるのは目に見えているのでハロルドとしては土下座してでも自分の陣営に引き留めておきたい人物である。
「その二人について警戒すべき点はあるかい?」
「ユストゥスが自分の命令で自由に動かせる。一応俺の命令も聞くが優先度は奴の方が高い。言語機能がないという情報も真実かどうか怪しいと思え。余計な情報は与えないに越したことはない」
「つまりハロルドはまたユストゥスの裏をかきながら動くことになる、と」
その通りなのだが、そう改めて言われると気が重くなる。ユストゥスの裏をかくなど原作知識をもってしても綱渡り状態なのだ。
そもそも現時点で本当に何もユストゥスにバレていないのか不安に思っているほどである。
「それでこの件にフリエリとしてどう関わればいいのかな?」
エルが話の核心に迫る。この言葉からも分かる通りエルはすでにフリエリの運用に携わっている。
いるのだが、いつどうやって組織に接触したのかハロルドには今をもってしても不明だった。イツキの罠に嵌って参加する羽目になったベルリオーズ家での祝賀会からハロルドが帰ってきた時点で最初の接触は終えていた、ということだけは分かっているが。
間違いなくあっただろうユストゥスの監視をどう掻い潜ったのか想像もつかない。時間と拠点の場所を踏まえればエルがデートと冠して三人で王都に繰り出した翌日か翌々日には動き出していないと間に合わない計算になる。
しかしエルにそんな動きがなかったことはハロルド自身が知っている。
ギッフェルトという組織の力を使ったのだろうとは思うが、それにしてもつくづく規格外な集団だ。
「赤毛の男ライナーと金髪の女コレット。恐らくこの二人が追ってくる」
「具体的だね。知り合い?」
「……そんなところだ。これからはフリエリとしてその二人をサポートしていけ」
「つまり仕事は今回に限ったことじゃないわけか」
「ああ。そしてそれが貴様らの宿願にも繋がる、とだけ言っておく」
「……なるほど。そういうことなら全身全霊以上で臨むことにしよう」
「そうしろ。ただし今回は顔を繋いでおく程度でいい。そして貴様は俺の存在を知らず、当然面識もない」
「という体で接しろと。それはまた込み入った事情がありそうだね。詮索は?」
「するな」
「了解したよ」
不可解な点が多くエルも疑問に感じた部分はあっただろうが、結局追及はしてこなかった。
聞き出そうとしても取り合わないと考えたのだろう。ふとしたことでボロを出しかねないハロルドとしてはありがたい反応である。
「でもそれじゃハロルドと敵対することになるんじゃない?」
「構わん。そうなったところで俺の脅威にはなり得ないからな」
もちろんそんなわけはないが、そもそもハロルドとライナーが戦う際にフリエリが直接関わることはない。
基本的にはエルがメインとなって必要に応じた情報の提供。言い方を変えれば原作通りの動きをさせるための誘導の方が重要になってくるだろう。
実のところフリエリの力に頼る場面は実のところそう多くはないのだが、それでもストーリー上フリエリがいないと詰む可能性がある以上は設立させておかなければならなかった。
しかしいざと言う時自分の思い通りに展開できる戦力があるというのは切り札になる。
原作から想定しているところ以外、非常事態が起きた場合も考えれば手間をかけて設立したのも無駄にはならないはずだ。
その後は当日の細かな動きや連絡のために落ち合う場所などを取り決めて解散となった。
そして翌日、ハロルドは例の二人と一緒に王都を出た。空船に乗ること半日、そこから陸路で公衆馬車にすし詰めとなって揺られ、さらに馬車を乗り継ぐこと三日。ようやくライナー達が暮らすブローシュ村と目と鼻の先にある町まで辿り着いた。
まずは長旅の疲れを癒すという名目でこの町に一泊しつつエル達が合流するまで時間を稼ぐ。
ということでまずは宿である。一応人数分の三部屋を取った。
ハロルド自身プライベートな時間や空間が欲しかったのもあるが、彼らについても思うところが有ったからだ。
人形と呼ばれ、名前も持たず、感情すらないとされている二人だがそれでも生きた人間なのだ。食事や睡眠をとらなければ疲弊も衰弱する。そしてゲームでは失くしたはずの感情が戻ったかのようなシーンもあった。
彼らは人間だ。失っているかのように見える感情は眠っているだけだと制作者であるユストゥス本人がそう言っていた。希望的観測に過ぎないが、最後まで生き残れば元に戻る可能性だってあるだろう。
そんな二人をハロルドは人形や道具のようには思いたくないし、思えなかった。
もしかしたら罪悪感もあったのかもしれない。彼らはあのベルティスの森での戦いで囚われの身になった。
自分がもっとうまく立ち回れていればこの二人はこんな風に巻き込まれなかったかもしれない。
無論、それは感情的な考え方であって論理的に状況を整理すればハロルドに非があるとは言い難い。元はユストゥスやハリソンが事を起こさなければこんなことにはなっていないのだから。
故にハロルドが罪悪感を抱いているとすればそれはお門違いだ。そう頭では思っていても割り切れないからこその感情でもあるのだが。
とはいえ余計なことを考えていると身動きが取れなくなりそうなので、ハロルドはとりあえず「一個人として可能な限り尊重する」というスタンスで行動を共にすることにした。
そのためにまずは二人を部屋に押し込みしっかり休んで疲労を回復させろ、という命令を出す。そうでもしないと部屋で座ったまま明日の夜になるまでボーっとしていることだろう。命令には従順だが、命令以外の行動を一切取らないのが厄介だった。
今度「生命維持に必要な行動は自主的に行うようにしろ」という命令でも出してみようか、などと考えながらハロルドは初めて訪れた町を散策する。
出で立ちはいつもの黒い外套。異なる点があるとすれば腰に下がっている剣が普段使っている二本とは違う、変哲のない刀が一振りだけというところだ。
あんな特徴的な武器をライナー相手に使えば後々黒ローブの正体が自分だとバレてしまうだろうからその防止策である。
ちなみに三人組のトレードマークとなる黒いローブは羽織っていない。あんな格好でうろついていれば不審者と勘違いされてしまう恐れがあるし、黒ローブの三人組となれば人の記憶に残りやすくなる。明日の夜を境に窃盗犯になるのは確定しているのでライナー以外から足取りを辿られる可能性を極力減らしておきたかった。
だからと言って顔を出して歩くのも悪評を垂れ流すあのハロルドだと気付かれないかわずかに不安でもあったが、田舎町だけあってそれは杞憂だったらしい。指を指されることも、あっと思われるようなこともなかった。王都から遠ざかるのに比例してハロルドの名も知られなくなっているのだろう。
おかげでのびのびと散策ができた。観光的な意味ではなく、この町から逃げる際に使用する逃走経路の確認やエルと落ち合うのに良さそうな場所を吟味するという娯楽要素ゼロの散策だったが。
そんな道中のこと、ハロルドはとあることを思いつく。
何かと言えば星詠族の二人から本名を聞き出すか、それが無理なら名前を付けよう、ということだった。その方が何かと便利だし親近感も湧くだろう。
言語機能が喪失していても知能や思考能力までも失われているわけではない。記憶が消されているなどと言った事態に陥っていない限り筆談くらいならできそうなものだ。
我ながら名案!と思った数秒後にはそんな簡単なことに気付くのに数日もかかった自分の頭脳に落胆する。エルやユストゥスが同じ状況なら、星詠族の二人を紹介された場で思いついていることだろう。
こういうことを考える度に出来の違いを実感してめげそうになるが、それでもハロルドのこの予想は正しく的中しているのだった。