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7話



「分かったらさっさと取りかかれ。ノーマンは領民への説得用に俺がさっき説明した内容を書面にまとめろ。不明点や気になった部分は漏らさず俺に聞け」


「畏まりました」


「ジェイクは隣接する農家同士で経営規模が可能な限り均等になるように区分けしろ。栽培に使用する畑の面積はこっちで指定するから考慮しなくていい」


「承知致しました」


 これくらい言っておけばあとは有能そうな2人のことだからいい感じに働いてくれるだろう。今できるのはこれくらいかなー、と背もたれに身を預けたところで未だ部屋に残るゼンと目が合った。


「……何だ?」


「おれは何をしましょうかハロルド様」


 目をランランと輝かせるゼン。

 だが悲しいかな現地に向かうまで彼に仕事はないのである。


「大人しくしてろ。というか自分の仕事に戻れ」


 そもそも一希はゼンを呼んでいない。何時ものごとく部屋に入り浸っているのでそのままアゴで使っていただけだ。


「おれ今日は休みなんです!」


「何しに来たんだ貴様は」


 サムズアップするゼンの背中を蹴っ飛ばして部屋から叩き出す。

 無人となった部屋ではぁ、と大きな息を吐いた。


 まずはこれで一段落。あとはノーマンとジェイクの準備が整うのを待つ状態となった。

 どのくらいの時間がかかるかは分からないがとりあえず1週間はゆっくりできるだろう。


 しかしそう考えていた矢先に新たな問題が舞い込んできた。

 それは夕食での出来事。ハロルドの父親は食卓に突如として爆弾を投下した。


「ハロルド、お前の結婚相手が決まったぞ」


 口にしていた果汁水を噴き出さなかったのはハロルドに許嫁が居ることを一希が知っていたからだ。

 それでも驚きを隠せなかったのは目の前に山積する問題にかかりきりになって許嫁の存在を失念していたせいである。


「結婚相手?誰ですか?」


 内心で白々しさを感じながらそれらしい反応で聞き返す。


「スメラギ家のご息女だ。正確にはまだ婚約だが、これでよりストークス家の血筋が強まるぞ」


「まあ、素敵なことね!」


 両親はキャッキャウフフと喜び勇む。確かに純血主義の2人にとってはかなりの朗報だろう。

 スメラギの一族はこの国の建国に尽力した貴族の内の1つで、その成り立ちから今でも王国との縁が深い。そんな家と血の繋がりを持てばストークス家も純血主義としての箔が付くというものだ。


「それでだ、先方が是非ともお前に会いたいと言っている。近くスメラギ領へ出向くぞ」


 ぜってぇ嘘だわ、という悪態をぶちまけるのはなんとか思い止まった。しかし原作知識がある一希はこの婚約にスメラギ側が乗り気ではないことを知っている。

 本来ストークス家とスメラギ家では圧倒的に格が違う。それでも婚約が成り立ってしまうのは原作のシナリオが関係しているせいだ。


(あれ、待てよ?この時期ならもしかして……)


 頭の中の情報を繋ぎ合わせている内にふとした妙案が浮かぶ。

 婚約の話が出ているということは既にスメラギ側に被害が出ているのは間違いない。しかし原作開始前ならばまだ最小限のはずであり、一希が介入することでこれ以上の被害拡大を食い止められる可能性は充分にある。

 多少ストーリーに影響が及ぶので気乗りはしないが人命に関わるとなれば背に腹は変えられない、と一希は判断した。


「近くっていつ頃?」


「2、3日中の予定だ」


(はえーよ!)


 その猶予期間では必要な物を揃えられない。特にゲーム内ではモンスターを倒してドロップさせるしか入手方法のないアイテムが問題だ。


 まあ限られた店でしか買い物ができないゲームとは違い実際に経済活動が行われている世界なのでもしかしたら流通しているのかもしれないが、良く良く考えれば仮にもし必要なアイテムを集められたとしてもスメラギ領ででしかその効果を立証できない。

 ならばあらかじめ手紙にしたためておき両親の隙を窺ってスメラギ家へ渡すのが最善策だろう。


 一希は食事を終えるとすぐさま自室へ引っ込み、記憶を頼りにとある粉末を作り出すレシピを思い起こし始める。


(アニスヒソップとガドゥンの牙、リール草……あとはなんだっけな?確か漢方みたいなのも入ってた気が……)


 膨大な組み合わせによって回復アイテムはもちろん武器や防具、時には機械すら完成させるのが『Brave Hearts』における調合だ。そのほとんどを頭に詰め込んでいる一希でも詳細に思い出すのは一苦労である。

 結局計5つの調合アイテムを思い出し忘れない内にスメラギ家への手紙を書き終えた頃には夜が明け、朝日が窓から差し込んでいた。


 その甲斐あって会心の内容に仕上がった手紙を携えて、当初の予定通りあの夕食から3日後に人生初の馬車に乗り込んだ一希はいざスメラギ領へ向けて旅立った。

 全行程は9日間。野営も辞さなければあと数日の短縮も可能だがそこは高貴な身分のストークス家現当主である。


 野宿なんてもっての他、という主義によって毎日町1番の宿屋に泊まることを余儀なくされた。モンスターの行動が活発になる夜間の移動を徹底的に避けたことで強敵に遭遇しなかったのは幸いではあったが。

 往復で3週間近くも不在にして仕事は大丈夫なのか、という疑問は気にしないことにした。


 そんなこんなで父親と2人きりになる時間が多かったこと以外は特に問題のない道中の末、やっとスメラギの屋敷に到着する。


 その外観は古き良き日本を感じさせる木造建築。軒先には赤い灯籠が垂れ下がり、庭では鹿威しが音を鳴らし桜色の花びらが鮮やかな大木がそびえるなど和風テイストで溢れている。

 スメラギ家は東方の流れを継いでいるという設定なのでこの屋敷だけでなく町並みも純和風だ。


「ようこそお越しくださいました。旦那様と奥様がお待ちになっておりますのでどうぞこちらへ」


 正門で待ち構えていたのは白髪の老公。その身なりや佇まいからしてただの使用人ではないだろうと一希は感じた。

 彼の先導に従い屋敷へと上がり込む。


「家の中で履き物を脱ぐのはどうも落ち着かん。この内履きというのもな」


「これがスメラギの文化ですのでご考慮頂きたく存じます」


 父親が文句を垂れる傍ら、一希は脱いだブーツを慣れた手つきで踵合わせにし下座に揃えて置く。

 やってから「あ、これハロルドっぽくないわ」と気が付いた。


 しかし父親達には見られていなかったようで胸を撫で下ろす。

 そのまま後を追って縁側を沿うように屋敷を半回り程したところでようやく老公の足が止まった。


「旦那様、ヘイデン・ストークス様とご子息のハロルド様をお連れしました」


「どうぞお入り下さい」


 障子の向こうから渋く、それでいて落ち着きのある声が発せられる。老公が膝を着き両の手で障子を引く。

 20畳程の広々とした和室。部屋の中心に置かれた木製机には3人が並んで座っていた。


 中央はスメラギ家の現当主、タスク・スメラギ。その右隣には妻のコヨミ・スメラギ。

 温厚、穏健といった表現がピタリと当てはまる優しさ溢れる夫妻だ。しかし今はその顔色にどこか陰が差しているように見える。


 そして問題はタスクの左隣で無表情を貫く少女。

 肩まで伸びた黒髪と、それに映えるピンクを基調にした簪、淡い緑が特徴的な振り袖に身を包んだスメラギ家の長女、エリカ・スメラギの存在だ。


(目のハイライト消えてるよおい。生気が感じられないぞ……)


 容姿が整っているだけにまさしく人形のようである。

 この婚約を無邪気に喜べるほど幼くはなく、胸の内を隠して笑顔を浮かべられるほど大人でもない。それでも何とか自分なりに折り合いを着けようとした結果がこの姿なのだろう。


 だが本当の彼女は違う。エリカはその名の通り花のように笑う奥ゆかしい少女だ。

 それを知っているだけに一希の胸が締め付けられる。10歳の少女にこんな顔をさせてしまっているのは自分達なのだ。


 しかしこの顔を止めさせることができるのもまたハロルドしかいない。

 主人公と出会うまでの8年をこのまま過ごさせるのはあまりに不憫だ。


「お初にお目にかかるね。私がスメラギ家の当主、タスク・スメラギだ」


「……ハロルド・ストークスと申します。初めまして」


 一希はタスクと挨拶を交わして敷かれていた座布団に座る。意外にもこの口は敬語も喋れるらしい。

 新たな発見をしつつ懇談会はスタートした。


「本日はご足労頂きありがとうございます」


「何をおっしゃる。当然の事ですよ」


 両家の当主が内心はどうあれ和やかに話を切り出す。仮にも婚約者同士の顔合わせということもあって険悪なムードで睨み合う事態には発展しなさそうである。

 そのことに安堵しつつ様子を窺う。基本的にはヘイデンとタスクが社交辞令のようなとりとめのない会話をしつつ、時たまコヨミが愛想笑いとは思えない上品な笑顔を浮かべながらそこへ加わる。


 親同士が決めた政治的理由での婚約ということでハロルドやエリカの出番はほとんど無いようだった。当人達の意思が介在する余地はないので仕方がない。


「どうだい、エリカちゃん。ハロルドはかなりの男前だろう?」


「はい、とても」


 ふとヘイデンが冗談めかしてエリカへ問い掛ける。返答は間髪入れずに物凄く平坦な声で返ってきた。


「すみません、ストークス様。どうやらこの子は緊張しているようで……」


 タスクが取り繕うが緊張しているというよりほとんど感情が込められていない声色だった。まあこの年の子どもに大人の対応を求める方が酷なのだが。

 対するヘイデンも気にした様子は無い。たとえエリカがはっきりと拒絶したところで気に留めることもしないだろう。


「まあこの歳で結婚相手が決まったとなれば戸惑うのも当然でしょう。ハロルドも似たようなものですよ」


「ええ。エリカさんほど可愛らしい方とは初めてお会いするので緊張してしまいます」


 半分以上事実なのでおべっかを使ったわけではないが、エリカとは違い逆に余裕たっぷりな物言いのせいでお世辞のようにも聞こえる。

 口調は変わっても“らしさ”は消えなかった。ハロルドという男は恐縮やしおらしい態度と無縁のようである。


「ねえ貴方、折角だしエリカとハロルド君が打ち解けられるように2人きりにしてあげたらどう?」


「おお、それは良いですな!」


 コヨミの提案にヘイデンが飛び付く。

 ここから本格的に婚約の話し合いが行われる。コヨミからすれば本心では嫌がっている娘に聞かせるのは耐え難い、という親心からきた配慮だった。


「そうだな。エリカ、少しハロルド君を案内してきなさい。会食の時刻までには戻ってくるようにな」


「……はい。ではハロルド様、どうぞこちらへ」


 しかしこれは一希にとっても渡りに船の申し出だ。同じような状況を作り出すために自分から話を切り出す必要がなくなった。


「エリカさんにエスコートしてもらえるなんて光栄ですね」


 立ち上がりエリカに付き従って和室を後にした。

 ここからが一希の正念場である。




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