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56話



 研究所敷地内にある庭園。その中心部には石造りの噴水が設けられており、そこから派生した水路を澄んだ水がさらさらと流れていく。

 そんな水の流れや花壇に咲き誇る花々には目もくれず、ベンチに座ったハロルドは膝の上で両手を組んだまま遠くの空を眺めていた。その瞳に青空こそ映っているがハロルドの目は何も見ていなかった。その心情にあるのは重くのしかかる“後悔”の二文字。


(調子乗っちまった……)


 エルという原作キャラの心強い味方を得たことで先走ってしまった感が否めない。

 相手はユストゥスだ。ラスボスだ。

 慎重に動くことを誓っていたはずなのに、いざ風向きが良くなった途端あんな軽挙に出てしまった己の凡愚さが恨めしい。


 最悪なのは切り札になり得たエルという存在を思い切り疑われてしまったことだ。エルにマークでもつけば単体でも行動を制限されかねない。

 これでは上がるはずだった人員の確保とライナー達を強化するペースが元に戻ってしまうだろう。疑われたことにより監視の目が厳しくなれば、考えていた予定よりも悪くなるかもしれない。自己嫌悪の激流がハロルドの胸の内で荒れ狂う。


 そんな感じで打ちひしがれている彼の下へ近づいてくる人影。視線は空に向けたままだったが、その気配が誰のものかはなんとなく察知できた。


「隣、いいかな?」


「……許可を求めるくらいなら最初から座ろうとするな」


「でもここ、別にハロルドの指定席じゃないよね」


 ハロルドの嫌味を真正面からぶった切ったエルはそのまま彼の隣に座った。とはいっても二人の間にはもう一人座れそうなほどの距離が空いていたが。

 そのままどちらも口を噤んだまま、静かな時間が流れる。


 こんな人気のない場所で二人きりなんてまた怪しまれるのでは?とも考えたが、すぐにそれは今さらだと思い直す。ユストゥスのあの言葉はまず間違いなく「目を付けたぞ」という脅しだ。

 ならばここはいっそ堂々と雑談をしていただけだと言い張ってやれば追及もしてこないだろう。これだけ視界の開けた場所なら誰かが接近してきても丸分かりだ。盗み聞きをされる心配もない。

 そんなことを考えていると、エルがようやく口を開いた。その一言目は謝罪だった。


「申し訳ない。さっきは望んだ結果を得られないばかりか、彼に付け入る隙を与えてしまった」


 その言葉に、咄嗟に返すことができなかった。

 エルが謝罪をする必要はない。むしろあの場で致命的なミスを犯さなくて済んだのはエルがフォローをしてくれたからだ。そもそもエルは情報を扱う人間であって、今回与えた役割は決して適材適所と呼べるようなものではない。

 悪いのは、判断を間違ったのは、自分だ。それが嫌というほど身に染みている。なにせ今は自己嫌悪の真っ最中なのだから。


「思い上がるな。期待していないと言っておいただろう」


「……そうだね、そうだった」


「貴様があれを自分のミスだと責任を感じるのは勝手だが、それを引きずって後に悪影響を及ぼすようなことはするな。そんな状態に陥る可能性を残すくらいなら今すぐ自責の念は断ち切れ」


「それ励ましてるつもり?」


「そんなことがあり得ると思うのか?」


「だよね。でもまあ、そういうことならさくっと切り替えるよ」


 エルは両手を天に伸ばして背伸びをする。気のせいかもしれないが、声色もわずかに軽くなった。

 はあ、とひとつ大きな息を吐く。そしてやや困ったような顔でこう続けた。


「問題は、ボクはこれで立ち直れるけどリーファはそうじゃないってことかな」


「なんだと?」


「脊髄反射でユストゥスの誘いに乗ったことを後悔してるみたいだよ」


 それこそお門違いというものだ。リーファの同行を許可し、あまつさえ言葉を重ねてこの研究所まで連れてきたのはハロルド本人であって、彼女はただ利用され、巻き込まれたに過ぎない。

 リーファの立場からしても利害が一致するのはハロルドよりユストゥスの方だ。まあ実際にそうなられても大いに困るのでそれだけは阻止するが。

 ハロルドの表情から不可解さを感じ取ったのか、エルが首を傾げる。


「そんなに驚くことかな?友達の足を引っ張ったらそれは気に病むよ」


「……アイツと友人になった覚えはない」


「多分だけど、ハロルドって友達少ないよね」


 エルが呆れたものを見るような目を向けながらそう言った。それに対してハロルドは反論できない。

 友達と言われて真っ先に浮かぶのはイツキだろうか。最近は会う頻度も少なくなったが、今でも親交は途切れていない。かれこれ八年の付き合いになる。

 しかしそれ以外となると該当する人間は思い浮かばなかった。


 ライナーとは五年前に闘技大会で闘ったきりであり友達と呼べるような関係性ではない。ロビンソンやシド、アイリーン、騎士団の同期生達も似たようなものだ。騎士団を離れてからは一度も顔を見ていない。

 屋敷の使用人であるゼンも精神年齢でいえばハロルドの方が上だが、実年齢が離れているために友達とという感覚が薄い。そしてエリカに至っては犬猿の仲だ。

 結論から言うとハロルドの友達はイツキだけということになる。改めて考えてみれば人間関係が希薄な上に交友関係が狭い。基本的に自分から近づいても相手が近づいてきても口撃によって傷付けるだけなのでそれも無理からぬ話と言えた。

 そんな自己弁護をしつつ、負け惜しみじみた言葉が口をつく。


「馴れ合うだけの関係は不要だ。友人などその最たる存在だろうが」


「そこは人によりけりじゃないかなぁ。リーファにとっては大事なことみたいだし」


 ここまでの道中で煽られ続けた挙句にどうして自分なんかを友人と認識したのかは謎であるが、その気持ち自体は分からないでもない。だからといって軽い気持ちでハロルドが慰めに行けば、その口を持って火に油を注ぐことになるだろう。

 エルの話を聞く限りそこそこ落ち込んでいるようなので、それとなく気にしてないことを伝えたいところである。

 だが今はひとまずそれを置いておかなければならない。


「ふん、そんなことはどうでもいい」


 正直なところどうでもよくはなかったが、エルに話しておきたいことがあったので無理に話題を変えた。誰かに聞かれる心配の低い今の内に伝えておいた方がいいだろう。


「それよりも貴様に与える仕事の話だ」


「聞こう」


 空気を察してエルも居ずまいを正した。

 エルにやってもらいたいことは二つある。だが、その前にハロルドが任務の合間を縫って水面下で人員を募ったとある集団について説明しなければならない。


「貴様には俺が立ち上げた組織の運用に力を使ってもらう」


「ハロルドの組織?」


「『フリエリ』という傭兵集団だ」


 原作では騎士団を辞めたコーディーが立ち上げていた流しの傭兵を募った組織。護衛や戦争、モンスターの討伐や果ては物探しまでこなす万事屋に近い組織だ。

 だがハロルドが起こした数々の行動が原因か、今もってコーディーは騎士団に所属している。それどころか原作よりもいくらか出世まで果たしていた。


 本来ならばフリエリの協力を得てクリアするイベントが存在するのだが、コーディーが騎士団を辞めるという大前提からして崩れてしまった。そうなればフリエリの立ち上げ自体が消失してしまう。つまり原作の進行に支障をきたす恐れがあった。

 だからハロルドはフリエリを自分で設立したのだ。幸いにして、LP農法によって生み出された利益の一部をタスクがハロルドの名義でしっかりと残してくれていたので初期費用の資金源に頭を悩まされることはなかった。


「その集団の運用をボクが?戦闘の指揮なんてやったことないけど」


「それは現場の人間がやる。貴様に与えるのはフリエリが行動を起こすか否か、その可否を判断する権限だ。また、どのように動かすかもな」


「……新参者のボクにそんな権限を与えるなんて本気?」


 そう言いたくなるエルの気持ちも分かる。これもまた適材適所とは言い難い采配だろう。

 だがエルにはそれを成すだけの能力があるとみていい。エルは多くの情報を元にして状況を正しく、広く、深く把握できる人間だ。戦闘の指揮や軍師としての役割は難しくとも、組織の運営という点では持っている能力を発揮できる。

 何より人員不足のハロルド陣営の中で、エル以上にフリエリの指揮を取れそうな人間がいない。偶然にもエルを仲間にできなかったらハロルドか、集めた傭兵の誰かがその役割を担わなければならなかっただろう。どちらにせよ荷が勝ちすぎるという不安はかなり大きいものだった。


「組織としての行動方針は俺が定めるし、必要な指示はこちらから出す。指示された以外の細かな仕事をこなすのと、俺が身動きの取れない状況でフリエリを運用するのが貴様の役割だ」


「簡単に言ってくれるね。責任重大じゃないか」


 やれやれ、と溜息を吐く。

 責任重大と言いながらその程度の反応しか示さない。それどころか小声で「もしかしてボク、結構信頼されてる……?」などとわざと聞こえるように呟く始末である。

 余裕があるようだったのでエルの呟きは当然無視した。


「ちなみにフリエリの人員は?」


「十四人だが、まだ足りない。貴様達の情報網に引っかかった中で優秀な人間のスカウトもやってもらう」


「いいけど、お金は?傭兵を引き抜くならそれなりの額がないと難しいよ」


「傭兵を雇う程度のはした金なら言い値で支払ってやる」


 冗談でもなんでもなく、ハロルド名義の資金はそれくらい屁でもない額に膨れ上がっている。死亡フラグや世界崩壊の未来が待ち受けてなどいなければ今すぐ隠居して悠々自適な生活を送っていたことだろう。

 まあそもそもとしてハロルドに憑依していなければLP農法を開発してスメラギ家を立て直そうとはしなかっただろうし難しいところである。


「気前がいいなぁ。そのお金は一体どこから?」


「そこまで話す必要はない」


「残念。まあ話の内容は理解したし、あとはそのフリエリがどんな感じかこの目で見たいところだけど……」


 言葉を切って、エルが思い悩むように唸る。その視線が研究所の建物へと向けられた。

 細かく言えば、恐らく先ほどまでユストゥスと一緒にいた応接室辺りだろう。それだけで濁された言葉尻が痛いほど分かった。

 先ほどの顔合わせでエルが要注意人物として認識されたのはまず間違いない。用心深いユストゥスが、そんな相手を自分の身辺で自由にのさばらせておくだろうか?

 そこまで楽観的にはなれない。調子に乗って痛い目を見たばかりなのだ。ここは警戒されているとみた上で行動を起こすべきだ。


「アイツの監視を掻い潜れる策があるなら今すぐにでもいいが?」


「それは遠慮するよ。まあその方法はおいおい考えるけど、今の条件を飲むにあたってボクからもお願いがある」


「……言え」


「まずはフリエリとの接触に関してだけど、ボク一人で行きたい。その為にハロルドの使いだってことを証明できる物がほしいな」


「理由を答えろ」


「ユストゥスの目を誤魔化すのに必要だからだよ」


 一人で動いた方が目立たない、ということだろうかと思案する。

 確かにハロルドと一緒では悪目立ちするし、いかにも何か企てているようにも見える。今もそうだろう。


「だから事前にフリエリにはボクが一人で行くことを伝えておいてほしい。その際にボクの容姿や年齢、性別なんかは一切伏せてもらえると助かる。一応、ギッフェルトだってことは隠したいからあまり余計な情報を与えたくないし」


「ギッフェルトの名を広めたいと思っているんじゃないのか?」


「それはあくまで情報収集への活用と箔をつけるためだよ。個人的な要件でギッフェルトだと知られるのはリスクが高い」


「まあそれで滞りなく事が進むならいいだろう」


 エルの言い分も分かるし、拒否する理由はない。それを突っぱねてじゃあ交渉は決裂、という事態になっても困るのだ。

 無理のない範囲でならエルの頼みは極力断るべきではない。エルは自分が部下になったと考えているようだが、実情はハロルドの方が“仲間になってもらった”状態である。


 しかしだとすれば原作でライナー達にギッフェルトと名乗っていたのは、それが一族として利益に繋がるからだろうか。もしかするとライナー達を支援することが星の記憶へと辿り着く方法だと知っていたのかもしれない。

 ゲーム上のシステムに無理やり合理性をこじつけた雑多な考えではあるが。


「助かるよ。それと最後に一つ」


 深く潜りかけた思考をエルの言葉が引き止める。

 これは今考えることではなかった。


「まだあるのか。図々しい奴め」


「大したことじゃないからそう言わずに。明日の昼間に数時間だけでも時間を取ってほしいんだ」


 本当に大したことではなかった。

 明日は、というかこれからしばらく任務の予定は入っていないので基本的に暇を持て余している。時間などいくらでも作れる優雅な身の上だ。気を抜けば死んでしまう危険がやたら高いという注釈さえ入らなければ。


「下らない要件じゃないだろうな?」


「もちろん大事なことだよ。ボク達のこれからにとってね」


 意味深な笑みを浮かべたエル。そこに含まれた意味に、ハロルドが気付くことはなかった。




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