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53話



 氷竜二体を瞬殺。そんな現実離れした光景を目にして、エルとリーファはもう声を失うしかなかった。

 しかし当のハロルドは今の戦闘に疲労や恐怖、興奮を感じた様子はまるでない。これまでと同じ冷めきった表情のまま、へたりこんでいたリーファに問いかける。


「何をしている?」


「へ?」


「氷竜の生体サンプルを採取するんじゃなかったのか?あの死骸は最適だと思うがな」


「――それもそうね!」


 ハロルドの言葉を受けて一瞬だけポカンとしたリーファは、次の瞬間には勢いよく立ち上がると腕捲りをしながら勇ましく氷竜の死体へと近付いていく。

 立ち直りの早さといい、怯まない豪胆さといい、彼女も彼女で大物なのかもしれない。


 そんな二人から少し離れた場所で、エルは体の震えをなんとか治めようとしていた。頭で理解するよりも前に、本能へ叩き込まれたような恐怖感。

 それを抑え込むのは中々に苦労した。


「噂では耳にしていたけどそれに違わぬ実力だね。恐れ入ったよ」


 平静を装ってそう声をかける。

 エルの言葉を受けたハロルドは小馬鹿にするようにその表情を歪めた。


「どの口が言っている。貴様が掴んでいるのは噂などという確証の低いものじゃないだろうが」


「なんのことかな?」


 エルは白々しく惚ける。ほんの興味本意だった。

 これまでの情報からエルがハロルドの事情に精通しているのは明白である。エルをしがない旅人だとは考えていないだろう。その上でハロルドが自分をどう認識しているのか探りを入れるためにあえて分かりやすくはぐらかした。

 そして返ってきたのはエルを驚かせるに足る言葉だった。


「下らない駆け引きはやめろ、ギッフェルト」


 ハロルドはあっさりと、何でもないことのように、エルの正体を口にした。

 名乗ってはいない。断言できるような情報も与えていない。

 鎌をかけているのかとも思ったが、ハロルドは確信を得ているようだった。


「……ギッフェルトってあの?ボクみたいな子どもがそんな大それた人物に見えるかな?」


「ギッフェルトは貴様らが使っている族称だ。一族に属している人間なら名乗る資格がある。違うか?」


 先ほどよりもさらに大きな衝撃がエルを襲う。ハロルドの言葉は正しくその通りだった。

 ギッフェルトの名は個人の名ではなく一族の族称だ。男も女も、大人も子供も老人も、一族の人間ならその名を語ることができる。

 彼らは各々に情報を取り引きし、それらを一族で共有する。そうすることにより作り上げられる虚構の、しかし確実に存在する偶像が情報屋ギッフェルトなのだ。


 一族の存在を特定されないために受け継がれてきた掟。それは彼らにとって最重要とも言える秘密でもある。


 どうして彼はそれを知っているのか。たとえ他のギッフェルトと面識があったとしてもここまで情報を開示するとは思えない。

 しかし絶対などありはしないということもエルは理解している。事実ハロルドが知っているのだからどこからか漏洩したのだ。


「まあそんなことはどうでもいい。それで貴様は俺をどこまで知った?」


 まるでギッフェルトの秘密など話の取っ掛かり程度にしか思っていなさそうにハロルドは話を続けるが、エルからしたらたまったものではない。一族の秘密を握られ、それをどう扱うかはハロルドの意のままだ。

 中々に悪辣な脅し方である。この状況で嘘をつき、それが露見した場合どうなるか、最悪の予想が頭にこびり付いて離れない。


「リーファに話したことが全て、と言ったら信じてくれたりするかな?」


「あり得ん」


 ハロルドは即座に言い切った。

 それはそうだろう。リーファに吹き込んだのは審議所の判決に不審を覚え、探りを入れた人間が掴まされるように用意された、それでいて事実を元にして作り上げられた偽りの真実。有り体に言えば、嘘。

 王都の審議所は国家機関の最上位に位置している。普通に考えて、名門貴族が声を上げたところで下された判決が覆されるわけがない。

 そしてあらかじめ裏側を探られる準備がされている時点であの判決がどれだけ異様なものか窺い知れる。


 しかしそれだけに留めていればここまで追求はされなかったのかもしれない。その最大の要因になったのはまず間違いなく“被験体”という単語。


 表向カバーストーリー上、ハロルドはとある研究に協力することで処刑を免れたことになっている。

 王国肝いりのプロジェクトにおいてハロルドが重要な役割を果たせることから、あくまで罪を償うために“奉仕者”としての立場を得たに過ぎない。


(ちょっと安易に踏み込み過ぎたかもしれないな……)


 被験体という言葉を使えばハロルドを揺さぶり、隠された真実に近づけるかと思った。だからリーファを利用してけしかけた。

 その結果、待ち構えていたのは予想だにしていなかったカウンターアタックだったが。


 でも、とエルは思い直す。確かに一族の秘密を知られていたのは脅威だが、ハロルドがそれを知っているという情報は得られた。気付かないでいたままならいつか取り返しのつかない状況に陥っていたかもしれない。

 今からならその未来を回避するために立ち回ることもできる。


「もう一度聞くぞ。さっさと答えろ」


 再び問われ、エルは覚悟を決めた。

 ハロルドについてどこまで知っているのか。いまいち具体性にかける問いかけだが、彼が求めている回答には見当がついていた。

 恐らくはハロルドが被験体と呼ばれる理由を知っているか否か、だろう。


 そしてエルは知っている。

 にわかには信じられない情報だったが、ハロルドの強さを目の当たりにしてそれが真実ないしは真実に近いものだと納得できてしまった。


 知ってしまったエルを、ハロルドは殺すだろうか。そうしたとしても何らおかしなことではない。

 しかしギッフェルトという集団の仕組みを理解している彼ならばそんな軽挙に出ないだろうとも思えた。


 知っている人間の口を封じなければならないほどの情報だとしても、それを持っているのはギッフェルトであるエル。一度内部に広まってしまえばその拡散を防ぐ術はない。

 お互いに爆弾を抱えているような状態なのだ。そしてそれらは表にさえ出なければ穏便に済ませられる可能性もある。


「……どうやら隠し立てはできないみたいだね。懸念している通り、ボクは君にとって不都合な事実を掴んでいる。ついでに言えばそれの取り扱いにも迷っているところさ」


 さあ考えろ、とエルは言葉を連ねる。ここでエルを殺す意味は薄いと考えてくれればいい。リスクを感じれてくれればいい。


「何せ君は、命を削ることによってその強大な力を得るているんだ。そんな非人道的な武器が開発されているなんて情報、扱い方を間違えればボクらが危険だよ」




  ◇




 ハロルドには原作知識という、この世界における圧倒的なアドバンテージがある。それをもってすれば大抵の場合は有利に立てるだろう。

 何度か想定外の事態には見舞われてきたが、それでも今までなんとか死に繋がりそうなフラグを叩き折ってこられたのは原作知識の賜物である。


 しかしそんな反則技を持ってしても上を行かれるのではないかと恐れていた人間が二人いた。

 一人は狂気の天才科学者にして『Brave Hearts』のラスボスでもあるユストゥス・フロイント。

 そしてもう一人がゲームにおいてシステムやメタ知識を有していた情報屋、ギッフェルトである。


 特にギッフェルトに関しては未知数であった。果たしてギッフェルトの持つ情報がこの世界の範囲に留まるのか、もしくは原作通り世界をひとつ上の次元から俯瞰できるようなものなのか。

 敵か味方かも分からない、それでいてハロルドの抱えている数々の秘密を暴かれる危険もある。


 もし仲間にすることができれば心強くあるが、接触は慎重を期さなければならないと、そう思っていた。

 それが何の因果かユストゥスから負った任務の最中に出会い、なぜか同伴を申し出されるという急展開。

 正直ギッフェルトと二人だけなら断っていたかもしれないが、リーファという緩衝材になりそうな存在もいたし、彼女の現時点での実力を知っておきたかったこともある。

 その上で隙を見てギッフェルトを見極められれば、というのがハロルドの魂胆だった。


 そして今、ギッフェルトは決定的な言葉を口にした。

 ハロルドが持つ水晶の埋め込まれた剣。ユストゥスが開発したそれが“命を対価に強大な力を手に入れる武器”だと言った。

 その事実にハロルドは内心で驚愕しつつ、それ以上に感心していた。


(ギッフェルトの名前は伊達じゃないな……。そこまで辿り着いたのかよ)


 それは、あのユストゥスが“必要はないだろうけど万が一のために”と言って張っておいた最後の防衛ライン。ユストゥスがハロルドを自由に動かせる駒とするため、国の上層部達を欺いている偽りの情報。

 ハロルドが命を削りながら研究に協力しているという、という形に納めることで処刑の撤回を体裁よく行えるように仕向けたのだ。


 しかし犯罪者とはいえ人の命を弄ぶような取り引きを公表できるはずもなく、ごく一部の限られた人間の間でのみ真実として語られている。

 ギッフェルトが特殊な情報者集団とはいえ、武器の開発を含めて国家機密クラスの情報にさえ届くその力は正しく世界最高峰だろう。


 そして恐るべきはそんな彼らの追求を躱しきっているユストゥスだ。そんな人間のお抱えになりながら、いざという時の謀反を悟られないようにするのはかなり困難である。

 だがそれは最初から想定していたことだ。そしてそんなことを自分一人で行おうと思えるほどハロルドの自信は過剰ではない。


 現状、ユストゥスの指令以外でハロルド個人が自由に動くことは難しい。

 だからこそ協力者がいる。ギッフェルトの情報網があれば彼等・・を効率良く動かすことも可能になる。是非ともこちら側に引き込みたい。


「……そうか。そこまで深入りをしていたか」


 さも重大なことのように重々しく言葉をこぼす。そんな雰囲気にあてられてか、ギッフェルト――エルの顔が若干青くなったような気がした。

 ゲームではそんなに表情に出るようなタイプではなかったが、少しでも大事に捉えてくれた方がハロルドにとっては都合がいい。


「貴様が手にした情報はこの国でも一握りの人間だけが知ることを許されている代物だ。それを持ち出されては黙ってはいられない」


「……ならボクを殺すのかい?」


「ああ、最も手っ取り早い方法だ」


 エルが息を飲む。顔の青みがさらに増した。


「だが愚かしいほど下策だな。一考の価値もない」


「え?」


「貴様の能力には利用価値がある。俺の傘下に加わってその力を振るえ」


「……もしかしてボクを勧誘してる?」


「そう聞こえないなら貴様の耳は異常をきたしているな」


「君につくか、断って死ぬか、か……」


 エルが聞き流せないセリフをポツリと呟いた。たとえ断られたとしてもハロルドにエルを殺害する気は全くない。

 まあ確かにあの言い回しではそう取られても弁解のしようがないのだが、そんな究極の圧迫面接をかましてエルの心証を悪くさせたくはない。


「俺自身は貴様の生き死にに対して然したる興味もない。断るならば好きにしろ」


「……へぇ。それが事実ならボクが誘いを断るリスクがまるでないけど本当かな?」


「いや、それは違うな。俺の誘いを断ること自体が貴様にとっては看過できないリスクだ」


「話が見えないね」


「ならば分かるように言ってやる。『星の記憶』が欲しくないのか?」


 エルの表情がこれまでにないほど崩れる。

 驚きや疑念。様々な感情が混じりあったような、形容し難いものへと変化した。


「ど、どうしてそのことを知って……まさか在処も……?」


「今の貴様にそれを教えてやる義理はないな」


 原作知識ですなどと言えるわけない。しかしこの反応を見るにギッフェルトであっても世界をメタ認知できるチートな存在というわけではないようだ。

 ならばハロルドとしてもいくらか接触しやすくはある。


「それで、どうする?ギッフェルトの悲願に一歩近づくか、その好機をみすみす逃すか」


「……分からないこと、疑わしいことがあまりにも多すぎる。この話を信じろ、というのは無理な話だ……けど、ボクらが何を犠牲にしてでもそれを求めているのは確かさ」


「なら俺の言葉が真実かどうか自身の目で確かめろ。その過程に信用や信頼など必要ない」


 そもそも原作通りに進めばエルは十中八九『星の記憶』を手に入れることができる。それを恩着せがましく言っているだけなのだ。

 そうとは知るよしもないエルは、わずかな沈黙を挟んでからハロルドの交渉を受け入れた。その場で片膝をつき、頭を垂れる。


「ボクの……いえ、ギッフェルトとしての力を貴方に預けます。どうぞ思うままにお使い下さい、ハロルド様」


「殊勝な態度よりも成果を示せ。俺が求めているのはそれだけだ」


 ハロルドは恭しく礼の姿勢を取るエルを見下ろしながら、いつもの傲慢さを振りかざしてそう言った。内心ではこれでもかと歓喜している。

 自分の陣営にギッフェルトが加わったのだ。ハロルドの原作知識と組み合わせれば、あのユストゥスの裏をかくことも可能かもしれない。

 原作開始まであと数ヵ月。着実に反攻の礎は築き上がっていた。




氷竜の体重が軽いという感想が相次いだのでちょっと重くしてやろうと思う次第。

分厚い氷をまとっている設定だし、1トンくらいあってもいいかな。

魔力があればその体重でも飛べる飛べる。

まあその分1トンを弾き飛ばすハロルドの人外具合がさらに強化されるけど。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 重くしようと思って1トンは草 キリンさんくらい細身のドラゴンなんだろな
[一言] ロボの話しではあるが 身長57m体重550トン で軽すぎると言われますからなぁ
[一言] 氷竜が軽いだと!よし、1トンに! 結果:ハロルドの人外具合がさらに強化されるとさ。
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