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51話



 そんなどうでもいいところで自身が年齢を重ねたことを実感するが、その事実にショックを受けている暇はない。

 エリカを見送ったコーディーはすぐさま行動を開始した。


 まずは遠征部隊の隊長だった男とコンタクトを取る。とはいっても中隊長であるその男とは面識が多いわけではないのが悩みどころだ。

 そこでコーディーが目をつけたのは上下関係こそあれ自身の友人であり、かつ中隊長の男、フィネガンと面識があり同じ中隊長の役職を担うウォルシュである。彼に助力を願うことにした。


 その願いというのも特別なことではない。今夜コーディーの行きつけでもある酒場へとフィネガンを誘い出してほしい、というだけだ。

 条件を指定されたウォルシュは訝しんではいたものの、酒場の代金をコーディーが全額支払ってくれるということで深く詮索せずに了承してくれた。コーディーの人柄に対する信頼もあってのことだろう。


 とりあえず約束を取り付けたコーディーはその足で待ちまで繰り出そうとして、しかしその前に呼び止められた。


「こ、コーディー分隊長……」


 呼び止めたのはロビンソン、シド、アイリーンの三人だった。いつも賑やかな彼らにしては珍しく、思い詰めたような顔。

 だいたい察しはついたが、それでも敢えて尋ねる。


「ん?どーしたの?」


「……ハロルドが処刑されるって本当なのか?」


 恐る恐るシドがそう口にした。コーディーはそれを肯定する。


「そうみたいだねぇ」


「……っ!」


 三人が揃って息を飲む。

 短い間とはいえ同じ部隊だった彼らも色々思うところがあるのだろう。もしハロルドに処刑という罪状が下されただけならば彼らも声高に反対を表明したのかもしれない。


 だが三人は見てしまった。満身創痍になりながら帝国の少将を血祭りにあげたハロルドの姿と、その時に彼が敵に向けていた冷酷な瞳を。

 コーディーですらほとんど目にしたことのない、純粋な殺意しか宿っていなかった双眸。あれにあてられて恐怖を覚えるのは仕方のないことでもある。

 実戦経験の少ないロビンソン達ならば特に。


「……俺はハロルドに死んでほしくねぇ。けどあの日の光景が忘れられなくて……」


「あの時のアイツはあたし達が知ってるハロルドじゃなかった……」


「分隊長、本当のハロルドはどちらなんでしょうか?」


 三者三様にハロルドとどう向き合えばいいのか迷っているのだろう。

 普段のハロルドと、ベルティスの森でのハロルド。その二つを目の当たりにして混乱するのは理解できる。


「知らんよそんなもん」


 だが、それがコーディーの返答だった。

 あまりに投げやりな答えだったため、三人も二の句を継げずにぱちくりと目を見開くことしかできない。

 コーディーはそんな彼らへ言い聞かせるように言葉を続ける。


「ハロルドがどんな人間かなんて知り合って数ヶ月のオレ達に推し量れるようなもんじゃないって。そんな薄っぺらなわけないじゃん?」


 身も蓋もない、ともすればいい加減な言い分。

 しかしその目は真剣味を帯びていた。


「だったら自分で見て感じたものから判断するしかない。もしオレにハロルドの命は諦めろと言われて君らは処刑を納得できる?助けるのを手伝えと言われて自分の身に火の粉が降りかかることになっても最後までその意思を貫ける?」


 ここで諦観するにしろ反対するにしろ、人の言葉に影響されて決めたのではいずれ後悔する時がくる。

 何よりもロビンソン達は騎士なのだ。自身が貫く正義を持たなければならない。


「君らがどうするか。その判断基準になるのはハロルドを信じるかじゃなくて自分を信じられるかどうかだよん。それをお忘れなく~」


 ロビンソン達が何も言えないでいる内にコーディーはその場を立ち去った。

 今のは嘘偽りのない言葉。そして覚悟のない人間を巻き込まないようにするための、彼なりの思いやりだった。

 それが伝わるかどうかは定かではないが。


 まあそれはいいや、とコーディーは気持ちを切り替える。色々と手を回さなければならないことがあるのだ。

 ロビンソン達と別れたコーディーが向かったのは、ウォルシュ達が訪れることになる自分の行きつけの酒場。そこの店主にとある協力をしてくれないかと頼み込む。


 特段難しいことではない。機を見計らって酒に一服盛ってほしい、というだけだ。無論、飲ませようとしているのは毒や劇物などではない。

 軽い自白作用のある薬で体に悪影響を及ぼすこともない。本来なら効き目も薄い代物だが、酩酊させたところに薬を盛れば何かしらの情報を吐いてくれるのではないか、というのが狙いだ。


 しかしいくら顔馴染みのコーディーから頼まれたとはいえ店主は易々と首を縦には振らなかった。内容が怪しさ満点なので当然と言えば当然なのだが、そこをコーディーは極秘の内部調査だということで無理矢理押し切る。

 結局コーディーの口八丁に丸め込まれた店主は折れた。


 その後は街中を巡回を装いつつ、王都内の噂に詳しい人間や情報網を持っている人間の元を回って、ハロルドの審議に参加した人物の周りで変わったことが起きていないかや誰と会ったかなど、何でも良いから情報を回してくれと頼み込んでいった。

 そうこうしている内に日が暮れる。

 一度隊舎に戻ったコーディーは目につく甲冑を脱ぎ捨て、街に馴染む簡素な服装に身を包んで再び酒場を訪れた。適当な席に腰かけウォルシュ達がやって来るのを待つ。

 それから三十分もしない内に待ち人達が姿を現した。一瞬だけ視線が合うと、全てを察してかウォルシュはフィネガンとコーディーが背中合わせに座るように誘導してくれた。

 これで会話の内容を聞くことができる。


 いざ聞き耳を立てるが始めは取り留めのない会話が続く。

 二人で飲みに来るのは久しぶりだ。最近は嫁の尻に敷かれている。まだ子どもは作らないのか。そういうお前こそさっさと結婚したらどうだ、等々。

 しかし和やかな空気とは反比例して酒のペースが早い。日頃から鬱憤が溜まっているのかもしれない。

 開始から一時間も経った頃にはフィネガンは呂律が怪しくなりだしていた。


 頃合いかな、とコーディーはハンドサインでウォルシュを席から離しカウンターまで連れ立つ。そこで店主も含めて耳打ちする。


「彼がいい感じに酔っぱらってきたから作戦を開始するよ」


「待て。作戦ってなんのことだ?」


 フィネガンをこの店へ飲みに誘ってくれとしか言われていないウォルシュがすかさず口を挟む。説明不足も甚だしい。


「まあそんなに難しいことじゃないよ。彼に質問をしてほしいだけ――これを飲ませてからね」


 店主がカウンターに置いたエールに、コーディーは懐から取り出した紙の包みを開いてサラサラと粉を落とす。

 白い粉は音もなく溶けていく。

 ウォルシュはそれが何なのかを理解したようだ。


「おいおい、そりゃあ……」


「今は何も言わずにこれを飲ませてくれない?あ、あと人払いもよろしく」


「やれやれ」


 嘆息しながら店主はカウンターを離れポツポツと席についている客の元へ行って早めの店仕舞いを伝えていく。

 売上に影響が出てしまうが、これについては後日同僚や部下を引き連れてくるということで手打ちにしてもらった。


「ここまでして何を聞き出そうってんだ?」


「今オレの部下が不可解な判決の末に首を斬られそうになっててね。その審議に関わった人間から真実を教えてもらいたいのよ」


「そんなことをしても審議所の判決を覆すなんてできっこねぇぞ」


「百も承知だって。ただの悪足掻きってやつだ」


 これでダメならエリカへした冗談半分の提案を実行に移すことも考慮しなければならないだろう。

 どんな手段を講じてでもハロルドを助ける、というコーディーの意思はそれほどまでに固い。それをウォルシュも感じ取ったのか、止めろという説得はしてこなかった。


「特大の厄介事の可能性もある。この場を見過ごしてくれるなら引いても構わんよ?」


「はあ……黙って首を突っ込ませておいてそりゃねーだろ。その審議について聞きゃいいのか?」


「いやはや、持つべきものは友人だねぇ」


「やっぱり帰っていいか?」


「ちょ、冗談だって!」


 協力してくれるならばそれに越したことはない。何を聞き出してほしいかウォルシュに伝える。

 そんなやり取りをしてる間に店の中にはコーディー達四人だけになった。だいぶ酔っているフィネガンはそんな周囲には気付いていないようで、グラスをちびちびと傾けている。

 探りを入れる準備は整った。

 薬が混ざったエールを受け取ったウォルシュがそれをフィネガンの前に置く。


「ほらよ」


「……ありがとう」


 フィネガンは緩慢な動作で視線をエールに向けると、何を疑うでもなく口をつける。グイッと三分の一ほど一気にあおった。

 それから薬が効き始める時を見計らってウォルシュが尋ねる。


「そういやこの間は大変だったな」


「……大変?」


「遠征で指揮官だったんだろ?まさかあんなことになるとはな」


「そのことか……」


 ひどく気落ちしたようにそう呟く。死傷者が多く出たベルティスの森での出来事はあまり思い出したくないものなのだろう。

 それだけに口は重いが、酔いと薬が回った今が最大のチャンスだ。


「そういや新兵が一人反逆罪だかで極刑になるみたいだけど何したんだソイツ?」


「実際に見た訳じゃないが、報告書では上官への命令違反に敵前逃亡。帝国の軍服を着ていたことで間諜の疑いがかかっている」


「ふーん。上官に逆らって敵前逃亡ってのは新兵なら珍しい話じゃないが、間諜容疑ねぇ。それで極刑ってことはほぼ確実なわけだ」


「いや……」


 フィネガンが言い淀みながらガシガシと頭を掻き毟る。薬の効果かその目はだんだんと虚ろになってきていた。


「そうと決まったわけじゃない……ただ、アイツは、ハロルドは危険だと言われたんだ。だから殺さねば、でなければ妻が、シンシアの命が……」


 酔いだけではないだろう。

 フィネガンの口調が覚束ないものへと変化していく。


「言われたって誰に?危険ってどういうこった?だいたいお前の嫁さんとは何も関係ないだろう?」


「……ああ、関係ない……が、それでもダメだ。ハロルドが生きているのは、ダメだと。逆らえるわけが、もうすぐ子どもだって産まれるのに……だから、ハロルドには……」


 どんどんとフィネガンの様子がおかしくなっていく。言葉も支離滅裂で、異様な雰囲気が発せられている。

 薬が効きすぎたのか?そう疑問に思っていると、急にフィネガンが立ち上がった。その勢いで彼が座っていた椅子が後ろ向きに倒れる。

 そして――


「……ぁ、ぁぁぁああああ゛あ゛あ゛!!」


 奇声。そうとしか形容できない声を上げながら、フィネガンは駆け出す。そして店内の柱まで駆け寄ると、その太い丸太を両手で掴み、頭を打ちつけだした。

 奇声を上げながら、全力で。二度三度と打ちつけたところでフィネガンの額から血が流れ始める。

 そこでようやく我に返ったコーディーとウォルシュが突然の凶行を止めに入った。


「ちょっとちょっと……!」


「何してんだっ!」


 両脇を二人に引っ張り自傷行為を止めさせる。それでもフィネガンは奇声を発し続けながら頭を左右に激しく振り回す。


 コーディーとウォルシュ、腕っぷしの強い二人に取り押さえられたフィネガンはそれでも五分以上抵抗を続けた。

 しかしその抵抗がぱったりと止む。いきなり意識を失ったのだ。

 脱力した体を仰向けにして急いで呼吸と脈拍を確認する。


「……生きてるか」


 ハァーっと大きなため息が三つ。

 とりあえず治療しようと、コーディーは店主に店に置いてある布や包帯を取ってきてくれと指示を出す。この場に治癒魔法を使える者はいないのだ。

 とにかく今日の聞き取りは無理だろう。怪我自体は軽傷に見えるが頭の中までは分からないし数日は入院させた方がいい。


 店主が消え、しばしの沈黙が訪れる。それに耐えかねたようにウォルシュが口を開いた。


「今のは何だったんだ?」


「……分からない。少なくとも薬の効果ってだけじゃ説明はできそうもないよ」


 フィネガンに飲ませた薬に幻覚や錯乱の作用はない。酒と一緒に飲んでも大丈夫であるはずなのだが。


「さっきのフィネガンはどう見ても普通じゃなかったぞ……」


「そうだねぇ。まるで“悪魔に取り憑かれてる”みたいだった」


 悪魔。先ほどフィネガンが見せた行動への率直な意見だ。

 しかし何気なく口にしたその自分の言葉に、コーディーは薄気味の悪いものを感じるのだった。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 精神干渉系の力を持ってるやつが何かしらしてそうやな
[良い点] 最初の設定が違うだけで途中からハーレム化してしまう有象無象の作品群から一線を画している。 [一言] まだあと62話もあるのか。幸せだぜぇ
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