42話
剣を構えながらハロルドは自問自答する。
なぜコーディーが自分を追いかけてきた?班員のハロルドが抜け出したからだ。
なぜコーディーと戦わなければいけない?力ずくでハロルドを連れ戻すためだ。
つまり全部が全部、ハロルドの行動が原因である。自業自得とも言う。
緊急事態に身勝手な行動を取ったのだから当然阻止されるリスクは想定していたが、追手がコーディーだったのは考えていた中でも最悪に近い展開だ。
そして何にも増して問題なのはコーディーがロビンソン達の傍にいないことである。もしも彼らが戦闘に巻き込まれたとしても、近くにコーディーがいればある程度助けになるだろうと考えていたのだ。
この状況は本当に何一つ好ましくない。ロビンソン達の死亡フラグを潰そうとしたら、逆に強化されてしまったようなものだ。
それに一刻を争う今、ここで無駄に時間を浪費するわけにはいかない。
さっさとスルーしてユノとの合流予定地に向かいたいところだが、それをコーディーが簡単に許してはくれそうになかった。
速さを活かし手数にものを言わせて攻め込んでも、死角を取ったと思った攻撃も、まるで背中に目がついているかのように防がれる。
そして攻めることに意識を割きすぎて守りに隙が生じれば、すぐさま鋭い一撃が襲ってくる。回避できるレベルではあるが、わずかでも集中を欠けば危険だ。
さすがは限定的にとはいえ主人公パーティーに加わるレギュラー格のキャラクターである。
さらに厄介なのはコーディーが手にしている得物が原作と違う、騎士団規格の長剣であることだ。ハロルドが既知の戦闘スタイルとはかけ離れている。
原作のコーディーは柳葉刀と弓矢の二刀流というかなり異色な装備だ。その組み合わせが果たして実戦的なのか疑問ではあるが、ゲーム内では瞬時に得物を変えることで近~遠距離全ての間合いに対応して攻撃を仕掛けてくる。
今のコーディーは長剣と、牽制程度に魔法を使ってくる程度だ。それだけならゲーム時より倒しやすそうに聞こえるかもしれないが、ハロルドの攻撃は完璧に捌かれている。攻略の糸口が中々掴めない。
恐らくコーディーは無理に攻めず守勢に徹しているのだろう。向こうからすれば時間を稼いでいれば後続が到着するのだ。
そうなればハロルドの詰みである。
スピードを最大限に利用して逃走したとしても馬があるコーディーにはすぐに追い付かれるだろう。
ならばやはりここで倒していくしかない。それも可能な限り素早く。
急いた気持ちを抑えきれずにハロルドが魔法を放った。
「『トライデントブリッツ』!」
雷鳴を轟かせながら、三条の稲妻が螺旋を描くように旋回してコーディーを強襲する。
常人ならば体が竦むような雷撃。だがいくらなんでも駆け引きもなしにただ放っただけの魔法を食らうほどコーディーも愚鈍ではない。
「『フレイムカラム』!」
それでもハロルドは魔法による攻撃を継続した。
今度は足元から巨大な火柱が出現する。しかしこれも後方に跳躍することで躱され、その姿が火柱の陰に消えた。
直後、火柱が食い破られるように掻き消された。
「おお、怖いねぇ。『ウィンドファング』」
軽妙な口調で魔法が唱えられる。
本来不可視のはずの風の牙。それが炎をまとってハロルドを貫かんと迫る。攻撃の速度がこれまでより明らかに速くなった。
ハロルドはその魔法に対して回避ではなく防御を選択させられる。
通称『Rガード』。
コントローラーの十字左キーと四角ボタンで発動する物理防御時に、Rボタンを同時押しするとMPを消費しながら魔法攻撃も防ぐことができる。
もちろんのこと実際にコントローラーを握っているわけではないし、ボタンを同時押しするほど簡単に出来る技でもない。
魔法を使う感覚の延長だ。イメージは魔力で形成された盾。
それを体の前に出現させる。
その盾にぶつかり、ガガガガッと音を立てて炎の牙が砕け散った。ダメージは通っていない。
しかしハロルドの足を止めるのが狙いだったのか、コーディーが守勢から一転、攻勢に出る。
唸りを上げる、まさに豪剣。その威力は間違いなくハロルドより上だ。
相手を切り伏せる、というコーディーの迫力に押され、思わず後ろに下がってしまう。するとコーディーはすかさず追い打ちをしかけ攻守が完全に入れ替わる。
無理には攻めてこないと思っていたが読み違えた。コーディーは援軍を待たずにハロルドを打倒するつもりでいる。
負けることはないという自信がある故か。事実、ハロルドには未だ勝ち筋が見えてこない。
速さだけで勝てるほどコーディーは甘くなかった。じりじりと追い込まれていく。
(このままじゃ負ける……!)
ハロルドはそう判断した。
距離を取るためダメージを覚悟で攻撃を受け流すのではなく、真正面から受け止めて意図的に弾き飛ばされる。
「ぐっ……」
剣の面で受けたにも関わらずその威力に骨が軋みを上げる。
それでもなんとか体勢を整え、渾身の力で剣を振り下ろした。
「『グランドパニッシャー』!」
地面が捲れ上がり、コーディーを挟撃しようとする。
大した速度のない魔法だけに難なく躱されてしまった。しかしそれは分かりきっていたことだ。
ハロルドはグランドパニッシャーを連発する。狙いの精度は甘く、ただ近付けさせないためにがむしゃらに乱発しているだけに見えたのか、コーディーが軽口を叩く。
「そこまで遠ざけたいほどオレのこと嫌い?ショックだねぇ」
「無駄口ばかり叩くその口を閉じろ」
立て続けに放たれた魔法の影響で視界が遮られるほど砂埃が立ち込める。辺り一帯の地面は掘り返されたように抉れ、まともに歩くのにも苦労しそうなほど足場も荒れている。これではハロルドが唯一勝っていたスピードも活かせない。
自ら勝機を手放すような愚策。分が悪い賭けだった。
次に距離を詰められれば勝負の天秤はコーディーに大きく傾くだろう。
だからこそ接敵を拒もうとする。たとえ距離を保っていたとしても決定打を入れられることもなく体力を消費するだけでじり貧だ。
ハロルドとしてはどれだけ低い可能性でもここでコーディーを無力化するしかない。
だが数回の剣戟の末、ついにハロルドは剣を取り落としてしまう。やはり今のハロルドではコーディーに勝てない。
「……これで決着、かな?」
「……ああ」
ただし、それは“一対一であれば”の話である。
「――俺の勝ちだ」
絶体絶命の状況にありながら勝利を宣言するハロルド。それを聞き、剣を手離し両手を上げて降参のポーズを見せるコーディー。
そんなコーディーの背後には、彼の首筋や背にナイフを突き付けるユノの始めとした黒装束姿の三人がいた。
「そこは“私達の”勝ちではないですか~?」
「ほざけ。最後の最後を譲ってやっただけだろうが」
「ハロルド様は素直に人を褒めることを覚えるべきだと思います~」
まさしくユノの仰る通りである。ハロルドとしても感謝と優しさの次くらいに褒める言葉を修得したいところだ。
するとそんな二人のかけ合いを見ていたコーディーが楽しそうに笑い出した。
「どうした?本格的に頭がおかしくなったのか?」
「いやいや、あんなにハッキリ“仲間なんて不要だ”って言ってたもんだから援護の存在は頭から抜けててねぇ。上手くやられたなぁと」
ハロルドとしてはそこは思惑外である。
“友達いるの?”と聞かれて“いねぇよ!”と半ギレで返しただけだ。煽られているのかと思ったが、まあ結果オーライだろうと納得する。
「魔法を連発して視界を悪くしたのも彼女達の存在を悟らせないため?」
「理由はそれだけじゃないがな」
途中から派手に魔法を乱れ撃ったのはユノ達に戦闘中であることを気付かせるという狙いもあった。
事前の計画では黒装束の内の何人かが哨戒任務を行う部隊を尾行して異常があればすぐに連絡を入れさせ、あらかじめ決めておいたポイントで合流、という手筈になっていた。
その合流予定場所がそう離れていなかったので魔法を狼煙代わりにしたのだ。
運の要素が多い行き当たりばったりの勝負になったが、ユノ達がそれなりの実力者だったおかげもあってなんとか成功した。
「さっさとコイツを拘束しろ」
「手荒なことはしたくないので大人しく捕まって下さいね~」
「はいはいっと。ひどい扱いだよ全く」
「何なら手足を縛ってここに放置してやってもいいが?」
「それは勘弁!モンスターのエサになる趣味はないって!」
言われた通り抵抗せずにコーディーは囚われの身となる。
とりあえず武器を奪い、ロープで簀巻きにされたコーディーを木の枝に吊るしておく。この辺りに大型のモンスターは生息していないようなので高さを間違わなければ早々危険に陥ることもないだろう。
もうしばらくすれば後援組の騎士団も近くを通過するはずだ。
発見しやすいように木の幹に馬も繋ぐ。これで見落とされることはないだろう。
「滑稽な姿だな。似合いだぞ」
「わざわざ捕まえたのに置いていくのかい?これじゃ時間稼ぎにしかならないけどいいの?」
吊るされた状態でもコーディーは平然と話しかけてくる。
らしいと言えばらしい姿かもしれない。
「貴様にはまだ役目があるからな。しばらく風に揺られていろ」
「役目って?」
「仮にも分隊長ならその役職を果たせということだ。行くぞ」
大分時間をロスしてしまった。ハロルドはコーディーへの意味深な言葉を投げかけるのもそこそこに急いで合流予定地、そしてベルティスの森へと向かう。
改めて馬に乗り、そこから騎行することおよそ2時間。ようやく森の入り口に到着した。
偵察として先行していた黒装束から状況を聞き出す。
「今の状況はどうなっている?」
「騎士団と謎の集団、ハロルド様の予想では星詠族に扮したサリアン軍と思われますが彼らの交戦がすでに開始されています。双方に死傷者多数」
死傷者多数。その言葉がハロルドに重くのしかかる。
もっと上手くやれば彼らの死も免れたかもしれない。言い表し様のない悔恨が湧き上がる。
ハロルドはそれをぐっと飲み込んだ。
『ですがいかに優れた人間でも一人では限界があります』
思い返したのはエリカに浴びせられた戒めの言葉。原作知識があるから全ての未来を変えられる、という思い上がりは捨てなければならない。
ハロルドは他人の命をポンポンと背負えるほど高尚な人間ではないのだから。
「また、騎士団に扮したサリアン軍と星詠族の交戦も確認しています」
「はっ、最悪だな。騎士団と星詠族の交戦はどうだ?」
「騎士団が上手く誘導されているようですね。まもなく星詠族の生活圏へ侵入するかと」
「どうするのですか~?」
「予定通り二組に別れろ。俺はサリアン軍として騎士団の前に姿を晒す。引き付けている間に不意を突いて騎士団に攻撃している連中を捕縛しろ」
「了解した」
「残りは星詠族の方へ回れ。指示は頭に入っているな?」
「もちろんです~」
あとはもう各自の働きに期待するしかない。この一戦をどう乗り越えるかでハロルドを待ち受ける未来が大きく左右される。
いや、自分だけの話ではない。コーディー隊やライナー達、そして黒装束達にも影響を与えることになる。
「……聞け」
静かにハロルドは口を開いた。
全員の視線が集中する。ハロルドはそれに力強い眼差しを返す。
「貴様らはタスクの命を受けてここにいる。そしてアイツは俺に命を預けろ、と言ったそうだな?」
「はい、相違ありません」
全員が頷く。
それに異を唱えず仕事と割り切っているのなら大したプロ根性である。生きて帰れたら「大層なものを背負わせてくれたな」とタスクに恨み言のひとつでもぶつけようと決心した。
「つまり貴様らの命は俺が握っているというわけだ。この意味が分かるか?」
「ハロルド様のために死ね、ということでは?」
「バカか貴様は」
その答えをバッサリと切り捨てる。
しかしそれが意外だったのか黒装束達に困惑の色が浮かぶ。
なら分からせておくべきだろう。気弱な心は押し殺し、いつもの皮肉げで自信に満ち溢れた、猛禽な笑みを見せつけるように浮かべた。
「貴様らの命は俺の所有物だ。全員、俺の許可なく死ぬことは許さん。それを肝に銘じておけ」
そしてハロルドがこの世界に来て最大の戦いの幕が上がる。