31話
王都アマジールにはレガリア城という名の城がある。いわゆる王城と呼ばれるもので、国を治める王族が住まい、国の運営に携わる重役らが日夜議論を交わす場だ。
このレガリア城は王都のほぼ中心に位置し、人工的に作られた矩形の高台の上に建っているため、街の中からならどこからでも目にすることのできるシンボリックな建造物でもある。
そしてレガリア城の麓には、高台を囲うように石造りの城郭が築かれている。その城郭には南北の2ヶ所の門が備えられており、城までの距離は直線でおよそ150メートルほどだ。
この高台と城郭の間に広がる城を取り囲む通路のような形をした空間は、有事の際に砦としての役目を果たすだけでなく、国王直属の遊撃部隊である聖王騎士団の本丸も兼ねている。
騎士団全体を統括する本部施設を始め、団員が居住するための宿舎や訓練場などが備えられており、長期の遠征や出向している者を除けば聖王騎士団に所属している人間はこの敷地内で寝食を共にしている。
ロビンソン達からそんな説明を受けながら、ハロルドは半分聞き流しながら時間が来るのを待っていた。ちなみにその内心では未だにロビンソンの強面に腰が引けていたりする。
王都に向かう道中でもロビンソンに魔法な使えるのか確認を迫られた時は恐怖で咄嗟に魔法を放ってしまった。
モンスターと戦うことでそれなりに恐怖心は克服したが、その精神力すら揺らぐ程度にロビンソンの風貌は刺激的なのである。
「……そんなことよりアイツはどこへ行った?」
「すぐ戻ってくると思うんだけどなー。まあ気にしないで待ってりゃいいさ」
「その間は見世物になれ、というわけか?ふざけるな」
内心のイライラが滲み出んばかりにハロルドがそう吐き捨てる。珍しく本心と言葉が合致した。その理由は今ハロルド達を取り巻いている状況にあった。
対人戦の調練で使用されるという演習場で、大勢の騎士団員に遠巻きに囲まれながらハロルドは立ち尽くしている。
その顔は不機嫌そのもの。王都に到着し、誘われるがまま騎士団の施設に通されたと思ったらいつの間にか責任者が姿を消し、挙げ句衆目に晒されながら放置されているのだからそうなるのも無理はない。
「やあやあお待たせー」
そんなハロルドの苛つきなど露ほども知らず、いつもの緩い調子のコーディーが戻ってきた。
蹴り飛ばしてやりたい衝動を抑えつつ、まずは状況の説明を求める。
「貴様、どこへ行っていた。そもそもアイツらはなんだ?」
「ゴメンゴメン、ちょいと野暮用があってね。で、ハロルド君には彼らと戦ってもらいたいのよ。入団試験ってやつ?」
「何?」
コーディーのセリフに反応したのはハロルドだけではなかった。
集められていた団員達からもざわめきが起こる。どうやら事前の説明がなかったのは彼らも同じらしい。
するとヒゲ面の男がコーディーを問いただす。
「どういうことだコーディー。俺達はヒヨっ子共のテストをするとしか聞かされてないんだが」
「そーよ。そのテストと彼の入団試験を兼ねて戦ってもらうのさ」
その一言でハロルドへの視線が集中する。
そして誰もが思ったことをヒゲ面の男が口にした。
「入団試験ってその子どもかが?どう見ても規定の年齢には達していないだろう」
(またこのやり取りかよ……そしてやっぱり一筋縄じゃいかないなこの野郎!)
コーディーの性格からして何かしらあるだろうとは予想していたが案の定だった。ここまで赴いているのだからその程度を嫌がるつもりはないが、前もって話しておくくらいはしてほしい。
まあ恐らく「驚かせようと思って」などという下らない理由でわざと黙っていたのだろうが。
「大体、ヒヨっ子と言えどアイツらはもう2年以上訓練しているしわずかだが実戦経験もある。子どもには荷が重い相手だぞ」
彼の言い分は尤もだ。騎士団は入団希望者が多い反面、入団できる倍率はかなり低い。また、騎士団の一員となってからもその厳しい訓練内容から辞める者も後を絶たず、入団後に控えるテストに不合格となれば退団扱いとなる。
大半の者はそういったふるいにかけられ、より厳しい訓練と実戦を生き抜き、入団から3年が経過してようやく新米扱いを脱することができるのだ。
一人前の扱いとなるのはそこからさらに数年、入団からおおよそ5年はかかる。心と体、両方が強靭でなければ辿り着けないだろう。
そもそも入団することができた時点で優れた才能と実力を認められた者達だ。その中でまだ未熟ではあれど選別されたのが、彼の言う“ヒヨっ子共”なのである。
「その辺は大丈夫。この子はとびっきりの逸材だからねぇ」
だが至極真っ当なその意見を、コーディーは全く意に介さない。それどころか、逆にハロルドの相手をすることになる団員達にこう告げた。
「むしろ君達こそ舐めてかかると痛い目を見ることになるから気を付けてねー。っていうかハロルド君を倒せたら次の昇任試験に推薦してあげてもいーけど?」
その口振りは、新兵程度ではハロルドを倒せない、と言っているのも同然だった。
こうまで言われて奮い立たない者など騎士団にはいない。未だ新米とは言えど自らを鍛え上げることに心血を注ぎ、今の肩書きを手に入れたのだ。
重ねてきた努力への自負と、騎士団の一員であるというプライドがある。
だというのに子どもの入団試験の当て馬にされ、自分達の方が低く見られるのはいい気分ではない。
コーディーに焚き付けられ、団員達が不当に下されたとしか思えない評価を覆してやろうと静かに息を巻いているのが肌で感じられる。
「まあそういうわけだから頑張ってね」
してやったり、と言わんばかりの顔でハロルドの肩を軽く叩くコーディー。
しかしその程度でハロルドの鉄面皮は歪みもしない。元より戦闘経験を積むことは死亡フラグの回避に次いで重要な課題である。
不意打ちの展開は多少頭にきたが、整えられた状況自体は望むべきものだ。
「コーディー」
「何かな?」
「褒めてやるよ」
いつも通りに不遜な言葉を吐きながら、自然と口角が上がる。
この体に憑依してから度々感じるようになった、闘争本能とも呼べる昂り。激情が胸に灯り、その熱が全身へと広がっていく。
それを頭の片隅で冷静に把握する。この感覚は初めて味わうものではない。
イツキと剣を交えた時も、初めてモンスターと対峙した時もそうだった。強い緊張を感じながらの戦闘を前に発露するそれは、恐らく原作ハロルドの名残のようなものなのだろう。
強い相手を打ち負かしてこそ自身の強さ、優秀さを誇示できる。それによって得られる愉悦に溺れたのだ。
故に原作のハロルドは自身の否定へと繋がる敗北というものを絶対に認めなかった。だから原作でライナーに敗れたハロルドは更なる力を渇望し、それによって自らの身を滅ぼすことになる。
(ある意味バトルジャンキーだよな。純粋に強さを求めてるわけじゃなくて、強いことによって得られる羨望や栄光に固執してるから質が悪いけど)
それが原作ハロルドの本質なわけだが、皮肉なことに今の状態では欠点にはならない。
根本こそ歪んでいるものの、要は相手が強ければ強いほど勝利への欲求も増すのだ。そしてその想いは戦闘時の動きに反映される。
より速く、より鋭く、より正確に。
相手が強く、不利な状況である程、体と技のキレは増していく。それはすでに度重なる戦闘の中で実証済みだ。
ところが最近はイツキとの手合わせを始め、強敵を相手にした緊張感のある戦いからは遠ざかっていた。数をこなす内に慣れてしまったからである。
そんな中、コーディーの手引きによって行われることになった今回の入団試験は、平沢一希の思惑と、ハロルド・ストークスの自己顕示欲、その両者に応えるものだった。
鞘から引き抜いた剣を構えながら、ハロルドは団員達へ向けて口を開く。
ただ普通に、よろしくお願いします、と。
「負けたい奴からかかってこい」
当然ながら実際に吐き出された言葉はいつも通り、そしてハロルドが望んだ通りにまるで別物だった。
このセリフがだめ押しになったのか、集団の中から一人の青年が歩み出る。
その目には並々ならぬ闘志が漲っていた。完全に本気だ。
本当にこの口は煽りの天才だな、と思わず苦笑する。端からは嘲笑しているように見えたかもしれない。
「コーディー分隊長、先程のお話は本当でありますか?」
歩み出てきた青年が挙手をしてコーディーに尋ねた。その動きも話し方もキビキビとしている。
「もっちろん!まあ彼に勝てればだけどね」
「はっ、ありがとうございます!」
お手本のような敬礼を見せてから、青年がハロルドの方へと向きを直す。
「少年よ、悪いが本気でいかせてもらう。だけどこれも自分の世界がいかに狭いかを知る良い機会だ」
「大層なご高説痛み入るな。その礼に貴様を地べたに這いつくばらせてやろう」
青年の言葉を一蹴し、ハロルドも前へと踏み出して向かい合う。その二人を中心にピリピリとした緊張感が広がっていく。
「とりあえずお互い死なない、殺さない程度ならなんでもありってことで。んじゃまあ適当に開始~」
「推して参る!」
内容に反して軽すぎるコーディーのかけ声とほぼ同時に青年が突進してきた。
やはり鍛え上げられているだけに動きは素早い。上段から振り下ろされた斬撃もかなりの威力があるだろう。
だが、その程度でしかなかった。
頭上から迫る斬撃を掻い潜ったハロルドは、相手の懐へと踏み込むと腹部のプレートメイルに刃を突き立てる。
ガキン!という金属音と共に青年が弾かれたようにのけ反って二、三歩よろめきながら後退するとそのまま仰向けに倒れた。突きの衝撃は鎧の内側まで到達したらしく気絶した。
コーディーが倒れた青年の顔を覗き込む。
「……完全に目を回してるな、こりゃダメだわ。おーい、誰か担架もってきてー」
「は、はっ!」
運ばれていく青年を見送ってから、ハロルドは再び鋭い視線を騎士達へ送る。
その視線に射抜かれて数名が気圧されてか肩を竦めた。しかしハロルドは構わず続きを促す。
「次、こい」
ハロルドにはこの試験の中で確認したいこと、そして試してみたいことがあった。そのために今は余計な考えは排して戦うことに集中する。
次に歩み出てきたのは先程の青年よりも大柄で屈強な男。口を開くこともなく一礼する。
正面から向き合うと今度はハロルドの方から仕掛けた。
まずは小手調べに軽く切り結ぶ。何度も打ち合いながら徐々にスピードを上げていくが男は難なくついてきた。
いつもイツキと打ち合っているような速さになっても動じる素振りはない。話に聞いていた通りかなりの実力を有しているようだ。
それを確認してハロルドは一度距離を取る。
そして構えを解き、剣を下げて無防備な状態を晒す。その顔には不敵を通り越し、相手を見下したような歪んだ笑みが貼り付けられている。
完全に挑発している顔にはこう書いてある。
“斬ってみろ”と。
言葉よりも雄弁に語るその態度に我慢ならなかったのだろう。男は斬りかかる。その速度は最初の応酬よりも格段に速く、力強い。
それをハロルドは剣で防ぐ……ことはしなかった。依然として剣を握る右手は下げられたまま、ひたすらに相手の攻撃を躱すのみ。反撃に転ずるつもりはなく、苛烈に攻め立ててくる相手の挙動をまじまじと観察する。
時間にすれば数分。ひたすら回避に徹して確信を得る。
(もしかしてと思ったけど、本当にあるのか。固有モーション)
固有モーションとはその言葉の通り決められた動きのことを指す。ゲームのキャラクターにはそれぞれに定められたモーションが存在する。
今ハロルドが相対しているのは騎士団の団員、ゲームの仕様で言うところの“騎士1”というキャラクターだ。
『Brave Hearts』というゲームの進行上、敵キャラとして登場する“騎士”とは何度も戦闘することになる。彼らは騎士以外の設定を持たない、いわゆる雑魚キャラと呼ばれる存在だ。
故に様々な動作、モーションは統一されている。それが騎士にとっての固有モーションとなる。
この世界に固有モーションがあると気付いたきっかけはモンスターとの戦闘中のことだった。最初は緊張でいっぱいいっぱいだったが、戦闘に慣れ、相手を観察する余裕が生まれると、見慣れた動きをしていることに気が付いたのだ。
これから繰り出される攻撃や魔法のタイミングと種類が、記憶にあるゲーム画面の中の動きと完全に一致していた。
当然ながらゲームにはなかったモーションをみせることも多いのだが、それでも相手の次の動きが分かるというのは非常に大きなアドバンテージとなる。それにより戦闘での安定感が飛躍的に向上した。
だからハロルドは次にこう考えたのだ。
人間のキャラクターにも固有モーションが存在するのではないか、と。
しかしその可能性に思い至ったまではいいものの、問題はハロルドが知るキャラクターと戦う機会がなかったということだ。確かめようにもその相手がいなかった。
そんな時に舞い込んだのがデルフィトの闘技大会。騎士と同様のモブ敵でも既存のキャラクターと戦えると思い参加することにした。
しかしいざ蓋を開けてみれば対戦相手は子どものみ。唯一固有モーションを知るライナーも原作の年齢には達しておらず、ゲーム内のような動きはしてこなかった。
それが今日、思いついてからおよそ2年弱の時を経て、ハロルドの仮説は正しかったと証明された。
もちろんまだまだ検証は必要となるが、対人の戦闘でも先読みというアドバンテージを得られる可能性は大きくなった。
そんなわけでハロルドは自然と上機嫌になり、凶悪な笑みはその深さを増していく。そして固有モーションによる攻撃の多い騎士の剣を避けるのは実に容易く、余裕綽々で紙一重の回避を続けるハロルドの姿は傍目からだと実力差がありながら相手を弄んでいるように見えた。
そんな現状に痺れを切らしてか騎士が間合いを取る。すると体の重心をやや沈め、踏ん張るような姿勢になる。
これは騎士が魔法を発動するモーションだ。
騎士の足元に浮かび上がる淡い水色の魔法陣。ハロルドならそれだけの情報があれば魔法を絞り込める。
(騎士はどの魔法でもモーションは固定。そして青い魔法陣、水属性の魔法は1種類しか使えない。つまりあいつが使うのは――)
ハロルドは左手を前方に突き出し、その魔法名を口にする。
『アクアスラッシュ!』
両者が同時にそう唱えると空中に無数の水の刃が出現した。刃渡り30センチほどの刃がそれぞれ相手に向かって飛来していくが、二人のちょうど真ん中辺りで激突し、その衝撃によって水飛沫をあげて消失する。
これもハロルドの狙い通りだ。
原作であれば一度発動した魔法は回避するか防御するしかない。物理攻撃でも魔法でも打ち消せなかった。
しかしそれはあくまでゲーム上での仕様である。この世界であれば魔法は魔法で打ち消せる。
これは既に実証済みだ。
見れば相手の顔は驚愕に染まっていた。魔法は魔法で打ち消せるという知識は当然ながら彼にもある。
だがそれはあくまで戦いの中で起こる偶発的な事象であって、間違っても“狙って起こす”ようなものではないからだ。
攻撃速度の速い魔法に魔法をぶつけるという技術自体が困難ということもあるが、基本的には同属性、同規模の魔法で迎撃しなければ打ち消すことはできない。闘技大会でハロルドがやってみせた雷で炎を打ち消すような真似は、相手より威力が強い魔法で力任せにねじ伏せたからこそ成し得ただけだ。
加えて基本的に発動するまでは相手がどんな魔法を使うかなど察知することはできない。こんな手段で魔法を防ごうとするなら常に高威力の魔法を放つ必要がある。
はっきり言って効率が悪く、戦術として組み込めるような代物ではない。それがこの世界における常識だ。
とはいえそれはこの世界における話であり、ハロルドにはそんな常識など通用しない。
驚愕から立ち直った男は再び攻勢に転じる。
だがそこに先ほどまでの速さや鋭さはなかった。剣も魔法も攻撃の精度が粗くなっている。
種も仕掛けも分からない人間からすれば圧倒的な技量を見せ付けられたのだ。動揺しても不思議ではない。
何にせよこうなれば回避も防御もより容易くなる。相手の動きをことごとく先読みし、全く危なげなく捌いていく。
そして大きな隙を晒した瞬間にカウンターとなる一撃を叩き込んで打倒した。
ハロルドの最大の武器ともいえる速度には頼らない。それに頼りきっていては、いずれ対処できない事態に陥ることもあるだろうと考えたが故だ。
だから戦闘技術を磨く必要がたり、同時に今の自分の技術がどこまで通用するのかを見極めなければならない。そのためにこの入団試験は一石二鳥、三鳥の価値がある。
「いちいち相手をするのも面倒だな。どうせなら全員でかかってきても構わないぞ?」
身勝手な理由で悪いと思いながらも、彼らに全力を出してもらうためにハロルドは挑発を続ける。
相手を煽ることに長けた彼の口は、今日も絶好調だった。
◇
「凄いですね、彼……」
フィンセントの隣に立つシャノンが眼下で繰り広げられている光景を呆けたように形容する。凄い、という簡潔な言葉が指しているのは、演習場で騎士団員を相手に大立ち回りを演じている黒衣の少年だ。
それに対してフィンセントは小さく「ああ」とだけ返した。
確かに凄い。素晴らしい、とさえ言えるだろう。
少年はどんな攻撃も的確に防ぎ、自分が攻める時はほとんど一撃で勝負を決めるのだ。攻守両面において完璧に対応してみせている。
入団試験を受けに来た15歳にも満たないような少年が、だ。
シャノンが漏らした感想は当然であり、正しい。異議を挟む余地はない。
だがその完璧さがためにフィンセントは非常に大きな違和感を抱く。
(どういうことだ?あまりにも完璧すぎる)
少年の戦い方は相手の動きが分かっていなければできないものだ。危なげのない戦いとはまた違う。
あまりの流麗さに、まるで事前に取り決められた殺陣なのではないかと思わず疑いたくなる。
これはただ相手の攻めを予測するだけでは成り立たない。回避ひとつにしても漫然と避けるだけではなく、次の攻撃に際して最適な回避・防御を行える位置取りをし続けている。
それこそ予知でもしていなければ、あそこまで無駄な動きを省いて攻撃を捌くことは困難だ。常に二手、三手先の出方を“知っている”としか思えない。
騎士団に決まった戦いの型があるのは確かだ。特に少年が相手にしている新兵にはその型が基礎として叩き込まれている。
それが身に付いてからは実戦を通し、自分の戦闘スタイルに合わせて最適化されていく。フィンセント自身も今の型は元のものと比べて大きく変化しているが、そのベースになっているのは間違いない。
まあそこまで変化しているのは騎士団全体でもほんの一握りの実力者のみなのだが。
つまり何を言いたいのかというと、部外者であるはずの少年がその型を熟知しているのは、“凄い”のではなく“おかしい”のだ。
(そう、おかしいんだ。あそこまで効率的な戦い方は単に実力や経験があるだけでは不可能だ)
ならばどうやって少年は不可能を可能にしているのか。
考えられるとするならば、あの少年は戦場で聖王騎士団と剣を交えたことがある、という可能性。それも一度や二度ではなく、型や太刀筋、コンビネーション、魔法を使用するタイミングやその種類、それらのきっかけになる些細な動作まで記憶するほどに何度も。
仮にそうだとすれば、彼が敵対勢力に属している危険性も充分に考えられる。そんな人間が入団試験を受けに来たとなれば、恐らく目的は騎士団内部に潜り込んでの工作活動。
「……シャノン君、頼みたいことがあるのだが」
「なんなりとお申し付けください」
「ここ10年で聖王騎士団が参加した戦闘記録を集めてほしい。大規模交戦から1分隊のみの交戦や個々人レベルの小規模なものまで全てだ」
「期日はいつまででしょう?団員個人の戦闘記録までとなりますと少々お時間がかかりますが」
「構わない。大規模交戦の記録を洗っている間に揃えてくれ」
「畏まりました」
シャノンが恭しく頭を下げる。いつもならその丁寧さに苦笑を浮かべたくなるが、今はそんな気分ではなかった。
発動する魔法を先読みし、相殺するなんて馬鹿げたことが可能になるほど研究されているのだ。自分達でも認識できていない癖なども露見しているかもしれない。
あの少年を不合格にして追い返すことは簡単だが、それはあまりにも危険だ。とても捨て置いていられるものではない。
ならばこちらに引き入れて、監視をしつつどこに属している人間か探りを入れる。もしかすると彼の他にもすでに騎士団や王国内部に侵入している間者が存在するかもしれない。
ならば逆に彼を利用して他の間者も炙り出してやろう。
「ただの杞憂であればよいが……」
「何かおっしゃいましたか?」
「いいや、なんでもない。私達は仕事に戻ろうか」
「はい」
窓の外で黒衣の少年が20人抜きを達成したのを見届け、彼らは再び書類仕事に取りかかるのだった。