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3話



 重要な情報を手に入れたとはいえ問題の解決にはまだほど遠い。クララとコレットを助けるための具体的な策を練る必要がある。

 とりあえず2人にはストークスの領地から出て、原作主人公のライナー一家が暮らすブローシュ村に移り住んでもらおうと一希は考えていた。


 クララが存命のままでコレットとライナーが出逢う確率はこれが最も高いはずである。原作をプレイした限りブローシュ村は決して大きくはないし、ゲーム中のライナーの発言から村の子どもは全員顔見知りだったということも分かっているのだ。

 問題はコレットとライナーが原作ほど密接な関係になれるかどうか、なのだが。


 クララが生きていればコレットがライナー一家と共に暮らすという状況を作り出すのは難しい。

 ならばなんとかしてコレットを幼馴染みポジションに据えられないものかと思案する。


 うむむ……と唸っていても妙案は浮かばない。そんな行き詰まったタイミングで現れたのは他ならぬノーマンだった。


「失礼致します」


 数時間前と全く同じ動作で頭を下げるノーマンを見て一希は、さすが鍛え抜かれた執事は違う、と無意味な感動を覚えた。

 先程と異なる点があるとすれば両腕に抱えられた紙の束だろうか。


「ハロルド様、ご気分の方は……」


「何度も言わせるな、問題ない。で、それはなんだ?」


「ストークス領周辺の地図と領内外に位置する近隣の集落に関する情報でございます」


(ノーマンさん有能!)


 というキャラ崩壊を招きかねない歓喜の声は抑え込んだ。まあ発したところで「ほう、少しはやるじゃないか」くらいの賛辞かどうかも怪しい言葉に訳されるのだろうが。


 それにしてもノーマンは僅か数時間で山のような情報をかき集めてきたらしい。その間の仕事はどうしたんだという疑問は無視することにした。


「大層なことだな。それで貴様はどうやってあの使用人を救うつもりなんだ?」


「……非常に申し上げにくいことですが、私としてはストークス領外に移住させるのが理想と考えております」


 これはノーマンにとって大きな賭けだった。

 領民を外へ出す、ということは労働力と税を納める人間を減らすということだ。最初から殺すつもりなら気に留めはしないかもしれないが、ハロルドがそう考えているとは思えなかった。


 しかしそれ故に労働力と税収が他貴族のものになることを不快に感じるかもしれない。

 貴族の面子、というやつだ。


「そうか。候補の町はどこだ?」


「そ、それは此方に……」


 だがハロルドの何事もないような対応に、警戒していた分ノーマンは肩透かしを食らう。

 肝心のハロルドはノーマンの話を聞きながら持ち込まれた資料に目を通している。その姿勢は真剣そのもの。


 むしろノーマンの提案に乗り気ですらあるかのように、問題となりそうな箇所の解決策をすぐさま勘案し始めた。


「領外へ移住するとなると揃えなければならない物が多いな。そもそも他貴族の領地間は気軽に行き来できるのか?」


「個人であれば特に規制はありません。しかし慣れぬ土地に何も持たず送り出されては生活も儘なりますまい。最低限の物資は必要かと……」


 そうなれば小型の荷馬車を使う必要がある。もちろんストークス家の荷馬車だ。

 そして貴族や商人の馬車となると通過するために通行証が必須となる。


「物要り、加えて娘も一緒となれば馬車を利用せざるを得ないな。通行証もどうにかするしかない、と……全くもって面倒この上ない話だ」


 言葉とは裏腹に資料から目は片時も離れない。

 そしてノーマンはハロルドが当たり前のようにクララとその家族を把握していることに驚いていた。普段は両親と同じように無関心だとばかり思っていたのだが。


(もしや……いえ、そうなのでしょうな。ハロルド様はこの歳にして民のことを真に想っているのだ)


 だから彼女を助けてほしいと進言した当人にも自らで事に挑めと仰ったのではないか?

 そう考えれば全てが腑に落ちる。


 魔法の実験台などと嘯いたのも斬り殺されそうになった彼女を一時でも安全な場所に隔離するためではないのか。


 たった1人では実利など皆無に等しい労働力や税収の移譲に難色を示さないのは見栄を持たず本気で彼女を救いたいがためではないか。


 今後のことを考えればクララはストークス家の力が及ばない地へ逃げるのが最も安全なのだ。ならばその提案を拒否するはずがない。

 彼は最初から彼女を助けるために動いていたのだ。図らずもその助力を申し出た自分に本気を求めるのは当然だった。


 ノーマンの胸に熱いものが込み上げてくる。そして同時にハロルドに対して疑念を抱いた自分を恥じた。

 1人の使用人を救おうとここまでひた向きに方法を模索している少年を疑うなどあってはならない。

 彼が本気なら自分も本気にならなければ。そう思うと口調にも自然と熱が入る。


「こちらの町ではこれからの季節に収穫祭で常に人手が必要となり……」


「ストークス領に比べると物価が高い。安定した収入が得られる環境がなければ……」


 自分の意見に対し、ハロルドは資料を元に的確な指摘を行う。その思考力・視野・知識は10歳のそれではない。

 中身が大学生なのだから出来て不思議はないのだが、それを知らないノーマンには一希ハロルドが神童に思えてならなかった。


 素直な思いを口にするならノーマンはストークス家に良い感情は微塵も抱いていない。

 現在の当主とその妻は純血主義にして選民思考の塊だ。純血貴族以外は見下し、領民を人とも思っていないのだ。


 だがそんな2人の息子である彼は違った。

 安易な偏見に囚われず、人として大切な倫理観を持ち、大人と遜色のない物の見方ができる。


 この少年はストークス家を変える希望の光なのではないか。そんな期待を抱かずにはいられない輝きをハロルドは放っていた。


「――以上でございます」


 結局、ヒートアップした話し合いが終了したのは開始から2時間以上経過した頃だった。窓の外ではもう空が茜色に染まっている。


 ノーマンとの意見交換によって一希にも見えていなかった細かい部分にいくつか気付くことができた。

 これで2人をブローシュに移住させる算段の見通しは概ね立った。


 迷うのは決行日をいつにするかである。原作をプレイした限りハロルドがクララを殺すまで大きな日数の経過は感じられなかった。

 最短で当日の夜、長くても翌々日といったところだろう。


 大幅な遅延さえなければ原作に影響は出ないだろうが、保険をかける意味でも今日を含めて3日の内には決行したい。あまり焦らせて両親に疑惑を持たれる事態も避けたいからだ。

 とはいえ今日これからというのは現実的ではない。ならば明日か明後日だろう。


「ノーマン」


「はっ」


「決行は明日の夜だ。通行証は俺がどうにかしてやる。貴様はそれまでに準備を整えておけ」


「承知致しました」


 悩んだ末、一希は翌日の決行を選択した。

 ハロルドの性格からしてクララを殺したのは恐らく当日、つまり今日の夜だ。なるべくそれに近い状況にしたかったための判断である。


 退出するノーマンを見送り、1人きりとなった部屋で西陽を浴びながらこれから明日夜までの行動とセリフを何度もシミュレーションしていく。

 絶対に失敗は許されない一発勝負。なにせ人の命まで背負っているのだ。

 これで緊張しないはずがなかった。


 その緊張を振り切るように一希は一心不乱にシミュレーションを繰り返す。

 夕食の時間となり、没入した意識が現実に引き戻されるまで、ずっと。


 その甲斐あってだろうか。

 いざ夕食が始まり父親を欺くための嘘をすんなり切り出すことができたのは。


「そうだ、父さん。お願いがあるんだ」


「どうした?ハロルド」


「最近レイツェに鍛冶屋が店を開いたらしくて、そこの剣がすごいんだって。俺もそれが一振り欲しいんだ」


「ふむ、ならば商人にそこで適当に何本か買ってこさせるか」


「それじゃ時間がかかるよ。俺は今すぐにでも欲しい」


「ハロルドは本当に勇敢ね。将来はアナタのように立派な貴族になるわ」


 ほほほほ、と笑う母親。

 剣を欲しがっただけでなぜ勇敢なのか一希にはさっぱり分からないが、援護射撃には違いないので利用させてもらうことにした。


「母さんもこう言ってるし、ねぇいいでしょ?通行証があれば遣いに買いに行かせられるからさ!」


「ハロルドがこんなに欲しがっているんですよ?一筆したためてあげれば良いじゃないですか、アナタ」


「そうだなぁ。では明日の朝に通行証を書いてやろう」


「ありがとう父さん!」


 笑いに包まれる食卓を一見すれば、仲の良い幸せな家庭。

 だが周囲の使用人達にその光景を温かく見守る者はいない。


 皆分かっているのだ。彼らは自分達を路傍の石のようにしか見ていないことを。

 居ても居なくても同じ。そもそも眼中にないのだから。

 雇い主の一家とはいえ、そんな連中を好ましく思うはずがない。


 当主とその妻以外にとっては寒々しい団欒が夜と共に更けて行く。

 だが、それが偽りの光景だと知る者はこの場にはいない。


 一希とノーマン以外は。




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― 新着の感想 ―
[良い点] ホントに味方が少ないなぁ。例え味方が増えても口調はずっと厳しいままっていうのもなかなかにシビア
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