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26話



 熱気を帯びた人の波に揉まれながら、それでも人々をかき分けて前に進む。

 悪いね、ごめんよ、などと周りに声をかけながら軽快な身のこなしであっという間に観戦席の最前列まで辿り着いた。


「お、どうやら間に合ったみたいだねぇ。部下に仕事を任せてきた甲斐があったってもんだよ」


 アゴの無精髭を撫でながらコーディーはステージに立つ黒髪の少年を見つけてそう呟いた。

 コーディーの隊は街中の巡回警備を命じられている。彼はそれをロビンソンを始めとする三人の部下に押し付けて闘技大会を観戦するために抜け出してきた。

 今頃部下達は恨み節を愚痴りながら仕事をこなしているだろう。後で顔を合わせる時はお小言を頂戴することになるが、今はそれを忘れて己の好奇心を満たすことを優先する。


 見晴らしの良い席を陣取り面白味に欠ける試合を眺めること数試合。ようやくお目当ての少年が舞台に現れた。

 質の良い革で仕立てられた衣装。左腕に装着している籠手も色味からして一般的な青銅とは異なる材質が使用されていそうだ。


(ありゃ下っ端の騎士おれたちよりも上等なモンだなぁ。どっかの貴族様かね?)


 コールネームもMr.ロードという、いかにもな偽名だった。装いからしてただの市民という可能性は低そうである。

 だとすると騎士団に引き抜くのは少々手こずるかもしれない。実際に引き抜きをかけるかどうかは実力次第であり、コーディーはそれを見極めに来たのだ。


 つまりこれは未来の騎士団を担う逸材のスカウトという立派なご名目が立つ。断じてサボっているわけではない。

 などと、いざという時にこねる屁理屈も用意した。これでなんの憂いもなく少年の試合に集中することができる。


「お手並み拝見といこうか……ね?」


 しかしコーディーがそんなセリフを言い切る前に試合は終わっていた。始め!という掛け声の直後、一足で間合いを詰めたロードは相手の剣を弾き落とし、次の瞬間には切っ先を突きつけていた。

 時間にすれば3秒もかかってない、電光石火の決着。対戦相手の少年の目が点になっているのはムリもないことだ。


 それでいて相手を射殺すような鋭い視線は、ともすれば眼前で止められた模造刀よりも恐怖心を煽るかもしれない。

 殺気立つロードの雰囲気に呑まれて対戦相手は声を震わせて降参を宣言した。


 一瞬の決着に、今まで沸き立っていた観衆も何が起きたのか分からずどよめいている。

 そんな周囲の困惑など気にも留めずにロードは去っていった。


「……おいおい、これって本物の逸材ってやつじゃあないの?」


 こういった大会の出場者はピンキリである。今の対戦相手もそれなりの実力はあるのだろうが、あくまで年齢の割りにはという程度だ。

 つまり着目点は勝利した、という部分ではない。驚くべきはあのスピードだ。恐らく相手は気が付いたら負けていた、とでも感じただろう。

 単純な速度だけなら現在預かっている部下達と比べても完全にロードが上回っている。


 数千の観衆に取り囲まれた中でも一切揺らがずに、無駄も淀みもない動きで圧倒してみせた。心技体においてまだまだ未熟な子どもでありながら、この状況下であれだけの運動性能を発揮できるのは見事である。

 これほどの才能、野にしておくには勿体ない代物だ。

 そう思ってしまうのは騎士団に属する者のエゴかもしれないが、コーディーからすれば優秀な人材が増えるに越したことはないのだ。スカウトにしても騎士団に入るかどうかの決定権は相手にあるのだし、こんなことで遠慮するほど殊勝な性格ではない。


(これはツバをつけといた方が良さそうだ。ただねぇ……)


 先程の一戦で、コーディーはロードからある気配を感じ取っていた。それはまるで決着を急いているかのような、ごくわずかの、それでいて確かな焦燥。

 今朝方、一瞬にも満たない視線の交錯でこちらの実力を見抜いたロードだ。自分と相手の隔絶している力の差を知覚できないはずがない。当然、勝ちを急く理由にもならないだろう。

 もしかしたら単にコーディーが勘違いしただけかもしれない。


 だがそうでなかったとしたら、彼が見せたのは何に対する焦りだったのだろうか。

 そんな疑問がコーディーの胸の内に残った。




  ◇




 コレットの存在に気付いたハロルドの行動は迅速だった。試合開始のコールと共に速攻を仕掛け、あっという間に降参を引き出し退場。

 大会参加者が控える詰め所へそそくさと戻り、視線を巡らせてとある少年を探しはじめた。


 コレットがいたのだから彼がいる可能性も高い。『Brave Hearts』の主人公、ライナーが。

 問題は彼がコレットと同じ観客か、それとも大会に参加しているかだ。最悪この大会で戦うことになる。


 頼むから客席にいてくれ、というハロルドの願いは、残念ながら露と消えた。

 持ち前の元気を体現したような、躍動感のあるツンツン頭がハロルドの視界を横切る。髪の色も記憶にある通り、燃えるような赤。

 ライナー・グリフィスの名がコールされると、彼は気合いたっぷりといった様子で舞台へと飛び出していった。

 その姿を確認してハロルドは項垂れる。ライナーが選手として参加していることはこれで確定した。


(マジで~……?当たる前に棄権するべきか?)


 この展開は原作に無かったはずである。ゲーム内ではデルフィトに到着した時に、ライナーが大きな船を見て驚くシーンがある。そこでデルフィトには初めて来た、というようなことを言っていた。

 それがどうして闘技大会に出場することになっているのかはさっぱり分からない。


 とにもかくにも触らぬ神に祟りなし。棄権する理由でも適当に考えようとしたところで、ふとこれでは今朝と同じだということに思い至る。深く考えもせずに、原作キャラクターというだけで反射的に避けてしまった。

 思い返してみればハロルドがライナーに毛嫌いされるのはクララ殺害と、作中内の言動が主な原因だ。そしてクララの件はすでにクリアしている。


 言葉遣いこそあれだが、この先も今まで通り真っ当な行動しかしないつもりでいる。つまりライナーに嫌われる要素は皆無だ。

 むしろ仲良くなっておいた方が得策である。危険度最前線の主人公パーティーに加わる気はさらさら無いが、原作知識を生かして戦力強化に繋がるアドバイスなどは可能だ。敵対関係では聞く耳を持ってもらえないだろう。


 そこまで考えると頭も大分冷えてきた。

 そもそもエリカとコレットが遭遇したとしても両者は初対面なのだ。そこにハロルドが立ち会わない限り過去の行動が露見するわけがない。

 エリカは自ら好んでハロルドに近付いてくることもないのだから、この大会を通じてそれとなくライナーとコレットの関係を伺い知る良い機会だ。


 ライナーの現時点での強さを確認するのと同時に、将来へ向けて顔を繋いでおけば友好的な関係も築ける。

 手をこまねいてみすみすこのチャンスを逃す必要はない。

 そう方針を固めるとハロルドは試合の方へ意識を集中させる。見ればライナーが勝利を決めたところだった。嬉しそうにガッツポーズを決めている。


 仮にも世界を救う未来の英雄様だ。ゲーム的に言えばレベル1だとしてもこんなところで負けることはないと思いたい。

 とはいえまずは素直に祝福するべきだろう。会話の取っ掛かりにもなる。


(なんて声をかけよう?おめでとう……だと“少しはやるじゃないか”とかだよな。何これすごく偉そう。えーっと、当たり障りのないようにするには……)


 そんなことを考えている内にライナーが目の前までやって来てしまった。呼び止めようと咄嗟に言葉を吐き出す。


「おい、そこの赤頭」


 結果として言葉のチョイスを間違えた。

 腕を組み、壁に背を預けてたままの体勢と相まって非常に大上段な物言いになってしまった。

 しかし一度口から飛び出してしまった言葉は戻らない。赤頭、という単語にライナーの足が止まる。


「あっ、お前!」


 呼び止められたライナーは、ハロルドの姿を認識するなりいきなり詰め寄ってきた。

 怒らせてしまったのかと思いきやその瞳に怒気は無く、何故かランランと輝いている。


「なあ、お前さっきのすげー速い奴だろ?見てたけど全然分かんなかったぜ!あれどうやったんだ?おれにもできるか!?」


 話しかけたハロルドが引くほどの食いつきっぷりだった。原作でも子どもっぽさが残るキャラクターではあったが、実際に子どもだと余計にパワフルである。


「コツだけでもいいから教えてくれ!それがダメならいつもどんな鍛練してるかだけでもいいからさ!おれも重りを背負って走ったりしてるけどお前ほど速くは動けないんだよな」


「まずはその無駄に回る口を閉じろ」


「あ、ごめん。そういえば自己紹介がまだだったな。おれはライナーだ!」


 ライナーが元気よく右手を差し出す。

 一瞬だけ迷った末、ハロルドはその手を握った。


「……ハロルドだ。好きに呼べ」


「おう!よろしくな、ハロルド!」


 ライナーはニコニコと屈託のない笑顔を向けてくる。彼の中ではもうハロルドと友達になったのだろう。ライナーとはそういう少年である。

 それはハロルドからしても好ましい点だ。純粋な彼に下心満載で接触していると少しばかり良心が痛むがそれは無視する。


「貴様の戦いぶりも見ていたが多少はやるようだな。他の有象無象よりはいくらかましだ」


「へへ、サンキュー」


 どう聞いても大会参加者を煽っているようにしか聞こえない。当然周囲の人間から険しい視線を飛ばされたが、そんな彼らには気付かずライナーは素直に照れた。皮肉を理解できないアホの子仕様は変わっていないらしい。

 強制的な悪態が悩みの種になっているハロルドからすると実はかなりありがたい反応である。


「だがわざわざ貴様に教えてやる義理はない。知りたければ俺と戦って盗んでみせろ。そこまで勝ち上がってこれるならな」


「やってやるさ!ハロルドこそおれと当たるまで負けるなよ?」


「誰に物を言っている。貴様が知ることになるのは天地ほどに離れた俺との実力差だ」


「楽しみにしてるぜ。じゃあまた後で!次は試合で会おうぜ!」


 先程までの人懐っこさが消えた好戦的な笑顔のライナーと、いつも通り尊大なハロルド。勝ち気と不敵。

 まずはこれが前哨戦である。


 そんな二人を遠巻きに他の参加者が睨んでいた。両者がお互い以外を意に介さない口振りだったのだから挑発したと思われても仕方ない。

 図らずもライナーへのハードルを上げてしまうことになったが、主人公ならばこれくらいは楽々飛び越えてくるだろう。


「それでこそ戦い甲斐があるというものだ」


 力強く握られた感触が残る右手を見ながらハロルドはそう呟いた。




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[良い点] 回を追ってもまるで鈍らぬ呪い装備「悪口雑言傲岸不遜」。 カノウナカギリ呪いと戦ってほしいです(握り拳 [一言] 〉腕を組み、壁に背を預けてたままの体勢と相まって非常に大上段な物言い ハロル…
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