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23話

今回から第2部開始です。



「正面には入るな!左右に別れて迎撃しろ!」


 普段は閑静でのどかな風景が広がる広大な草原の一角に、そんな空気を切り裂くような怒号が響く。

 声の主は白を基調とした甲冑を身に包み、自らが従えている40人ほどの兵士達に絶え間なく指示を飛ばす屈強な男。が、ホーンヘッドの咆哮はそれを容易く掻き消した。


 グオオオオン、と地を鳴らし体の芯まで揺さぶる重低音の叫び。

 体長は5メートル、体高も2メートルを越える鉛色の巨体に、何よりも特徴的なのは名前の由来にもなっている頭部の長く太い武骨な角。ホーンヘッドは岩石のように硬質化した角と頭部を武器に突進してくる狂暴なモンスターだ。

 鉄の鎧を被った巨大なサイのような見た目をしている。


 雑食だが人間やモンスターを含めた他の動物を好んで捕食することはない。しかし縄張り意識が強くこの近辺ではホーンヘッドと拮抗した力を持つモンスターが存在しないため、どんどん勢力を広げて人々の生活圏の近くまで縄張りを広げつつあった。

 今彼らがホーンヘッドと対峙し、討伐しようとしているのはそれが理由だ。


 最大の脅威である突進は一軒家くらいならば軽々と破壊してしまう威力がある。人間がまともにくらえば生きてはいられないだろう。

 そのため左右からの挟み撃ちで仕留めようとしているのだが、ホーンヘッドもそうはさせじと長い角と尻尾を振り回して周囲の兵士を威嚇する。


 僅かずつ手傷を負わせてはいるが動きを鈍らせるには至らない。そして戦闘が長引くことで仲間の兵達も負傷が目立つようになってきた。

 幸いまだ戦闘に支障をきたすほどの重傷を負った者はいないが、今の状態で戦い続ければいずれ死者も出かねない。

 どうするか、と兵の隊長を務める男が思案する。ふと、そのすぐ横を小さな影が音もなく通り過ぎていった。


「お、お待ちください!危険です!」


 それに気付いた男が制止するも小さな影、少年の足は止まらない。

 振り返りもせず男に告げる。


「これ以上は時間のムダだ。アイツらを全員下げさせろ。邪魔にしかならない」


 冷淡な口調に男は言葉が詰まる。

 彼ら兵士達の雇い主であるヘイデン・ストークス。その息子、ハロルドが腰に吊っている鞘から1本の剣を抜いた。

 鉄製の甲冑で守りを固めている兵士達とは違い、ハロルドは七分丈のジャケットにタイトな革製のパンツ、脛の半ばまで届くブーツという軽装でホーンヘッドの前に立つ。


 兵達が下がり、突如として四方からの攻撃が止んだことで、ホーンヘッドの目はハロルドを捉えた。

 足取りに淀みもなく平然と距離を詰めてくるハロルドに対して唸り声を上げる。そこでようやくハロルドの表情に変化が起こった。


「弱い犬ほどよく吠える、とは言ったものだな」


 恐怖や緊張ではなく、嘲り。その目は完全にホーンヘッドを見下していた。

 それが挑発になったのかもしれない。

 再びけたたましい咆哮を上げながらホーンヘッドは自分よりはるかに小さな存在へと突進する。迫り来る巨体に、しかしハロルドは動じず避けようとする素振りも見せない。


 そして両者の距離が残り数メートルになった瞬間、ハロルドが前に出た。

 直後、キィンという甲高い音が鳴り響く。その正体は交錯した一瞬にハロルドの剣とホーンヘッドの角がぶつかり合った音。

 勝負の結果を知らせたのは先程までとは違う、苦痛の色を孕んだホーンヘッドの悲鳴と、根元から切り落とされた自身を象徴する角。


「確かコイツの角には鍛冶屋共が群がるんだったな。まあ端金にしかならないだろうが回収しておけ」


 悶え苦しむホーンヘッドをハロルドは一瞥することすらしない。最初から眼中にないと言わんばかりだ。

 しかし痛恨の一撃ではあっても致命傷ではなかった。ホーンヘッドは折っていた四肢に力を込めて立ち上がる。


 その目にあったのは怒り。憤怒の猛りをぶつけるように三度吠えた。


「あ、あれは!?」


 兵士の1人がホーンヘッドの変化に驚きの声を上げる。巨大を取り囲むようにして表れた黄金色の光り。

 それは魔法陣だった。


 魔法を使えるモンスターには2通りの種類がある。先天的に魔法の扱いに長けた種族か、それぞれの種族の中でより強く、大きく成長していく過程で後天的に使えるようになるかのどちらかだ。

 このホーンヘッドは後者。それだけ飛び抜けた力を持っている証だ。


 グワッと両の前足が浮かび上がる。大地を踏み砕かんばかりの勢いでその前足を叩き下ろした。

 そこを始点にハロルドまで一直線に地割れが走り、大地が捲れ上がる。


『グランドパニッシャー』

 大層な名称でありながら中級魔法に属するそれは、対象を挟み込むように捲れた地盤で相手を圧殺する土系統の魔法である。威力は高いが直線的にしか攻撃できない故に見切りやすく、距離が離れていれば回避も難しくはない。

 だかハロルドはグランドパニッシャーに対し正面から突っ込んでいく。


 そして土の壁に飲み込まれる直前に跳躍。両側から襲い来る土の壁を右足、左足と交互に蹴りながらまるで空中を疾走するかのように駆ける。

 およそ10メートルほどの距離を突っ切ったハロルドは最後にひときわ高く跳び上がった。ホーンヘッドを見下ろせるほどの高さへと。


 バチバチ、とハロルドが握った剣が雷を帯びる。


「悪足掻きはそこまでだ」


 刀身が発光しているのではないかと錯覚するほどの電気をまとったその剣を、ハロルドは躊躇なく振り下ろした。


「『雷鳥』」


 刹那、轟音と共に剣から放たれた雷の巨鳥がホーンヘッドを喰らわんと襲いかかる。

 見る者の眼を焼きつくしそうなほどの熱量を宿した雷鳥が巨体を突き抜けた。


 ハロルドが着地をするのにやや遅れてホーンヘッドは崩れ落ちるように倒れた。巨体の至るところに火傷や炭化した箇所があり、全身からは煙が上がっている。

 横たわったままピクリとも動かない。ホーンヘッドの生命活動は完全に停止していた。


「これでもうここに用はない。さっさと片付けを済ませろ」


 汗ひとつかかず、傷ひとつ負わず強大なモンスターを撃破したハロルドはそれが当然であるように馬車へと戻っていく。

 角の回収と死体の処理は任せた、ということらしい。


 パタンと馬車の扉が閉じられハロルドの姿が消えるとようやく彼らを包んでいた空気が和らいだ。

 図ったように一斉に大きく息を吐き出す。


「1班は角を回収、残りの班は死体の処理だ。キリキリ働け!ハロルド様の手を煩わせた俺達には似合いの仕事だぞ!」


 少しばかり緩んだ空気を引き締めようと隊長から号令が飛ぶ。

 それを受けて兵士達が迅速に行動を開始する中、比較的楽な作業を与えられた第1班の新兵は未だに自分が目にした光景を信じられずに先輩へと尋ねた。


「ハロルド様ってあんなに強かったんですか?」


「ああ、そういえばお前は初めてだったな」


 ならば先程の光景で呆気に取られるのも仕方がない、と尋ねられた兵士、アリアスは苦笑する。


「3年ほど前からだが討伐遠征にハロルド様が志願し出してな。その当時からかなりの実力だったが今ではご覧の通りさ」


「でも大丈夫なんですか?いくら強くてもストークス家の跡取りなんですから万が一怪我でもしたら……」


「まあ隊長、加えて何人かの首が飛ぶだろうな。物理的に」


 首を切るような仕草をしながらそんなことを言う。

 あっけらかんとした語り口とは裏腹にその内容の不穏さに新兵の背筋が凍った。


「全然大丈夫じゃないですよそれ……」


「そうでもないさ。いずれお前も分かる時がくる」


 怯えも不安もなく言い切って、アリアスは新兵の背を軽く叩いた。

 なぜ彼がそれほどまで平然とした態度でいられるのか新兵にはまだ分からない。だがハロルドと共に戦った経験が豊富な者ほどその信頼は厚いのだ。


 ハロルドが遠征に志願した当初は両親も難色を示した。息子を溺愛する親としては当然である。

 しかし目の前でちょっと剣を振り魔法を使ってみせるとあっさり許可が降りた。優れた才能に惚れ込んだのと同時に、その武勇でストークス家の名声も高まるという思惑があったからだ。

 こうしてハロルドは遠征への同行を許されたわけだが、モンスターとの戦闘などはその時が初めてだ。最初は苦戦もしたし小さくない怪我をしたこともある。


 しかしハロルドは怪我をするとその事実を両親には伏せた。酷い時は骨にヒビが入るほどの怪我を負ったにも関わらず何事もなかったように振舞い、数日後にスメラギ領へ出向き傷が癒えるまで戻ってこなかった。

 それが意味する正確な胸の内はハロルド以外に知るよしもないが、そのお陰で助かっている命があるのだ。


 元来、討伐遠征とは危険がつきまとうものだ。今回のホーンヘッドのような強敵との遭遇は稀にしても、戦闘で深手を負い、死ぬことも決して珍しいことではない。

 だがハロルドが遠征に帯同し出してからは重傷者はめっきりと減り、死者に至っては1人も出ていないのだ。


 ハロルドが大抵のモンスターを倒してしまえるからというのも理由だが、彼は言葉では否定しつつ兵士達を守ろうとする。骨にヒビが入った怪我も、モンスターに殴り殺されそうになった兵士を庇った時に受けたものだ。

 今回もあれ以上長引けば怪我をする者が出る可能性が高いと判断したのであろうということは明白である。


 その気遣いが彼らには嬉しくもあり、それ以上に悔しくもあった。

 自分達が守らなければいけないハロルドに守られる。しかも彼はまだ子どもだというのに。

 だからいずれハロルドを守れるほど強くなってみせる、と息巻く兵も多いのだ。訓練のモチベーションにすらなりつつある。


(この辺に出るモンスターとの戦闘経験はだいぶ積めてきたな。出来ればもっと遠くまで遠征したいし、怪我人は出さないようにしないと。まだ遭遇してないモンスターが山ほどいるから早くデータを取りたいんだよなぁ)


 たとえそういったハロルドの行動原理がことごとく生き延びるための経験値稼ぎを効率よく行いたいだけだとしても、兵士達が命を救われているのは事実なのだ。

 ちなみに自分の怪我を隠すのはそれが両親にバレたら遠征の帯同を禁止されるだろうからである。


 そんな感じで事ある事にあらゆる人々とすれ違いを重ねつつも歩んできた3年間はハロルドに大きな変化をもたらした。

 その最たるものは戦闘能力の向上と精神面の成長である。死に物狂いで戦い続けたおかげで今や複数のモンスターと単騎で対峙しても恐れることなく交戦し、危なげなく屠れるほどだ。

 あまりにも勇んで戦いに赴くため領民の間では戦闘狂バーサーカーとして恐怖の象徴にすらなりつつあるのだが。


 そしてもうひとつ、これはハロルド自身ではなく彼の周囲における変化だ。その最大の功労者はタスク・スメラギ。

 彼の尽力によっていよいよLP農法が陽の目を浴びる時が近付いてきていた。


 往復2週間の遠征を終えてストークスの邸に帰ってきたハロルドは疲れを癒す間も惜しんでタスクと共にスメラギ領へと戻る馬車に飛び乗った。これに関して両親はハロルドがエリカに熱を上げていると都合よい解釈を示している。

 この婚約が解消された時、あの2人がどんな反応をするか考えると今から胃が重いが、なるようになるだろうとそれは忘れることにした。


「交渉はどうだった?」


「首尾よく進んだよ。これで本格的な普及作業を始めることができる」


 仏頂面のハロルドにタスクはにこやかに答える。首尾よく進んだ、ということは計画通りストークス家は目先の利権を握って満足したということだ。

 利権とはいってもLP農法の使用に際して農家へ発生する契約金の免除と使用料の削減、加えて収穫量に応じて課税した税金の一部をストークス家に返還する、というだけの話である。


 これによりストークス領の農家は少ない負担でLP農法を行えることになった。早いサイクルで収穫が可能なLP農法が盛んになれば他領や他国への輸出において有利に立ち、相対的に収益が上がることでストークス家が課している重税を滞りなく支払えるようになる。

 ヘイデンからすれば何をすることもなく税収が上がるのだから無理を言ってLP農法の実権にまで手を出す必要はないと判断したのだろう。権利の共有化はハロルドとエリカが正式に結婚したあとでも遅くはないのだ。


「ここまで簡単に事が運ぶとはな」


 そうなるように仕組んだ張本人が言うべき事ではないが、我が父親ながら迂闊な選択をしたものだ、と思わず嘆息する。

 そんなハロルドにタスクはそうそう、と新たな話題を差し向ける。


「君にイツキから伝言があるんだ」


「また手合わせか?」


「あはは、まあ例に漏れずそれもあるんだけど今回はもうひとつあってね。デルフィトで行われる闘技大会に参加してみないか?というお誘いだよ」


 デルフィト、そして闘技大会という単語には聞き覚えがある。『Brave Hearts』の作中ではデルフィトの闘技大会で優勝するイベントがあったからだ。


(あれって人間の敵キャラと一通り当たる仕様だったよな。マジで殺し合ったりはしなくていいし……)


 それの意味するところは新たな対人戦闘の経験を得られる大きなチャンスだということ。今のハロルドを釣るには最高の餌と言えた。


「……面白い。参加してやろう」


 こうしてハロルドの闘技大会出場が決定した。




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主人公との邂逅か!瞬殺しそうですね!
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